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1.ダイブ!ANO

 私立桜川(さくらがわ)大学は県内でもそこそこ――この場合の「そこそこ」とは「平均」くらいのレベルを想像してもらえるとありがたい――の大学で、「とりあえず人生設計において明確な目標があるわけじゃないけど、格好つけるために大学くらいは行っときます」という学生が多く集う。


 そんなそこそこ大学の食堂で、二人の学生が昼食をとっていた。一人は水色の上着を羽織った中性的な顔立ちの青年だった。そしてもう一人は「美形」と形容するのが本当に正しいくらいの端正な顔立ちをした長身の男性。


 午前中の講義が終了したばかりの時間なので、4人用のテーブルなどはもう既に全て埋まるほど混雑しており、彼らは食堂の隅っこの長机に向かって、2人並んで座っていた。

 水色の上着の青年の目の前にはうどんと混ぜご飯。美形の前には中盛のカレーライス。2人は黙って目の前のご飯を口に運ぶ。別に仲が悪いわけじゃない。2人とも食事中はそんなにワイワイ喋らない方の人間だし、こうした時間以外にも一緒にいて喋ってることが多いので、これといった話題が出てこないだけなのだ。


(だから仲が悪いわけじゃない……と思いたい)


 水色の上着の青年、鳴海凪紗(なるみなぎさ)――ナギサは心の中でそう呟く。


「見てあの人。カッコよくない?」

「本当だ。今度一人でいるとこ見かけたらお昼誘おうかな~?」


 食堂にいる女学生の声が耳に入ってくる。その噂話の対象は自分ではなく隣にいる友人に向けられたものだということを凪紗は理解している。彼との付き合いも長いもので、こういった出来事には慣れている。


 ハァ、と友人が小さく溜め息を吐く。やれやれだ、と言わんばかりに。

 そして言った。


「だから食堂で食べるのは嫌なんだ。虫の羽音が五月蠅いからな」

「昔から何度も言ってるけど、人が多いところではその口の悪さは直した方がいいと思うぞ。周りから嫌な奴だって思われる」

「俺以下の人間にどう思われようが知ったことじゃないな」

「お前が良くても僕が嫌なんだよ」

「フン、それも知ったことじゃない」


 この口の悪い男がナギサの友人、志木宗馬(しきしゅうま)――シューマであった。

 長身で容姿端麗、ついでに頭脳明晰の彼とは高校時代からの付き合いで、そのイケメンな容姿と比較的高いスペックのおかげで良くモテた。それはもうムカつくくらいに。


 だが彼は「俺の容姿だけが目的の女に興味は無い」と、近寄ってくる女性からの好意をことごとく躱し、それでもって男性からは嫉妬と彼の「自分以下の能力の人間は見下す」という相当エキサイトな性格のせいでめちゃくちゃに恨まれ、気が付けば彼と親しい関係の人間は自分くらいしかいなくなっていた。

 ……ちなみに顔の良さでも性格の悪さはカバーしきれず、女子でも彼を嫌う者はそこそこいた。



 彼とのファーストコンタクトは高校2年生の時の始業式の日の帰りだった。彼はいきなり、本当にいきなり話しかけてきた。


「おい、そこのお前」

「……えぇと、志木君……だっけ。なんですか?」


 なんだこのイケメン。感じの悪い奴だな。ナギサはそう思った。


「その鞄に付けてるストラップ、もしかしてプリステの須藤あずみのやつか?」


 須藤あずみ。

 ”プリステ”ことアイドル育成ゲーム”プリズムステージ”の登場人物だ。当時のナギサはそのキャラクターのトレードマークであるワイングラスが描かれたストラップを鞄に付けていた。ワイン好きという設定のキャラクターなのだ。


 キャラクターの絵が描かれているものではなく、トレードマークだけが描かれたストラップなら学校に持って行っても恥ずかしくない。分かる人もいないだろう……と思っていたのだが、分かる人がいた。

 それがシューマだった。


 もしかしてプリステのファンか!自分と同じ趣味を持った人間がこの学校にいたなんて!と、その時は一瞬だけちょっと嬉しくなった。


「プリステの分かる人間が、この意識だけはやたらと高い自称進学校の愚者共の中にいたとはな。中々見どころのある奴じゃないか」

「……ん!?もしかして君もプリステのファンなの!?」

「ああ!だが須藤推しとは趣味が合わんな。まあ若林イマ以外のアイドルなど俺にとってはその辺の石ころレベルのモブに過ぎんが。ま、これからよろしく頼む。えぇと……なんて名前だったか、貴様?」

