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数日後、基地内部の一室。
「総員傾注! 太平洋沖合にて白鯨の出現を確認。AMSFは武力を用いてこれを排除、日本国民の安全を守れ。これまでのように奴らに遠慮する必要はない、人類に敵対したことを後悔させてやれ!」
オルカ隊とオルキヌス隊が集められ司令官にそう告げられていた。もう一部隊インセンス隊と呼ばれる部隊があるのだが、その部隊は現在SB教団員から得た情報の裏をとりにこの基地を離れている。
「なおオルキヌス隊の歌姫は前作戦で負傷中のため、今作戦の歌姫はオルカ隊のみである。そのことを気を付けるように」
つまり今作戦で白鯨を倒すためには愛歌の存在が必要不可欠であるということだ。
司令からのブリーフィングが終わり、オルカ隊オルキヌス隊の両部隊は装備を整えとある場所へ向かう。
「久々の白鯨戦だね」
平均して月に二、三度ほど現れる白鯨であるが、先月は一度も現れなかった。最多記録は月に七度の出現であり、ばらつきが多い。
「まあ平和が一番だから、全然それで構わないんだが」
AK105のスリングを利用し肩から掛けている海斗は比較的軽装で、M2と呼ばれるロシア軍で使われるプレートキャリアを使用している。だがそれ以上に軽装なのは愛歌だ。むしろ軽装というより華美な服装と言った方が正確である。
白鯨戦において歌姫の役割は前線での戦闘ではない。むしろ後方に位置する役割だ。
そしてとある理由から歌姫はある程度華美な服装が求められている。今の愛歌を見れば誰もが向かう先は戦場ではなくパーティだと答える、そんな服装。具体的に答えるのであれば赤いドレス。
軍装の海斗やレオン、サラに囲まれた愛歌は恰好が浮いていて、さながら護衛されている令嬢のようだ。
「……みんな死なないでね」
「ああ」
「もち」
「ん」
心配そうに言う愛歌にそれぞれの言葉で返事をすると、ほっと胸を撫で下ろした。
「愛歌はもう少し私たちを信じて」
「え?」
「心配する気持ちも分かるけど、私たち全員愛歌より戦歴長いんだよ。むしろ私たちが愛歌の心配するのが普通」
聞きようによっては責めているようだが、そうではなく気を使っての言葉だ。
「ごめんね、ちょっと真理ちゃんのことがあってナーバスになってるみたいで」
「じゃあこれが終わったら海斗に慰めてもらうといい」
「おい」
自分の名前を唐突に出され抗議の声をあげる。
「好きな人に慰めてもらうのが一番効果ある」
「ふふっ。ありがとサラちゃん」
「勝手に話を進めるな。相談のってやっただろ、あれで我慢してくれ」
「仲が良いな若いもんは。俺も仲間に入れてくれよ」
そこまで歳が離れているわけではないが、最年長者であるレオンがおどけてみせる。
「レオンは女癖が悪いからダメ」
「そりゃないだろー」
「あはは」
互いに冗談を混ぜながらの会話はいつの間にか愛歌を笑顔にさせていた。
やがて四人は目的の場所へ辿りつく。
大型捕鯨船艦ピークォド。
それは全長百八十五メートルにも及ぶ対白鯨用の捕鯨船だ。
白鯨は日本だけではなく世界中で現れており全人類共通の敵とされている。捕鯨船艦と呼ばれる船は条約で白鯨と戦うための兵装を除いて、艦載兵器の配備と使用を禁止されている対白鯨専門の軍艦だ。
代わりにこの船を攻撃すること、この船を用いて人類に攻撃することは禁止されており、完全に白鯨とだけの戦闘に使用される船である。
そして実はこの条約が結ばれる理由となったのがこのピークォドに積まれている特殊兵装、荷電粒子砲の存在だった。
これまでは荷電粒子砲の小型化や発射時に生まれる巨大な反動から実用化が不可能だと言われていた。しかし白鯨の骨と白鯨から取れる特殊な油、つまり鯨油を利用することによって実用化することを可能とさせたのだ。
