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 海斗の運転するバイクに乗り愛歌は少し離れた街へとやってきた。

「んー、やっぱここは賑やかで楽しそうだねー」

 大きく伸びをした愛歌は行き交う人々を見て言った。

 二人が今いる場所は駅前だ。そのこともあり、老若男女問わず多くの人々が行き交いしている。一見した限りでは前回見回りをした時となんら変わりなさそうだ。

「この平和な空気は何度味わってもいいね」

「そうだな」

「うんうん、やっぱ街はこうじゃないと」

 先日の戦闘が嘘のように感じられるほど街は平穏だ。自分たちが命を懸けて守る場所が平和でなければ意味がないと愛歌は微笑む。

「気持ちはわかるけど、見回りに来てることを忘れるなよ」

 なにも本気で心配しているわけではない。だが気を抜いた一瞬が生死を分けることは決して少なくないことを知っているため、そうあえて口にしたのだ。

「大丈夫だってリーダー。私はまだまだずーーーっとリーダーと一緒にいたいから死ねないよ」

「頼むからその言葉を嘘にしないでくれよ」

 体質なのか他の部隊員と比べても異常なまでに怪我の治りが早い愛歌だが、だからといって楽観視できるわけではない。

「任せておいて! じゃあリーダー出発しよー」

 張り切った様子でそう言った愛歌はいつも通りの巡回ルートを進み始める。

「ね、ね、リーダー。私たち今他の人たちからどう見えてるんだろうね」

 学生のカップルとすれ違うと、そちらに視線をやりながら愛歌はひそひそと問いかけた。

「どうってデートじゃないか。そういう風に見えるようにしてるんだし。そうじゃなかったら兄妹とか」

「ぶう。一言余計だよ」

「人から恋人同士に見えたとしても、事実が違えば意味ないだろ」

 見回りのための偽装という意味ではそれで十分だが、愛歌の言っていることはそうではない。

「もしかしてリーダーは他に好きな人がいたり……するの? もしかしてサラちゃんとか」

「なんだよ今更急に。今までそんなこと気にする素振り見せなかったのに」

「だっていくら言ってもリーダー素っ気ないんだもん。それにサラちゃんとよく話してるし」

 目の前の愛歌は不安げに表情を歪めている。

「それはあいつがSB教団のことになると、暴走することがあるからだよ。特別な感情なんかない」

「じゃあ誰も好きな人はいないってことで良い?」

「ああ」

「……そっか。よかった」

 ほっと息を吐き、愛歌は静かに海斗のあとをついて歩く。先ほどよりも距離が近いが邪魔になる位置でもないため、あえて指摘することはしなかった。

 それから数時間ほど周囲を見て回るが特に異常はなく、何一つとして問題がないことを確認し海斗たちが帰路につこうとしたその時だ。

「約百年前に現れた白鯨様ですが、いまだに詳しいことは分かっていません。それもそのはず白鯨様は神様が使わせた使者なのです」

 胡散臭い言葉を重ねる白い服を着た男が道の端にいた。SB教団だ。

「リーダー」

「ああ。来たときは誰もいなかったのに」

 愛歌と目を合わせアイコンタクトをした後、男に気付かれないようにゆっくりと近づいていく。

「それを恐れ多くも政府は武力を用いて白鯨様に危害を与えています。白鯨様は攻撃を受けるとまるで人間の赤子のような声をあげると言われていますが、それは人間にやめてくれと伝えている声に違いありません。しかし、それすらも聞かずに一方的に危害を与え続ける政府やAMSFは悪なのです」

「好き勝手言ってるな」

「いつもの事だけど……どうするリーダー?」

「万が一の時のために銃をすぐ抜けるようにしておいてくれ。話し合いで終わればそれが一番だからな」

 最悪の状況にならない限りこんな街中では発砲したくない。

「うん」

 愛歌は言われた通りにホルスターのスナップ式ロックを外す。

「なあ」

「なんでしょう」

 海斗は男の目の前に進み出ると躊躇することなく話しかける。

「一つ聞かせて欲しいんだが白鯨に襲われた人たちのことはどう思ってるんだ。まさか神の使いに殺されたから仕方がないってか?」

 白鯨の対処方法が確立されたとはいえ、民間人の被害を零にすることは未だに不可能だ。必ず海からやってくる白鯨のためにAMSFの所属する基地は海岸にある。それでも白鯨の討伐には歌姫が必須であることや、運悪くSB教団と戦闘していたりするとどうしても対応が遅れてしまうことはある。そうでなくとも漁に出かけた漁船が襲われる場合も存在する。

「いえ、その人は殺されたわけではありません。選ばれたのです。そして選ばれた者は神様の元へと旅立つのです」

「ふうん、あんたらはそんな風に考えてる訳か」

「考えてる、というよりもただの事実ですので」

 白鯨はそこにあるものすべてを飲み込む。そしてその先がどうなっているか、というのは誰にもわからない。しかし飲み込まれた者に再び会えたことは無く、ただただ存在が消滅するというのが通説になっている。

