13
時間は戻って、二手に分かれた直後。
サラたちと別れた海斗たちは最上階へと向かう。
「よかったのかよ、愛歌置いてきちまって」
「ああ、サラの気持ちは尊重してやりたいけど、死んでほしくはないからな。それに愛歌はサラが本気で嫌がることはしないだろうし」
「そっか。……それにしても俺らのことは眼中になしって感じだったな」
ある程度交戦することも考えていた二人だったが、その予想に反しすんなりと別れることに成功した。
「そう命令されてたのか、それとも他に理由があるのか。まあ答えなんて分かるはずがないけど」
「他に理由って……実は洗脳されてない、とか?」
「そうは言わないけど、もしかしたら心のどこかで昔のこと覚えてるのかもしれない」
洗脳されているからといって昔の記憶を失っていると決まったわけではない。僅かにでもサラのことを覚えていて、それが原因となり執着する可能性は十分にあり得る。とくにサラは多くは語らなかったものの、その口調から特に親しかった相手であると察することは容易だ。
「それはそれで、やるせねえな。完全に人が変わってるなら割り切ることもできただろうが」
「サラが決めたことだ。俺たちがそんなに気にすることは無いよ……それにそんな余裕もないし」
階段を上りきった二人が目にしたのは銃を構えたSB教団員だ。すぐさま物陰に隠れるのとけたたましい銃声が聞こえるのはほぼ同時だった。
海斗たちは銃を構えた人影を見た瞬間に、考えるよりも早く行動していたためなんとか無事にやり過ごせた。
「ったく、こっちは二人だってのに。大人げねえな!」
レオンがそう叫ぶのも無理はない。一瞬見えただけでも約十人は教団員の姿が見えた。他にも潜んでいる可能性も高いため、実際の人数はそれよりも上だろう。
銃撃のわずかな隙をついて海斗たちは反撃にうつる。
最初の奇襲で海斗たちを殺す予定だったらしい教団員は、意表を突かれて反応が遅い。海斗とレオンの放つ銃弾に三人が倒れる。
待ち伏せとは圧倒的に待ち構えている方が有利だ。そのことは常識といってもいい。だからこそそれが失敗した時、戦い慣れていない者ほど慌てふためく。
あっという間に教団員たちは瓦解してしまう。しかしそれでも人数差があることに変わりなく、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという言葉もあるとおり、ろくに戦闘訓練も受けていない相手であっても苦戦は必至だ。
「どうするよ海斗」
「どうするもなにも、逃げ場ないんだからこのまま撃ち合うしかないだろ」
「そりゃそうか。なら俺たちの息が合った戦闘を見せてやろうぜ」
だがこの程度の苦難をいくつも乗り越えてきたからこそ、今二人はこの場にいるのだ。今更焦ることもない。
老朽化の進んだ廃墟のためか幸いにも手榴弾を使ってくる様子はなく、射線の管理を怠らなければ一方的に撃たれるということにはならない。最悪サラたちが合流するまでの時間稼ぎでも、と考え海斗はその考えを打ち消す。
(いや、もしもの可能性も考えるべきか)
死んでいて欲しくない。そうは思うものの現実がその通りになる保証はない。想像よりもはるかに悪い事態におちいることはそう珍しいことではないのだから。
「……レオン、スタングレネード持ってるよな」
「ああ、まだ使ってねえからな。なんだ、後退すんのか?」
「その逆だよ」
「逆って正気か?」
会話しながらも二人は反撃の手は緩めない。それに呼応するように返ってくる銃弾の多さは、敵がまだ多く存在することの証明だ。それなのに前進するのかとレオンは言う。
「相手もそう思うだろうな」
「だからこそ意表を突けるってか? 確かに相手は烏合の衆だろうが、数で負けてるんだぞ。漫画みたいに上手くいくとでも思ってんのか」
「時間がたって相手が冷静になれば、少しずつ距離を詰めてくる。それに俺たちがきた場所からあいつらの仲間がくれば挟み撃ちになる」
「なら今のうちに後退するのは?」
「下の状況が分からない以上は辞めた方がいい。琥珀が生きてるなら、サラの相手をしながら俺らを殺すことぐらい造作もないだろうし」
先ほどは見逃されたもののそれがどういった理由からか分からない以上、二度目も同じ結果になるとは限らない。上で味方が待ち伏せているから見逃したのかもしれないし、ただの気まぐれだったというだけの可能性もある。
「だからこそ、あいつらが混乱してる間に打って出るんだ」
