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13.それぞれのお昼とシイナ初の対人戦

「――っと……」


 ANOからログアウトしたカエデはアパートの一室で横たわっていた自分の身体を起こし、ダイヴ用端末を頭から外した。


「いてて……。やっぱ布団敷いて寝るべきだったなぁ」


 木製の床に長時間横たわっていたためか腰が少し痛む。周りに散らばった雑誌やプラゴミを眺めながら「そろそろ部屋の掃除でもするかな」と呟き、立ち上がった。


 一人暮らしを始めてからというものの朝起きる時間はバラバラ、部屋の掃除はたまにしかしない、と随分だらけた生活を送るようになってしまった。直したいとは思っているが面倒臭い。


 しかしこの部屋に彼氏はおろか友達は呼べないな……。両方いないけど。


 ――あ、友達はいるのか。


 相手がこちらのことをどう思っているかは知らないが、とりあえず自分の中で”友達”としている人間は現在2人いる。同じ大学の後輩、ナギサ君とシューマ君だ。


 友達、といっても付き合いはまだ一週間ほどだが、一緒にご飯を食べたり趣味の話をしたり同じゲーム……ANOで遊んでいるので仲良しといえば仲良しである。多分。


 しかし両方とも男性だ。3人一緒にいるところは傍から見れば男二人を侍らせているように見えるだろう。

 そもそもシューマ君に至ってはモデル並みにイケメンなので、先日学食でご飯を食べていると見知らぬ女子生徒達から


「えっ、あの人今日は女の人とご飯食べてる。せっかく誘おうと思ったのに……」

「隣の男は友達だとして、誰よあの女……!」


 などと聞こえてきて気まずかった。ナギサ君は「こいつと飯食う時は大体こんな感じになりますよ」と言っていたのでよくあることなのだろう。

 当のシューマ君本人は


「いやぁ、カエデちゃんがいると女が寄ってこないから楽だな。これからも魔除け替わりに使わせてくれ」

「ボクは道具か???」


 と大変失礼なことを言っていた。ナギサ君は「すぐ慣れますよ」と言っていたが、正直慣れたくはない。というか彼も色々苦労しているのだろうか……。そもそも何故友達をやれているんだあの二人は。趣味であるアイドルゲーム"プリステ"が彼らの仲良くなったキッカケらしいが、ファンとしての姿勢があまりにも違い過ぎて、正直気が合っているとは思えない。自分はどちらかといえば声優ファンなのでこの2人ともまた違うタイプなのだが。


 友達を部屋に呼ぶ、という体験はしたことがないので今度あの2人を誘ってみるか?と一瞬思ったが、男性2人を部屋に呼ぶのは少し危ない気がした。


 ナギサ君は優しそうだし、シューマ君に至ってはプリステのキャラクター、”若林イマ“とANOでの自身の相棒”シャルディ”以外の女性に興味関心が無さそうなので邪な真似をするような人間達には思えないが、まだ彼らのことを詳しく知っているわけではないので、”そういうこと”が無いとも限らない。


 大体男子大学生なんて性欲の化身みたいな存在に違いない。うっかり部屋に招こうものならエロ同人みたいな目に遭うかもしれない。


 そもそもナギサ君はたまに自分と話す時に顔ではなくそれよりも少し下……胸の部分を見ている時がある。気がする。胸が比較的大きいのはちょっとだけ、本当にちょっとだけ自慢なのだが。


「鳴海凪紗……。彼はきっとケダモノに違いない……」








「――くちゅん!」

「あら、風邪?」

「うーん、そんな気分ではないんだけどな。誰か僕の悪口でも言ってるのかな」

「また出た。自意識過剰」


 鳴海家も現在昼食の時間である。ナギサは母が買ってきたファーストフード店のハンバーガーとポテトを食べながら、時折セットのコーラを飲む。


「そういえば何の映画見てきたんだっけ?」


 ナギサが目の前の母に質問した。母、サアヤは午前中から近所のデパートの中に併設されてある映画館に行って映画を見ていたのである。


「これよ、これ」


 母がテーブルの上の袋からパンフレットを取り出し、表紙を見せた。


「……『イカズチイレブン フューチャー -最凶軍団ゼット襲来!-』?あー、最近テレビでCMやってるやつね。でもイカズチイレブンって今こんなシリーズだっけ?」

「よくぞ聞いてくれました!このイカズチイレブンフューチャーはね、お母さんが小学生の頃にゲームの開発が頓挫した、長年続くイカイレシリーズの中でも黒歴史と呼ばれる作品なの。

