12
数時間後。
装備を整えた海斗たちはメンカルたちがいると思われる郊外の廃墟へとやってきていた。
昔は大型のホテルとして使われていた建物で地下やプール、結婚式場といったものまで存在している。そしてどういったわけか電気も供給されているらしく夜でも明るいのだ。
このホテルは並ぶようにして二棟存在し、そのうちの一棟はオルキヌス隊が担当することになっている。なお二棟ともに六階建てだ。
「時間合わせ」
内側に向けてつけられた腕時計を見ながら海斗は言った。内側に向けることで銃を構えながら、時間を確認することができるため何かと都合がいい。
「五十一分一秒、二秒、三秒……」
作戦時には時間を決めて行動をすることも多い。そのため時間がずれていることがないように、時刻を合わせる必要がある。
「よし、作戦開始まで約八分。それぞれ準備しろ」
マガジンを銃に装着し、コッキングレバーを引いて初弾を装填する。
今夜は満月であり、暗視装置がなくとも狙撃が可能なほど明るい。
「外にいる歩哨をサラの狙撃で制圧後、合流して内部に侵入する。いいな」
『任せて』
唯一この場ではなく狙撃地点にいるサラからの返事だ。そのサラのそばには周囲の警戒もかねてオリークが飛んでいる。人の身体と比べて小さな体躯だが、実際に敵を撃退したこともあり頼れる存在だ。
「…………そろそろ作戦開始時間だ。急な接敵のときは仕方ないが、なるべく敵は殺すな。殲滅が任務じゃないからな」
定時連絡をしている可能性があれば、死体が見つかる可能性もあるし、物音で気付かれる可能性もある。海斗たちは全員サプレッサーを装着しているが、これは発砲音を抑制するだけであって銃声を完全に消すことはできない。
「『了解』」
全員の返答に満足し、腕時計を確認する。
「…………時間だ。五、四、三」
海斗がカウントダウンを始めると同時に、サラは狙撃時の決まり文句を呟き始める。
『骨折には骨折、目には目、歯には歯を。その者が人に負わせたと同様の損傷、それが彼に加えられるべきである』
それはサラがSB教団にされた仕打ちを忘れない、という意思表示であり復讐をするという表明の言葉だ。
「零」
二人がほぼ同時に言い終わる。と、サラはすぐさまトリガーを引く。
すると.338ラプアマグナムと呼ばれる銃弾がサラの狙い通りに飛翔し、教団員の頭部を貫き血の花を咲かせる。それを確認しながらボルトを後退させ空となった薬莢を排出、すぐさま元の位置へと戻し二射目に移行。
今射殺した男の左側五十メートルほどの位置にいる二人目の標的に照準を向け、風等の影響を考慮し少しだけリードをとって少しずらす。そして息を止めて再度発砲。
仲間が死んだことにも気づいていない教団員は、同じように頭部を穿たれ即死した。
『クリア。ここから見える範囲にはもう敵はいない』
倒れたままピクリとも動かない死体を眺めつつ報告。
「よし、サラもこっちに来い」
海斗はそういって通信を終える。実はサラと同じ場所には非戦闘員ではあるが仲間がもう一人おり、狙撃に使用したAR-30A1の回収をする手筈になっているため後処理の心配は必要ない。オリークともここで別れサラは一人で海斗たちの元へ向かう。
約一分後、サラが合流し五人となった海斗たちオルカ隊は廃墟に向かって前進を開始する。
慎重に足音を殺しクリアリングを済ませながら進んでいく。虫の鳴き声に紛れて人の声が聞こえないかと注意しながら歩いていくと、無事に建物の出入り口に到達した。
廃墟ということもあってか鍵はかかっておらず、海斗は銃を片手に持ち空いているもう一方の手で扉をゆっくりと開ける。
室内はある程度掃除もされているようで、廃墟らしくない整理された内装をしている。それでもひび割れた壁や、SB教団が使用する前に書かれたらしい落書きなどは残っていた。
「ここは……」
始めてきた場所であるにもかかわらず、海斗はこの場所をつい最近見た覚えがあった。
「あの映像の場所」
そう、それは作戦指令室でみたあの映像だ。
死体はかたずけられているが、血痕や戦闘のあとは残っておりインセンス隊がここで激しく抵抗したことが伝わってくる。
「…………」
映像を思い出し言葉を失ってしまうがこの場所にとどまっているわけにはいかず、海斗は愛歌たちを先へと促す。
