16.心の距離を詰めに行こう①
「今日はこんなもんかなー。そろそろ疲れたからボクはこの辺で一旦ログアウトするよ」
あれから約2時間以上、ミッションに明け暮れていたシイナ達だったが、カエデはどうやらもうログアウトするようだ。
様々な戦闘を通してストレンジアの能力値もかなり上昇した……気がする。ANOはステータスの値が正確に表示されないので分からないが、ミッションを開始したての頃よりは雑魚モンスターを倒すのにかかる時間も大きく縮まったのでちゃんとステータスは上がっているのだろう。
それに、溜まったコインでガチャを回した結果様々なスキルカードが入手できた。これで戦略の幅も広がる。
待っていろ、初バトルで戦った感じの悪いイケメンとおブッパ銃士め。次こそはリベンジしてやる……!とシイナの心は静かに燃えていた。
そんなシイナだったが、カエデのログアウト宣言を聞いて、自分もそろそろログアウトせねば、と思った。昼食もすっかり忘れている。そもそも今は何時だ?
「じゃあ私もログアウトするね。また明日ね、カエデちゃん。アーメスくん」
「おう。また一緒に色々やろうぜ。カエデも喜ぶよ」
「うん、また明日。……といってもボクは明日大学があるから夕方辺りからのログインになるけど」
あ、そうか。彼女は大学生なのか。
つまり自分とは生活のリズムが違うのか。
「そういえばシイナちゃんは今何してるの?」
カエデにそう聞かれて、シイナは心の中で「マズイ」と呟く。
今の自分はほぼ引きこもりの無職である。それを正直に言えるだけの勇気を自分は持っていない。恥ずかしいのだ。
どうやって自分のことを説明しようか、と思考している間に勝手に口が動いた。
「えーっと……私も今大学生!だから明日もちょっと忙しいかな!あはは!」
「そうなんだー。ボクは明日の昼から夕方まで3限連続で入ってるんだよね……。まあしんどかったら3限はサボるけど。あの教授出席とらないし」
「サボるなっての」
いーじゃんか授業1つくらい、お前そのサボり癖が原因で一回生の後輩と同じ講義受けてるんじゃないのか、とカエデとアーメスは言い合いながらログアウトしていった。
……何故だ。
何故見栄を張って“大学生”だなんて嘘を咄嗟に吐いたのだ自分は。
「……マスター。確か今の君って」
「何も言わないで、ストレンジア……」
神よ。
どうして人は吐く必要のない嘘まで吐いてしまうのでしょうか?
「じゃあ、私はこれで。またね、ストレンジア」
「ああ、またね。マスター」
シイナが小さく手を振るとそれに応じてストレンジアも振り返す。
――なんだか気持ちがいいな、“またね”って言うの。
また必ず会える仲良しの人がいるってのは嬉しい。
シイナはアクロスギアを操作して画面にログアウトメニューを表示させる。
……と、その前に、と顔を上げて視線を画面からストレンジアに向けると言った。
「ログアウト前に一つだけ相談したいことがあるんだけどいいかな?ストレンジア」
「いいとも。何でも言ってごらん?」
「えっとね……。カエデちゃんのとの話でも出たけど、年下の義理の弟がいるの。そろそろ1年くらいの付き合いになるからもっとちゃんと彼とお喋りしたいんだけど、最近なんだか彼に避けられてる気がして……、とにかく距離感を感じるんだけどどうすればいいかな?」
それを聞いたストレンジアはあまり考えることなく答えた。
まるで当たり前のように。“そんなに悩むことか?”とでも言うように。
「距離感を感じる?それなら簡単じゃないか。貴女の方から距離を詰めてあげればいいだけだよ」
◆
「ん……」
一時的にANOからログアウトしたシイナは自分が自室のベッドに仰向けで倒れているのをまず自覚し、次にゴーグル型のVR端末を取り外し、起き上がろうと――
「…………」
「……?」
――したのだが。
「…………」
「ひゃあああああああっ!?」
至近距離で自分の顔を覗き込んでいる女性……義母である鳴海紗綾の顔が真っ先に視界に現れ、突然のことに驚いたシイナは大声を上げる。
「うわっ、ビックリした」
「ビ、ビビビビビビ!ビックリしたぁ……!紗彩さん、もしかしてずっとそうやって私の顔見てたの……!?」
