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次の日。
日中ずっと部屋の中で悩んでいた海斗は、気分転換にバーへと足を運んだ。
海斗がやってきたことに気付いたマスターは注文を取りに近寄る。
初老を少し過ぎた年頃で、優しく引き出しが多く親しみやすい性格のためオルカ隊の面々とも親交がある。
「ギムレット」
海斗が注文を言うと、マスターは気遣う表情になる。
「あ、いや今日はそういうのじゃないですよ」
いつもギムレットを頼むのは誰かが戦死した時であり、当然マスターはそのことを知っている。そのため今回もそうなのだと誤解したのだ。
海斗がそれを否定すると、マスターは安堵した顔に変わる。
「一人でやってきて、ギムレット頼むものですから驚きました」
「すみません。このギムレットは今の仲間の分じゃなくて、昔死に別れた妹の分です。昨日何年も経ってやっと気持ちの整理ができたので」
「人の死というのは辛いものです。特に親しい友人や肉親などは」
会話をしながらも慣れた手つきでカクテルを作っていたマスターは、出来上がったギムレットをグラスに注いで海斗の前にだす。
「しかし整理がついたにしては浮かない表情をしていますね」
海斗の表情が浮かないのは、そのことと関係ないことに気付いたマスターはそう声をかけた。
長い間バーのマスターをやっているだけあって、観察眼に優れている。そして相手が本当に嫌がることには絶対に踏み込んでこないため、とても話しやすい。
「悩みがあるんです。結構大き目な」
「私でよければお聞きしますよ。人に話すだけでも楽になることはあります」
「…………すみません。お言葉に甘えさせてもらいます」
勿論具体的なことは話せないが、それでも相談することはできる。海斗は個人名や愛歌の正体などを隠して悩みを聞かせる。
意図的にぼかされた部分を問いかけることもなく、マスターはただ相槌だけを打って静かに聞いていた。
「そうですか……」
話を聞き終わり、マスターは何と答えようか少しの間思考する。
「正直、私には復讐しようなんて思ったことが無いので分かりかねますが……全てを覚えて抱え込む必要はないと思いますよ」
「復讐なんて忘れろってことですか?」
「いえ、そうは言いません。ですが人は辛いこと、悲しいことすべてを覚えては生きていけないと思うのです。大切な人との別れは、誰しも酷く辛いもので心に大きな傷を残します。しかしそれをずっと残したままでは、新しい傷を負った時に耐えられなくなってしまいます。正面から受け止めることはとても大事なことだと思いますが、全てのことを受け止められるほど人間は強くないし大きくもないのです。ですから時には見ない振りをしたりするのも悪くないと思いますよ」
「マスターの言うことも分かります。実際、このこと以外は俺もそうしてきました。ただ……このことだけは」
「そうですか……。では、最後にもう一言だけ」
そう簡単に答えの出る問題ではないと理解したマスターは、自分の人生経験で学んだことを伝えた。
「人が何かを選ぶとき、ほとんどの場合その時にはそれが正解か不正解かは分かりません。その選択が正しいものかどうかを決めるのは、その後のあなたの行動しだいです」
「ありがとうございますマスター。相談に乗ってもらって」
「いいんですよ。人と話すのが好きでこの仕事してますし、あなた方の仕事のおかげで平和にすごせてると思ってますので、これぐらいは力にならせてください」
柔和に微笑むマスターに海斗はここに来てよかったと思う。問題の解決には至らなかったが、それでもいくらか気分が楽になった。
数日後。
夜遅くになってようやく結論を出した海斗は愛歌の部屋を訪れ、ノックした。
「はーい、誰ー? あ、リーダー……」
元気に扉を開けた愛歌だったが、その先にいるのが海斗だと認めたところで不安気な表情になる。
「ちょっといいか?」
「ん、いいよ。もしかして……答え、でたの?」
「ああ。決めた」
「そっか……どうしよっか、私の部屋でいい?」
どうするのかとは一切問わず愛歌は問いかけ、海斗は無言で頷く。
愛歌に招かれ室内にはいった海斗は、同じ間取りなのにそこに住む人が違えばこうまで変わるのかと興味深そうに部屋を見まわす。
「そういえば、リーダーが私の部屋にくるの初めてだね」
サラやレオンの部屋は訪れたことはあるのだが、愛歌の部屋だけは意図して避けていたこともあり一度もきたことが無かった。
同じ女性とはいえサラは実用性重視の内装であまり異性の部屋という気持ちはあまり湧かないのだが、愛歌はぬいぐるみや小物などが多く飾られていて可愛らしい見た目をしていた。
「…………」
数回深呼吸した愛歌は覚悟を決めベッドに腰掛ける。
「いいよ。できれば一発でお願い」
