6.また初心者狩りかよ
「探索ミッション?」
「うん。僕らってこのゲームで戦闘ばっかりやってただろ?たまには広大なフィールドを探索してみてもいいんじゃないかな、って」
「言われてみれば俺はずっとバトルかカフェで食事くらいしかしてないな……」
本日の大学終了後にANOにログインしたナギサとシューマは、ターミナルのロビーでそんなことを話していた。
彼らがデーヴァと共に挑んだミッションはどれもモンスターを討伐するものばかりで、アイテムの入手を目的としたミッションには一切触れていない。
――多彩なミッション、広大なフィールドが君を待つ!さぁ、相棒と共に戦いと冒険の世界へ再び飛び立とう!
PVではそんなことを言っていたのに、自分たちは”戦い”の部分しか未だに楽しめていないのだ。
「そうだな。その探索ミッションとやらを受けてみるか」
「ああ、行こう。……ん?…………?」
ふと、誰かからの視線を感じてナギサが振り返る。後ろにはロビーの空間が広がり、行きかう人々が何人かいるくらいで特に異常は無い。
「どうした、何かあったか?」
「いや、誰かに見られてた気がしたんだけど……。気のせいか」
「気のせいだろ。俺ならともかくお前なんかを気にする人間なんて…………いや、いなくもないか。お前どっちかといえば女っぽい顔してるもんな」
「えっ、やめろよ。怖いこと言うなよ」
ただでさえ最近セーラー服が似合うらしいことに気付いて自分の秘められた才能に恐怖しているんだぞ……と言おうとしたが、それを言えば目の前のクズは一生それを弄ってきそうなので、慌てて口から出かかった言葉を飲み込む。
「フッ、冗談だ。行くぞ」
ナギサとシューマはターミナルのミッションカウンターと呼ばれる場所へ向かった。その名の通り、様々な種類のミッションを受注することが出来る場所である。
カウンターの椅子にはいかにも“受付です”といった姿の男女のデーヴァが数人座っており、それぞれがプレイヤーの応対をしていた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなミッションをご希望ですか?」
栗色の髪をした受付の女性がナギサとシューマに声をかける。
「えーっと、そうですね……。じゃあ、これで」
ナギサが指定したミッションはランクF帯におススメとされている探索ミッション「日光菜の花を採ってきて!」である。
森林ステージで日光菜の花と呼ばれている花を摘んでくるだけでいいというミッション。報酬はその花と30コインと少量の経験値のみというあまり旨味の無い内容だったが、別に大量の報酬を期待しているわけではないので構わない。
花の場所はマップにマーキングされているため、指示された通りに歩いていけば問題無いという、かなり簡単なものだった。
「それではミッション開始です。いってらっしゃいませ」
受付嬢がそう言うと2人の身体が光に包まれ、ミッションの舞台へと転送された。
「あれ、見ました?」
「見ましたよ。見ましたとも。完全な初心者のようですな」
そんな2人の背後を眺めては不敵に笑う2人の男性の姿があった。
一人は小太りの眼鏡、もう一人は細身の眼鏡の男性だ。そんな怪しい2人の存在に、ナギサとシューマは気付くはずもなかった。
◆
木々が風に揺れ、小鳥のさえずりが聞こえる。
森林ステージはリザードマン討伐ミッションなどで何度か来たことがあるが、戦闘が無いとこんなにも静かというか、のどかな場所だったんだな……。と2人は視界の右端に表示された簡易マップを見ながら歩く。
こういうのってアクロスギアで表示しないんだな。となんとなく疑問に思ったことをシューマが述べたが、ナギサの、
「アクロスギアを見ながら歩くとなると、ながらスマホみたいなことになって危ないからじゃない?」
という言葉に納得したようで、「なるほど」と頷く。
「流石ですナギサ君。頭が良いんですね」
「そんなことくらいで褒めなくてもいいよ。なんか恥ずかしい」
ナギサの隣にはソウハが、シューマの隣にはシャルディがそれぞれ付き添うように並んでいる。
2人のデーヴァもフィールドをじっくりと歩いてみたいとは思っていたようで、ミッションが開始されたと同時にアクロスギアから出てきた。
「こうやってのんびりシューマ様とお散歩するのも良いですわね。風が気持ちいいですわ」
「そうだな。こういうのも悪くない」
「ええ。そしてこの静かな空間にいるのはワタシ達だけ!この解放感たまりませんわぁ~。なんだかムラム……興奮しませんこと?」
「いや、別にしないが……?」
「というか僕とソウハもいるんだけど……?」
急に声に熱がこもるシャルディにシューマとナギサは困惑した。
ちょっとちょっと、とナギサがシューマに声を掛ける。
「前から思ってたけど、シャルディちゃん、なんか凄いな?喋り方というか、雰囲気というか……。どういう育て方したんだお前」
「知らん。勝手に育った」
「ええ、デーヴァはマスターの見てないところでも成長するんですのよ?シューマ様のせいじゃありませんわ」
「そうだそうだ。大体俺のような気品に溢れた者が育てて、こんなドヘンタイになるものか」
「ドヘンタイ!ああっ……!たまらない響き!もっと!もっと何か言ってくださいません!?」
「うっ、うるさい。少し静かにしてくれ」
――す、凄い。シューマが押されている……!
