45.太陽が届かない場所
大陸の西の果て。
そこには、太陽の光が届かない場所がある。
朝になっても日は昇らない。
常に星々が夜空を照らす。
一見ロマンチックな場所にも聞こえるが、実際は真逆と言っていい。
「ここが……冥府の入り口」
グリアナがぼそりと口にした。
長い長い旅路の末、俺たちはようやくたどり着いた。
かの英雄たちが戦った地へ。
真っ暗だ。
星の光がよく見えるほどに。
木々は一本もなく、草花すら見当たらない。
太陽の光が届かないから、大抵の植物が育たない。
天候すら変わらず、一年を通して雨が降らないこの地は、生から最も縁遠い場所。
何も生まれない……故に、冥府への入り口と呼ばれていた。
ざっと周りを見渡し、ティアがぼそりと口にする。
「何もありませんね」
「こんな場所に呪いの王がいるのか?」
「こんな場所だからこそですよ。グリアナさん」
呪いの王にとって、太陽の光は邪魔でしかない。
日と当たらない場所だからこそ、負の感情を増幅し蓄えることが出来る。
暗く乾いた大地に立てば、少なからず恐怖を感じる。
その恐怖こそ、呪いの王にとっての食事であり、自らを潤す水となる。
「急ごう」
この地には巨大な渓谷がある。
裂けた大地の奥深くは、仮に太陽の光が降り注いでも届かない。
完全なる闇の中に、呪いの王は眠っている。
俺たちは歩みを進める。
殺風景で代り映えのしない景色の中を、ひたすらにまっすぐと歩いていく。
会話もなくなり、静かな時間が過ぎる。
意図せず全員が委縮していた。
近づいている感覚が、心と体を震わせる。
そして――
「先生」
「ああ、ここがそうだ」
俺たちはたどり着いた。
乾いた大地が裂け、下を覗けば真っ暗闇。
いかにも負の感情のたまり場に相応しいと直感的に思う。
グリアナが覗き込み、見えない地面にごくりと息をのむ。
「かなりの深さですね。底がまったく見えない」
「ボクの魔法で皆を運ぶ」
「そうだな。頼む」
マナが魔法を発動しようとした。
その時、空間を斬り裂く音が聞こえる。
無風であるはずの地で、吹き飛ばされるほどの突風が吹く。
「何だ!?」
風に飛ばされぬよう足に力を入れる。
顔を手で隠し、次に視界が開けた時――
「ドラゴン?」
屍の竜が空を舞っていた。
リンドブルム。
呪いの王が生み出した眷属であり、人々の怨念をより集めて誕生したドラゴン。
その肉体はゾンビのように朽ち果て、翼は腐り羽ばたき続けることも叶わない。
屍の竜は地に落ちる。
再び空を飛べない苛立ちを、小さき人間への憎悪に変えて。
「一旦下がれ! こいつは他の魔物とは違うぞ!」
俺の指示で全員が後退する。
リンドブルムは魔物の一種だが、呪いの王が自らの力で生み出した魔物だ。
呪いの耐性が低い人間の眷属とは違う。
肉体は呪いそのもので構築され、触れるものを呪い殺す。
呪いの王を守護する最後の番人。
かつて、英雄たちが総力を尽くして滅ぼした。
こいつが復活しているということは……
「呪いの王はすでに、完全復活を遂げているのか」
あるいは一歩手前まで迫っている。
一刻も早くこの場を退け、呪いの王の元へいかなければ。
もしも完全復活してしまえば、王都に広まっていた呪いの進行が加速する。
王女様の命が消えてしまう。
だが――
リンドブルムが黒いブレスを放つ。
無機物すら呪い殺す一撃は、生身で受ければ即死だ。
聖女の結界を展開して防御しつつ、炎の魔法で反撃する。
リンドブルムの弱点は炎と光。
アンデッドタイプの魔物と同じだが、生半可な攻撃では意味がない。
「再生が速い!」
アリアが気付いたように、リンドブルムの肉体は瞬時に再生した。
呪いそのもので構成される肉体は、根源たる負の感情が消えない限り不滅だ。
倒したければ、呪いの力が尽きるまで削るか、一撃で消滅させるしかない。
それをするには時間がかかりすぎる。
「先生は行って!」
「アリア?」
「この魔物は私たちが相手をする!」
「師匠は先へ!」
「呪いの王を倒して」
三人が前に立ち、武器を構えて戦う意思を示す。
リンドブルムの恐ろしさは、俺の中にある記憶が教えてくれる。
成長しているとはいえ、今の彼女たちでは厳しい。
「私もいます。貴方は自分の役目を!」
グリアナも剣を抜く。
彼女がいても、リンドブルムには及ばない。
勝率は三割以下といったところか。
戦うべきではないと思いながら、これが最善だとも考えている。
悩む俺に、アリアが言う。
「先生! 私たちを信じて!」
その言葉に根拠はない。
だが、彼女の目を見て理解した。
彼女たちはわかっている。
自分たちの力では、リンドブルムには届かないことを。
それでも尚、挑まなくてはならないと。
全ては俺を前に進ませるため。
呪いの王を倒せと、弟子たちが俺に訴えかけている。
「――わかった」
俺はそれに応えるべきだ。
根拠のない信頼だけど、俺は彼女たちの師匠だから。
リンドブルムを彼女たちに任せ、俺は単身渓谷を下る。
暗闇が徐々に濃くなる。
黒より黒いという言葉の意味を、生まれて初めて理解した。
何も見えない。
視界で何かを捉えることは難しい。
千里眼がなければ、何も見えないまま地面に衝突していただろう。
いや、そうでもなかったらしい。
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