一階は店やロビー、大広間などが主でクリアリングするのに時間もかからずすぐさま二階へとあがる。
恐らく上層階にいると思われるメンカルだが、他の階層にいるかもしれない可能性がある以上無視することはできない。接敵する危険性はあるものの一つ一つの部屋をクリアリングしていくしかない。
「……クリア」
二階へ上がった海斗たちは敵が待ち構えていたり、扉を開けることが引き金となって発動するトラップなどに気を付けながらいくつもの部屋の中を確認していく。
「これは……」
そんな中確認した部屋の数が二桁に差し掛かろうとした時、扉を開けて中を覗いた部屋に様々な武器が置かれているのを発見した。
外国の軍隊で採用されているCZ805やSG553、SR25など東西様々な銃がそこにはあった。中にはインセンス隊のリーダーが持っていたSCARもある。
「おいおい、随分と良い装備使ってるじゃねえか」
その数々にレオンは驚く。鹵獲した武器がほとんどではあろうが、AMSFでも使っているような銃ばかりで、カルト教団が持つには過ぎた物だ。
「琥珀のこともある、甘く見ない方がいい」
SB教団のことが全て分かっている訳ではなく、まだ隠し球があったとしても不思議ではない。
「冷静な判断だな」
レオンのその言葉の裏には憎んでいる相手なのに、という意味があった。
「憎しみで周りが見えなくなった結果自分が死ぬ、なんて愚の骨頂」
「だな」
「……足音」
そう呟いたサラはドアに近寄りそれが勘違いでないことを確かめる。
「数は?」
「多分二人。警戒してる感じじゃないから、ただの見回りだと思う」
とは言われても安心できるものではない。武器を保管しているこの部屋は重要な場所であり、確実に様子を見に来るだろう。
「どうする」
レオンに問われ海斗は周囲を見回す。元々はホテルの部屋なだけあって幸いにも身を隠せる場所はいくつかあった。
「身を隠そう。それでやり過ごせなければ、しょうがない。最小限の発砲で殺そう」
そう言うとそれぞれ思い思いの場所へと身を隠す。
海斗たちが隠れ終わった瞬間、二人組の敵がドアを開け室内を覗き込んだ。
しかし潜入されているとは露程も思っていないためわざわざ隅々まで見ようとすることはなく、室内を一瞥するとすぐさま出て行った。
念のため数秒間は隠れ続け、戻ってこないことを確認してから海斗たちは集合する。
「危なかったな。サラもよく堪えた」
「当たり前でしょ」
不満そうに言い返すものの隠れている間密かにホルスターからFNP45を抜き、トリガーに指をかけていたのを海斗はしっかりと見ていた。そう伝えるとサラは「変態」とジト目を向けながら言った。
「いやいやいや、なんでそうなる」
「それはそれとして、今後もこんなことがあるとめんどくせえな」
「だね。もたもたしてると見つかる」
レオンやサラの言う通りではあるが、戦力の分散は避けたい以上どうすることもできない。
「そう言ってもどうしようもない。なるべく気付かれないようにしながら早く探していくしかない」
「そうだよ、二人とも。頑張ろ」
「…………外出るなら今のうちだぞ」
レオンがドアを少しだけあけて外の様子を眺めつつ、報告する。
「よし、行くぞ」
海斗たちはドアの前に移動し、レオンの肩を叩く。その合図を受けたレオンがドアを開け左に敵がいないか確認し、すぐさま海斗が飛び出て右方向のクリアリングをする。
「クリア。隣の部屋だ」
安全を確保したのち、次の部屋へと移動する。先程の二人とまた出会う可能性もあったがそれは杞憂だったようで、再び接敵することはなかった。
その後は何度か敵とすれ違うことはあったものの無事に三階、四階とクリアリングを済ませ五階へ。
「これであと二階層だな」
未だに建物に侵入してからの発砲は零であり、ここまでは順調だ。
「……そうか、分かった」
オルキヌス隊と連絡を取っていた海斗は、通信を終え愛歌たちに向き直る。
「向こうも無事に事を運んでいるらしい。メンカルも琥珀もまだ見かけていないそうだ」
「いないって可能性はないの?」
「無くはない……が、あんな挑発するような映像送ってきておいて逃げるようなことするとは思えない。それに教団員は何人もいるしな」
それにしては順調にいきすぎている、とは思っても口には出さない。そんなことを言ってもいたずらに不安を煽るだけだ。