「はぁ……。お前、ほんとこういう時大胆だよな」
レオンはそう言いながらリロードした後、スタングレネードを取り出す。
「生き残る方法を考えてたら自然とそうなるんだ」
「そうかよ。準備は?」
「できた」
海斗も空になったマガジンを取り替え、前進する準備は完了だ。
「よし、行くか」
スタングレネードのピンを抜いて数秒。起爆時間を調整しレオンは敵がいる方へと投げ込む。
教団員が反応する前に爆発し辺りを強力な閃光と音が埋め尽くす。
すぐさま海斗たちは遮蔽物から飛び出ると、もがき苦しむ教団員を視界の端に収めながら効き目が薄かった者を優先的に狙って発砲。反撃を受ける前になぎ倒していく。
海斗の作戦はうまくいき敵の数も残すとこ僅かだ。一気に全員を倒そうとしたその時。
「レオンッ」
思わず見えたものに驚き、そう叫ぶ。
「!」
それでレオンも先ほどまでいなかったはずの存在に気付く。
「メンカル……」
白い西洋風の法衣を着た初老ぐらいの男が、数人の教団員をつれてそこにいるのが当然とばかりに立っていた。それを視認した二人は急いで物陰に隠れる。新たに現れたメンカルたちは一見して銃など持っているようには見えないが、用心はしておくべきだ。
「思ったよりも遅かったじゃないか。お前たちのために警備を薄くしてやったというのに」
「なにが望みだ」
余裕綽々なメンカルの挑発とも取れる言葉には反応せず、隠れたまま問いかける。このタイミングで登場したことには何か意味があるはずだ。
「お前たちAMSFの殲滅。……と言いたいところだが少し譲歩してやろう。白髪の少女を渡せ」
白髪の少女と言われ海斗が思いつくのはたった一人しかいない、愛歌だ。
「渡すわけないだろ。大切な仲間だ」
「大切な仲間……? クックックッ、なんだ貴様ら。もしかしてあの見事なまでな白い髪が意味することを知らないのか? いや、だからこそ殺し合っている相手を仲間だなんて呼べるのか合点がいったぞ」
そう言われ脳裏によぎったのは、愛歌がSB教団の教祖の血縁という噂話だ。
「たとえお前らの教祖と血が繋がっていようが、愛歌は愛歌だ。そんなことを言われる筋合いはない」
「? …………。ああ、そうか。下っ端がよく言っているあの噂話を本気にしてるのか、とんだお笑い草だな」
「どういうことだ」
今のメンカルの口ぶりでは、愛歌と教祖に血のつながりはないということになる。しかし殺し合っている相手というのはSB教団のことを指すはずだ。矛盾しているようにしか感じられない。
「白鯨様の気持ちを知らぬ奴らにわざわざ教える義理があるとでも」
「まるであの怪物と会話をしたことがあるような物言いだな」
赤子のような鳴き声を上げることはあっても、人語を話す白鯨など長いAMSF生活でも噂話に聞いたことすらない。
「SB教団なんて怪しい団体の幹部やってんだ。頭がおかしいんだろ」
海斗に続いてレオンが挑発するように言う。そのことは本心であるものの悪態をついているわけではなく、挑発して口を滑らせないかという考えだ。
「口には気を付けるんだな、この人数差が見えないのか……。いや失敬、そんなびくびくしながら隠れてたら見えもしないか」
だがその考えを見透かしたようにメンカルも言い返す。
「自分が優位に立てなきゃ話せないなんて、お前の方が怯えてるんだろ」
このまま言い合っていても平行線だと思いつつレオンは嘲笑する。
「ぬかせ」
だがこうしてメンカルが会話に時間を使ったことで、状況は好転する。
「リーダー」
後方から聞き慣れた声がした。そちらに目をやると愛歌といつの間にか髪型が変わっているサラの姿があった。
メンカルもそれを確認しているはずだが、何の素振りを見せることもない。
「大丈夫か?」
合流したサラに声をかける。
「骨が何本か折れた、装備も失った。でも目的は果たした」
「……そうか」
平静を装っているのは一目見て分かったが、サラが自ら手助けしにやってきたのだ。その意志を踏みにじるような真似はできない。
「愛歌合流してすぐで悪いが、メンカル捕まえるの手伝ってくれ。サラは……休んでろ」
参戦させるためには装備がないし、負傷もしている。まだ無理を強いる場面ではない。
「了解、リーダー」
愛歌はスリングで首にかけているVectorを構える。
「おお、なぜ私奴にそんなものを向けるのです。あなた様のためにこうして頑張っているというのに」