「………………貴様!?」


 だが彼は同じコンテンツのファンを目の前にしておきながら自分の好きなキャラ以外は貶すという悪いオタクであり、ついでに口がめちゃくちゃ悪かった。


 若林イマとは12歳の元気ハツラツな少女キャラである。このイケメン、ロリコンかよ。ナギサはそう思った。

 ちなみに後々ナギサが彼をロリコン呼ばわりした際は、


「は?俺がロリコンだと?ふざけるな。ロリコンではなく好きになったキャラがたまたま女子小学生だっただけなんだが?」


 と、お手本のような言い訳をしてきたが、他のロリキャラには一切興味を示していなかったのでどうやら本当らしい。


 そんなわけで、第一印象はかなり最悪だった。その時に抱いた"こいつ最悪だな"という印象が間違ってなかったことを改めて知った時はかなりの衝撃だった。

 最悪だったが、1年生の頃からぼっち気味だったナギサに2年生でいきなり友人が出来るはずもなく、結局この”顔はイケメン、性格ゴミクズ”のシューマとちょくちょく絡むようになった。


 ……というか向こうからしょっちゅう絡んできたのである。

 1年生の時点から周囲の人間を見下しまくっていたせいで友人の少なかった……というか皆無だった彼にとって、気軽に話しかけれる人間が自分しかいなかったのだろう、と推測している。


 ちなみに男子からは疎まれ、女子からは色目で見られていたシューマと仲の良いナギサに近寄ろうとするものは誰もおらず(というか女子生徒からは基本的に嫉妬の視線を向けられていた)、彼も彼でシューマしか友人が出来なかった。


 そして高校3年生。頭脳明晰なシューマは日本でも有数の都会の一流大学に進学する……

 ……かと思いきや、第一志望の国立大学は前期試験、後期試験共に不合格だった。


 まさか彼が落ちるとは思っていなかったナギサは前期試験が始まる前に彼のさよならパーティみたいなものをケーキ屋で行ってあげていたので、かなり気まずかった。


 シューマの「後期試験も落ちたんだが……?」という失意に満ち溢れた発言を聞いた時は「お通夜の空気ってこんな感じなのかなぁ」という非常に重苦しい空気が流れたのを覚えている。


 そんなわけで一緒に受験していた地元の「そこそこ」の大学である桜川大学に進学していた。別にこんなとこじゃなくても、良い大学ならいっぱいあっただろうに、とナギサは言ったが、彼曰く


「一時志望に入れなかったならどこに行っても一緒だ。だったらせめてお前と一緒の所がいい。お前と一緒にいる方が楽しいに決まっているからな」


 らしい。

 それが初めてシューマがナギサに見せた「デレ」のような感情だった。


 嬉しかったけどちょっと気持ち悪かった。





  ◆






「なあナギサ」


 口の中のカレーを飲み込んだシューマが、突然口を開いた。

 食べ物が口の中に入っている間は喋らない。彼は性格こそ最悪だが、そういうところは真面目だ。


「ん、何?」


 と、ナギサは箸でつまんでいたうどんを慌てて口の中に滑り込ませ、飲み込んでから返事をする。食べ物を口に入れたまま喋ると彼が怒るのを知っているからだ。


「分かってるな?今日家に帰ったら……」

「ANOを起動、だろ?分かってるよ」


 シューマの言葉を遮るようにナギサが答える。


「やっと二人してソフト買ったもんな。ようやく遊べるのが楽しみだよ」

「ああ。しかし同じ日に購入するとは、本当にお前とは女の好み以外は合うな」

「はいはい」


 彼と知り合ってから何度やったか分からないやりとりを適当に流しつつナギサはうどんをすする。それとほぼ同じタイミングでシューマもカレーを口へと運ぶ。

 2人はANOの前身であるスマートフォン用アプリゲーム「アクロステージ」のプレイヤーだった。知り合って間もない頃にお互いの趣味を教え合った際、2人とも同じゲームをプレイしていたことに驚いたものだった。その日からアクロステージのサービス終了のお知らせが報告される日まで僅か数ヶ月ほどしかなかったが。