残すことは五階と上の六階だけだ。できることなら士気を下げずにこのまま最後まで行きたい。
「もしかしたらこの階層にメンカル、または琥珀がいる可能性もある。油断せずに行くぞ」
気合を入れなおし海斗たちは先へ進む。任務が終わりに近づき、終わりが見えてきたときが一番危ないのだ。
そうしていくつもの部屋を探していくも、教団員の部屋ばかりでこれといった進展はなく、この階層で唯一残ったクリアリングのすんでいないエレベーターホールへ差し掛かったときだった。物陰から唐突に現れた六人のSB教団員に銃を突き付けられた。咄嗟のことではあるが、こういったことは初めてではないし、そのどれもを生き残っていなければこの場にはいない。
海斗たちはとっさにそれを払いのけ、物陰へと走る。中でも判断の早かったサラとレオンは回避行動をとりつつ、待ち伏せに成功したと気を緩めたSB教団員をそれぞれ一人ずつ撃ち殺した。
あっという間に数的有利をとった海斗たちは予想外の事に浮足立つ敵に向かって、発砲する。待ち伏せされていた以上、潜入したことに気付かれていると考えるのが自然であり今更発砲を渋る必要はない。
教団員は撃ちかえしてはいるものの、返ってくる銃弾の数は少ない。仲間が殺されたことにまだ動揺しているようだ。オルカ隊として活動してきている海斗たちと比べ、SB教団は戦闘訓練も戦闘経験も少ないため練度は高くないのだ。
それを好機と見た海斗は愛歌たちに作戦を伝え、スタングレネードのピンを抜き、数秒待ってから敵が隠れている場所へと投げつける。そして丁度敵が隠れている位置にまで飛んでいくと目の前で爆ぜる。
バンッッと耳をつんざく音、そして目を開けることができない程の眩い光。それらが場を支配し、予期していなかったSB教団員は悶え苦しみ隙だらけになる。
そこを海斗たちは逃すことなく前進し、発砲。残っていた四人を手際よく射殺し、この場を制圧した。
「なんで気付かれてたんだろうね」
これまでにばれるよなことはしていないはずだと愛歌は訝しむ。先ほど海斗がオルキヌス隊のリーダーと通信をした限りでは、オルキヌス隊の方でも問題は起きていないらしく、オルキヌス隊が原因という訳でもないはずだ。愛歌の疑問ももっともなものであるが、事実として潜入が気付かれている以上大切なのはそこではない。
「それについては帰ってから考えればいい。今大事なのは相手に潜入がばれたってことだ」
まだ確認していないのは六階だけだ。急いで向かおうとして、海斗は気付く。
「エレベーターが動いてる……」
目の前にあるエレベーターの一つが六階から降りてきていた。
「逃げる気か!?」
レオンがそう声を荒げる。海斗も一瞬そう思ったのだが、この場で待ち伏せをしてきたのは敵側だ。逃げようとする場所で自ら戦闘をしかける者はいないだろう。そうなると考えられるのは一つだけだ。
「いや、増援だと思う」
その言葉通り、エレベーターは五階にたどり着くと停止した。
開かれる扉に物陰に身を隠しながら銃口を向ける。任務の目的にメンカルの確保が含まれている以上、標的を確認するまで発砲はできない。
そしてエレベーターから堂々と身を隠すこともなく姿を現したのは白いメイド服を着た一人の少女だった。
「琥珀……」
サラは目を見開き驚愕の色に染まる。生きていることは事前に知っていても、実際に目の当たりにした時の衝撃は大きい。
「…………」
だが当の本人である琥珀は、そんなサラを気にした様子もなく切っ先を向ける。
「……琥珀の相手は私がする」
MP9をしっかりと握りしめ、事前に決めていた通りにことを進めるとサラは告げた。どうやら動揺は収まったらしい。
「サラ」
「止めないで。そういう約束でしょ」
海斗が声をかけると、毅然とした態度でサラは言う。
「海斗たちは階段で上の階に行って」
命令を遂行するのであれば、事前の約束など無かったことにしてサラを担いででもこの場から離れるべきだろう。だが海斗はそんなことはしようとは思わなかった。伊達や酔狂でサラが言っている訳ではないと分かっているからだ。
「死ぬつもりはないんだろ?」
「ギムレットには早すぎるよ」
「……分かった。また後でな」
そう言い残し海斗たちは背を向けて走り出す。
琥珀が追ってくる可能性もあったが、どういった訳かサラを見つめるだけで海斗たちのことは興味がないように無視する。
