4−2 共喰 -襲来する悪鬼-
深夜の暗闇の中、たとえ常人の目が慣れても見えにくいであろう漆黒の空間。風によってこすり合う草木の音と、時々聞こえる動物の鳴き声がやけにうるさく感じられる。
現在、一班が戦っている採掘場の建物の周りには、二班の鬼狩りの戦士たちが囲っていた。彼らは最低でも十八、平均二十歳ほどの若さながらも厳しい修行と実戦を生き抜いてきた戦士たちである。
外側を守る二班たちは、つねに警戒を怠らず採掘場の周りを見回りしていた。
「二班B、そっちはどうだ」
二班の隊長を任されたタタキは、それぞれの地点を移動して、異常事態がないか確かめていた。
時期長であるため、今のうちに人を率いることに慣れさせるためというのもある。だが、実力は若手の中では上位クラスであり、しっかりと物事を考えられるからと、ちゃんとそう言った面を考慮してリドウに推薦されたのだ。
事実、タタキより強いダイガは性格的な面に問題があるため、真っ先に候補から外された。
「…………」
「ん?どうした、タタラ」
そんな中、タタキは視線を感じて振り返った。
視線の先には、不気味なほどにタタキの方を見て、微動だにしないタタラの姿があった。
最近、タタラの様子がおかしい。
少し前までは押しても引いても、人形のよう何も反応しなかったタタラが、最近になって変化が表れてきたのだ。
人の話を聞き、返事はないが頷いたり、反応したりと、タタキが望んだように人間らしさが出てきた。
時々、自分を見つめてくるのもその変化の表れだろうか。
「タタラ、俺は少し離れる。けど、ちゃんと警戒しておけよ?」
タタラは、錆びた人形のようにぎこちなく頷いた。
まだまだ不気味さは抜けないが、この変化にタタキは嬉しく思えた。
「ダイガ、ここの守備はどうだ?」
ダイガが担当している二班Cへ足を運んだタタキ。
ここも取り分け異常は見当たらず、戦士たちも警戒を怠らずにいた。
一人を除いて。
「のんきに座ってるなよ」
タタキは、手頃な岩の上であぐらをかいているダイガを睨みつけた。
他の戦士たちも最初は抗議したらしいが、視線を送ればため息混じりに首を横に振るうだけ。ほとんど諦めている状態だ。
鬼狩り一族にとって大切な戦いであるにも関わらず、目をつむりくつろいでいるダイガに、タタキは物申す。
「ダイガ、お前いい加減にしろよ。この戦いは一族の問題なん———」
「音が止んだ」
「は?」タタキは呆けた声を上げた。
ダイガは閉じていた目をゆっくりと開け、採掘場の出入り口を見つめた。その表情は、真剣そのものだ。
いつもと違うダイガの雰囲気に、タタキも何かを感じ取った。
思えば、時々採掘場から聞こえてくる戦闘音、破壊音が鳴り止んでいた。
ダイガは他の鬼狩りよりも、五感が優れている。もしかしたら、ダイガはずっとそれを聞いて戦局を感じていたのかもしれない。
「勝ったのか?」
「らしいな、けど少し違う」
「………?」
性格に難があれど、ダイガの実力と感覚は本物だ。吸血鬼との戦いにおいても、真剣に取り組んでいる。
そんなダイガが違和感を感じたなら、なにかが起きているのは間違いないのだろう。
タタキがすぐに二班全体に指示を回そうとしたその時、
「なんだ、思ってたより大きく成長してるじゃないか」
背後から、お気楽そうな声が聞こえてきた。
振り向けば、くず鉄の山の上に暗闇の中でもはっきり見えるほどの白い肌を持つ男が見えた。
「やっぱり、長く生きてると時間や日の感覚が鈍るなぁ」
「吸血鬼……なのか⁉︎」
タタキは一目見ただけでその男が吸血鬼だということを察した。
だが、その吸血鬼の顔はほかのものとは違う。顔全体が縦向きの巨大な牙に覆われていた。
戦闘態勢に入る鬼狩りの戦士たちを見て、吸血鬼は両手を合わせてパンッ!と手を叩いた。
「おしい!ただの吸血鬼じゃないんだなぁ、俺は」
「撃てッ!」
タタキの指示で、戦士たちが放った銀の銃弾が、吸血鬼の身体を蜂の巣にしようとする。
だが、吸血鬼は掌から骨の刀を生やし、それで絶え間なく飛んでくる弾丸を全て切り落としていった。
(この特徴……。まさか、共喰⁉︎)
縦向きの牙に覆われた顔に、掌から生やした刀。
それら全て、タタリとリドウに教わった共喰の吸血鬼の特徴と一致していた。
(バカな⁉︎共喰は今、父さんたちと戦っているはず———)
タタキが困惑しているのもつかの間、弾丸を全て斬り捨てた共喰は、刀を一気に振り下ろした。
頭上から一条の銀光が、共喰と戦士たちの一団の間に境界線を引くように閃いた。
「ッ!?」
タタキは一瞬、何が起こったか分からなかった。気づけば一メートルはあるクレバスが、突如として自分達の目の前の地面に刻まれていた。
さらに間をおいて来た衝撃で、タタキとダイガを含む後衛にいた戦士たちはたたらを踏むように後退する。
「鬼狩り一族っていうのはどいつもこいつも、会話を楽しむことを知らないなぁ」