常にスかした態度をとっているシューマも暴走したシャルディのノリにはついていけないようで、反応に困ったといった様子の顔をしていた。酔っぱらいに絡まれている素面の人間ってこんな感じなのかなぁとナギサは思った。
「……ナギサ君。シャルディさんにキャラが負けている気がします。私も彼女の様に振る舞うべきでしょうか」
「いや、真似しなくていいから」
というかキャラ負けしてるとか気にするな。
そもそも勝とうとするんじゃない。そのままの君でいてくれ。
「そういえばミリカラのイマイベントの内容が凄くエモくてな……」
「うちのソウハにもその話をするのかお前」
「あ、じゃあナギサさんはワタシの話を聞いてくださる?獣人型デーヴァの性感帯はどこにあるのかという私なりの分析なんですけど――」
「え?何の話ですか?」
「君は気にしないでソウハ!」
と、まぁそんな感じで雑談を繰り広げながら歩くこと10分ほどが経過。マップに記されている場所が近付いてきた。
徐々に木々の数も減ってきている。日差しが強く差し込む方へと一行は足を進めていく。そして――。
「わぁ……」
視界の先には美しい黄色の花々が広がっていた。マップに記されているマーキングの位置的に考えて、おそらくそれら全てが日光菜の花と呼ばれている花なのだろう。
辺り一面に広がる花畑を前にしてナギサの口から感嘆の吐息が漏れた。その隣でソウハも花々の美しさに目を奪われた様子で立ち尽くす。
「綺麗ですね……」
「ええ……。ワタシの穢れた心が浄化されていくようですわ」
「汚い自覚あったんだな」
あとはこの花のうちどれか一本でも摘んでいけばミッションクリアだ。
雑談しながら歩くだけでクリアとは随分と簡単な内容のミッションだった。ミッション、というよりはこの美しい風景をプレイヤー達に味わってもらうのが目的なのだろうか?
4人はゆっくりと花畑へ近づいていく。その時だった。
「来た来た。可愛い初心者さん達が」
「経験値とお金いっただきま~す」
待ってましたと言わんばかりに木陰から2人の人間が姿を現した。片方は小太り気味の眼鏡の男性、もう一人は細身の眼鏡の男性。どちらも服はANO内で購入したのか、西洋の貴族風のどこか高そうな雰囲気の物を身に纏っている。
ナギサとシューマは気付いていなかったが、ミッションが始まる前に彼らを観察していた2人である。
「何の用です?」
ソウハが2人の眼鏡に向かって訝しげに問いかける。細眼鏡は品の無い笑いを浮かべながら答えた。
「何って、そりゃ少しのお金とエレメントを貰いに?このゲーム、ミッション中にプレイヤーのHPが0になると所持金の3割と所有エレメントの一部が辺りに散らばる仕組みになってるんだよねぇ」
「えっ、このゲームって僕達にもHPの設定とかあるの?」
「ええ。ただしデーヴァやモンスターの攻撃を一度でも食らえば致命傷になるレベルで低いですわよ」
「この探索ミッションではモンスターは出ない仕様になっているのでリンクはしなくても安心だと思ったのですが……。まさか同じミッションを受けるプレイヤーが妨害に来るなんて」
ハァ……。と、目の前の眼鏡2人組を見たシューマが呆れた顔で大きくため息を吐いた。
「ログイン初日に続いてまた初心者狩りに会うとか、一体どうなってるんだこのゲームの民度は。SNSに書くぞ?」
「運営がその辺ノータッチなんだろうね……」
“ゲーム内の世界の管理を人間に近しい知能を備えたAIを搭載したNPCにほぼ全て任せることによって形成された高い自由度がウリ”とされているゲームだ。こういったプレイヤーに対する処分は運営が対応しないのだろう。
それはどうなんだ、とナギサは思った。ひょっとしてこういうPK中心のプレイも推奨されているのだろうか?
