44.誇って良いよ
美しい――
彼の一振りを見たとき、全身の細胞が湧き上がるのを感じた。
これだ。
間違いない。
今の一振りこそ、剣士が到達しうる頂き。
剣術を極めた者だけがたどり着く境地なのだと。
そして、同時に気付く。
私は今……何をしているのだろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ごほっ……」
アレクセイの胸が斬り裂かれ、噴水のように血が噴き出る。
衝撃で重心は後ろへ傾き、そのままの勢いで仰向けに倒れこんだ。
「俺の勝ちだ」
「ああ……完敗だよ」
そう言っているアレクセイは、なぜだが清々しい表情をしていた。
呪いに支配されつつあった先ほどまでと違う。
元の彼に戻っているようだ。
究極の一振り。
剣士が目指す到達点であり、斬るという概念の原点。
小細工はない。
特別な能力も必要ない。
ただ、剣を信じて振り下ろせばいい。
振り下ろした剣は、あらゆる障害を斬り裂き、道を作りだす。
誰もが憧れる一振りだ。
それを見せられたら、恨みや妬みなんて吹き飛ぶ。
衝撃は身体と心に響き渡り、雑念すら消える。
「今のが……剣士の頂きか」
「そうですよ。貴方が……いいや、全ての剣士が目指す場所です」
「はははっ、素晴らしいな」
「そうでしょう。だから、貴方に見せたかった」
彼は最強の剣士を目指していた。
剣聖という一人の天才を知ったことで、道を間違えてしまったけど……
努力を続ければ、いずれたどり着けたかもしれない。
可能性は低くとも、ゼロではなかったはずだ。
俺は見せつけたかった。
魅せられて、気づいてほしかった。
今の自分の姿が、目指していた場所から遠のいていることを。
そうして、彼は魅せられた。
究極の一振り、その美しさに。
「私も……そこに至りたかった。剣術を極め、いつかそこへ……だが、私では無理だと知って、絶望して……開き直ってしまった。どんな手を使ってでも、かの英雄を超えてやると」
「団長さん」
「ああ、わかっているよ。私は道を間違えていた」
彼の口からその言葉が聞こえて、少しだけほっとする。
究極の一振りは、無色透明だった。
余計なものは何一つ含まれていない。
純粋に斬ることを突き詰め、体現していただけ。
呪いの力に頼った時点で、道は大きく逸れてしまっていた。
「だが……いや、やはり妬ましい。私では、いくら努力を続けた所で、その場所へはたどり着けなかっただろう。剣聖……偉大な剣士だ」
「それはちょっと違いますよ」
「何がだ?」
「剣聖は偉大な剣士です。だけど、彼も同じなんです。究極の一振りには、彼も届いていませんでした」
「そう……なのか?」
俺はこくりと頷く。
剣聖は誰よりも剣術の才能にあふれていた。
彼の才能と努力があれば、確実に至れていた境地。
だけど、剣聖は死の間際に歩みを止めてしまった。
あと一歩、ほんの少しの前進でたどり着けたはずなのに。
「団長さん、確かに貴方は道を間違えました。だけど、剣聖の力を凌駕していたことは事実です。呪いの力を持っていたとはいえ、そのことは誇って良いと思います」
「私が……」
呪いの力の根源は負の感情。
言い換えれば、強い想いの力とも考えられる。
正しいとは言えない。
それでも、彼の想いが剣に込められ、剣聖を上回っていたことに変わりはない。
「ふっ……ふふ、ならば私は君に負けたのか。いいや……うん、悪い気分ではないな」
アレクセイの身体に黒い模様が広がっていく。
王女様と同じものだ。
「これは……」
「呪いの力を行使した反動だ。強すぎる力は、自らの身体をむしばむ。因果応報と言ったところだな」
人間の肉体には、呪いに対する耐性がない。
文様は急速に広がっていく。
もはや止めることは出来ない。
「遺言を頼めるか?」
「はい」
「姫様に謝罪を。それとグリアナ……彼女に、王国は任せたと伝えてほしい」
「わかりました」
文様は首から下まで覆っている。
手足を動かすことはおろか、呼吸することすら困難な状態。
アレクセイの声量の変化から、俺はそれと悟った。
「太陽の……届かぬ場所。決戦の地に呪いの王はいる」
決戦の地。
かつて英雄たちが呪いの王と対峙した場所だろう。
「急げ。すでに呪いの王は自由になりつつある」
「自由? まさか完全復活を?」
「いいや、まだのはずだ。だが、力の大部分は取り戻している。あと少し……だから王は、かの地から動け……ない」
文様は顔まで及んでいる。
死まで残り数秒。
「ありが……とう」
それなのに、アレクセイは笑っていた。
死への恐怖など感じられない。
満ち足りたような笑顔で、その生涯に幕を下ろす。
「こちらこそ、ありがとうございました」
俺は深々とお辞儀をした。
彼との一戦がなければ、俺は剣聖の力を最大限まで引き出すことは出来なかっただろう。
究極の一振りに至れたのは、彼という強者と戦えたからだ。
アレクセイが倒れたことで、空間が崩壊していく。
崩壊に呑み込まれないように、俺は彼の遺体を抱きかかえた。
「師匠!」
空間が消え去り、アリアたちと合流する。
どうやら彼女たちも、無事に敵を倒すことが出来たらしい。
ほっとしつつ、抱きかかえた遺体の重みを改めて感じる。
「団長……」
「遺言があります」
彼からの言葉を伝える。
遺体は近くの木陰に埋め、彼の使っていた剣を突き刺す。
小さなお墓の前で、グリアナは深々とお辞儀をする。
アレクセイの遺言を受け取った彼女は、力強く確かな声で「はい」と答えた。
「行きましょう」
「はい」
歩みを止めている暇はない。
呪いの王を倒すまで、俺たちは立ち止まれない。
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