 いくら白鯨が今までの常識を覆す存在だからといって、神の元へと送られるとい戯言を信じることはできない。

「事実として、生まれたばかりの赤子は襲わないでしょう?」

 信じる気のない海斗たちを見て男はそう付け加える。

 その言葉は事実だ。白鯨は人を見れば見境なく襲うが唯一の例外があった。生後一年未満の赤子だけは何があっても襲わないのだ。白鯨が怪我を負い瀕死状態になると赤子のような鳴き声をあげることもあり、それに関連付けて何か意味があるのではと考えられているが答えは未だに出ていない。

「だからといってそれが証拠になるわけじゃない。まったくの偶然かもしれないしな」

「話になりませんね、信じる気がないのでしたらなら早くどこかへ行ったらどうでしょう」

「それはいいが、その時はお前も一緒だ。お前がここで話をしていることに、みんな飽き飽きしてるんだ」

「いいがかりですね。大体あなたに言われる筋合いはないと思いますが、警察というわけでもないのでしょう? ……もしかして、政府の行動が正しいと思っている異端者なのでしょうか」

「らちが明かないな。ここは公共の場だ。大勢の迷惑になる事はやめろと言っているだけだろう」

「それはこちらのセリフですよ」

 会話を続けるうちにだんだんと男の声に苛立ちが含まれ始める。

 どうしたものかと海斗が思考を巡らせていると、背中側で服の裾がくいくいと二度引っ張られた。それは事前に取り決めていた合図だ。

「……どうやら話はここまでのようだな。愛歌後ろは任せた」

 愛歌はその声を聞くとすぐさま後ろを振り返り、ゆっくりと近づいてきていた大柄な男を見据える。

 大男は気付かれていたことに驚いた素振りを見せる。

「話し合いの途中であんな男を呼ぶなんてどういうつもりだ」

 ちらりと背後の様子を確かめ、正面の男に海斗は問いかける。

「いえ、あの方は私の知り合いでは……」

「あの白い服、お前らSB教団員の特長だろ。それにだまそうとするには、反応を大きくしすぎだ。どうする、話し合いで解決しなければ実力行使か?」

「チッ。まあ、いい。二人ともASMFの隊員だろ、もともとお前らをおびき出す作戦だったんだ。つまりこれは予想通りの展開ってやつだ」

 目立つことを嫌い人手を集めなかったのか、先日の強襲作戦のために行動可能な人員がいないのか。どちらにせよ相手が二人だけなのは助かる話だ。

 海斗と男が話している間にもその後ろで愛歌が戦闘を始めていた。

 大男が振りかぶって愛歌を殴りかかる。何か格闘技をやっている人間なのだろう、その動きは素早い。だがそれはあくまでスポーツとして格闘技をやっている人間の中では、の話だ。愛歌はその右手を左手ですぐに払いのけ相手の顎めがけて掌底を放つ。大男はカウンター気味に入ったその攻撃に思わず踏ん張り切れずに倒れてしまう。愛歌はそのまま慣れた手つきで大男の腕をとり拘束する。

「終わったよリーダー」

 激しく動いた影響でキャスケットが落ち、白髪が露になった愛歌が海斗に報告する。

「だ、そうだがお前はどうする?」

 それを受け目の前の男に問いかける。しかし男はそれに気付いた様子もなく、視線は愛歌に釘付けになっていた。

「白髪……」

 どうやら愛歌の髪を見て驚いているようだ。確かに珍しい髪色ではあるが、自由に髪の色など染められるこの時代にそこまで驚くことかと疑問に思っていると男は続く言葉を発した。

「あ、あなた様はもしかして、教祖様のご血縁の方なのでしょうか……?」

 男が言ったことは突拍子もないことであるものの実は海斗も愛歌も初耳ではなかった。以前にもSB教団員が似たようなことを言っていたのだ。

 その言葉から教祖は白髪なのだと予想をたてることができる。だが元々白色を神聖視しているSB教団の教祖だ。髪を白く染めていたところで驚くことではない。

「そんなこと言って時間でも稼ぐつもりか?」

 聞いたことに素直に答えろと、上着を少しだけめくり腰元にあるホルスターを相手に見せつける。実際に撃つ気はなくとも脅すには効果的だ。

「……大人しく投降する」

 一度だけ捕縛されている大男に視線をやる。そしてこの状況から脱する方法が思いつかなかったのか、少し間をあけて両手を頭の上にあげ投降の意を示す。

「ったく、最初からそうしてればいいんだ」

 面倒もこれで終わりだと、振り返って愛歌に終わったこと告げ警察に連絡する。こうした街中や個人宅を訪問し入信を勧めてくる者は一番の下っ端だ。持っている情報もたかが知れるため、警察に突き出す方が手っ取り早い。

