74.受け止めてみやがれ
俺の問いに彼女はゆっくりと口を動かす。
「どうして……だって?」
その言葉の一つ一つに、沸々と煮えたぎる苛立ちが隠されていて。
今にも爆発してしまいそうなそれを、彼女は堪えているように見えた。
「なら聞くけどさ。お前は何のためにあたしに挑んできた? 世界の精霊に会って何を望むつもりなんだよ」
「俺の望みは一つだ。呪いの王を誕生させる世界の仕組みをなくすこと。彼という間違いを、二度とこの世に生み出さないことだ」
「……はっ、やっぱりな」
彼女は呆れたようにため息をこぼす。
がっかりだよと、何かを期待していたみたいに視線を逸らす。
「その呪いの王ってのは知ってるぞ。あれはお前たち人間から生まれた者だろ? お前らが無意識のうちに垂れ流した悪い物が寄せ集まって出来た者じゃないか。それを邪魔だから消してくれって? ホント……お前たち人間はずっと変わらない」
彼女は目を伏せ、拳を握る。
良くない空気を感じ取った俺は、再び戦闘になることを覚悟し身構えた。
いつ殴り込まれてもいい様に待機して、俺は彼女に問う。
「……変わらないっていうのは?」
「変わってねーんだよ昔からな。人間は自分たちの都合ばかり優先して、他は次いでにしか思ってねぇんだ。自分たちのためなら簡単に他を犠牲にする。自然も、動物も、同胞すらな」
「……」
「お前だってホントはわかってんだろ? わかって聞いてきたんだろ? なぁ、人間の代表」
怒りを視線に乗せ、睨むように俺を見る。
彼女の言う通り、俺には聞くまでもなくわかっていた。
いや、わかっていたんじゃなくて、そうなんだろうと思っていた。
なぜなら俺は、呪いの王を知っているから。
彼を作り上げた物に、あの悍ましい力にも触れてしまっているのだから。
「お前ら人間はいつだって自分たちのことしか見てない。それも自分たちの良い部分しか見てないんだ。悪い部分から目を背けて、嫌なことは誰かに押し付けて、自分たちが幸せになるなら誰かが不幸になっても構わないって思ってる」
「それは違う」
「どこが違うんだよ! お前が戦った奴こそ証明じゃねーか! つーかわかってねーだろ? あれを消すってことは、お前らが垂れ流した負のエネルギーの行き場がなくなるってことなんだぜ? 自分たちの付けを今度は誰に押し付けるつもりだ?」
彼女は言い放った言葉には圧があり、風が生まれる。
荒ぶる空気と熱に耐えながら、俺は未だこの場に留まっている。
彼女の主張は彼女だけの意見じゃないだろう。
おそらく精霊たち、世界の精霊だってそう思っているかもしれない。
呪いの王は自身を間違いだと言った。
だけど世界にとっては、人間こそが間違いなのかもしれないんだ。
今から思えば呪いの王は、人類に対して正しさを突きつける存在としての役割を担っていたのかも。
そんな存在を倒してしまった俺は、世界に対してどう責任を取るべきか。
ずっと考えていたんだ。
それが今、彼女と話している中で結論に至る。
「押し付けたりはしない」
「は?」
「呪いの王も、彼が背負っていた力も全て……人間の責任だ。俺たちの過ちは俺たち自身の手で拭わなきゃいけない。そのための役割は俺が務める」
「……何言ってやがんだ?」
彼女は戸惑いこそしないが、疑問が表情に漏れていた。
そんな彼女に俺は答える。
決意と責任を胸に抱き、偽りなく真っすぐな言葉で。
「俺は世界の精霊に会って、俺を精霊にしてもらうつもりだ」
「……は? 精霊になる……だと?」
「ああ」
呪いの王は精霊に近い存在だった。
しかし厳密には精霊とは異なり、あれは単なる力の集まりでしかない。
人々から漏れ出た負の感情の集合体。