白鯨の骨はモース硬度が十一以上あるとされ、これまで最も硬いとされていたダイヤよりも硬い。しかしその分加工が難しく白鯨からしか採取されないため、軍用など限られたものにしか使用されていない。
そしてその骨には特殊な性質があり、鯨油を共に使用することによって特殊な様々な効果を生み出す。このピークォドにおいてそれは荷電粒子砲と発射時の反動を相殺する機械に利用されている。この荷電粒子砲は現在歌姫を利用しないで白鯨を倒せるほどの威力を持つ唯一の兵器だ。ただ白鯨の油はそう簡単に入手できるものでなく、安易に使用することはできない。
それでもその途方もない威力は人間同士の争いで使用されると、必要以上に被害をだしてしまうために危惧した国々によって条約が結ばれた。
「相変わらずおっきいね」
電子化が進み多くの船員を必要としなくなった船ではあるが、平均して三十メートルほどの大きさを持つ白鯨の死体を運ぶ必要があるためある程度の大きさは今でも必要とされている。
「海斗、そう怖い顔すんなって」
他の乗組員が乗るのを待つ間静かにピークォドを見つめていると、いつの間にか近づいてきていたレオンに肩に手を回された。
「そんな顔してたか」
「自覚してなかったのかよ。サラが教団員のこと殺そうとしてるとき並に怖い顔してたぞ」
「私が、なに」
二人が話していたのが聞こえたサラが訝しむような目で見つめてくる。
「サラはちっちゃいのにそんな大きいライフル背負ったり頑張ってるなって話」
「絶対嘘。というかちっっちゃいって言わないで、馬鹿にしてる?」
「そうじゃないって。片目もほとんど見えないし体格もいいわけじゃないのによく戦おうと思ったなってことだよ」
「言ったでしょ復讐のため」
「俺にはその気持ちはわからねえわ。復讐したって死んだ奴らは生き返る訳じゃないし、よく言われる言葉だけどそいつらは喜ばないだろ」
その言葉に海斗とサラは顔を見合わせ、お互いに思っていることは同じだと確認し合う。
「普通はそう思うよね」
海斗が答えるより先にサラが言う。
「なんだよ、違うってのか?」
「違う。復讐は誰のためでもない自分のためにするもの。心の中にあるどうしようもない衝動を発散させたいがためにするの」
目元の傷跡に触れながらサラは言う。
「この傷を含めた借りは必ず返す」
「所詮復讐なんてのは憂さ晴らしでしかない。そんなのは分かっていても止められないんだよ俺たちは。自分でも醜いってのは分かってるんだけどな」
それが何も生まない行為だとは知っていても、決して止めることはできないのだ。心の奥底にドロッとした黒くて重いものが、どうやっても取り除けない。
「もー、リーダーもサラちゃんなに怖い顔してるのもっと笑って笑って」
ピークォドを眺めていた愛歌だったが、海斗たちが暗い雰囲気で話をしていることに気付きいつの間にか近づいてきていた。そして流れるような動作でサラの頬を両手で弄り、無理やり笑っているような表情をさせる。左側から回り込んできたために、そちら側が死角となるサラには逃げようがなかった。
「ほら、サラちゃん笑ってるほうが可愛いって」
「やめて」
「えー、勿体ないってサラちゃん」
そんなじゃれ合う二人の姿に微笑ましく思っていると、オリークがやってきて愛歌の腕にとまった。
鷹は鷹狩という言葉があるように狩りに使われることもある猛禽類だ。その足は鋭く生身の腕を掴まれれば当然痛みが走る。
「痛い痛い。分ったって、もう離れるよ」
サラから距離をとるとオリークはすぐに愛歌と離れた。愛歌のことを仲間だと認識しているため、オリークも手加減していたのだろう愛歌の腕には跡が残るだけで怪我一つ無かった。
「愛歌は私が顔まじまじと見られるの嫌いだって知ってるよね」