「いんや、そろそろ起きる頃かなーと思ってさっき部屋に入ったばっかりだよ」
「そ、そうなんだ……。あぁ……、心臓に悪いなぁ……」
まだバクバクと高鳴る胸を抑えるシイナを見て紗綾がクスクスと笑う。
「あー、面白い。それやったらナギサも似たような反応してたわ」
「誰だってビックリするって……」
シイナはベッドから上体を起こしてからゆっくりと床に足を下ろして立ち上がる。ふと壁にかかった時計を確認すると時刻は3時半頃を示していた。
ログインしたのが11時頃と考えると、4時間弱は向こうにログインしていたことになる。当然ANOの中でも現在時刻は確認できるのだが、うっかり確認を怠っていた。排泄や空腹のアナウンスも特に無かったのも原因の一つだが。
と、思っていたところである。
――きゅううううぅ。
シイナの腹部から音が鳴った。それを聞いてシイナはようやく自分が空腹状態であることに気付く。ゲーム内では特にアナウンスが無かったということは今になってようやくお腹が空いてきたということだろう。
だが現在時刻は3時半頃。ついさっきで32分になった。自分のお昼ご飯なんてとっくに片づけられているに違いない。
と思っていたのだが、紗綾がシイナの空腹を告げる音を聞くなり口を開いた。
「ハンバーガー買ってきてるんだけど、まだ残ってるから食べる?あなたの大好きなテリヤキなんだけど」
「……食べる!食べます!」
じゃあ下に降りといで―、と紗綾に誘われ、シイナは階段を降りて一階のリビングへと向かった。
リビングに向かうと机の上にはチェーン店で買ってきたと思われるテリヤキバーガーとポテトが置かれてあった。家に持って帰ってからかなり時間が経っているようで、ポテトはなんだか固そうであり、ハンバーガーもすっかり冷めているようだが。
「その2つはレンジでチンしちゃうから。あ、ドリンクは冷蔵庫の中だからね」
「あ、うん」
言われた通り冷蔵庫を開ける。スーパーで買った肉や納豆のパック、牛乳などに混ざってドリンクの紙コップが並んでいるのが見えた。それを取り出すと、どうやら中身はメロンソーダであることに気が付く。
紗綾が4,50秒ほどレンジで温められたテリヤキバーガーとポテトを取り出して机の上に再び置いた。シイナは椅子に座ると「いただきます」と両の手を合わせてからそれらを口に運ぶ。
「そういえばナギサ君は?」
ポテトを齧りながら、現在姿の見えない義弟の行方を尋ねる。
最近は何かVRゲームにご熱心らしいので今はそれをやっているのだろうかと思ったが、明日大学の教授に提出する課題をすっかり忘れていたので、今は自室でそれに取り組んでいるのだという。
「参考書の一部分を読んで要約しなさい、みたいな課題らしいわよ。初回の講義で出された課題だったらしいけど今日になるまで忘れてたみたい。本当うっかり屋っていうか、おっちょこちょいっていうか……」
「意外……。彼真面目そうな顔してるのに」
「顔だけよ、あの子は。高校の時まで朝起きて宿題やってたような子よ?」
「あ、それ私も経験ある」
「ふふん、実は私も」
2人は顔を見合わせて笑う。
義母である紗綾は自分のことを義理の娘というよりも友達感覚で接してくれるので話しやすい。
初めて出会った日。まだ新しい母という存在に慣れず、一言も言葉を交わすこと出来なかった自分に彼女はこう言った。
「お母さんじゃなくて、年の離れた友達と思いなさい?」
その言葉で、なんだか気が楽になった。
自分にとっての母親は昔事故で亡くなった彼女ただ一人だ。うっかり階段で足を滑らせて、頭を強く打って亡くなった覚えがある。
覚えがある、と曖昧な言い方をしたのは当時の自分がそのことをあまり覚えていないからだ。忘れたい出来事だから記憶領域に残そうとしていなかったのか。ただ、母親が自分の目の前で冷たくなっていたことだけはしっかりと記憶している。
あの人以外に自分の母親は考えられない。誰か別の人間が戸籍上自分の母親になったとしても、それを認めることはしないと思っていた。
しかも詳細を調べてみればマネージャーとできちゃった婚をして業界から去った元人気アイドルでバツイチ?そんなめちゃくちゃな人間、そもそも母親として大丈夫なのか?と最初はそう思った。
