4−3 共喰 ‐想いのすれ違い、そして後悔‐
「ッ……撃て!」
絶え絶えの声を必死に張り上げ、タタキは後衛部隊に指示を送った。
タタキの声を聞いたダイガは、地面を滑りその場を離れる。その直後、指示を受けた後衛部隊は銃を構え、共喰に向けて一斉放射した。
「悪い……巻き込み、かけた」
仲間に肩を貸してもらいながらタタキは、途切れ途切れの声でダイガに謝罪する。
それに対してダイガは、気にしていない素振りで「いや、ナイスタイミング」と指をひらひらと振った。
「あいつの狙いはお前の弟らしいぞ」
「ああ……。そうらしいな」
銃弾の雨に撃たれまくる共喰だが、やはり先ほどと同じように全く意に介さず全てを斬り捨て、そのまま進んで来るのが分かる。
少しでも動きを制限するか、ダメージを与えられるかと思ったタタキだが、無意味と確信すると次の指示を送る。
「陽光弾ッ!」
次は四方八方から、共喰に向けて陽光弾を投げつけた。弾けた陽光弾の光が共喰を包み込み、その身を焼いていく。
それに合わせて、ダイガが光の中にいる共喰の下へ肉迫する。
タタキとタタラが戦闘不能になった今、この戦いの要はダイガにある。決着をつけるべく、光に身を焼かれる共喰に向けて斬鬼刀を構え直し、駆け抜けた。
だが、
「やっと、体が馴染んできた」
ダイガと共喰の刃が交差した。
共喰の横を通り過ぎたダイガの口から、血が垂れる。
(やっぱりだ……こいつ、だんだん強くなって……)
共喰の体は光によって、一部が灰となり筋肉の筋が剥き出しになっていた。一見弱々しく、瀕死のように見えるが、共喰の動きは全く落ちていない。むしろさらに鋭くなっていた。
ダイガの足元に、刃が落ちる。それは、交差した瞬間に叩き折られた斬鬼刀だった。
時間差で肩から血を吹き出し、ダイガは力及ばず倒れた。
「さて……と。馴染んだはいいが、そろそろこの肉体も限界か」
共喰は倒れたダイガに目もくれず、タタラの方へ歩き出した。
迫り来る共喰に、タタキは仲間へ必死に指示を送り迎え撃つが、全く意味を成さない。
四方から迫る者たちには、刀を伸ばしてその間合いに入った瞬間、真っ二つに斬り捨てた。
遠方から発砲してくる者たちには、刀を発射して胸、頭へ的確に突き刺した。
止まらず、止められず少しずつ確実に共喰はタタラとの距離を縮めていく。
「タタラッ!」
タタキの視線の先には、傷を無視して斬鬼刀を握るタタラの姿があった。
見るからに、意識が朦朧としているのが分かる。
そんなタタラに向かって、共喰は刀の切っ先を向けていた。
——ダメだッ!
気づけば、タタキ自身も傷をおして走っていた。
先ほどまで肩を貸してくれていた仲間が必死に呼び止めようとする。傷から吹き出る血とその痛みが、肉体に「止めろ!」と警告する。
タタキはそれら全てを無視して、タタラと吸血鬼の間に向かって全速力で駆けた。
——守らなきゃ、絶対に!
それがタタキの生きる目的だった。
走馬灯のように、頭の中である記憶が蘇った。
当時五歳だったタタキは、ことあるごとに母にじゃれつき、まだ生まれたばかりの幼いタタラとタナリを大切に思っていた。
その幸せの中に現れた吸血鬼——そう、共喰だ。
襲いかかってくる共喰に、母は自分と弟妹たちを抱えて外へ放り投げた。
タタリは叫び手を伸ばしたが、その手が届くことはなかった。
最後に見たのは、自分たちに笑顔を向ける母の顔と、その胸に突き刺さった刃だった。
「タタラァッ!!!」
▼
『タタラ、お前は誰よりも強くなれる』
物心ついた時から、最初に耳にしたのは父のこの言葉だった。
人間という種族の枠にあって、鬼狩り一族が持つ身体能力と五感は高い部類に入る。
そのスペックをさらに鍛え上げ、得る比類ない戦闘力はもはや、都市伝説や英雄譚上のような存在だった。
歴史上、多くの表の世界でいう英雄級の力を持った鬼狩りなど、一族の中では珍しくなかった。
タタリとリドウもその一人だ。
そしてこの時代に、彼らと比べようのない、天賦の才を見出された子・タタラが生まれた。
幼児期のタタラを表現する上で、もっとも簡単なものは『神童』であろう。
歴代の鬼狩り族の中であっても、比肩するもののいない才覚。年少にしてタタラの戦闘技術、知識の身に覚えの速さは飛び抜けていた。
鬼狩り一族の中でも選ばれし戦士、その一族の頂点となるべく生まれた存在に、誰もが期待を寄せ自然と頭を垂れた。
まだ十に満たない少年に対して、それはまさに別格の扱いであった。
そんなタタラにとって、戦う理由とは武勲でも賞賛でもなかった。
『強くなれば、お前は家族を守れる』
訓練を始める前にいつも、父が口にしていた。
家族を守れ、家族のために、家族が大切ならば。
父は壊れたように、タタラにそう言い聞かせた。
まるで自分への罪を謳っているかのように。
上から水が降ってきた。
父の涙だった。
『強くなってくれ……タタラ』
タタラは自分が兄を、妹を、父を守らなければならないと、植えつけられた強迫観念に突き動かされた。
ただひたすらに力を得ようとした。
そんなタタラの修羅の道を、何度も何度も遮ってきたのが———兄・タタキだった。