しかし、これで二人っきりになれたかといえばそうではなかった。サラの隣には動く気のない愛歌がいる。
「人の話聞いてた?」
「聞いてたけど、サラちゃんを一人にさせたくないの。それにリーダーには事前に言ってあるから」
琥珀のことを海斗から説明された際に、サラを一人にしたくないとその思いを伝えていた。
「はあ……。みんなで仕組んでたの。別にいいけど、手は出さないで」
「うん、分かってる」
元々そのつもりであったし、その言葉を断れば愛歌が相手でも容赦しないであろうピリピリした雰囲気を持っていた。
二人が話している間、琥珀は動くことなくただ見つめていた。
「…………」
「待ってたんだ。いいよ、二人で殺し合おう」
サラがMP9を構え琥珀に向けると、琥珀はサラを見つめ正眼に構える。愛歌のことは見えていないかのような動きだ。
その二人の様子に愛歌は後ろに下がり二人の行く末を見守る。
愛歌が離れたことを確認しサラは動き出す。
琥珀に向けていたMP9をフルオートで発砲。分間九百発に及ぶ連射にもかかわらず琥珀は涼しい顔をして頭部や胴体などの急所を狙う銃弾だけを切り伏せ、時には回避しゆっくりと距離を詰め始める。
「っ……やっかい」
事前に映像で見て分かっていたことではあるが、銃撃をものともしないのは厄介だ。しかし、実際に見て初めて気づいたこともあった。
(弾を切ってるんじゃない……存在をかき消してる)
刀に触れた弾は、その存在自体が消えてしまっていた。これが琥珀の持つ白鯨の骨を使って作られた刀が持つ超常の力なのだろう。それが映像で銃弾を切っているように見えていたのだ。
サラは全弾撃ち尽くしたマガジンを新しい物に取り替え空になったマガジンを琥珀に向かって投げつけて、自身は傍に倒れている自動販売機の後ろに身を隠す。
そして必要なものが入ったチェストリグだけを残し、ヘルメットやボディアーマー、ダンプポーチといったものを外していく。どんな物でも消してしまう刀の前にヘルメットなどは意味をなさないし、ダンプポーチも琥珀との戦いでは邪魔にしかならないという判断からだ。
少しではあるものの身軽になったサラはその場から動こうとた瞬間、顔の真横に自動販売機を突き抜けてきた刀が見えた。
触れたものすべての存在を消してしまうせいで、物を切り裂いてもその音は聞こえない。
(隠れるのは悪手ってこと)
どんなものでもその存在を無視して突き抜けてしまうため、盾として使用できるものが存在しない。自ら琥珀を死角にいれてしまっては、攻撃を避けることもできなくなってしまう。
それよりは発砲しながら走り回った方がいいと考え、サラは冷や汗を流しながらその場から走り出す。
琥珀はそんなサラの後ろ姿をとらえ追随する。
それを何とかしようとMP9を発砲しながら、エレベーターホールから廊下へと移動すると二人の後ろに愛歌が続く。
狭く長い通路なら逃げ場がなく刀しか武器を持たない琥珀に、自分が有利な状態で戦えると思ったサラだったが現実はそう甘くなかった。琥珀は跳躍し壁や時には天井までも使って縦横無尽に飛び回り始めたのだ。そのためかえってサラの方が狙いを付けづらくなってしまう。
そこで右手でMP9を発砲しながら、空いたもう片方の手で器用にスタングレネードを取り出しピンを抜くと琥珀の死角になるように手を動かし、自然な動きでその場に置く。
心の中で爆発のタイミングを数えていたサラは、閃光がほとばしる寸前に目を隠す。そして振り向きざまに弾倉を変えて、琥珀に向き直り銃弾の雨を浴びせようとしたその時。
「サラちゃん、下がって!」
絶叫する愛歌にサラは思考することなく、構えをといて言われたままに後ろに飛ぶ。
するとサラの目の前を下から刃が切り上げていった。
完全には避けきれず気付くと戦闘服の一部が切れていた。愛歌が教えてくれたものの、サラの死角となる左側からの攻撃にほんの少しだが反応が遅れた結果だ。
愛歌の声がなければ身体が両断されていたことを考えるとゾッとするが、それで足を止めてしまえば辿る道は変わらない。既に次の行動に移っている琥珀に銃弾をばらまいて行動を鈍らせる。
(人間辞めすぎ)
銃弾がただの足止めにしかならず、スタングレネードが効かない相手など考えたことが無く、物語上の存在でしかないと思っていたサラにとってこの状況は悪夢でしかない。後悔はしていないものの、辛いものは辛い。