「まあ僕は4限まで入ってるからログインするのは夕方手前くらいになるけどね……」

「ああ。俺は今日は午前中で終わりだから先に行ってるな。…………昔育てた俺の女にまた会える……。フフッ、待っていろシャルディ」

「気持ち悪っ」


 カレーを食べ終えたシューマが口角を上げて呟く。台詞からは中々に危ないオタクの雰囲気が漂っていたが、美形の彼がやるとどこか様になっているのがナギサは少々ムカついた。

 ナギサの発言に対してシューマは挑発的な笑みを浮かべる。


「そう言って、お前も楽しみなんだろ?あの貧乳女剣士に会うのが」

「貧乳とは失礼な。ちょうどよい大きさなんだよ、あれが。というかお前のデーヴァが大きすぎ…………まあそうだね。また会えるとは思ってなかったし」


 ――また君に会えるんだな。

 ナギサは感慨深そうに心の中で呟いた。







 VRMMO。既存のMMOと異なる点は仮想空間に意識を潜行させる、VRの技術が使われていることである。意識をゲーム世界の中に落とし込ませ、「アバター」と呼ばれる電脳空間用の身体を動かして遊ぶ……というものだ。


 意識潜行型のVR技術は数年前から既に確立された技術であり、始めは家族での仮想旅行や体験型ムービーといった少数用の娯楽にしか用いられていなかったが、技術の進歩とともに大人数の意識を同時に電脳世界に落とし込むことが可能となり、現在では数種類のVRMMOが世界でも流行している。


 そんなVRMMO戦国時代に突如参戦することとなった「アクロステージ NEXT ONLINE」――ANOは近代的な建物や中世風の建物が並び立つ、チグハグながらもどこか調和のとれた世界“アリュビオン”が舞台。


 そして、ANOは相棒となるデーヴァとのコミュニケーションや他プレイヤーとの対戦要素だけではなく、ゲーム内の世界の管理をデーヴァに……人間に近しい知能を備えたAIを搭載したNPCにほぼ全て任せることによって形成された高い自由度もウリとしているらしい。


 人間に近しいAIの存在は、完成した昨年ごろにテレビで何度も報道されていたからナギサでも知っていた。

 最近では介護施設のロボットや飲食店の業務サポート用ロボットなんかに導入されている。それらがNPCに使われているということは、それだけ現実世界に近い感覚でゲームの中の世界を楽しめるということである。


 ゲームのシステムだが、まずアバターの外見は現実世界のプレイヤー自身の姿と共通。これはプレイヤー同士のトラブルを少しでも下げるという目的があるらしく、ANO以外にもこのシステムを採用しているゲームはいくつかある。


 そしてプレイヤーとデーヴァはお互いに思考や感覚を共有して、モンスターや他のプレイヤーと戦う。

 アプリ版では画面上のデーヴァをタップして動かすだけだったが、ANOでは文字通り一心同体となって戦うらしい。主にAIの開発、研究を行っているZENO社だからこそのゲームシステムだ。


 人々からは「自分自身で戦いたいんだけど」といった不満も出なくは無かったが、そういう方は別のVRMMOを遊べばいいだけの話だ。






「ただいまー」


 大学から電車に揺られること15分。そこから更に徒歩で8分の場所がナギサの自宅である。


 2階建ての普通の住居。母はまだ仕事から帰宅していない。いるとすれば1つ年上の姉――いや、義姉(あね)だが、返事が無いということは部屋で昼寝でもしてるか、ドアの音にも気付かないくらい夢中でゲームか何をやってるか、だ。


 電車の定期券を玄関に置いて、2階にある自室へと向かう。すると。


「あっ」

「あっ」


 自分の部屋から出てきた義姉、鳴海詩奈(なるみしいな)と鉢合わせた。もう時刻は昼過ぎなのに寝巻のまま。手入れをサボって肩よりもかなり下に伸びた長い髪の毛はあちこち跳ねている。


 今頃起きてきたのか、とナギサに思われた……と、勝手に思ったシイナは慌てた様子で両手を左右に大きく振って否定の意を示す。


「ちがっ、違うの!別に今起きたわけじゃなくてね!お昼には起きてたんだけど、どうせ外に出る用事は無いから着替えずにずっと撮り溜めてたアニメ見てて――」

「分かってますよ。でも服くらい着替えた方が良いと思うし、なんなら髪は整えた方がいいと思いますよ。そもそも何しに部屋から出てきたんです?」

「えっ、と……。トイレ」

「そう」


 ナギサはそっけなくそう言って、自分の部屋のドアを開け自室へと入る。

 そして心の中で叫ぶ。


(またやっちゃったー!)


 ――ああ、もう!なんであんなそっけない返事しちゃったかな自分!