海斗がどれだけ白鯨を憎んでいるのかを知っている愛歌は、白鯨である自分を許してもらえるとは露ほどにも思っていない。そのため海斗が結論を言う前にその後の行動を促す。
それを聞いた海斗はホルスターからPx4を取り出し、セーフティを外す。そしてチャンバーを覗き込みながらスライドを引いて銃口を愛歌に向けた。
「私は今でも人間が、リーダーが大好き。リーダーに殺されたってそれは変わらないよ、今までありがとうリーダー。これからも白鯨討伐頑張ってね」
それだけを言い残すと口をつぐんだ。
「目閉じないでいいのか?」
「うん、最後まで綺麗なこの世界を……リーダーを見ていたい」
「そうか」
海斗は愛銃の引き金にかかった指に力を入れる。
その様子をしっかりと見ていた愛歌にはハンマーが落ちていくのがゆっくりと見え、ハンマーが落ちると同時にカチッと小さな音が鳴った。
「?」
それはどう聞いても銃声ではない。現に愛歌は痛みもなくまだ意識があった。
一瞬不発を考えた愛歌だったが、海斗の表情を見るとどうやらそれも違うらしい。
セーフティは外してるし、もしかして弾の込め忘れ? と愛歌が思考していると海斗が口を開いた。
「これで"白鯨の"愛歌は死んだ。今俺の目の前にいるのは"人間の"愛歌だ」
元々マガジンに弾は入っておらず、万が一のことが無いようにスライドを引いた時にチャンバーに弾がないことをしっかりと確認していた。つまり、海斗には元々撃つ気はなかったのだ。
「え。それでいいの? だってリーダーは奈菜ちゃんを殺した白鯨が憎いんだよね……?」
「ああ、今でも変わらず滅ぼしたいと思ってる」
「じゃあなんで」
「でも白鯨が憎いからってそれだけを目的に行動していたら、俺自身が白鯨と変わらない」
人類を滅亡させようとしている白鯨の目的は復讐だ。海斗がこのまま行動をしていれば、それは白鯨と同じになってしまう。
「あとは、なんというか……お前を殺したくなかった。最初にお前に銃を向けた時、奈菜と被って見えたんだ。俺のために自分の命を賭けた奈菜に。今でも白鯨のことを憎い気持ちに変わりはない。でも人間もそうであるように、白鯨の中にも良いやつと悪いやつがいるんだって気づいたんだ。今までのお前を思い出してな」
「今後私みたいなのが生まれるのは、ほぼないけど思うけどね」
巨大な白鯨の姿になるには、多くの水子が必要となる。水子の霊の多くは人を恨んでおり、人を許している存在は少ない。そのため白鯨の姿になる前に、人類を憎む水子たちに淘汰されてしまうのだ。彼らはたとえ同族であっても容赦はしない。
そのため通常人類に味方する水子たちは、白鯨になるのを待たず人の身に宿り宿主になった人間に力を授けるのだ。
愛歌の場合はなんとか淘汰されずに生き残っていた水子が、偶然集まって生まれた白鯨に過ぎない。つまり、愛歌のような白鯨は今後生まれる可能性は少なく、もし生まれたとしても数十年は先のことだろう。
「なら、お前以外の白鯨を殺すだけだ」
「……じゃあ私はこれからもリーダーたちの仲間ってことでいい、んだよね?」
「そういうことだ。……悪かったな、銃向けて」
「ううん、リーダーが奈菜ちゃんのこと大切に思ってるのは知ってたから。ああなることは予想してたんだ、だから気にしないで。それよりもこれからもリーダーと一緒に居られるってことの方が嬉しい」
「殺されかけといて、まだそんなこと言うのか」
愛想をつかしてもおかしくないことをしたと自覚のある海斗は、少し呆れた様子で愛歌を見る。
「たとえ殺されてたって、私はリーダーのこと好きでいたもん。私はリーダーが好きだから、リーダーになら殺されてもいいって思ったんだよ」
「お前が一番人間っぽいと思ってたけど……思い違いだったな」
随分と入れ込まれてるな、と思う海斗ではあるがそれが嬉しくもあった。
「?」
「いや、こっちの話だよ」
「そっか。じゃあ、これからもよろしくねリーダー!」
にこりと笑顔を浮かべる愛歌を見ると、自分の判断は間違っていなかったと海斗は思った。
「愛歌」
「なに?」
「俺が今更言うのもなんだが愛歌も過去のこと辛かっただろ。大丈夫なのか」
自分に余裕がなかったために今まで気を回すことができなかったが、愛歌も取り戻した記憶に衝撃を受けているはずだ。
「……リーダーが、一緒に居てくれるならなんとか平気かな」
「物好きだな」
「他の人からすればそうかもしれないけど、私にとってはこの世で一番魅力的な男性だもん」
否定して欲しい気持ちもあったが、それ以上に愛歌の言葉は海斗にとって嬉しいものだった。
「そっか」
「うん、そう! あ、あとリーダーから貰ったこのネックレス、ちょっと手加えてもいいかな」
「もうそれは愛歌の物だから自由にしてくれていいよ」
「ありがと、リーダー。じゃあ今日はとりあえずみんなに仲直りしたって話に行こ」
「そうだな」
愛歌の提案を承諾し海斗は共に仲間たちの元へ向かった。