 それがなんと!現行テレビ作品とは別に劇場公開作品として約25年の時を経て復活!!いやー、当時のファンとしては心が躍るわよね~!」

「いや、知らないけど……」


 イカズチイレブン。母が子供の頃からコンテンツ展開がされているサッカーアニメだ。

 普通のサッカーとは違って派手な必殺技が登場したり、サッカーでサイボーグ兵士や未来人、宇宙人と戦ったり、サッカーで世界の命運を賭けて命をかけた戦いを行うという、ぶっ飛んだ展開で大人気の作品である。

 母が見に行ったフューチャーというシリーズは初代から100年後の未来が舞台で、星間戦争をサッカーで行う……というこれまたハチャメチャな設定になっている。


「面白かった?」

「とっても!私が見てた初代のキャラの子孫がいっぱい出てきて、しかも初代をリスペクトした必殺技ばかり出てくるのが最高だったわ!」

「そっかぁ。楽しめたならよかった」


 熱のこもった母の感想を聞きながらハンバーガーをもう一口齧る。

 ふと、母が呟いた。


「シイナちゃん降りてこないわね」

「まだゲームが忙しいのかもよ?」


 せっかくあの娘の好きなテリヤキバーガー買ってきたのに冷めちゃうな……と続けて呟く母。

 ナギサは義姉の好物をそこで初めて知ったのだった。








 毎日の食事も基本はインスタントか冷食か総菜ばかりで料理なんてしたことがない。いや、でもきっと世の中の学生の大半は自分みたいな奴に違いない……とカエデは自分に言い聞かせる。


 今日の昼食はレンジで温めるタイプのレトルトカレーだ。スーパーで一袋100円ちょっとな上に美味しいので気に入っている。


 箱からカレールウの詰まったパックを取り出し、棚から取り出した皿に置いてから電子レンジにin。500Wで3分温めれば完成だ。


「あたためー、開始!ポチッとな!」


 独り言と共にボタンを押下。レンジの中でカレールウが温められ始める。

 待っている間は暇だ。SNSでも見よ……と、カエデはポケットからスマートフォンを取り出して床に座り込む。


 ――そうだ、せっかくだからANOの世界観について調べてみるか。


 アクロステージ NEXT ONLINEの公式ホームページに飛び、世界観の説明に目を通す。

 ……が、今日感じた疑問の答えとなるような情報は特に載っていなかった。

 というか、書いてある情報量が少なすぎる。

 プレイヤーが降り立つのは“アリュビオン”と呼ばれる異世界の街。そしてその街は5つのエリアに分けられていること、プレイヤー達が本格的に活動する拠点となる場所はセントラルエリアのターミナルと呼ばれる施設だということ…………本当にその程度のことしか公式ホームページには書かれていない。


「世界観の謎についてはプレイヤー自身で調べろってことなのかな……」


 誰かこの謎を調べているプレイヤーはいないのか?と検索エンジンで「ANO 世界観 考察」と入力。その次の瞬間。


 ――チーン!


 電子レンジの音が狭い部屋に鳴り響いた。

 カレーの温めが終わったのだろう。カエデはカレーを取り出そうと立ち上がる。


「――!しまった、忘れてた!」


 そこでカエデは重要なことを忘れてしまっていたことに気付く。

 それは決して忘れてはいけないことだった。

 今の自分にとって最も大切なことであり、それを忘れることは自身の心を深く傷つける。


「どうして……!?どうして忘れてたんだ、ボクは……!!」


 失意に満ち溢れた表情でカエデはふらりふらりと、力無い足取りでその方向へ向かう。

 電子レンジからカレールウのパックが入った皿を取り出した後、とある物の蓋を開けた。


 ああ、やっぱりだ。


 やっぱり忘れていた。


「ご飯炊いてねえ……」


 空っぽの炊飯器を見つめながら呟く。

 やっちまったー。






  ◆






 一方その頃ANOでは。


「うわぁ……!」


 待ち合わせ場所のターミナルのロビーにやってきたシイナはあちこちに浮いているスクリーンパネルに映し出された映像に心を奪われていた。


 その映像とはデーヴァ同士のバトル。どこかのフィールドでバトルを行っているデーヴァ達の様子がリアルタイムで配信されているのだろう。


 様々な外見をした彼らは自らの武器を振るい、スキルを駆使して派手な戦いを繰り広げている。


 眼前に広がる戦いをシイナは目を輝かせながら観戦していた。


 ――私のストレンジアも、こんな風に戦えるのかなぁ……!