「……それでは、お願いします」

 連絡を終えスマホをしまおうとしたその時だ。

「リーダー、後ろ!」

 愛歌の切羽詰まった声に背後を見ると、先程の男が隠し持っていたらしいナイフを手に振りかぶっていた。

 だが海斗はそれを見ても慌てることなく、手で防ごうとすると危ないと瞬時に判断し振り返る勢いを利用して回し蹴りを放つ。

 コントロールよく放たれた蹴りは男のナイフに丁度ぶつかり、カンッと音がして刃の部分が折れる。その光景に驚きで行動が止まっていた男に向き直った海斗はそのまま腕を固めて捕縛する。

「次不意打ちしようとしたら、今度はお前自身を蹴るからな」

 こういった時は義足でよかったと心の底から思える数少ない場面だ。AMSFとしての活動にも耐えられる作りのためこうした使い方も可能なのだ。

「……ぐっ」

 男は今度は心から戦意を失ったようでガクッとうなだれる。

「リーダー! 大丈夫!?」

「平気だよ。教えてくれてありがとな」

 安堵させるためにわざと微笑みかけると、愛歌はほっと安堵した。

 そして数分とたたずにやってきた警察官に事情を説明して男たちを引き渡す。

「もー、折角平和なまま終わると思ったのに」

 その様子を眺めながら、頬を膨らませて怒りをあらわにする。

「ま、誰も傷ついてないんだからよかったよ」

「そうだね。それにしてもあの人たちの考えはほんと分からないよ」

「向こうからすれば俺らの考え方のが理解できないんだろうけどな。そもそも簡単に分かり合えるなら、こんなに関係がこじれることもないさ」

「みんな仲良くできたらいいのにね」

 それは理想論だ。だがこんな生活を長く続けているとそう思わずにはいられない。

「まあな。でも人それぞれ大事なものってのは違うからな。あと、サラの前でそういうこと言うなよ」

 過去に受けた仕打ちを考えれば、サラがSB教団と和解する日は永遠に来ないだろう。愛歌もそれは分かっているため頷いた。

「分かってるよリーダー」

「……そういえば、サラのドーナツ買ってかないと」

 帰りに買っていこうとしていて、先ほどの出来事ですっかり忘れていたサラとの約束を思い出す。

「サラちゃんに?」

「昨日色々とあってな」

「へー。……今日私頑張ったんだけどなー、リーダーのピンチも教えたんだけどなー」

 含むような口調と何かをねだるような視線。愛歌が言わんとすることは簡単に察することができる。

「わざわざそんな言い方しなくても、ドーナツぐらい買ってやるって」

「ほんと!? やったー。じゃあ早く買いに行こ」

 嬉しそうに笑みを浮かべ海斗の手を取り、店へと引っ張る。

「なんだ、そんなにドーナツ好きだったのか?」

「む、違うよリーダー。私が好きなのはドーナツじゃないもん」

「あー、はいはい。そういうことな」

 拗ねたような口調で言い、熱っぽい視線を向けてくるため嫌でもその意味を知る。

「リーダーは鈍いんだか鈍くないんだか、分からないときがあるね」

「まあ一応妹いたからな。そういう話も何回か聞いたことあるし」

「仲良かったんだね」

「まあな」

 今でも海斗は妹が生きていた時のこと、そして白鯨に殺されたときのことを夢に見る。そのたびに妹を助けられなかった後悔と苦しみ、白鯨への憎悪を再確認させられる。白鯨を妄信するSB教団のことも良くは思はないが、それでも直接手を下した相手ではないためその意味では憎しみを持ってはいない。

「生きてればお前と同じ年頃だったし、性格も似てたから仲良くなったと思うよ」

「そっか、会ってみたかったな……」

 心底残念そうに言う愛歌に海斗は思わずかける言葉を見失う。

「ねえリーダー。……話はちょっと戻るんだけど、さっきの男が言ってたSB教団の教祖が私の血縁ってこと」

「ねえよ」

 何を言おうとしているのか察した海斗は、言い終わる前に言葉を挟んだ。

「私まだ最後まで言ってないんだけど」

「教祖が父親とか祖父かもしれないって言いたいんだろ。記憶がないからそう考えるのも分からなくはないけど、そんな偶然あるわけないだろ。髪の色だって必ず遺伝するって訳じゃないんだ」

「そうかもしれないけど、でも……」

「でもじゃない。その教祖がもしお前の父親とかだったとして。それでこれまでやってきたことはすべてお前のためだ、って言われでもしたら許すのか?」

「ううん、許さない。どんな理由があってもあの人たちのやってることは正当化されるものじゃないから」

「そう思うなら大丈夫だ、お前は俺たちの仲間だ。大事なのは生まれじゃなくて、今どうしてるか、これからどうするか、だからな」

「……うん。ありがとリーダー」

 そう言ってにこりとほほ笑む。

「あんまりそんなことばっか言ってるとサラに撃たれるからな。もうそんなこと考えるんじゃねえぞ」

「あはは。そうだね」

 海斗の冗談に愛歌が笑う。

 そして二人は気付けばたどり着いていたドーナツ店へと入っていった。

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