サラは入れ墨で傷跡を隠しているとはいえ、顔をじっくりと見られることを嫌う。愛歌も当然そのことは知っていたが、怒るのそっちなんだと思いつつ謝る。
「ごめん」
「……分かったならいい。ほら、私たちの番」
申し訳なさそうに顔を伏せる愛歌の腕をとりサラは歩き出す。すると愛歌は嬉しそうにほほ笑んでその後をついて行った。
「俺らも行くか」
「だな」
海斗とレオンもそれに続き、ほどなくしてピークォドは白鯨が出現した場所へと向かい始めた。
――。
そして白鯨と間も無く接敵すると予想される地点へとピークォドは到達する。
海斗とレオン、そしてオルキヌス隊は甲板、愛歌は船内、サラは艦橋でそれぞれ待機している。
『見えた、一時の方向』
サラからの報告にAK105を握る手に力が入る。
久々の白鯨との戦闘に過去のことがフラッシュバックし憎悪がふつふつとわいてくるが、オルカ隊の指揮をとる立場にある海斗が感情のままに動く訳にはいかない。目を閉じ深呼吸を繰り返してどうにか心を落ち着ける。
「まだ撃つなよ。早く撃ちすぎても愛歌がもたない。確実にあの怪物を殺すために今は我慢だ」
『そんなに気使わなくても、私大丈夫だよ』
サラに告げると愛歌が会話に割って入ってくる。
「無理をするのはそうしなければならないときだけでいい。なにがあるか分からないんだ、まだ待っとけ」
『了解』
白鯨はその高い防御力のためか、あまり攻撃手段が多くない。距離が離れている今、取れる行動は限られている。
初めての邂逅ではその迫力にのまれ身動きをとれなくなり自身の足と妹を失った。二度目の出会いでは当時の仲間を大勢失った。自身が死にかけたことは一度や二度では済まない。そういった経験を経て海斗は今この場にいる。今更恐怖にかられることもない。
「総員、何があってもすぐ対応できるように」
海斗もそう言いながら薬室に弾が入っているか、セーフティがかかっていないか等の確認を済ませる。
やがて数分とたち白鯨の姿が海斗たちにもはっきりと見えるようになってくる。
白鯨と言っても見た目はほとんど通常の鯨と変わらない。言葉にすれば簡単で約三十メートルほどの巨大な鯨が空を飛んでいる、ただそれだけだ。しかし真っ白な身体に酷く充血しているかのような真っ赤な目は不気味だと形容するほかない。
白鯨は赤子という例外を除いて人の存在に気付いたとき、獰猛な形をした歯を見せびらかすように口を開け真っ直ぐとその巨体を駆り襲い掛かってくる。その迫力は凄まじくそれを真っ向から見てしまったものは、数秒の余生を恐怖で支配されてしまう。
そして白鯨は海斗たちの存在に気付くとその巨体をピークォドに向けて駆る。最大でも時速五十キロメートルを少し超える程度だ。ピークォドの速度であれば操縦を誤らない限りは逃げ切れる。
だがその速度を維持するために極力積載量を減らしているために、荷電粒子砲以外に兵器は積んでいない。小型化に成功した、とはいってもそれは以前のとてつもなく巨大でとても実戦に使用できるようなものではなかった物と比べての話だ。
そのために海斗たちが乗船しているのだ。
「愛歌、サラ行けるか?」
『いつでもいいよー』
『同じく』
「なら作戦開始だ」
海斗が言うと間髪おかず愛歌が大きく息を吸う音と歌声が聞こえ始めた。
聞こえてくる歌は少し前に流行ったもので片思いの少女が抱く恋心を曲にしたものだ。
場違い。本来ならそう言われるはずではある行動だが誰もそれを止めようとはしない。それもそのはずで、この歌こそが白鯨の身を守る特殊な膜を無力化する方法なのだ。
特殊な力を持った女性が歌う。それを聞くと白鯨が持つ鉄壁の防御を失うのだ。何故特定の女性だけなのか、どういったメカニズムで無力化しているのかなどといったことは全く判明していない。