 そんな自分の主のキラキラした眼差しを見たストレンジアが一声かける。


「カエデさんが戻ってくるまで暇だろう?せっかくだからフリーバトルに参加してみてはどうかな?私の準備は万端だよ」

「えっ、バトル?でもそんないきなりはちょっと怖いし、初心者だから私達すぐ負けちゃうかも……。それにカエデちゃんがいつ戻ってくるか分かんないし」

「大丈夫。アクロスギアのフリーバトル機能は実力の近い者同士をマッチングさせるようになっている。カエデさんには連絡を入れておけばいいさ。こちらが少し待たせることになってしまうだろうけどね」

「でも……」

「そう不安がらないで。それに何事もまずはやってみないと始まらない。最初の一歩は勇気を出して踏み出さなきゃ」

「勇気を出して……」


 ――何事もチャレンジだよ!


 少し前にカエデが言っていたことを思い出す。


 そうだ、彼女達が言っている通りまずは行動しないと始まらない。

 義弟とのコミュニケーションも、初めての戦いも。


 自分はこう言って背中を押してくれる誰かのことを、ずっと待っていたのかもしれない。

 そろそろ自分も変わる時だ。いつまでも殻にこもっている自分でいるわけにはいかない。


「……ありがとうストレンジア。うん、やってみるよ。バトル」

「それでこそだマスター。頑張ろう!」

「うん!一緒に頑張ろうね!」


 アクロスギアでカエデに『フリーバトルをやってきます。ターミナルのロビーの売店付近にはいるので終わったらまた連絡するね』とメッセージを飛ばしてから、『フリーバトル』の項目をタップした。


 自分と同じタイミングでフリーバトルの申請を行った者がいたのか、すぐに『マッチング成功』と表示された。シイナとストレンジアの身体が光に包まれ、バトルフィールドへと転送される。


 初バトルだ。私達もロビーで見かけたデーヴァ達の様に、そしてカエデとアーメスの様にカッコよく、頼もしく戦いたい。


 出来れば記念すべき初戦は勝ちたいな……と思いながら、シイナの身体はロビーから消えていった。




 『マッチング成功

  OPPONENT_NAME:シューマ

  DAVA:シャルディ

  STAGE:工場』









 工場ステージに降り立ったシイナとストレンジア。それと同時に対戦相手も姿を現す。

 工場、というだけあってステージ周辺は鉄の壁で覆われており、辺りにはコンテナなどの障害物が多く設置されてある。


(うわ、カッコいい人だな。隣にいるデーヴァも綺麗……)


 シイナは現れた長身の男性に一瞬だけ見惚れた。端正な顔立ちと180はあろうかという長身、スラリと伸びた手足はまるでモデルか俳優のようだ。

 そしてその傍らに立つのはメイド服を着た少女型デーヴァ。長く下ろした銀の髪が美しく、立ち振る舞いにどこか気高さを感じられる。

 よろしくお願いします、とシイナが一声かける前に少女が口を開いた。


「シイナさんにストレンジアさん、ですわよね?さぁ、今宵のダンスのお相手を頼みますわよ!」

「……まだ昼だぞ」

「じゃあ改めて!今昼(コヒル)のダンスのお相手を頼みますわよ!」

「コヒル?頭の悪そうな単語を作るんじゃない。恥ずかしい……」


 デーヴァの発言を聞いた青年がしんどそうに額に手を当てる。ちょっと高貴そうな人達……と思ったが、話している様子を聞くとなんだか愉快そうな人達だ。

 おっと、まずは挨拶をせねば。とシイナが頭を下げる。


「え、えーっと。よろしくお願いします!シイナです!こちらはストレンジア!わ、私達これが初バトルなんですけど、えーっと、えーっと……よろしくお願いします!」

「ふふっ、そんなに緊張することはないさマスター。気楽に行こう。さて、私からもよろしくお願いするよ、お二人さん」


 2人の挨拶を聞いた青年――シューマが小さく微笑む。


「随分と礼儀正しいな。そういう人間は好きだ。こちらもよろしく頼む。

 なるほど、これが初めてのバトルか。だからといって手は抜かないぞ?」

「は、はい!」


 それにしてもシイナ……シイナ?まさか…………いや、たまたまだろう。とシューマが何か考えながら呟くがシイナにはよく聞き取れなかった。

 シューマの傍らに立つシャルディがそんな彼の様子が気になったのか顔を覗き込む。


「どうされましたシューマ様?バトルの前に何か考え事でも?」

「いや、なんでもない。……すまない。少し取り乱した。

 さぁ、始めようか。バトル開始時の合図は知っているか?自分のデーヴァの名前と共に”イグニッション”と宣言だ。そうしてデーヴァと一体となった瞬間にバトルが開始されるようになっている」

「分かりました。……いくよ、ストレンジア!」

「ああ!」


 シイナが腰のホルダーからアクロスギアを取り出す。それと同時に目の前に立つシューマも同じ動作をとった。

 そして互いに叫ぶ。戦いの合図を。自分と相棒を同調させるための合言葉を。


「イグニッション!シャルディ!」

「イグニッション!ストレンジア!」


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