6.義姉参戦 -シイナとストレンジア
「おっと、まずはこれを渡さなきゃね」
ストレンジアは掌に携帯端末“アクロスギア”を出現させると、それをシイナに手渡す。
「これはアクロスギア。異世界アリュビオンで戦う戦士の証といったところかな。この世界での基礎知識や他のプレイヤーと交流するためのフォーラム機能など、様々なデータが詰まってる。自分でも色々と確認しておいて、マスター」
「えーっと、その、マスターって呼び方なんだけど……」
「おや、マスターでは不満かな?貴女の個人情報を読み取った上でこれが一番喜ばれる呼び方だと思ったんだが」
「不満ってわけじゃないんだけど……ちょっとビックリしちゃって」
「ほう。だったら他にどう呼べばいいかな?」
というか、個人情報の読み取りって。
あの光線はそういうことだったのか。……ちょっと怖いな!?
でも確かに“マスター”と呼ばれるのにはちょっと憧れていた。そういうアニメやゲームってよくあるし。
「問おう、貴方が私のマスターか」みたいな感じで主人公が人ならざる存在に呼ばれるシチュエーション、確か3,40年くらい前のレトロゲームの時代から流行っていたと聞いたことがある。
「うーん……やっぱりマスターでいいや。改めてよろしくね、ストレンジア」
シイナは頑張って笑顔を作り、自分の右手をストレンジアへと差し出す。目の前の彼女もフフっとほほ笑んでその手を握り返す。
「ああ。こちらこそよろしく頼むよ、マスター。しかしストレンジア、か……。中々オシャレなネーミングだね。他者、未経験者の意味を持つ“stranger”から来ているのかな?これから共に戦うバディである私にそのような名前を付けるなんて、マスターのセンスは人並み外れていると言えるかもね」
「えっ、違う違う。花の名前を組み合わせただけで、そんなことは考えてないよ……」
……というか、それ褒めてる?
「ところでマスターは何故学生服を着ているんだい?貴女は高校生じゃないだろう」
ストレンジアにそう言われ、シイナはようやく自分の服装がまともでないことを思い出した。
そう、言われた通り、今の自分は制服を着ている。
白のシャツに、紺のブレザー。高校時代に着ていたものだ。20歳にもなってこの格好は指摘されると流石に少し恥ずかしい。
だがシイナ自身の見た目がまだそこまで大人びていないこともあってか、見た目に関しては特に違和感は無かった。
「そ、それは……えと、その……ANOを買うために外に出ようとしたんだけど、これ以外に余所行きのまともな服を持ってなくて……。ちょっと前までは古着とかそこそこ持ってたんだけど……」
「だけど?」
「ゲームに課金するお金が欲しくて全部売っちゃった」
それを聞いた途端、ストレンジアが「ぷっ」と小さく噴き出した。生活必需品ともいえる衣服を課金代のために売り払うという中々ロックな行動にどうしても我慢が出来なかったのだ。
――あんまりこういうこと言うもんじゃないなぁ。
と、シイナは自分の言ったことが相当おかしなことだと自覚し、少し恥ずかしくなる。そういえば義母と義弟も
「シイナちゃん服売っちゃったの!?しかもブッ〇オ〇で!?メルカリにしとけばもっと高く売れたのに!そういうことは先に言ってよー!」
「お母さん、そういう問題じゃなくない?」
と、かなりドン引いていた様子だった。
でも、他に売るものとか特に無かったし……。
「でもその姿もよく似合っているよ。もし望むならこの世界での普段着に着替えることも可能だが、どうする?」
「あ、じゃあそうする」
なんだ、そんな機能があるのか。ならば是非お願いしたい。
アクロスギアの機能から自身の服を着替えることが出来るというので言われた通りにギアを動かす。
自分の持ち物に“はじまりの服”というアイテムがあったためそれをタップすると、自分の服が白を基調とした西洋風の制服のような衣装に切り替わった。
……うーん、日本の制服から西洋の制服に着替えたって感じであんまり大きく変わってない気もするが、しばらくはこれでいこう。
何、気に入らないならこの世界で別の衣服を買えばいいのだ。確かANOではプレイヤーもデーヴァもショップで衣服を購入してオシャレを楽しむことが出来る、と推しの配信者が言っていた。
「さぁ、次は初めてのガチャといこう。ガチャで手に入れることのできるスキルカードが私達デーヴァの力になるんだ。アクロスギアを起動させてメインメニューから”ガチャ“の項目をタップしてみて。初回は4枚分のスキルカードが無料で手に入るから」
ストレンジアに言われるがまま、シイナはアクロスギアのメニュー画面を遷移させると、そこには「ガチャ」という項目があった。
トップには目立つ字体で「初回限定!貴方のデーヴァが発動可能なスキル4種が排出の無料ガチャ!内1枚はSR以上確定!」との文字が書かれている。
「どうせ初回限定なら10連くらいさせてほしいな……。あ、そうだ。ちょっと聞くんだけど、このゲームってリセマラって出来たりする?」
「リセマラ?……すまない。知らない単語なものでね。それはどういう意味の単語なんだい?」
