表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

6

「すぅ……はぁ……」

 基地内部にある狙撃場、サラは千メートル先のマンターゲットを愛銃のAR-30A1で狙う。風速や湿度等を考慮したリードをとり、狙いを付けここぞという時を待つ。

 そして数秒。息を止めトリガーに這わせていた指に力をこめた。すると聞き慣れた轟音と共に火花が目の前で弾ける。視線をスコープから外し右手でボルトハンドルを操作する。極度に神経を集中させているサラには薬室から勢いよく飛び出る空薬莢すらスローモーションに見えた。

 そして放たれた銃弾はマンターゲットへと吸い込まれるようにして命中した。

「ナイスショット」

 隣でその様子を見ていた海斗は思わずそう呟いた。

「ダメダメ」

 その言葉は本心だったが、サラの感想は反対のものだった。

「頭狙ったのに首にあたった」

 プローン状態だったサラは立ち上がると残念そうに言う。そして上空で狙撃の邪魔をしないように飛び回っていたオリークが肩にとまる。

「この距離で頭を狙ってたんだろ? それが首にあたったなら誇っていいだろ。たかだか数センチの差だ」

 距離が開けばそれだけ重力や風、湿度や温度などといった要素が影響し弾は狙ったところからそれていく。千メートルも先の標的に狙撃して僅か数センチのズレで命中させるのはかなりの腕と言っていいほどだ。

「人の生死を分けるかもしれない数センチ、よ。頭にあたらなかったから反撃を受けて味方が殺される、なんてこともある。競技シーンなら誇っていいとは思うけど、実戦にでてる私がこんな結果で満足するわけにはいかない」

「ストイックだな」

 サラの言うことも理解できるが、どれだけ距離が離れていても狙った通りに狙撃するということは簡単ではない。理想論ではサラの言っていることは正しいが、それがどれだけ難しいのか狙撃手でない海斗でも分かるほどだ。

「それで何の用?」

 そんなオリークを撫でながらいつもは射撃練習を見に来ることが無い海斗に問う。

「ドーナツ買ってきた」

「!」

 その言葉を聞いたサラは瞬時に目を輝かせ、きょろきょろと辺りを見回す。先ほどまで真面目な顔で語っていた人物とは到底思えないほどで、海斗は思わず笑ってしまう。

「さすがにこんな火薬臭いとこには持ってきてないよ。寮にある、今頃愛歌たちがもう食べ始めてると思う」

「そっか」

 銃のセーフティをかけ立ち上がる。

「……本題は?」

 それだけを言いにここに来たわけではないはずだとサラは視線で伝える。

「よく分かったな」

「それ言うだけならわざわざここには来ない」

 流れ弾や暴発のことを考え狙撃場を含めた射撃場は人気の多い寮とは離れた場所にある。

「見回りでSB教団のやつにあった」

「そ」

 海斗に傷がある様子もなく焦った様子もないため、愛歌も無事だと察しているサラは無表情の相づちをうつ。

「……それで、言われたんだ。愛歌が教祖の血縁なんじゃないかって」

「昔もあったねそれ」

 その時はそんな訳ないということで話しは落ち着いた。

「ああ。それで、まあ考えすぎだとは思うんだが」

「うん?」

 勿体つけるように言葉をつむぐ海斗に疑問を持ったらしいサラはじっと見つめる。

「……もしもだ。可能性の話として僅かでもあり得るから聞きたいんだが、本当に血が繋がってたらサラは、その……どうする?」

 愛歌本人にはそんなことは無いと言ったが、海斗の中で懸念はあった。愛歌の記憶がなく過去のことが分からない以上可能性はゼロではない。サラに問うたのはもしもの時にどういう行動をとるのか知っておきたいからだった。

「愛歌が? ……」

 一度も考えたことが無かったらしく真剣に考え始めた。

 サラにとってのSB教団とは憎悪の対象でしかない。愛歌は長い間苦楽を共にしてきた相手だがそれでもその教祖と血が繋がっているとなれば、実際に悪事に加担したことがあろうとなかろうと関係ないだろう。

「……分からない」

 たっぷりと時間を使って考えたサラが出した答えはそれだった。

「分からない?」

「うん、だって愛歌は今までずっと一緒に居たし、命を救われたこともある。だから何もしない、って言いたいけど……あいつらにされたことを思うと手が勝手に動くかもしれない。海斗は別に気休めを聞きたい訳じゃないんでしょ?」