「自由度が高いからって、何してもいいわけじゃないと思うんですけど」
ナギサの言葉に今度は太った眼鏡の方がまたもや品の無い笑い声。流石に少しイラっとする。
というかプレイヤーのアバターデザインは現実のものと同じなのに、よくもまあこんなモラルに欠けた行動が出来るものだ、と呆れた。
「何とでも言ってください~。……さーて、出番だヒナっち!」
「やるぞジェシカ。こいつらを倒してランクアップだ!」
眼鏡二人がアクロスギアを構える。間違いない。デーヴァを呼び出して自分達を狩るつもりだ。
眼鏡共が叫ぶ。
「イグニッション!ヒナ!」
「イグニッション!ジェシカ!」
デーヴァとのリンクを開始する合言葉が花畑に響き、二人の身体が光に包まれる。
そして小太りの眼鏡の方は小学生くらいの背格好をした、黒いローブととんがり帽子を纏った魔女っ娘に、細い眼鏡の方は緑色の髪をなびかせた眼鏡の女騎士へとそれぞれ変わった。
「ふみゅぅ……。この人たちを倒せばいいの、お兄ちゃん?よーし、ヒナ頑張るね!」
『ああ!そろそろランクEに上がれる頃だよ!頑張ってヒナっち!』
「未熟な者達を相手にするのは心苦しいのですが……。それがマスターの命令とあらば」
『くくっ、ぼく達の騎士道、見せてやろうじゃないか』
――プレイヤーの外見がデーヴァに変わるシステム、やっぱりまだ慣れないな……。
明らかに悪そうな顔をしていた冴えない眼鏡の男性2人が煌びやかな姿の女性に変貌したのはなんだか違和感というか……。
まるでヒーローへの変身の様にポーズを決めてイグニッションしていたミナミはその辺りの違和感が消せていて、むしろ格好良かったのだが。
しかも片方はロリッ娘に自分のことを“お兄ちゃん”と呼ばせている。“下の名前+君”と“下の名前+様”で自分のことを呼ばせている自分たちが他人の呼び方についてとやかく言えた筋合いではないけれども。
……と、ナギサは思っていたが、隣に立っているシューマは笑いをこらえきれないと言った様子で口元に手を当てる。
「フフッ…………。おい、聞いたか?“お兄ちゃん”だぞ?冴えない顔したデブの眼鏡が幼女に自分のことを“お兄ちゃん”って呼ばせてるぞ?気持ち悪っ……!絶対キモオタクだろ……!ぷぷっ……!恥ずかしくないのかねぇ……?ヒヒッ」
「おーい!それ僕達が言っちゃ駄目なやつ!ナギサ君とシューマ様が言っちゃ駄目なやつ!というか笑い方がだいぶ邪悪だな!?」
心底馬鹿にした様子でヒナと呼ばれる魔女っ娘を指さして嘲笑うシューマに対してヒナはわざとらしく頬を膨らませてプンプンと怒る。
動きがいちいちどこかあざとい。そのように設定されているのだろうか。
「お兄ちゃんを馬鹿にしないで!そんな人はヒナがやっつけちゃうんだから!」
『そ、そうだそうだ!やっちゃえヒナっち!そいつを絶対に許しちゃ駄目だ!!』
「えーいっ!」
その瞬間、ヒナの持っている魔法の杖から光の弾が出現し、目の前のナギサとシューマ目掛けて飛んでいく。
しまった、反応が遅れた――と驚く2人。しかしその光弾は彼らに命中することは無かった。
「やれやれ。油断大敵ですよナギサ君」
「全くですわ。でもそんなちょっと抜けてるシューマ様も素敵ですわよ!」
ソウハが咄嗟に抜いた刀で光弾を弾き、シャルディと共に2人を守るように前へと出ていた。すまない、助かった、と2人が言うとソウハは落ち着いた表情のまま「ぐっ」とサムズアップ。
そんなソウハの姿を見て今度は眼鏡2人が笑う。
『聞きました?シロップさん。“ナギサ君”と“シューマ様”ですって?多分アレ本名で呼ばせてますよ。基本は“マスター”でしょう?』
『痛々しいですなヨムヨムさん。“お兄ちゃん”の方がまだマシですよ』
ヨムヨムと呼ばれた方はさっき自分がデーヴァに設定した呼ばれ方を馬鹿にされた仕返しだろうか、わざとらしく大きく笑っていた。
ナギサはまたもやムッとなったが、シューマはそれに対してフンッ、と鼻を鳴らしてみせるだけだ。
「気にしないでくださいナギサ君。……プレイヤーとデーヴァの関係に口出しするのはタブーとされているのでこちらに非が無いわけではありませんが」
「ええ。というか、そんなつまらないことを気にしている場合ではありませんわ。多分この方達はおとなしく花を摘ませて帰らせてはくれませんわよ?どういたします?」
「どうするも何も」
シューマは腰のホルダーから自分のアクロスギアを取り出し、格好をつけるようにクルクルと手の中で回転させてからそれを構える。
「倒して通る、それだけだ。お前も手伝えナギサ」
「……仕方ないな。分かった、付き合うよ」
「むぅ。今日はゆっくり散歩するだけのつもりだったのに」
ぼやくソウハをまぁまぁとなだめながらナギサもアクロスギアを取り出した。
――“そろそろランクEに上がれるはず”という台詞からして相手は二人とも自分と同じランクF、実力の差はそこまで離れて無いに違いない。
それに、こんな初心者用の探索ミッションで狩りを行う時点で、相手の実力はそこまで高くはない筈だ……!
だからこの勝負、圧倒的に不利なわけじゃない。
相手が強そうだったら逃げる選択肢もアリだが、勝ちの可能性があるなら戦っておくべきだ。
「やろう、ソウハ!イグニッション!」
「キモオタ共が、俺達に挑んだことを後悔させてやるわ!イグニッション!シャルディ!」
ナギサ君とシューマ様も自らのデーヴァとリンクを開始する。
菜の花が咲きほこる花畑で、戦いが始まる。




