46.リンドブルム
渓谷の底は地上とは違う。
花が咲いていた。
黒い花がうっすらと鈍い光を放ち、降り立った俺を出迎える。
見たことのない花だ。
直感的に俺は、その花を踏むことを躊躇った。
花畑の先に玉座がある。
自然に見えてしまう不自然さは、彼を見て吹き飛んだ。
「呪いの……王」
彼はそこにいた。
玉座で目を閉じ、ピクリとも動かない。
記憶と光景が重なる。
英雄たちが対峙した男が、俺の目の前で眠っている。
復活は完全ではない?
今なら戦わずして、呪いの王を倒せるかもしれない。
そう思った俺は、剣聖の加護を発動。
名もなき聖剣を召喚し、右手に力を込める。
眠る王へと近づき、聖剣を突き刺そうとした。
が――
「っ!?」
恐ろしいほどの寒気が全身を襲う。
咄嗟に距離をとって、武器を構えて目を凝らす。
「遅かったか」
呪いの王は瞼を開ける。
ゆっくりと、確実に目を見せる。
紫色の淀んだ目で、俺のことを視認する。
「久しいな……いいや、初めましてか?」
「ならこっちは、おはようって言えばいいか?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リンドブルムと対峙する四人。
劣勢なのは目に見えていたが、想像以上の強さに押されていた。
「くっ……」
「マナ!」
「まだ大丈夫」
リンドブルムに触れてはならない。
もしも触れれば、呪いの力が流れ込んでくる。
ユースが施した聖女の加護でも、強力な攻撃を防ぐ力はない。
マナが多重に結界を張ることで、リンドブルムの攻撃から皆を守っている。
「マナ、後どのくらいもちそう?」
「一時間……くらい」
以前の彼女であれば、おそらく十分が限度だっただろう。
それほど無茶な魔法行使を続けている。
尚保っていられるのは、魔力のコントロールが向上している影響だった。
彼女はユースから、大魔法使いの技術と経験を受け継いでいる。
王都出発時よりも深く、色濃く記憶に刻まれている。
何度も、何度も見せられたから。
長い旅路の途中でも、伝承による訓練は続いていた。
日々の研鑽が、今の彼女を作っている。
そして――
「アリア! グリアナさん!」
それはマナに限った話ではない。
ティアの魔法弓は形を変え、より大きく広くなっていた。
放たれる矢の大きさも異なる。
リンドブルムの肉体から、触手のような刃が伸びている。
それに対応するため、ティアは矢の形状を鋭く変化させ、次々に触手を撃ち落としていく。
ティアが攻撃を凌いでいる間に、アリアとグリアナが前に出る。
二人は互いの位置を巧みに変えながら、リンドブルムの攻撃を躱す。
互いの隙をカバーし合い、確実にリンドブルムの力をそぐ。
接近すればするほど、ティアの援護は減る。
眼前に迫る攻撃にも、彼女たちはひるまない。
「団長……見ていてください!」
グリアナの剣も進化していた。
アレクセイの遺品である剣。
墓標に突き刺す前に、ユースが継承スキルを発動させ、その経験と力を受け継いでいた。
受け継いだ経験は、伝承スキルでグリアナに渡されている。
今の彼女の剣は、騎士団長アレクセイと同じ。
否、それ以上に磨き上げられた守るための剣だ。
対するアリアの剣は、ユースが受け継いだ剣聖の技。
それに加え、神速の槍使いの経験も得ている。
独特な歩法で足にかかる負担を軽減し、最速最短の移動を可能とした。
剣聖の剣術と組み合わせれば、彼女を捉えることはおろか、攻撃を躱すことすら出来ない。
どちらも未熟だが、二つを掛け合わせた今の彼女は、世界でも五本の指に入る剣士となった。
二人の動きにリンドブルムは翻弄されている。
攻撃を受け、回復させるごとに呪いの力は弱まる。
だが、それでも倒せないことを、戦っている彼女たちが一番理解していた。
底なしの呪力。
衰えることのない攻撃に、彼女たちは疲弊していく。
それをわかった上で、彼女たちは立ち上がった。
勝算はゼロではない。
攻撃を与え続ければ、確実にリンドブルムの力は衰えていく。
いずれ実感できるくらいまで、削り取ることが出来るかもしれない。
それまで彼女たちの体力が続くのかどうか。
本当の勝負は、自分自身の限界を超えられるかにかかっている。
「っ……」
「アリアちゃん!」
「大丈夫です!」
そう、私は大丈夫。
攻撃を受けても、衝撃と呪いの力はマナの結界が防いでくれる。
でも――
「うっ」
「マナ!」
「……平気」
ダメージは全て、マナの体力を削っていく。
攻撃を受けるほど、結界を維持できる時間は減ってしまう。
常に最善の注意を払いながら、少しでもリンドブルムの呪力を削る。
おそろしく大変な作業。
そう考えてしまうと、彼女たちの身体は重くなる。
だから、彼女たちは考えない。
思っていることは一つ。
信じる!
ユースを信じる。
必ず呪いの王を倒し、この戦いを終わらせてくれると。
彼が王を倒せば、眷属であるリンドブルムも消える。
彼女たちの勝利条件は、それまで耐えながら戦い続けること。
防御に徹するという作戦もあった。
しかし、僅かでも手を緩めれば、一瞬で滅ぼされてしまう。
故に彼女たちは、攻撃の姿勢を崩さない。
ユースが彼女たちを信じたように、彼女たちもユースを信じて戦う。
「先生」
「師匠」
「お兄ちゃん」
「ユーストス殿――」
呪いの王を倒して!
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