マガジンとスタングレネードの残りもそう多くない。とれる手段が多い間に解決策を早く見つける必要があるが、そう簡単に見つかるのであればここまで苦戦していないというジレンマ。
それでも琥珀を近づけさせる訳にはいかず、無我夢中で発砲しながら走っているといつの間にか階段を降りて、一階の中庭までやってきていた。その頃にはMP9の弾も使い果たしてしまっており、無駄な荷物となるそれを捨てホルスターからFNP45を抜きだす。
それを見た琥珀は自分の勝利を確信したように不敵に笑い、跳躍する。
なんとか撃ち落とそうと発砲するも、MP9に連射力で劣るFNPではどうすることもできない。琥珀はすぐさま目の前に降り立ち刀を振るう。
小柄なことが幸いしたのか間一髪のところでサラはそれをかわす。が、それを見た琥珀はすぐさま蹴りで追撃した。
無理な避け方をしたせいで体勢を崩していたために、サラはもう一度かわすことはできなく直撃を受けその場から大きく吹き飛ばされる。天井まで跳躍するだけの力を秘めた脚による蹴りの力は凄まじく、骨が何本か折れたことをサラは感じ取る。
「いッッた……! ぐッ……でも、その秘密分かった」
チェストリグに入れておいたモルヒネの入った注射器を取り出し、腕に刺す。
骨を折るという代償を払ったものの、サラは琥珀の人間離れした動きの謎の答えを知った。分かってしまえば簡単なことで、単純に白鯨の骨を使った装備が複数あったというだけだ。
(あの感触、絶対生身じゃない。海斗とみたいに義足)
全身を覆い隠すようなメイド服や目立つ刀に気を取られたせいで、気付くのが遅れてしまったのだ。
だがその事実を知ったところでどうしようもない、というのが救いがなくたちが悪い。
(都合よく洗脳が解けるなんて、そんな奇跡は頼れないし……)
そんなサラの悩みを我関せずとばかりに、琥珀は刀を身体に隠して見えないようにして突撃してくる。連射のできないFNPは脅威ではないという意思表示なのだろう。
実際そう思いつつも発砲するが、器用に左右に体を揺らしてギリギリのところで回避する。リロードしようとしてマガジンを取り出すが、琥珀が距離を詰める方が圧倒的に速い。
絶体絶命なサラであり、死を覚悟するが視界の端にある希望を見つけた。オリークだ。
琥珀の死角となる背後から襲い掛かる。その予期せぬ出来事に琥珀は振り払おうとする。
その間にサラは距離をとりマガジンを取り換え、後退する。それを見逃さない琥珀は左手でオリークを振り払い、やり投げのように構えた刀をサラに向けて投擲する。物凄い勢いで迫るそれをなんとか身体をひねって回避する。
幸いにして身体に命中することはなかった。しかしFNPの先端にあたってしまいトリガーガードよりも前の部分が消滅してしまう。それを見た琥珀は好機と判断し、オリークを弾き飛ばすとサラめがけて疾駆する。
サラは少しでも抵抗するために、使えなくなったFNPを捨て構えをとる。琥珀も今は徒手空拳のため、不利ではあるもののなんとかやりあえるはずだ。
だがそれは甘いものであったという現実を叩きつけられる。
まばたきをした僅かな時間で、サラの目の前までやってきた琥珀は大きく引いた腕を銃弾のような勢いで突き出した。
それをなんとか防ぐものの、受け流すことができず腕の骨が折れてしまう。モルヒネの効果もあり痛みはないものの、上手く力をいれることができない。
琥珀はそのままサラを投げ飛ばすと、近くに落ちていた刀を拾い上げようとする。
思わず死を覚悟すると「サラちゃん!」と愛歌の叫ぶ声が聞こえた。視線をそちらに向けるとサラめがけて投げ飛ばされるXD-Sが視界に入る。左手でそれを受け取りすぐさま装弾数の半数を発砲する。
抵抗手段をすべて奪ったと思っていた琥珀は、その反撃に刀を拾うのを諦め回避行動をとる。そこに再度オリークが攻撃を仕掛け、体勢を直す時間をかせぐ。
が、それもほんのわずかな時間だ。琥珀はすぐさま払いのけサラへ向かう。
サラに残された対抗手段はXD-Sに残った四発の銃弾のみ。取れる手段はほとんど無いに等しい。
白鯨の骨を使った装備を相手にしたことはこれが初めてのことであり、その手ごわさに思わず内心で悪態をつく。
(SB教団のくせに白鯨装備使うなんて……白鯨?)