戦場で歌う女性というのは退廃的なためか不謹慎ながらも美しく、その様子が歌姫と呼ばれる語源となった。
選曲自体は歌姫に任されているため、愛歌のように恋愛ソングを歌う者やアニメソング、演歌を歌う者など様々だ。中には海外の歌を歌ったり、せっかく船で歌うのだからと船乗りの歌を歌う者までもいる。
だがそんな歌声も当然白鯨に届いていなければ意味がない。
そこで開発されたのが音響弾と呼ばれる特殊な弾で、この弾丸には小型化されたスピーカーが仕込まれている。白鯨に撃ちこんで直接歌を届けようという発想から誕生したものだ。だがいくら小型化されたと言ってもスピーカーを内包するため大きい銃弾、つまり狙撃に使用されるようなものでなければならなかった。
つまり白鯨戦に置いて愛歌の歌とサラの狙撃はなければならないものである。
愛歌の歌が始まった直後サラは狙撃態勢にはいった。
ボルトを引きチャンバーに直接音響弾を込めるとボルトを戻し初弾を装填しマガジンを取り付ける。こうすることによって初弾は音響弾、次弾以降はマガジンに込められている通常の弾を使うことができるのだ。そしてそれと同時に絶対に外さないという自信の表れでもある。
サラはセーフティーを外すと深呼吸をして白鯨に照準を合わせる。いくら白鯨が巨大だといっても今サラが居る地点からは距離がある上に、船上ということで波に揺られて望むとおりの狙いを付けるのはそう簡単なことではない。
それでも流石と言うべきかサラはそう時間をかけることなくレティクルを合わせ、発砲。
波音でかき消された銃声と共に吐き出された銃弾は白鯨に命中し、愛歌の歌の力で膜を中和。白鯨の体内へと深く潜り込む。
『命中』
「よし、撃てッ!」
報告を受け海斗はすぐさま指示を出しそれと同時に自らも構えたAK105のトリガーを引いた。
前回の強襲作戦の時と違いサプレッサーをフラッシュハイダーへと変更してきているため、毎分六百五十発ものサイクルで弾丸を放つAK105は激しい音と光をまき散らす。
海斗のそばに居る隊員たちも続いて発砲し、目標である白い巨体にはいくつもの赤い鮮血が飛び散り始めた。
白鯨は痛みにキュォオオオオ!! と異世界へと誘うようなこの世のものとは思えない幻想的な咆哮をする。空気を震わせる鳴き声はすさまじく、波を大きく急き立てピークォドは激しく揺れた。
それに続き白鯨は自身に大きなこぶが生み出す。やがてそれが身体から離れていき小さな白鯨の形をとった。その数は一つだけではなく、段々ポコポコと何体もの小型白鯨が生み出される。
この小さな白鯨は何かに接触すると即座に爆発するようになっている。単純だが効果のある攻撃でこれが何体も集まった所で爆発すると、その衝撃はすさまじいものとなりその場に大きなクレーターを残すことになる。それを阻止するのが白鯨への直接攻撃と並ぶ重大な海斗たちの仕事だ。
「絶対にあれを近づけさせるな!」
「分かってるよッ!!」
海斗の指示にレオンが吼え、恵まれた体格をいかしてMK46と呼ばれる軽機関銃を使って応戦する。海斗たちが使う銃と違いベルトリンクと呼ばれる方式でより多くの弾丸を銃へと送り込む。それを利用した弾幕は圧巻の一言だ。
「レオンにばかりいいとこ持ってかれるな!」
確かにレオンの活躍は目覚ましいものがある。だが頼りにしていいわけではない。戦場で求められるのは一人の英雄ではなく多くの優秀な兵だ。
海斗が激励するとそれに応えるように周囲からの銃声も激しいものとなる。
艦内にいる愛歌も、外の様子が見える場所に居り無線で聞こえてくる声と合わせ外の状況はよく理解できていた。
そのため一曲目が終わると外の状況に合わせ、ノリのいいアップテンポな二曲目に切り替えて歌い続ける。時折曲に合わせて身振り手振りする愛歌は服装も相まって歌姫の名に恥じない美しさだ。