「えっと、ガチャで満足のいく結果が得られるまでゲームのデータを一旦消して入れ直す作業を繰り返すことなんだけど――」
と、言いかけたところでストレンジアがどこか儚げな表情を浮かべてシイナから目を逸らした。
心なしか目元は潤んでいるようにも見える。
そして悲しそうに、実に悲しそうな声で言うのだった。
「マスターはせっかく私を生み出してくれたのにこの後すぐに消してしまうということかい……?それはとても寂しいな……」
そんなストレンジアの様子を見てシイナは大変慌てた様子で両手と顔をブンブンと振り回す。
「わーっ!聞いてみただけなんです!ごめんなさいごめんなさい!消したりなんかしないよ!そんな顔しないでー!!」
「……フフッ。冗談だよ。マスターの困った顔が見てみたかっただけさ。慌てた時の仕草や声も素敵だね」
スッ、と元の表情に戻り、今度はちょっとだけ意地悪そうな顔を浮かべるストレンジア。先ほどまでの顔と声が嘘のようだ。
うーむ、中々手ごわいぞこの子……。
「そもそも、ANOではそういう行為は出来ないんだよ。デーヴァを作成した時点でプレイヤーとそのデーヴァの情報はこの世界に記録され、別のデータを作成することが出来なくなる。ソフトを変えても、ダイブ用ギアを変えても、プレイヤーは初めて作成したデーヴァと共にこの世界に降り立つことになるんだ」
なるほど、一度作成したデーヴァの面倒は最後まで見ましょうということか。
……それにしても一体どのような技術が使われているのだろうか。先ほどのデーヴァ自動生成機能といい、この世界で自分の情報はどのように扱われているのだ?
「じゃあこの世界のプレイヤーやデーヴァの命に終わりはないってこと?」
「そうだね、プレイヤーの命に終わりはないよ。ただ私達デーヴァは……」
そこまで言ったところでストレンジアが固まる。まるで処理落ちでもしたかのように。
その後に何かモヤモヤした表情を浮かべ、「デーヴァは…………」と、深く考え込む。
「デーヴァは………………すまない。何か記憶にロックがかかっているようで出てこない」
「いいよいいよ。思い出したらでいいから」
人工知能に“思い出す”という概念があるのかどうかは謎だが、デーヴァにも知らないことがあるのだろう、とシイナは思った。
だがその話は少し気になる。この世界でのプレイヤーの命に終わりは無いが、デーヴァには終わりがある、といったような言い方だった。
「……さぁ、改めて最初のガチャといこう。良いカードが引けるよう、幸運を祈るよ、マスター!」
とりあえず今は難しいことを考えても仕方ない。ガチャを回さなければいけないのだった。
「無料4連!」の文字をタップ。……たかが4連の癖にエクスクラメーションマークを付けて豪華な感じを出そうとするんじゃない。
派手な演出の光と共にスマホの画面内に4枚のカードが現れた。
「これは……」
「……ハハッ、凄いよマスター!この初回ガチャで最高レアリティを引く確率は限りなく低いのに!やっぱり君は素晴らしいプレイヤーだ!」
最初に出現した1枚のカードが、虹色の輝きを放ちながらその名称を表示させる。
SSR。それだけは真っ先に確認できた。
◆
「ガチャも引き終わったことだし、そろそろ行かないかい?私達デーヴァとプレイヤーの主戦場……アリュビオンに」
「アリュビオン……。そこがANOの舞台になる世界の名前なんだね」
「ああ。まずはそこの“ターミナル”という施設に行かないとバトルのレクチャーも出来ないから、とにかく行ってみるしかないんだ。アクロスギアを操作して領域を移動させてくれるかな?ここをタップして、次はこっちを――」
「……あ、そうだ。ちょっと先に聞いていい?」
ストレンジアの説明の最中にシイナが言った。
「何だい?」
「このゲームって、何か目的とかあるの?MMOだから明確な目的とかってのは無いかもだけど」
ふむ、とストレンジアが右手の人差し指と親指で軽く顎先をつまみ、少し考えてから言葉を発した。
「この世界に住まうモンスターや他のデーヴァ達を倒したり、この世界に貢献することで溜まる経験値……“エレメント”を稼いで自分のランクをAまであげること、かな」
「Aランクになるとどうなるの?」
「すまない。そこまでは私達デーヴァも知らないんだ。ただ頭の中にあるのは“自分を創造したプレイヤーと共に至高の存在を目指せ”という情報だけでね」
「至高の存在……」
思考存在が至高存在に。
……という駄洒落か?
「それ以外は特に無いよ。貴女は何をしても構わない。私という存在を行使して悪役になるのもいい。正義の味方になるのもいい。何をしても、何をしなくても、私と世界はそれを拒絶しない」
そして、彼女の目つきが一瞬だけ鋭くなったような気がした。
説明ではなく、まるで忠告でもするかのように。
「ただ、これだけは忘れないでくれ。この世界でプレイヤーの傍には相棒のデーヴァがいるということを。貴女は私と共にあるのだということを。貴女の存在が、デーヴァである私を変えていくのだということを」




