2.ナギサ君とソウハ
意識を取り戻して目を開けると、そこは何とも殺風景な白い空間だった。同じく白い空間だが、先ほどまで立っていたギアの空間とは雰囲気が違う。
部屋というより、まるで廊下だ。どこまでも続く床とそりたつ壁、あちこちに配置されている窓の外には何も映し出されていない。
なんというか、冷たさや寂しさを感じる空間だ。壁や窓はあるのに、どこか虚無感を覚える。
そんなことより、まだ目がチカチカする、ナギサはパチパチと何度も瞬きを繰り返して視界を慣れさせながら、自分の顔をペタペタと触る。
「そういえばプレイヤーのアバターは現実世界の物と一緒って設定だっけ……。うん、僕の顔だ。服は…………服も初期設定だとそのまんまかぁ」
自分が着ている服に目をやると、ダイブ時に着ていた白のシャツと水色の上着、黒のズボンと一緒だった。
その時だった。突然、ナギサの目の前の床に魔法陣のようなものが展開された。魔法陣から光が放たれ、それは徐々に人の形を形成していく。
光が収まると、一人の少女が現れた。上にハネたショートの青い髪。髪の色と同じ青い色を基調とした和風の着物の衣装。腰には日本刀のような武器が下げられている。
おとなしそうな顔をした、どこか清涼感のある印象を受ける少女はゆっくりと閉じていた目を開き、ナギサを真っ直ぐ見つめると口を開く。
「――お久しぶりです。前作のアクロステージのサービス終了日以来ですね、ナギサ君」
クールな印象を受ける、凛として落ち着いた声だった。ナギサはその声に聞き覚えは無かったが、彼女の見た目にはしっかりと覚えがあった。
「ソウハ……。本当に君なんだ……」
目の前の少女が自分のデーヴァ、かつて共に戦った相棒である蒼葉だと。
ショートの髪はファンタジー漫画「Blossom」の主人公がショートヘアの女性剣士だったから。
武器が刀なのは幼い頃に見ていた大好きなヒーロー番組「剣撃戦隊サムライV」に出てくる戦士達の武器が刀だったから。
落ち着いた性格は先ほど述べた2作品の主人公がクールな性格でカッコよかったから、青い髪は自分の好きな色が青色だから。「下の名前+君付け」で呼ばせているのは単純に自分の趣味だから。
Bカップ程のサイズの胸は自分がこのくらいの方が好みだから。着物は大和撫子というものに憧れがあったから。
そして戦闘の時は…………と、自分の好きな要素をこれでもかと詰め込んだデーヴァがソウハだった。
そんな自分の理想の集合体とも呼ぶべきキャラクターが、自分の目の前に立っている。感動と興奮のあまり、ナギサは眩いばかりの笑顔を浮かべた。そして全力でソウハのもとへと駆け寄る。
「うおおおおお!!ひっさしぶりいいい!!君ってそんな声してたんだな!すっげー!そしてリアルで見るとこんな感じなんだ!おお……、服もこんな細かいとこまでデザインされてる……。2Dから3Dになるとやっぱ違うなぁ!」
「あの、ナギサ君?」
様々な角度や位置から自分の身体を眺める主の姿に、落ち着いた表情だったソウハの顔にも少し困惑の色が見られた。だがナギサはそれに気付かない。
「ねえねえ!触っていい!?肩とか!」
「え、ええ……。いいですけど……。あ、でも過度なボディタッチは禁止されており、もしそれに違反すると…………」
「生の人間みたいな感触だ……。すっげーなANO……。…………さて、こちらのほどは……ってぎゃああああああ!?」
「電流が流れます」
「…………りょ、了解。気を付けるよ……」
テンションが上がり過ぎて目の前の少女をベタベタと触っていたナギサは見事にペナルティである電流を食らい、地面に倒れ込んだ。
――いかんいかん。テンションが高まったせいでおかしくなってしまった。ナギサは気持ちを落ち着かせ、改めてソウハへと……自分の相棒へと向き直る。
「……さっきはごめんな。いや、本当にごめん。また会えたのが嬉しくてテンションが上がり過ぎた。とにかく、このゲームでもよろしくね」
そう言って差し出されたナギサの右手をソウハは軽く握り返し、微笑む。
「ええ。こちらこそ再会できて嬉しいです。またよろしくお願いしますね」
仮想空間の中とはいえ、手のひらに感じる感触やぬくもりは現実世界の人間とそう変わらない。
最近の技術って凄いなぁ……と、感心しつつ、ナギサは自分の相棒がまるで生きた人間の様に感じられる喜びを噛みしめていた。
「さて、ナギサ君にはこれから私と共に、Aランクプレイヤーを目指してこの世界で戦ってもらいます。最初のランクはFからスタートです」
「Fランクか……。エフラン、ねぇ」
