43.究極の一振り
剣聖から受け継いだ剣技。
剣聖を知り、己の限界を悟った男の剣技。
互いの剣が火花を散らし、一瞬の油断が命を落とす。
殺気が心地良いと感じたのは、生まれて初めてかもしれない。
「さすがだな、ユーストス」
「そっちもな」
気を抜けない攻防だ。
とは言え、鍔迫り合いの最中に会話をする。
そのくらいの余裕は互いにあったらしい。
「やはり……私の剣では届かないか」
アレクセイがぼそりと呟いた。
一瞬に力を込め、剣同士が反発し、衝撃で距離をとる。
「君はまだ本気を出していないだろう?」
「そっちも同じだろ」
アレクセイは首を横に振る。
「いいや、違う。私は全力だ。私が出せる全力を出している」
自分の力では届かない。
そう再認識させられたのか。
彼は握った剣を寂しそうに見つめていた。
「さぁ、そろそろ頃合いだ」
アレクセイの様子が変わった。
さっきまでとは違う。
身の内から湧き上がっているのは……黒いオーラ。
「呪いの力か」
「その通りだ。私は今、限りなく濃い感情で満たされている」
呪いの王は、負の感情によって生まれた。
故に、呪いの力の源は、人間がもつ負の感情に他ならない。
憎悪、悲嘆、後悔、嫉妬……そういう感情こそ、呪いの力を増幅させる。
「妬ましい……君の力が、たまらなく妬ましい!」
アレクセイを強化しているのは、剣聖に対する嫉妬心。
自分では届かなかった領域に至り、喉から手が出るほど欲しかった物を持っている。
彼は自ら口にした。
妬ましい。
それが呪いの力となり、彼の肉体を強化していく。
「っ!」
「ここからが本番だ! 君も本気を出したまえ」
一瞬で距離を詰められた。
辛うじて反応したが、予想以上の速度に驚かされた。
「さぁ全てを出し切れ! それを凌駕し、私が頂へのぼる!」
呪いの力がさらに高まる。
かつて感じたことのない殺意が、全身の細胞を震わせる。
全力で戦え。
でなければ、お前は死ぬぞと叫んでいる。
剣聖スキル発動。
名もなき一振りの聖剣を右手に、剣の加護で生成した剣を左手に構える。
「いくぞ!」
地を蹴り、刃が届く距離まで詰める。
黒い斬撃と聖剣の刃。
俺たちは致命の間合いで斬り結ぶ。
「これが剣聖! 史上最強の剣士の力か!」
剣聖の剣には決まった型がない。
世界中にあったあらゆる流派の剣士と戦い、それらすべてを吸収していった。
自らの剣技を極めることこそが望み。
それ以外の過程に興味はなく、剣を振るえるのであれば、何者とも戦う。
呪いの王と対峙したのも、彼にとっては剣術を極めるためでしかなかった。
だけど、俺は知っている。
その果てに剣聖が得たものが、満たされない虚しさだったことを。
「素晴らしい……素晴らしいぞ! これが最強の剣士か! 私は今、その剣士を圧倒しているぞ!」
アレクセイの剣は徐々に重く、速くなっていく。
感情が高ぶり、呪いの力も強まっているのだろう。
均衡は崩れつつある。
このまま戦えば、いずれアレクセイの剣が勝る。
だが……
「いいのか?」
「ん? 何がかな?」
「それ以上進めば、あんたは人でなくなるぞ」
彼は自分が見えていない。
強すぎる感情が、呪いの力を増幅している。
すでに人間が出せる動きを超え、体中がボロボロになっている。
「人? そんなことはどうでもいい! 私はただ――君を殺したいだけだ!」
アレクセイは止まらない。
呪いの力が精神を汚染し始めている。
もはや、俺を倒すまでどうあっても戦いは止めないだろう。
「剣聖を超えるんじゃなかったのかよ」
彼も同じだった。
剣術を極め、最強の剣士と呼ばれる。
その夢の果てにたどり着いたのが、こんなにも醜い姿なのか?
己の夢すら忘れて、殺意に身を任せるだけ。
それを剣士とは呼ばない。
「今のあんたは……ただの怪物だ」
剣は激しく、重さを増す。
劣勢を強いられる中で、俺は思っていた。
悲しすぎるだろ。
頂を目指した者がたどり着くのは、必ず虚しい最後なのか?
そんなはずないだろう。
剣士の頂が、そんなにも悲しい場所であってたまるか。
距離をとる。
出来るだけ遠く、呼吸を整えられるように。
「へひっ、何をするか知らないが!」
かつて、剣聖は究極の一振りを目指していた。
だが、彼は歩みを止めてしまった。
命の終わりだ、それは仕方ない。
いいや、彼は命の終わる以前に、歩みを止めてしまっていた。
すでに最強の剣士と呼ばれていたことも要因だろう。
死を目の前にして襲う虚しさ。
彼は悟り、命の終わりを待たずして、その歩みを止めた。
進むべきだったのだ。
もう少しでたどり着けたはずなのに。
アレクセイも同じだ。
己の限界を悟って、努力することを諦めてしまった。
二人とも立ち止まって、前に進めていない。
だから――
「俺が見せてやるよ」
左手の剣を捨て、聖剣だけを握りしめる。
無防備に、俺は剣を上段に構える。
継承スキルで得られる経験は、その人物が生涯で得たもの。
それ以上は得られない。
ただし、可能性を受け継ぐことは出来る。
歩みを止めなければ、たどり着けた一振り。
剣士が目指す到達点。
この一振りに名はない。
剣とは斬り裂く物。
剣士とは――
「斬り開く者」
究極の一振り。
ただ真っすぐに、剣を振り下ろす。
それには一滴の濁りもない。
無色透明な斬撃が、アレクセイの身体を切り裂いた。
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