「ああ、本心で言って欲しい」

「じゃあ今言った通り。その時にならないと分からない」

「そうか。分かった」

 苦楽を共にした仲間を手にかけるかもしれないと言うサラを非難するのは簡単だろう。だが海斗も憎む相手を持つ身として、そう簡単な問題ではないと分かっている。

「じゃあこんな気分の悪い話は終わり。早くドーナツ食べに行こ」

「いや俺もちょっと練習してくから先に行ってくれ。それと、悪かったな変なこと聞いて」

「いい、待ってる」

 走ってでもすぐに食べに行くだろうと思っていた海斗はその返事に驚く。

「いいのか? ドーナツ食べたいんだろ」

「そうしたいけど、今の話聞いてすぐ戻ったら愛歌の顔見れない」

「それもそうか。じゃあちょっと付き合ってくれ」

 海斗はサラを連れ立って近くにあるハンドガン用の射撃場へと向かった。 

 ――。

「おう、遅かったなお二人さん」

 手持ちの銃弾を撃ち尽くした海斗は、サラと共に寮に戻ると広間でドーナツを食べる愛歌とレオンが出迎えた。

「私の分食べてないよね」

 キッと鋭い目線をおくるサラ。一度レオン間違えてサラの分まで食べてしまったことがあった。

「大丈夫だって。誰もサラの分までは食べねえよ」

 その時ひたすらサラに責め続けられ、ちょっとしたトラウマになっていらレオンはもう二度と間違えないと誓っていた。

「レオンもドーナツがかかったサラには勝てないな」

「ったりめえだろ。こいつ下手したら銃抜きそうな迫力あったからな」

 海斗とレオンがそんな話をしている間に、当の本人であるサラはドーナツの入っている箱に手を入れ自分の好きなものを取り頬張る。

「ふはひはほんなほとしなひ」

 私はそんなことしない、と否定するが海斗はどちらかと言えばレオンの言葉に賛成だった。

「どうだか。そういえば海斗」

「ん?」

「SB教団の捕虜いただろ」

「ああ」

「あいつがメンカルが潜んでる場所を吐いたんだとよ。今はその裏をとるために他の部隊が証拠集めてるらしい」

「それは意外だな」

 何かしらの情報を得るためにおこなわれていた尋問ではあるが、幹部であるメンカルの居場所が分かるとはだれも思っていなかった。

「わなってはのうへいは?」

「飲み込んでから話せよサラ。まあ確かに罠って可能性は十分ある。ここにきて奴の情報がよく手に入るからな」

「んくっ。どちらにしても、私はあいつらを殺せればそれでいい」

 ドーナツを飲み込み本心を語るサラ。

「だからって自分を危険にさらすような真似はしちゃだめだよサラちゃん」

「分かってる。死んだらあいつらに復讐できない」

 愛歌が望んだ答えではあったが、その理由は歪んだものだった。それでも愛歌は死ぬ気はないと答えたサラにそれ以上のことを言う気は無かった。

「今まで行方が分からなかった分今になって運が巡ってきたのか、俺らを殺そうと罠をはってるのか」

「まあどっちにしても俺たちは命令に従うだけだよ」

「だな」

 それから四人で他愛のない話をしながらドーナツを食べ、それぞれの部屋へと別れた。

 自室に戻ってきた海斗はベッドに腰掛けPx4をホルスターから取り出すとマガジンを抜く。

 スライドを少し後退させ薬室に弾薬が無いことを確認するとスライドロックを押し下げ、スライドを外す。そして中にあるバレルを外して整備を始めた。発砲後は火薬の残りかすなどが銃内部に残るため、整備を怠ると暴発したりジャムる危険性がある。