だが、友達なら別だ。自分の頭の中でハッキリと割り切ることが出来た。
失礼な話だが、そもそも紗綾の性格自体が幼いので自分としても気楽に接することが出来た。朝夕に放送されている子ども向け番組はしっかり見るし、自分や義弟がハマっているゲームの話にも嫌な顔せず相槌を打つ。
多分同性の気が合う友達ってこんな感じなんだろうな、と思えた。だから義母は好きだ。最初は敬語で話していたのに、いつの間にかタメ口で話し合う仲になっていた。
「ナギサね、愛想悪そうに見えるけど実は緊張してるだけなのよ」
ふと、紗綾がそう言った。
「一見あなたを避けてるように見えるかもしれないけど……。本当はあなたと仲良くしたいって思ってる」
「それってどういう……」
「しかも他人に嫌われたくないのよ。嫌われたくないからあまり深くコミュニケーションをとりたがらない。うっかり変なことを言って気を悪くさせないか心配で。あー、面倒臭い子。誰に似たんだか」
私じゃないよね?と自分を指さす。違うんじゃないかなぁ、とシイナは小さく首を横に振った。
「でも本当はあなたもそうなんじゃない?」
「えっ……」
言葉に詰まった。なぜなら当たっているからだ。
「言ってたのよ。“最近あの人に避けられてる気がする”って」
「避けてなんか――」
「ないわよね?でも避けてるように見えてるらしいわよ」
嫌われたくないから。変なことを言って気を悪くさせないか不安だから。
――「……おはようございます」
――「……お、おはよう」
だから最小限のコミュニケーションしか取らないし、自分から話しかけに行くこともほとんどない。
だから……避けているように見える。
そしてそれは自分も感じている。向こうがなんだか自分を避けているような気がする。
それはお互いがお互いに嫌われたくないからと思っているからで――。
「……そういうことだったんだ」
「そういうことだったのよ。あー、私がちょっと話を聞いてあげれば解決する案件だったのね、これ」
じゃあ向こうは自分を避けてなんかいない?
自分と同じように、避けられている気がして、勝手に距離を遠ざけようとしていただけ?
「……あぁ。悪いことしちゃったかなぁ、ナギサ君には」
「それ、お昼ご飯食べながらあの子も言ってた。“悪いことしちゃったなぁ”って」
「そうなんだ……」
「案外似た者同士ね、あなたたち」
「そう……。そうだね」
そう言ってからテリヤキバーガーにかぶりつく。
ああ、美味しいなぁ。
「嬉しいなぁ……」
嫌われてなくて、嬉しいなぁ。
「あ、そうだ。シイナちゃん、コーヒー淹れてもらえる?」
「ん?うん」
だいぶ遅めの昼食をとり終わったシイナは言われた通りポットでお湯を沸かしてインスタントコーヒーを作り始める。その辺にあった適当なマグカップにお湯を注ぎ、クリープを大匙2杯、コーヒーを大匙1杯入れてスプーンでかき混ぜる。
「砂糖はどれくらいいる?」
「んー、1杯半」
言われた通りの量の砂糖を注いで再度かき混ぜ、コーヒーが完成した。
早速紗綾に手渡すと「あ、違う違う」と拒否された。
「それね、2階に行ってあの子に持って行ってあげて」
「あの子って……ナギサ君?」
「あの子しかいないでしょ。もう2時間くらい部屋から出てこないし、きっと疲れてるだろうから」
「……分かった。行ってくるね」
「あと気分転換にちょっとお話もしてあげて」
「えっ」
「たまには2人でお話でもしてきなさい?」
紗綾がほほ笑む。
互いにわだかまりは解けただろうから、ちゃんとまともに会話してみろ、ということだろうか。
――何事もチャレンジだよ!
――貴女の方から距離を詰めてあげればいいだけだよ。
カエデとストレンジアに言われた言葉が再び頭の中を駆け巡る。
……そうだ、何を恐れることがある。
私は貴方を避けてない、むしろ仲良くしたいんだと私の方から示してあげればいいじゃないか。
「うん」
シイナは微笑み返して頷く。
勇気を出せ、鳴海詩奈!お前は義理でも姉だろう!と自らに言い聞かせながら階段を上る。
高貴にふるまうストレンジアの様に……あんな王子様みたいなキャラを目指すのは無理だけど、とにかく彼女みたいに、私もなってみせる!