Fランク、という言葉に反応してナギサの眉がピクリ、と動く。
別に自分の大学の偏差値がそこまで低いわけじゃないのだが、なあなあで大学に通っている自分にとっては「Fランク」という言葉は少し気になってしまうのだった。
「他のプレイヤーとのバトルなどで経験を積むことで私とナギサ君に”エレメント”と呼ばれる経験値が溜まっていきます。それを溜めていくことでランクを上げていくんです。……あ、そうだ。これを渡しておかないと」
涼しげにそう言ったソウハはナギサにスマートフォンのような携帯端末を手渡した。
「これは?」
「アクロスギアといってこの世界での生活に無くてはならないものです。メニュー画面の表示もこれで行います。後で色々と確認しておいてください。……さて、早速ですがANOでのバトルの基本的な知識についてご説明しますね。前作をプレイしていたナギサ君はご存知かと思いますが、私達デーヴァが使うことの出来る技……“スキル”は何枚ものカードに封じ込められています。一人のデーヴァが装備できるスキルカードは4枚まで」
「うんうん、覚えてるよ。ビックリするくらいクソな仕様のガチャのこともね」
ANOの前身であるアクロステージはデーヴァ用のスキルカードはガチャから手に入れるしか無かった。ソシャゲなので当然といえば当然なのだが、高レアリティのカードの出現率は異様に低く、スキルの種類は豊富な上にしかもピックアップ無し。熱心なゲームプレイヤーですら課金を躊躇うレベルだった。
今思うとあんなものがよく1年も続いたものだ……。
「でも流石に今作ではガチャは無いでしょ?」
「ありますよ?」
「あるんかい!買い切りのMMOだよねこれ!?」
「でもガチャ1回のためのゲーム内共通通貨“アクロコイン”は様々な方法で入手出来るので、前作よりはいっぱい回せるかと。アクロコインは前作でガチャを回すための”アクロジュエル”の機能も果たしてますから、不必要なカードは売却してコインに変換すればまたガチャが回せます。それにフォーラム機能を介することで他のプレイヤーとカードのトレードも出来ますよ」
「そうはいってもな……」
仮想世界に来てもガチャを回さなきゃならんのか……。ファンタジー感は一気に薄れてきたな……。
「そういえば前作で手に入れたカードやアイテムは流石に全部没収だっけ。一から集め直すの大変だなぁ……。トレード機能があるから欲しい種類のスキルが集めやすくなってるのはせめてもの救いか……」
スキルカードにはそれぞれ種類があった。例えば刀剣系のスキルならデーヴァが刀剣系のアイテムを装備していないと使えない。ソウハの初期装備は刀になっているので、ガチャで他の種類のスキルを引いても意味が無いのだった。
装備アイテムを別の種類のものに変えれば他のスキルも使えるようになるが、デーヴァが装備できる武器は基本的に1種類のみと決まっているので、結局使わないスキルカードは出てくるのだ。
「それではANO初のガチャと参りましょう。ギアを起動させてメインメニューから”ガチャ“の項目をタップしてください」
ソウハに言われるがままアクロスギアを起動させる。メニュー画面のような表示の映像が出現したのでそれを確認すると、確かに「ガチャ」という項目があった。
しかもトップには目立つ字体で「初回限定!貴方のデーヴァが発動可能なスキル4種が排出の無料ガチャ!内1枚はSR以上確定!」の文字が書かれている。どうせ初回限定なら10連くらいさせろよな。
とりあえず「無料4連!」の文字をタップ。
……たかが4連の癖にエクスクラメーションマークを付けて豪華な感じを出そうとするんじゃない。そして派手な演出の光と共にスマホの画面内に4枚のカードが表示された。
<ザンテツスラッシャー>
レアリティ:SR
チャージ時間:長
分類:斬撃/物理/刀剣限定
・刃に全ての力を収束させて放つ、触れた物全てを破壊する渾身の一撃。スキル発動時から終了まで自身の防御力を50%ダウンさせ、その数値を攻撃力にプラスする。装備時、自身のHPが20%以下なら攻撃力が10%上昇。
<パワーエッジ>
レアリティ:R
チャージ時間:小
分類:斬撃/物理
・力を増した刃による一撃。
<スラッシュシュート>
レアリティ:R
チャージ時間:小
分類:斬撃/特殊
・振り払った刃から衝撃波を放つ。
<バリア>
レアリティ:N
チャージ時間:小
分類:防御
・円形のバリアシールドを発生させる。威力の高い攻撃がぶつかると壊れる。
「うっわー、初期装備って感じー。それにしても相変わらずこのゲームはスキル説明が雑だなぁ……」
