19
「ちょっと出てくる」
後日、外に出ようと思い広間まで行くとサラと出会った。
「家出?」
「違う。休日に出かけるぐらいおかしなことじゃないだろ」
昨日はレオンと共に見回りを終え、今日は休日だ。緊急事態が起きない限り海斗の自由は保証されている。
「ちょっと生まれ故郷に、な」
「……そう」
正直に行き先を告げるとそれ以上追求することは無かった。
海斗が生まれたのは霧ヶ丘市と呼ばれる地域だ。近年で一番大きな白鯨被害にあったことで有名な場所であり、未だに傷跡が残っている。
このタイミングでそんな場所に行く意味をサラは悟ったようだ。それ以上何かを言う様子はなかった。
「じゃあな」
サラに見送られ、海斗は寮を出るとバイクにまたがる。電車に乗った方が早く着くのだが、時間をかけてバイクで行きたい気分だったのだ。
何かあったときのためのPx4、そしていくらかの金だけを持ち移動すること数時間。
海斗は霧ヶ丘市到着していた。海に面している市であるため海の匂いがするのだが、これが帰ってきたという実感を沸かせる。
昔住んでいた家も家族もいないが、それでも生活をしていた場所だ。懐かしいものがある。とはいっても毎年奈菜の命日には墓参りにきているのだが。
実家近くの駐車場にバイクを止め海斗は徒歩に切り替えると、周囲を散策する。いつもは墓参りに来るだけであり、それ以外の場所によることは無いため新鮮な気持ちだ。
「お、残ってたのか」
ほとんどのものが白鯨によって消滅させられたと思っていた海斗は、通っていた駄菓子屋が今もその場所にあったことに驚く。
ただ建物は存在するものの、長い間営業していないのか塗装が色あせてしまっている。それでも昔を懐かしむのには十分だ。
「昔奈菜とよく来てたんだけどな」
海斗はそうでもないが、奈菜は甘い物やお菓子が好きだったため付き添いとしてよく買いに来ていたのだ。
「あいつ、チョコとか駄菓子とか好きだったからな……俺の分まで食いやがって」
そのことを両親に告げ口すれば「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われる、それが昔は嫌で仕方なかったが今ではいい思い出だ。
「……確か、ここからもう少し行って右手に……、こっちは残ってないか」
海斗が向かったのは公園だった。駄菓子屋から徒歩数分の場所にあったのだが、今はもう住宅となっていた。
それが白鯨による影響か、時代の変化によるものなのかは分からないが少し悲しい。
「奈菜が家まで待てないときは、ここで食ってたっけ」
新作の駄菓子が発売された時など家に帰るのが待ちきれず、この公園によって先に食べていた。
たまにかじった駄菓子をそのまま海斗に譲ることもあったが、それは優しさではなくただ口に合わなかったから、という理由からだった。
だがそれが海斗にとって好ましい味であったりと、同じ環境で育ったにしては違いがあり面白い違いだと思っている。
「もう少し、歩いてみるか」
十年以上奈菜と共に過ごした場所だ、思い出のある場所は他にもある。
「ここからだと小学校が近いか」
流石に学校は無くなっていないだろうと、そちらへ向かう。
数分後、子供の元気な声が聞こえてくる小学校へとたどり着いていた。
小学生時代には十分以上かかっていた道のりだが、たった数分でたどり着いてしまい当時との差を感じる。
校庭には授業中らしい小学生たちが元気にサッカーボールを追っていた。体育の授業といえど動きたい盛りの子供たちだ、遊びと大差ないのだろう。
そんな様子を眺めていると、昔の自分たちもあんな感じだったなと懐かしくなる。その時の海斗と奈菜はまだ白鯨を直接目にしたこともなく、平和に過ごしていた。
「こうして見てると、ほんとに懐かしい」
校庭を走り回る小学生に自分を重ねる。
あまり長居して不審者に間違えられるわけにもいかない。適当に時間がたったころ他の場所へと向かう。
二人が通った中学校や本好きの奈菜がよく行っていた本屋、荷物持ちに付き合わされた服屋や見晴らしがよく奈菜が嫌なことがあった時にきていた海辺など順々に歩いて回る。
「奈菜は広くていつでも変わらずにあり続ける海を見ていると、自分の悩みが小さく見えるって言ってたな」
流石に殺す殺さないの悩みが小さく見えることはないが、それでも少しは気持ちが軽くなることを海斗は感じる。
「……あまり時間もないし、もう行くか」
気付けば明るかった空も少し薄暗くなってきている。帰る時間を考えればあまりゆっくりしていられない。
海斗は最後に絶対行こうと考えていた場所、奈菜の墓へと向かう。命日には必ずきている海斗ではあるが、逆にいえば命日以外でここに来たのは初めてのことだ。
一度バイクを取りに戻ると、少し買い物によってから奈菜の墓がある墓地へと向かう。
丘の頂上にあるため見晴らしはいいのだが、いつも帰り道にはそんな気分になれないため一度もそれを楽しんだことは無かった。
バイクを駐車場へ止めて墓へと向かう。