故に人類に牙をむいた。
それじゃ駄目なんだ。
単なる恐怖の力では、人々を脅かすことしかできない。
だけど――
「俺が精霊になって、呪いの王が抱え込んだ負の力を肩代わりして抑え込む。単なる力の集合体ではなく、精霊という負の力の受け皿として。人々に正しさを示す調停者になる」
「お前……そんなもん耐えられると思ってんのか? 同じ結末になるだけだぞ」
「ならないように戦い続けるんだ。俺は俺の中で、呪いの力と戦い続ける。もし溢れそうになったなら、別の形で発散させる。たとえば天災とかで、そうやって管理していく」
「馬鹿かお前は! それじゃ結局同じじゃねーか! お前一人で人間たちの過ちを背負おうってんだろ? お前一人に悪いこと全部押し付けて、他の奴らは幸せですってか?」
「押し付けとは違うよ」
胸に手を当てる。
今日までの旅を、出来事を思い返す。
これは単に表現の違いで、俺がどう思ったかに過ぎない。
端から見れば綺麗事と言われるだろう。
それでも俺は言うよ。
胸を張って、馬鹿みたいに。
「俺は託されたんだ。人々の思いを、未来を」
「託された?」
「ああ。今日までずっと、俺はいろんな人たちに助けられて、たくさんの思いを託されてきた。俺の中にいる英雄たちや、共に旅をした仲間たち、それから……呪いの王にも、俺は託されている。俺はただそれに応えたいだけなんだ。エゴだと言われたらそれまでだけどね」
俺は声で語りながら、心の中でローウェンにも語り掛ける。
すまないね、ローウェン。
俺の我儘にたぶん、みんなも巻き込むことになりそうだ。
すると彼は一言で返す。
構わないよ。
それが君の選択なら、私たちは共に行こう。
そう言って微笑む彼に安心して、肩の力が少しだけ抜けた。
俺の決意、思いを打ち明けたこともあって、終わっていないのにやりきった感覚がある。
さて、彼女には届いただろうか?
多少でも響いてくれただろうか?
「……お前、ホントに馬鹿だな」
「自覚はしてる」
「結局それ、お前ばっかり苦労するじゃねーかよ。辛いとか大変なんて言葉ですまねーぞ」
「わかってるよ。でもこれが、俺のやりたいことなんだ」
笑われても構わない。
馬鹿だと言われたって仕方がない。
得があるかと聞かれたら、なんの得もない話だ。
それでも俺は信じている。
人々が呪い合うだけじゃないことを。
未来には希望があって、幸福があって、笑い合える日々があると。
そう望んでいるのは俺だけじゃないはずだ。
「ぷっ、はっははははははははは」
ふと、気の抜けた声が聞こえた。
改めて視線を向けると、精霊ノロムは笑っていた。
「馬鹿過ぎるだろお前! どんだけ人間のために頑張ろうとしてんだよ。わけわかんねーわ」
「う、う……」
笑われても良いって思っていたけど、実際に爆笑されるとさすがになんというか……
「はーあ、怒ってたあたしのほうが馬鹿みたいだな。そこまで言うならもう何も言わねーよ。そんでもって試練の内容を変更だ」
「え?」
「あたしの一撃を受け止めてみせろ。人間の悪意を全部背負うってんだからな。一発ぐらい耐えられないんじゃ話になんねーよ。本気だってんなら耐えてみせろ。それがあたしの試練だ」
「――! なるほど、それもそうだ」
俺は両腕を広げる。
全てをさらけ出す様に、堂々と真正面に立つ。
「受けて立つ」
「いいぜ。そんじゃ――死ぬなよ」
刹那、彼女は眼前に迫る。
初撃と同じ勢いで、渾身の一撃を振るう。
俺は避けない。
彼女の全力を受け止めて、言葉だけじゃないと認めさせるために。
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