鬼狩りの戦士としては強い部類に入る。が、それはタタラや歴代の英傑たちに比べれば平凡なものでしかない。
そんなタタキが、いつもタタラの目の前に立っていた。
『タタラ、その傷どうした?痛いなら痛いって、ちゃんと言わなきゃダメだぞ?』
期待を振りまく同族たちとは違い、タタキはいつでも優しく接して、自分を心配してくれた。
常に心を鎖で繋ぎ止めたタタラは、表情もなく、返事もなく、心もなく、感情もなく、言葉もなく、タタキを突き放した。
しかし、どこへ行こうとタタキは自分の前に立ち、手を差し伸べていた。
少しずつ、少しずつ、タタキの言葉はタタラの心の中に近づいていった。
そしていつしか、タタキの言葉に逆らえなくなった。
自分を心配し、助けてくれるタタキの笑顔はとても眩しく、タタラの鎖で繋がれた心は砕けていった。
『俺は、タタラと並び立って吸血鬼と戦うッ!』
その時からだ。タタラの心が、変化していったのは。否、戻ってきたと言うべきか。
(……兄さん)
「タタラァッ‼︎‼︎
タタラが気づいた時には、すでに共喰が目の前に立っていた。
横から、タタキの声が聞こえてきた。懸命になにかを叫んでいる。
この瞬間においてもタタラの脳裏を支配していたのは、『吸血鬼を倒す』という一種の洗脳めいた思考だった。
その思考が、タタラに斬鬼刀を持ち、構えさせた。
しかし握ったはずの斬鬼刀は直ぐに手元から離れ、地面に落ちた。
力が入らない。
タタラは脳内麻痺により、傷を負っていることに気づいていなかった。
タタキが叫ぶ。タタラの前に立ち、共喰と対峙している。
その手には斬鬼刀が握られており、傷によって苦悶の表情を浮かべながらも、必死にそれを離さず切っ先を共喰へ向けた。
だが、それが振るわれる前に———衝撃。
タタラは見た。
タタキの身体に、振り下ろされた白刃が深々と埋まり、それが勢いよく抜き取られるの。
赤い雨のように、傷口から吹き出すタタキの血が、タタラの体を赤く濡らしていく。
ドスッ……。共喰の胸に、タタキの斬鬼刀が突き刺ささった。
倒れかけていたものの、タタキは息を吹き返した。だが、秒単位で血は体内から外へ吹き出し、顔は白く染まっていく。
「兄さん……止め……」
「ぐ……あぁ……!」
タタラは震える声で、目の前で血を吐き出すタタキの背に手を伸ばした。
だが、タタキはその声に気づいておらず、斬鬼刀を握りしめて刃を必死に押し込む。
「タタ、ラ……は………死な、せない!」
必死の形相を向けるタタキだが、共喰の様子は別段変化はない。顔を覆う牙で表情を読み取りにくいが、どこかやり遂げたかのような笑い声をあげていた。
胸に突き刺さっている斬鬼刀も意に介さず、共喰はまるでハエを払うかのようにタタキを突き放す。
「ガァッ……!」
「兄さん!」
倒れるタタキを、タタラは抱き支えた。
「兄さん……兄さん……!」
涙を流し、タタキに呼びかける。
こういう時、自分が傷を負った時、兄はなにをしてくれたか。タタラは必死に頭を抱えて考え込む。
「血……血が……血が!」
うまく思考がまとまらず、顔を右往左往と動かすものの、タタラは結局なにもできずにタタキを抱きしめることしかできなかった。
その時、目の前の共喰の身体が真っ二つに割れた。
左右に割かれる共喰の背後には、雑に巻いた包帯で傷を応急処置し、斬鬼刀を振り下ろしたダイガが立っていた。
「タタ……キ……」
ダイガは共喰を討ち取ったことよりも、目の前で倒れているタタキを虚ろな目で見る。
「…………死ぬ、のか?」
ダイガが静かに言った。
その言葉に、タタラの胸はギュウッと締め付けられた。
「違う、そんな訳ない」と、心の中で訴えながら、タタラは首を左右に振る。
「ああ」
だがその想いは虚しく、よりにもよってタタキの言葉で死は肯定された。
「嫌だ……イヤだよ……」
「なんだ、そんな顔も……できるんじゃ、ないか」
泣きじゃくるタタラの顔を見て、タタキは顔をほころばせた。
タタラの顔にはもう、冷たい仮面は崩れ去っていたのだ。
心の鎖も砕け散り、さらけ出した弟の心を感じて、年相応の顔になったタタラの頬を、タタキは優しく撫でる。
タタラはその手を取った。
「ゴメンな……お前に並んで、戦うって言ったのに」
「違うよ……ゴメン、兄さん。俺、何度も兄さんを無視して、話聞かなくて……」
「世話の焼ける……可愛い、弟だよ」
タタキはそう言って、タタラに笑いかける。
「タタラ……タナリを、頼む。お前があの娘を……守って、やってくれ」
タタラの首に腕を回し、その温もりを最後まで感じながら、タタキは最後の言葉を残す。
「愛してるぞ……母さんと同じところで、お前を見守ってる……!」
直後、タタラの首に回していた腕が地面に落た。
それを目にした直後、なにが起こったのか。タタラは鮮明に覚えている。
ブチッ……。左腕でなにかが切れた音が聞こえた。
タタキの身体が冷たくなっていくのを感じながら、タタラは左手首へ視線を移す。
『この先、吸血鬼との戦いにおいても、タタラが無事でありますように』
願いが、叶った。