そしてピークォドを守って白鯨からの攻撃を相殺し続けていると、余力がなくなったのか白鯨は攻撃方法を変えその大きな口でピークォドを飲み込もうとその巨体を駆り突撃してくる。単純ながらも確実な方法だ。
当然ピークォドはそれから逃げるように旋回。海斗たちも白鯨を追って甲板を移動しつつ射撃を加えていく。
何十発、何百発とその体躯に銃弾を浴びる白鯨だが中々突撃をやめようとはしない。
そして用意してきた銃弾が底をつきかけようとしてきたとき、やっと白鯨は苦しそうに身体をうねらせて後退していった。その頃にはもう赤鯨と呼んだ方がいいのではないかと言うほど血で赤く染まっていた。
「そろそろか……。愛歌!」
二曲目も終わりかけ三曲目へと移行しようとしている愛歌に声をかけ、その意味を察した愛歌は三曲目に自分が最も得意としている曲を選択する。
それとほぼ同時。白鯨から超音波のような音がしたかと思うと、赤子が耳元で泣いているようなオギャアアアアアア!! という声が大音量で聞こえる。これは白鯨が死に瀕した状態になると発する声だ。精神攻撃だと言われているが、人語を話せるわけでもない白鯨が何故このような手段をとるのかその理由は明らかになっていない。
多少の泣き声であるならば誰しも一度は生きている中で聞くことはあるであろう声だ、そこまで気になるということは無い。だがそれも耳をつんざくような声が耳元でずっと聞こえている、という状況なら話は別だ。
人は集中することができなくなり、それが長く続くほど精神にも悪影響を及ぼす。
実際海斗も含めその場にいた者は苦しそうに顔を歪めている。大音量で音楽を流して聞かせ続けるという拷問もあるほどだ、音の力を侮ってはいけない。
しかしこうなることを見通していた海斗は事前に愛歌に指示を出していた。その結果、これまでより一層気合のこもった歌声がすぐにイヤホンを通じて海斗たちの耳に入ってくる。前二曲よりも激しく勢いのあるその歌声は、ノイズキャンセリングのような効果を発揮し、白鯨の声を消し去りAMSFの面々を平常心へと引き戻す。
これは白鯨の膜を無力化するのと同程度に歌姫に求められることだ。
だが安心する一方で気を引くことはできない。最初からこれまで休憩もなく全力で歌い続けているため愛歌にあまり余裕はない。早く決着をつけるべきだ。
そう考え海斗は指示を飛ばす。
「オルキヌス隊は白鯨への集中攻撃、白鯨からの攻撃はオルカ隊で対処する」
もはや千発をも超えた銃弾を受けている白鯨は流石に体力が底を尽きようとしているため、小型白鯨を生み出す量も少なくなってきている。これならば海斗とレオン、そしてサラの援護だけでなんとかカバーできると判断した。
『了解。オルキヌス隊は白鯨への攻撃を優先する』
オルキヌス隊のリーダーからの復唱を聞きながら、海斗はトリガーを引き続け白鯨の攻撃からピークォドを守る。海斗のリロードの隙をレオンがカバーし、それでも掻い潜って近寄ってくる小型白鯨をサラが狙撃で撃破する。それを何の合図もなくそれぞれの判断でやってみせる。
ここにきて複雑な思考をする必要はなく、海斗はただ機械的に狙い続けることによって、高い命中率を叩きだすことができるのだ。
そして。
それを数分間続けた結果、突如白鯨はひと際大きく絶叫したかと思うと力なく崩れ落ち、激しい音と共にその巨体を海へと落とした。
大きく荒れる波に船体を揺られながら、海斗たちは浮上してこないことを確認する。
「ふううう」
海斗は息を吐きつつ疲れからその場に腰を下ろす。
「お疲れさん」
そこにレオンが話しかけてきた。見ればレオンが持つMK46は撃ち続けた影響でバレルが熱をもち赤くなっている。もう限界が近かったようだ。