すると今までただ茫然と見ているだけだったメンカルが愛歌に話しかける。メンカルの顔に浮かぶのは長年の想い人に久しぶりに出会った少年のようだ。
「どういうことかな。私はあなた達にそんなことされる理由はないと思うんだけど」
「なぜ、そんなことを言うのですか。あなた様は我々を導く存在です。お忘れなられたのですか?」
「よく分からないよ。私、昔のことは記憶ないから。もしかしてその時の話?」
「…………なんと。そんなことが……。ならば仕方ありませんね。その記憶取り戻させてあげましょう」
メンカルがニヤリと笑う。何か行動を起こす気だと、海斗たちは銃を構えメンカルの動きを注視する。
だがそれがここでは悪い方へと作用する。愛歌の背後に突然教団員が現れたのだ。
「愛歌ッ!」
手にナイフのような細い物が見え、慌てて叫ぶ。
愛歌が振り向いた時にはもう手が届く距離まで、接近を許してしまっていた。ここまで近寄られてしまってはいくら全長の短いVectorといえ、構えることは不可能だ。そこでサイホルスターへと手を伸ばし、そこにあるはずのXD-Sを抜こうとして空を切る。
サラに渡した後、自衛手段として預けたままだった。
そのことに気付いたときにはもう遅い。教団員が手に持ったソレを首元に突き刺されてしまう。
「ッッ」
異物の侵入にうめく愛歌だが、襲ってくる痛みが少ないことに違和感を覚える。
視線を少しずらし確認するとそれがナイフでなく注射器であることに気付く。
一安心ではあるものの、注射器の中に入っている液体いかんによっては生命にかかわる問題だ。
「てめぇ、なにしやがる」
海斗は教団員をAK105のストックで殴り倒し、軽く狙いを付けて射殺。
「レオン、どうだ」
海斗ほぼ同時に動き出し、愛歌の様子を見ているレオンに声をかけながらメンカルに銃を向ける。
「……ひとまず大丈夫そうだ」
即効性の毒という訳ではないようで、愛歌も苦しそうにはしていない。
そもそもナイフで一刺しした方が手っ取り早く済むため、殺す気であればこんなことをする必要はない。海斗にはこんなことをした理由が分からなかった。
「さて、それでは私奴らはこれで。あなた達のこれからが楽しみですよ」
海斗が思わず思考していると、メンカルはそうするのが当然のようにこの場から去ろうとする。
「どういう意味だ? いやそれよりも、この場から逃げ切れると思ってるのか」
「当然だろう。ここでわざわざ貴様らを待ち構えてたのに、逃げ道を用意してないとでも」
そう言ってメンカルはこの場を部下に任せ身をひるがえす。
「待て! 逃げるな」
殺すわけにはいかないため、メンカルの足に狙いを付け発砲する。
が、それを近くにいた教団員が自らを盾としてメンカルの身を守る。それを見た愛歌やレオンも続いて発砲。
すると何も持っていないように見えた教団員たちだったが背後に隠していたVz61、通称スコーピオンと呼ばれる全長270mmほどのコンパクトなサブマシンガンを取り出して一斉に海斗たちへと反撃する。
勿論身を隠そうとしないで無理に撃ち返したために教団員たちは、銃弾をあびて次々と倒れていく。一方で海斗たちは反撃を受けた以上身を隠さざるを得ない。
その隙にもメンカルはどんどん離れていき、やがて姿が見えなくなってまった。
手下を自分が逃げる時間稼ぎにし、捨て駒扱いしたその所業に海斗は怒りを覚えるも、合理的な判断ではあるとも思った。メンカルが捕まればSB教団の情報がAMSFに伝わる可能性があるためだ。本人が拷問で口を割らないとしても、自白剤などを使用すれば本人の意志と関係なく吐かせることが可能である。
「クソッ」
殲滅すること自体はすぐに成功するが、既にメンカルの行方は分からなくなってしまい追いかけることは不可能だ。
周囲には教団員の死体が累々と転がっている。打撃を与えることには成功したものの、任務の主任務はメンカルの確保なため任務は失敗だ。
「……仕方ない、撤収するぞ」
当初の目的を果たせなかったが必要以上にこの場に居る意味もない。不調を訴えないものの愛歌とサラのこともあるため、素直に撤退することにした。
オルキヌス隊にも通信してお互いの状況を知らせ合い出入り口付近で合流することにした。どうやらオルキヌス隊も待ち伏せに合い大分苦戦したようだが幸いにも死人はでなかったようだ。
「まだ残ってる奴らもいるだろうから、警戒は怠るなよ」
そう注意を促し海斗たちはお互いにカバーしながら下へと降りていった。