この墓地は奈菜以外にも白鯨によって亡くなった人が多く埋葬されている。故にいつもは多くの人と出くわすのだが今日は命日ではないため海斗以外の人はいなかった。
墓の目の前までやってくると、途中で買った奈菜が好きだった駄菓子を並べていく。
「毎年なに持ってきていいか分からなくて菓子ばっかり持ってきてるけど、いいよな?」
よく駄菓子や甘い物を食べていたイメージが強いが、亡くなる少し前には「体重が」「ダイエットしないと」などよく口にするようになっていたことを思い出し、許してくれと呟く。
「お前がもっと成長したらどんな風になったかってたまに考えるよ」
返ってくる声は無いと知りながらも、言葉を投げかけ続ける。
「俺と違って勉強はできたし、人気もあったからきっと夢を叶えられただろうな」
お兄ちゃんっ子ではあったものの明るくて誰にでも平等に接し、パーソナルスペースが小さく男女関係無しに身体を寄せるため誤解する同級生も多かった。現に告白されたという話を何回か聞かされたことがあった。
「もうお前と別れて何年もたつってのに、全然忘れられねえや……」
奈菜のことを忘れたくない、と常に思っていることではあるがそれは同時に当時の痛みも忘れないということである。成長し大人の仲間入りをした今ではある程度感情のコントロールはできるようになったが、辛いことに変わりはない。
奈菜との思い出は楽しいことや嬉しいことが多い。しかしそれと同時に悲しいものでもある。
そう思った海斗は、ふと愛歌の顔が浮かんだ。
「……あいつは。あいつの記憶はもっと悲惨だったんだよな」
ずっと取り戻したいと思っていた記憶は、取り戻したくなかったと思ってしまう記憶だった。
海斗は辛い時には過去の楽しかったことなどを支えにすることがある。過去があるからこそ未来を信じて歩けるのだ。
だが愛歌にはそれがなく、辛い記憶しかない。
つまり支えになるのは記憶ではなく、今を生きる愛歌の周りにあるものだけだ。
悲惨な過去を思い出し、好意を持っていた人に銃を向けられ、海斗がそれを望むのならば受け入れると発言する。どれだけの勇気と覚悟が必要なのか海斗には想像もつかない。
「俺もしっかり向き合わないとな……」
愛歌がしっかりと受け止めているのに対し、自分だけ逃げ続けているのは卑怯だと思った。
「奈菜、そろそろ俺もしっかり過去と向き合うよ。お前のこと忘れる訳じゃないけど、少し整理するよ。前を向くために」
今でも奈菜のことは変わらずに大切に思っている。しかしいつまでもいない者の影に影響を受け続けるわけにはいかない。
「お兄ちゃん頑張るからさ。見守っててくれ、お前が見てくれてるなら俺はなんでもできるからさ」
墓に手を這わせ、しみじみと呟く。
暫しのそうしていた海斗はやがて立ち上がるとその場を後にした。
「お、やっと帰ってきやがったか」
寮に戻ってくると、広間にいたレオンと鉢合わせる。
「帰ってくるの待ってたのか?」
「男が帰ってくるのなんか、好き好んで待たねえっての。ただサラからどこに行ってるのかは聞いてたから、何か進展があったんじゃねえのかと」
「どうするかまだ決めた訳じゃないけど、ちょっと覚悟決めてきた」
「そか」
海斗の言葉にレオンはただ頷くと、満足したのかその場を去っていった。
サラやレオンも愛歌が白鯨だという話を聞いて、驚きが無いわけではない。それでも愛歌のことを受け入れているのは、今までの付き合いがあるからというのが大きい。愛歌がどういった人物であるか理解しているために、驚きはしても大きく動じることはないのだ。
そして海斗が激しく狼狽しているのを間近に見ているため、サラたちは反対に落ち着いてしまっているところもあった。
「早く答えださないとな……奈菜にも言っちゃったし」
「? 奈菜ちゃんって妹さん?」
「愛歌……」
気付くとレオンと入れ違いになるようにしていつの間にか愛歌がやってきていた。
「あ、ごめんねリーダー。なんでもないから気にしないで……」
独り言として言ったつもりが海斗に聞こえてしまい、申し訳なさそうにその場を後にしようとする。
「愛歌っ」
海斗は慌てて呼び止める。すると愛歌はびくっと身体を揺らしその場にとどまった。
「なに?」
恐る恐るといった様子で振り返る。
「銃なんて向けてないから、安心してくれ」
安心してもらえるように微笑んで見せると、愛歌はいくらか安心したようだ。
「今日奈菜の墓参り行ってきたんだ。それで色々と思いだしたよ」
「そう、なんだ」
「それで決めてきた。ちゃんと向き合って答えを出すって。どうなるか分からないけど……それでいいか?」
「……うん。リーダーがそうしたいって言うなら私を殺してもいいよ。私はリーダーがしたいことをそのまま受け入れるから」
結末がどうなるかは誰にも分からない。
「悪いな」
「ううん、こうして人間として生きていられるだけで私は恵まれてるから。気にしないで」
そう言葉を交わすと海斗は自室へと帰っていった。