そこでサラはあることに気付く。白鯨が由来となっている超常の力、それならば白鯨のバリアと同じように歌姫の力で打ち消すことができるのではないかと。
「愛歌、歌って!」
物は試しだ。そう叫ぶと一瞬不思議そうにするが、愛歌はすぐ言われるがままに歌い始める。この距離であれば直接耳に届けられるため、音響弾は必要ない。
「ッ……!?」
するとサラの目前にまで来ていた琥珀は、歌声が聞こえた瞬間に動きを止め苦悶に満ちた表情でその場にしゃがみ込む。
「ぐッ……ァ……」
その唐突な変化に思わず銃を突きつけたまま、ただ行く末を見守る。
「ううァ……ア…………さ、ラ……?」
そして落ち着き始めた琥珀が初めて口にしたのは、サラの名前だった。
「琥珀?」
「ァ、あ……。本当に、サラだ」
昔の友人の姿をしっかりと確かめた琥珀は深呼吸する。
「すぅ……ふぅ。……久し、ぶり……って言ってもボクはさっきまでの記憶も一応あるから、今更って感じでもあるんだけど。まあ久しぶりってことで。そしてごめん」
先ほどまで虚ろな目をしていた琥珀だが、今では光の灯った人間らしい瞳をしている。この気安い性格も昔のままだ。
「そっちの歌ってる子は今のサラの友達かな? あなたもごめんね、色々と」
歌うことをやめることができない愛歌は、声に出さず頷く。
「本当に、本物の琥珀?」
「信じられないなら、一緒に寝てたとき寝ぼけて当時好きだった男の子の名前呼びながらボクに抱き着いてきた話とか、夜中お化けが怖くて一人でトイレに行けな」
「殺すわ」
昔の恥ずかしい出来事を赤裸々に語り始めた琥珀に、サラは銃を向けた。
「あはは、ごめんね。でも、これで信じてくれたでしょ?」
銃を下ろしながら一言「そうね」と答える。が、セーフティーはかけない。
「まず、聞いておくけど。サラ、分かってるよね?」
「……分かりたくないけどね。大丈夫」
「そか。なら、いいかな。……大きくなったね、サラ。いや、そうでもないかな。特に胸とか」
「なに、久しぶりの再会なのに喧嘩売ってる? やっぱり撃たれたいの」
「いやいや、ただ思ったことをそのまま言っただけ……なんてね。嘘だって、ほんとは凄く可愛くなったよサラ」
そう言ってサラの顔、左側に手を伸ばし優しく触れる。
「いい刺青だね」
「ありがと。琥珀もなんだか可愛い格好してる」
「別にボクの趣味って訳じゃないけどね」
「でも似合ってる」
「そか。それは嬉しいな。……嬉しい」
話をしていてやがて堪えきれなくなった琥珀は、欲望のままにサラに抱き着く。
「…………」
それを嫌がることもなく、受け入れたサラも琥珀に腕を回す。
「同い年なのに、サラはほんとにちっちゃいね。それが可愛いんだけど」
「そっちは色々と大きくなりすぎ。少しは分けて」
「手も足も自分のがあるだけいいでしょ。ボクにはそっちのが羨ましい」
そう拗ねた風に言うと、サラはくすりと笑う。
「それもそうだね」
「じゃあそろそろ終わり、にしよっか。まだまだ話たりないけど、そっちの子に歌わせ続けるのも悪いしサラたちはまだやる事あるだろうし」
「……一応聞いておくけど、どうにもならない?」
「うん。そっちの子が今は歌ってくれてるからどうにかなるけど、それが終わったらまた元に戻っちゃう。まさか、これからずっと歌わせるわけにもいかないし」
琥珀の洗脳も白鯨関連の力なのだろう。だからこそ、愛歌が歌い始めたことでその効果が消えた。しかし、それは永続的なものではなく一時的なものに過ぎない。愛歌が歌をやめれば再び琥珀は牙をむく。
それが分かっていたからこそ、洗脳が解けた琥珀とサラはただの友達のように話をしていた。これが最後の瞬間だと、分かっていたから。
「ね、琥珀。髪まとめてるそれ、ちょうだい」