上3つのスキルの分類は「斬撃」となっているため、斬撃攻撃を行うことの出来る武器でないと発動が出来ないということだ。
更にSRスキルの方は「刀剣限定」と書いてあるため、刀剣系武器を装備していないといけない。この辺がやたら面倒だったなぁとナギサは前作を思い出す。
……というかSRの「ザンテツスラッシャー」ってなんだ?おそらく名前の由来は「斬鉄剣」なのだろうが、「ザン」と「スラッシュ」で意味が丸被りしている。こんなスキルは前作に無かったような……。
まさか前作からスキルの種類を増やしたのだろうか。前作の時点で攻略wiki作成班が匙を投げるほどスキルの種類が多かったゲームなのに、サービス開始から約1ヶ月の時点で飛ばし過ぎでは……と、ナギサは早くもこのゲームの行く末が心配になった。
「先ほど引いたスキルカードは私に自動的に装備されました。……さて、ナギサ君。早速行ってみませんか。私達デーヴァとプレイヤーの主戦場……アリュビオンに」
「アリュビオン……」
ついに来た。自分たちが戦いに向かうことになる世界の名前だ。ようやくその名が出た。
ガチャとかそんなことよりもその話を先に聞きたかった。
「うん、行こう。……で、どうすればそこに行けるんだ?」
「アクロスギアを操作して領域を移動させてください。ここをタップして、次はこっちを――」
言われるがままそうやって操作すると、ナギサの視界がまた光に包まれた。今日は目がチカチカする一日だ。
◆
「うおっ!?な……なんだここ!?」
目を開けるとそこは先ほどまで自分がいた白い空間でも、自室でも無かった。それどころか頭上には雲一つない青空が広がり、薫る風が髪を揺らした。
足元は綺麗に舗装された石畳。周囲には中世を思わせるようなレンガ造りの建物から、近代的なビルの様な建物までが建ち並んだ、どこかチグハグながらも調和が取れているような街並み――。
簡単に言い表すならば、「異世界」としか思えないような風景が視界いっぱいに広がっていたのである。
更に周囲には人々。彼らのうち何人かは、西洋風の鎧を纏った騎士であったり、茶色いローブを纏った魔術師のような女性であったり、鋼鉄の身体を持ったサイボーグのような人型の存在と連れ添って歩いていた。
ナギサはそれらがソウハと同じ存在、“デーヴァ”であると理解した。
「おお、凄い……。ははっ、異世界に来たって感じだ……!」
あまりに日常とかけ離れた光景に興奮を隠せないナギサの腰から何か音が鳴った。見ると腰にホルダーが装着されており、その中には先ほどソウハから渡されたアクロスギアが収まっていた。
何かの通知だろうか。そういえばさっきまで目の前にいたソウハの姿が無い。どこへ行ってしまったのだろうかと思いながら手元のそれに視線をやる。
『アリュビオンへようこそ、ナギサ君』
「うわっ、なんでこんなところに?」
スクリーン画面にソウハの上半身が浮かび上がった。さっき聞こえていた何かの音は彼女の声だったのだろう。
『私たちデーヴァはアクロスギアの中と外を行き来できるのです。今そっちに出ますね』
するとアクロスギアの画面がパッと光り、目の前にソウハが現れた。
ソウハはナギサを見ると「どうも」と言いながらペコリと頭を下げる。あ、どうも。とナギサも軽くお辞儀。
「で、ここでモンスターや他のデーヴァと戦うの?どうすればいいんだ。もしかしてこの街を歩いている人に片っ端から戦いを挑めばいいの?」
「ナギサ君はおとなしそうな顔をしているのに中々の戦闘狂なんですね。そんなキャラだったんですか」
「冗談だよ。で、どうすればいいの?」
「ルールアリの対戦やモンスターと戦う“ミッション”に挑むならこの街の……、あそこです」
ソウハが街の中のとある建物を指さす。それはまるで巨大なスタジアムのようだった。見ると多くの人々はその建物を目指して歩いている。
「あの“ターミナル”と呼ばれる場所で受けられます。あそこがアリュビオンの中心地と言ってもいいところですね。歩かなくてもアクロスギアの領域移動機能で直接入り口まで行けますけど、どうします?」
「うーん、初めてこの世界に降り立ったんだから、歩いていきたいかな」
「分かりました。では行きましょう。ごーごー」
そう言ってターミナルを目指して歩く。巨大な建造物に続く街並みの中を歩きながら、ナギサの気分は非常に興奮していた。
大地を踏みしめた自分の足に伝わる感触、心地よい風、それによって揺れる木々の葉。全てが現実とそっくりだ。そうか、仮想現実もここまで来たか……!と改めて感動する。