辺りを見れば、共喰の放った斬撃と衝撃によって、二班Cの前衛のほとんどが負傷、あるいは死者と化していた。
タタキは感情を押し込め、歯を食いしばる。今、この戦いを任されているのは自分なのだ。
「負傷者を運ぶ者と、ここで戦闘を続ける者!二手に別れろッ!俺に続け!」
「判断が早いな!そんなお前にプレゼントォッ!」
プレゼントと称し、共喰は掌を突き出しそこから生やした刀をタタキに向けて発射した。
一直線に切っ先を向けて飛んでくる刀を、タタキは斬鬼刀で弾き落とす。
「ほぉ〜」と感嘆する共喰だが、その胴、首、頭にそれぞれに三つの銃弾に撃ち抜かれた。
衝撃によって体をフラつかせる共喰の背後に、斬鬼刀を振り上げるダイガの姿が現れる。
「まだ魂と肉体が定着していないなぁ。 上手く動けない」
ダイガの振り下ろした斬鬼刀の一閃により、肩を斬り裂かれた共喰は全く緊張感のない声を上げながら、ゴロゴロとくず鉄の山を転がり落ちる。
タタキとダイガは互いにアイコンタクトを取って、共喰に向かって駆けた。
二人は共喰を、左右から同時に攻める。だが、共喰は両掌から刀を生やし、二人の攻撃を軽々と迎え撃った。
ダイガが至近距離から銃弾を発砲するが、共喰はそれをかわし、時に刀で真っ二つに斬り捨てた。
その際にできた隙をつき、タタキが共喰の横腹を斬る。
同時に、ダイガも一気にたたみかけた。斬鬼刀を構え直し、上段から振り下ろす。
「いい連携だ……。だが!」
共喰は迫り来る上からの一撃に、避けることも防ぐこともせず、肩を突き出してその攻撃を受け止めた。
肩に斬鬼刀がえぐりこむが共喰は全く意に介さず、肉に埋まった斬鬼刀を抑え込み、そのままダイガの腹に蹴り放った。
ダイガは上体をそらし、顔面スレスレのところで蹴りをかわす。そのまタタキの下へと後退した。
「どうしたどうした、もう終わりか?」
背、横腹、肩を斬り裂かれ血をドバドバと流しながらも、吸血鬼の余裕は崩れない。
(なんなんだ、こいつ)
どの吸血鬼もあれだけの傷を負えば死にはしないものの、弱ったり瀕死になったりするものだ。
だが、目の前の共喰はそんなダメージを気にもとめず、その姿はまるで子供の遊びに付き合う、大人のようだった。
その時だ。
猛スピードで飛んで来た一つの影が、共喰の目の前を通り過ぎた。
時間差で共喰の胸に一文字の傷が開く。
現れたのは、斬鬼刀を構えたタタラだった。
その息は若干荒い。おそらく戦いの戦闘音と、仲間の救援の声を聞きつけて、真っ先に駆けつけてくれたようだった。
「タタリの息子がもう一人……。あとは残るは妹だったか?」
「タタラ、走れ!」
タタキの指示で、タタラは共喰に向かって走った。
同時にタタキも、タタラを迎え撃とうとする共喰へ右方向から肉迫し、それに伴い反対の左方向からダイガが銃弾を発砲した。
共喰は左掌の刀で銃弾を弾き、右掌の刀でタタキの攻撃を防いだ。
それにより、タタラは無防備な状態となった共喰の間合いに入ることができる。
下段からタタラが斬鬼刀を振り上げようとした瞬間、その刃が共喰に届くことはなかった。
共喰の腹部から六本の刃が放たれ、斬鬼刀を防ぐと同時にタタラを斬り裂いたのだ。
あばら骨を変形させ、体から突き出された刃はタタラを退けた。
(タタラッ……!)
それに一瞬だけ動揺したタタキは、共喰の刀で左肩から右脇腹へかけて斬り捨てられた。
その場に倒れた二人に、共喰がトドメを刺そうと刀を振り上げる。
「ッ……」
気を失いかけていたタタキは、ぼやけた視界に共喰の背後からダイガが斬鬼刀を構え繰り出しているのが見えた。
背後から来た攻撃を、共喰は振り向きざまに刀で防ぐ。
「やはり、お前が別格だな」
(分かってはいたが……やべぇな、こいつ!)
ダイガはかつてないほどの感覚に襲われていた。
今まで多くの吸血鬼と戦い、窮地に立たされたことは少なからずあった。が、今目の前にいる共喰は全く異質なものだった。
吸血鬼とは違う、全く別の上位の存在であると再確認してしまい、その顔にはいつもの余裕がなかった。
チラリと、横目で辺りを見渡す。
死者や負傷者が転がり、周りにはこの戦いについていけない者たちが攻めあぐねている。
しかも隊長であるタタキが倒れ、メンタル面もかなり窮地に追い込まれているだろう。
「ふははなな……!」
そんなダイガの焦り察したか、共喰は容赦なく攻めに転じ出来た。
(こいつやっぱり、さっきよりも動きがよくなってないかッ⁉︎)
ダイガは共喰の力量の変化に圧倒されながらも、凄まじい斬撃の応酬を全て受け切り反撃してみせた。
ダイガが発砲した弾丸に脳天をぶち抜かれた瞬間、共喰の笑い声が止まる。
だがそれは、ピンチや追い詰められた時に見せるものではないことを、ダイガは察した。
まさしく通りで、共喰はダイガの攻撃をさばき続けながら、呟いた。
「……まだまだ、この体だと動きにブレがあるか」
「早めにやることやっておこう」共喰は仲間に運ばれているタタラへと狙いを定めた。