「このヘアゴム? 別にいいけどなんで?」
「形見」
言われた通り琥珀はヘアゴムをとり、サラに手渡す。
それを受け取ったサラは自身の髪をまとめるとヘアゴムをつけ、琥珀と同じポニーテールにする。
「どう、似合う?」
「うん。すっごく似合う。可愛いよサラ」
「ありがと。…………じゃあこれでお別れだね、琥珀」
顔を歪めながら、サラは琥珀と距離をとり銃を向ける。琥珀もそれを受け入れ静かにその場に座り込んだ。
「サラ。気にしないでいいからね、遠慮なく撃って」
「………………」
サラは引き金を引こうと力をこめるが、想像以上に引き金が重い。最初に人を撃った時よりも重く感じられる。
「……サラ?」
銃を向けたはいいが、なかなか撃たないサラに声をかける。
「待って、大丈夫。そのまま」
「骨折には骨折、目には目、歯には歯を」
引き金を引こうとしないサラに琥珀は聖書の一文を引用する。
「「その者が人に負わせたと同様の損傷、それが彼に加えられるべきである」」
それはサラが狙撃の時に言う言葉と同じだ。そもそもサラが呟くのは琥珀の影響だった。サラも琥珀と一緒になってそれを呟く。
「……覚えてたんだ。まあそういうことだよ、サラの知らないところでもボクは人を殺し過ぎた。……それにボクを殺してもサラのことを恨む人間は誰もいないから」
「そんな訳ない。いるよ、ここに。私は私自身を恨む」
撃たなければならないことは分かっている。だがそれは決して撃ちたい、ということではない。どんな理由があれ気が置けない間柄である琥珀を手にかけた自分自身を責めるだろう。
「……ありがと。サラには酷い話だけどそれがボクには嬉しい。……どうする? 自分で自害した方がいいかな?」
「ううん。私にやらせて」
そう言いながらサラは昔海斗に教えてもらったことを思い出す。
(自分が銃を向けた相手のことを考えてはいけない。相手のことを想ったら撃てなくなるから)
だからこそ、サラは琥珀がSB教団にいて操られていると聞いた時、何かを考える前にすぐさま琥珀は自分が殺すと決めたのだ。考えてしまえば、少しでも共に居たいと願ってしまえば、なにも出来なくなってしまうから。
それでも琥珀の意識が戻ったと悟った時、つい言葉を交わし続けてしまった。
「琥珀」
「ん」
「今までありがとう」
「こちらこそ。今にして思えばサラと出会えたことがボクの一番の幸せだよ」
「はいはい、最後だからって調子が良いこと言わない。……そのうち私も行くから。あっちで待ってて」
「なるべくゆっくりね。あんまり早く再会しちゃったら、感動のお別れが台無しだから」
「じゃあ、……またね」
「うん、また」
サラは銃を琥珀の頭部に向け、しっかりと琥珀の顔を見つめる。
実際に行動を起こすまで、僅か数秒のことだったがサラにはそれが数分にも数十分にも感じられた。
そのことにサラが気付いたのは、銃声の後落下した空薬莢がカランッと音を立てて地面に落ちたときだった。
「サラちゃん……」
歌う必要のなくなった愛歌が近づいて声をかける。
「………………海斗たちに合流しよう。まだ目的は達成してない」
「うん。……大丈夫?」
「今は。今は悲しんでる場合じゃない。悲劇のヒロインぶってる暇があるなら、今を生きてる海斗たちの援護に行かないと」
「分かった」
サラがそう言うのだ。愛歌はそれを尊重するだけだ。
「でも、この作戦が終わったら。私の部屋にきて。そして甘えさせて……」
そう言うサラの声色は愛歌が今までに一度も聞いたことがないものだ。だから、愛歌はめいっぱいの優しい声で答える。
「うん、分かった。遠慮なく甘えていいからね」
一度天を見上げたサラは、再度前を向きその場から歩き出した。
(ごめん、真理。今回だけは大目に見て……)