 あれじゃいつまでたっても向こうから警戒されたまんまだって!本当はもうちょっと仲良く喋れたらいいのに……!でもシイナさん僕のこと好きじゃないだろうしなぁ絶対……!


 急に距離を詰めようとフランクに話しかけたら「えっ、何この人。超キモイんですけど」とか思われかねない!

 うおおおお!!身内に対するコミュニケーション能力が欲しいいいい!!


 ……と、バッドコミュニケーション反省会に時間を費やしていても仕方ない。一旦忘れよう。今から自分はゲームをするのだ。


「……えーっと、どこに仕舞ったかなぁ」


 部屋の引き出しを片っ端から開き、仮想空間にダイブするための機器を探す。確か高校の入学祝に祖母から買ってもらったものがあるのだ。もう1年くらいVRゲームはプレイしていないのでずっと仕舞っていた。


「よかった。ちゃんとあった」


 ベッドの引き出しに、それはちゃんと仕舞ってあった。黒色のゴーグル型VR端末。

 だいぶ触ってない期間が長かったため、起動できるかどうか不安だったが、試しに電源ボタンを押してみたところ、ちゃんと起動を確認できた。

 とりあえず今日のところは端末は常に充電器に繋いでおこう。電源を落としていたとはいえ1年ほど放置していたため残りバッテリーがほぼ死んでいる。


 ナギサはウェットティッシュでギアの汚れをきちんと掃い終えると、リュックからある物を取り出した。

 アクロステージNEXT_ONLINEのパッケージ。大学の1限終了後にゲーム屋に走って購入したものだ。桜川大学は東門から出て徒歩5分の圏内にゲーム屋があるため、昼休みを待たずとも1限と2限の間の休み時間で買いに行くことが出来た。

 ソフトの発売当時は大学受験のシーズンでソフトを購入している余裕が無かったが(そもそも金銭的にも余裕が無かった)、ついにプレイすることが出来る。

 パッケージを開け、SDカードほどの大きさのソフトを取り出して端末に挿入する。そして端末を装着してベッドに寝転がった。


 ダイブ用ギアといえば最初はヘッドギアのような大きな形だったらしいが、現在は更に小型化が進み、小型のゴーグル型の物が主流になった。

 ヘッドギアの形をとっていたのは、外部干渉による電脳空間からの強制切断を防ぐよう「簡単に外れないようにするため」という目的があったが、現在主流のゴーグルタイプは電脳空間への接続が開始されるとちょっとやそっとでは外れないようロックがかかるため安全である。


 端末を起動すると、ナギサの意識が電脳空間へと流れ込んでいく。

 そして視界は部屋の天井ではなく、辺り一面が真っ白な空間に切り替わった。VR端末の中の電脳空間だ。


「んー、こんなに殺風景だっけ?」


 真っ白な空間の中で、スマホアプリのアイコンの様な四角い物体がいくつかフワフワと浮いている。端末にインストールしてあったゲームアプリだ。高校2年生まではしょっちゅうVRゲームで遊んでいたが、受験生になると同時に時間の取られる据え置き機やギアで遊ぶタイプのゲームはあまり遊ばなくなってしまった。


 その代わり、何か作業しながらでも遊べるスマホアプリのゲームでよく遊ぶようになった。意識潜航型のVR技術が確立された時は、「VRゲームがついに長きにわたるスマホアプリブームを破壊するのでは」とまで言われていたが実際は全然そんなことはなく、現在に至るまでスマホアプリは他のゲームと市場を奪い合いことなく生き残っている。


 それにしても殺風景だ。この起動時に送られる空間は自由にカスタマイズできるので、もっと華やかな風景にできるのだが、当時の自分はそれを一切やらなかったらしい。別に今更変える気も特に無いのだけれど。


 ナギサは周りに浮かんでいるアプリアイコンから一つ、先ほど端末に挿入した「アクロステージ NEXT ONLINE」のアイコンに触れる。すると『ゲームデータをダウンロードしています。しばらくお待ちください』との表示が。


 うーん、やはり初回インストールにかかる時間はちょっと長い。インストールが終わるまで殺風景な電脳空間でゴロゴロすること1,2分。ついにゲームデータのインストールが完了した。アクティブ化されたアイコンに触れ、ANOを起動させる。


 アプリ版のアカウントは既に連携済みだ。ANOの世界に行けば、彼女に会える。


 自分が育てた、自分の相棒に――!

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