 戦闘ではそれが隙を生み生死を分けることになる。そう考えるとたかが整備といえど手を抜くことはできない。

 手慣れた動作で整備を進めていると、こんこんと扉をノックする音が響く。

「開いてるぞ」

 そう声をかけるとノックをした主はゆっくりと扉を開け中へと入ってきた。

「えへへ、きちゃった」

「なんだどうかしたのか」

 部屋を訪ねてきたのはこれが初めてではないにもかかわらず、愛歌は室内を興味深そうに見渡すと言った。。

「隣、座っていい?」

 気恥ずかしそうにする愛歌に肯定の意味を込めて頷く。Px4の整備は発砲後は欠かさず行っているため、丹念にする必要はなくもう組み立て直せば終わりだ。

「いいぞ」

 分解した時とは逆の手順でPx4を組みなおす。

 しっかりと動作することを確認する海斗の隣でスプリングが沈みギシッと音を立てる。

「……」

「どうした?」

 中々話そうとしない愛歌を見つめ先をうながす。

「その、さっきのサラちゃん何か私のこと気にしてたような気がしたんだけどなにか知ってる?」

「いや何も。気のせいじゃないか? 俺には何かあるようには見えなかったけど」

 十中八九先ほどの話のせいだろうとは思いつつしらを切る。

「そうかな。私の考えすぎなだけならいいんだけど。もし何かしてたなら早く仲直りしたくて」

「気にするな。もしそうだとしてもサラはねちねちしてる奴じゃないし大丈夫だろ」

「それならいいんだけど。……ついでに、もう一つ。相談してもいいかな?」

「気使うなって。仲間だろ」

「ありがと。その、ね……私たちこれからどうなるんだろうってちょっと思ったり思わなかったり」

「どうなる?」

「うん。街で襲われたときリーダーは撃退したけど、下手したら刺されてた……よね」

 どれだけ力量差があろうと、不意をつかれたりすればどうなるか分からない。今回はああいった行動をとるかも、と予想していたし相手も刺し違える気はなかったために事なきを得たが相手が覚悟を決めていたら違った結末になっていたかもしれない。

「それでちょっと思っちゃったの。なんで命を賭けてまで私たちはこんなことをしてるんだろうって」

 海斗を見つめ返す瞳には私たちがこんな危険を冒す必要があるのかと書かれており、不安な様子がありありと見て取れる。

「ほら、私がここに来た時はもっと人がいたじゃない。リーダーもその時はリーダーじゃなかったし」

 今ではオルカ隊と呼ばれるこの部隊をまとめる立場にいる海斗だが、それも最近の話であり海斗がリーダーとなったのも前任者たちが何人も戦死したからだった。

「私嫌だよ。自分が死ぬのも、リーダーが死ぬのも、レオンやサラちゃんが死ぬのも。真理ちゃんとだってお別れなんてしたくなかったもん……」

「俺だって他のやつだってそうだよ。でも、誰かがこういうことしないと被害が大きくなるだけだ」

「それは、そうだけど……」

 頭でわかっていても心が納得しない。そんな様子だ。

 助けた相手から後ろ指を指されることもある。その人を助けるために死傷者がでている時などはたまったものではない。

「まあ、分るよ。俺だって普通に生きれたら生きたかった。……愛歌はこの生活が嫌か?」

「……嫌じゃないよ」

 愛歌もこの部隊に来た当初は当然銃の扱い方も何も知らなかった。だがそこから銃の扱い方を覚え、戦闘訓練を耐え、幾度も作戦を遂行できるようになるまで成長してきた。

 しかし人の命を奪うのは今でも苦手で、愛歌はトリガーを引く度に顔をしかめる。本来はそんなことはできない優しい性根なのだろう。それでも愛歌は、この生活を嫌ではないと言った。

「記憶のない私にとってはここにあるものがすべてだから。好きな人もここにいるし」

 そう言ってはにかむ。

「……まあお前の支えになれてるならそれでいいよ」

「だから、だから……死なないでね。みんなとお別れなんてもう嫌。私の中から何かが無くなってくような気がして……」

 記憶のない愛歌にとって、ここにあるものが全てと言っても過言ではない。昔はもっといた仲間も今では海斗、サラ、レオンの三人になってしまった。

「大丈夫だよ。俺たちだって死にたい訳じゃないから、そう簡単に誰もいなくなりはしないさ」

「ん、ありがと……」

 二人で話をして大分楽になったのだろう。海斗を見つめる目に不安の色はない。

「落ち着いたか?」

「うん、もう大丈夫。ごめんねリーダー。ほら、私って歌姫だから。過去は無いし未来には何も残せないから……。真理ちゃんのこともあって色々と不安になっちゃって」

 白鯨討伐に必ずといっていいほど必要な歌姫の能力。

 だがそれは遺伝するものではない。むしろ、絶対にありえないと断言できた。

 何故なら歌姫は子をなすことができないからだ、すべての歌姫に例外なく。愛歌が未来に何も残せないと言ったのはそういったことであり、これまで生きてきた軌跡がなく、未来に何かを残すこともできないのでは何のために生きているのだろう、と不安になってしまったのだ。

「もう少しだけここにいて良い?」

「好きにしろ」

「じゃあちょっと本借りるね」

 そう言って本棚から本を抜き取ると、ベッドに腰掛けて読み始めた。海斗はそれを気にすることもなく空になったマガジンに弾を込め始めた。

 特に会話もかわすことなくただ時間だけが過ぎていくが、愛歌はこの空間が好きだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