「ああ、お疲れ。まだ若干一名頑張ってる奴もいるけどな」
戦いは終わったが、まだ曲をすべて歌ってないとそのまま三曲目を歌い続ける愛歌。これはいつものことなので特段気にすることではない。愛歌が気付くかどうかは分からないが、愛歌がいる方向へお疲れという意味を込めて軽く手を振ると、僅かにだが歌声が弾んだので恐らく見えているのだろう。
「さっさと、中に戻って休もうぜ。休めるときに休んどくのが鉄則だ」
そう言って手を伸ばしてくるレオンに捕まり身体を起こすとAK105のセーフティをかけ、マガジンを抜きチャージングハンドルを引いて薬室に収まっていた銃弾を取り出す。
戦闘が終わった後に暴発して怪我人が出たなど、笑い話にもならない。最後まできっちりやり遂げることが大切だ。
「喉乾いたし食堂にでも行こうぜ」
「おう」
レオンに誘われ海斗は共に食堂へ向かった。
――食堂で休む海斗たちと後から合流してきた愛歌やサラと話していると時の流れは早く、あっという間に母港に帰ってきていた。
作戦の報告を済まし早く自室に戻りたい一心の海斗であったが、戻ってきた瞬間に目に入った光景に思わず嫌気がさした。
「海斗お客さん」
「俺にじゃねえって。俺ら、にお客さんだろ」
「暇人だなあ、ったく」
「あはは……」
嫌気がさしたのは何も海斗だけでなく、それぞれ悪態や乾いた笑いを見せる面々だがそれも仕方のないことだった。基地の敷地を囲むように設置されているフェンスの外にある道路に横断幕を持ったニ、三十人ほどの集団がいた。そして横断幕にはこう書かれていた。
【白鯨を殺すな、白鯨も生きている。白鯨討伐反対!!】
「人類に死ねって言ってんのかね奴らは」
レオンは残念なものを見るようなそんな目で見つめながら呟く。
その集団はパッと見ただけではSB教団の者に見えるが、そうではない。ただの一般市民だ。
白鯨が現れた当初は対処方法も知られておらず多大な被害を出し恐怖の象徴であったが、今日ではいまだ脅威ではあるものの対処は可能となり、また海上から現れる白鯨を陸に近づける前に倒してしまうため一般人の目に触れる機会はそう多くない。そのため白鯨はそこまでの脅威ではなくか弱い存在だと誤解する人が一定数存在する。そういった人が集まり動物愛護だと言って抗議してくることは近年では珍しいことではない。
海斗もそれが自分たちが白鯨から市民を守れている証拠だと分かってはいるものの、平和ボケした何も分かっていない人々だと思わずにはいられない。勿論口にはしないが。
白鯨を殺すな? 確かに無駄な殺生は悪だろう。白鯨も生きている? なるほどその通りだ。彼らが掲げている言葉は正論に違いない。白鯨が人にとって有害でない場合に限って、の話だが。
他者の心配をするのは決して悪いことではない。しかしそれは前提として自分が困らないときに限られ、助けた結果自分に危害が及ぶのであれば助けるべきではないのだ。正論は人を救ってはくれない。
「でもしょうがない部分もあるとは思う。実際に体験したことが無ければ、それは映画や小説みたいなフィクションと変わらない。どれだけ凄惨な殺し合いが行われていても、画面越しに見るのであれば所詮は他人事だ」
「……くだらない」
抗議をするために集まった人々を睨みつけそう吐き捨てるサラ。
「知らなかったのか? 世の中の半分はくだらないことで出来てるんだよ」
レオンは勝ち誇ったように自信満々に答える。
「もう半分は?」
「…………自分で考えな」
「なんだ、思い付きか」
「うっせ。その話は置いておいてとりあえず中に入っちまおうぜ。いつまでもあんな奴らの言い分聞いてる必要もねえよ……はぁ。折角死傷者を出さずに戻ってこれたのにいい気分が台無しだ」
顔を背け、ずかずかと進んでいくレオンに異論のない三人は静かについて行った。




