09. ユリウス攻略法・アニタの場合
「アニタ先輩。男を落とす方法を教えてください。あ、別に好きな人ができたわけじゃないです。どうやって敵を落とすのか、参考にしたくて」
胃袋作戦がまさかの惨敗に終わり、背に腹は代えられぬ思いでコートニーが次に頼ったのは、フランカの同僚で彼女と同じ女性工作員、アニタだった。
急な来訪と突飛すぎる質問に、アニタは少し困ったような顔をしながら、じっとコートニーを見つめている。
さらりと波打つ栗色の髪に、柔らかな光を宿した琥珀色の瞳。仕草のひとつひとつに育ちの良さと可憐さが滲む彼女は、ただそこに立っているだけで周囲の空気を和ませる不思議な華を持っていた。同性のコートニーから見ても、思わず守ってあげたくなるような愛らしさがある。力任せの魔法剣士である自分とは、まるで正反対の存在だった。
「……敵、ですか?」
アニタは困惑したように小首を傾げ、整った眉をほんの少し下げた。
「でも、コートニー。人を落とすのって、料理や戦術みたいに『これ』という正解があるわけじゃないと思うの。相手がどういう人で、何を求めているかによっても、全然違うんじゃないかしら?」
「それは……まあ、そうなんですけど」
ぐっと言葉に詰まるコートニーを前に、アニタはくすりと微笑んだ。探るようでいて、どこか優しい視線が向けられる。
「その『敵』の方、どんな人なの? 頑固な人? それとも、警戒心が強い人?」
「頑固で、警戒心の塊で、人の親切を全部裏読みするような嫌な奴です」
即答したコートニーに、アニタは苦笑を深めた。
「ふふ、ずいぶんと手を焼いているのね。でも……そういう心に頑丈な鎧を着込んでいる人ほど、力ずくでこじ開けようとしても逆効果だと思うわ」
「力ずく……まあ、シチューを無理やり食わせようとはしましたけど」
「ふふっ、やっぱり。コートニーらしいわね」
アニタは楽しそうに目を細め、手元のお茶を一口飲んでから、思案するように指先を顎へ添えた。
「でも、そうね。男の人を落とすなら、やっぱり『ギャップ萌え』じゃないかしら?」
「……は? ぎゃっぷ?」
アニタから返ってきたのは、なんとも浮ついた横文字だった。
「そう、ギャップよ。普段は強気で隙のない女の子が、自分にだけ見せる不器用な一面とか、ふとした弱音に男の人は弱いものなの。特に頑固で警戒心の強い人ほど、そういうギャップに弱いんじゃないかしら?」
「……私が、弱音? あの嫌な奴に?」
「そうよ。いつもツンツンして邪悪な気を放ちまくっているコートニーが、ちょっと困った顔をしたり、可愛らしく照れてみせたりしたら、相手だってきっとドキッとするわ。試してみる価値はあると思わない?」
自信満々に胸を張るアニタを前に、コートニーは嫌な予感しかしなかった。
それでも、他に案がない以上、乗ってみるしかない。
*
そして翌日。
さっそくコートニーは、アニタから授かったギャップ萌え作戦を、ユリウスを監視する任務中に実行することにした。
逃走防止の結界魔法が張り巡らされた部屋。その中で重厚な腕輪を嵌められたユリウスは、相変わらず無言のまま窓の外を見つめている。
見張りの位置についたコートニーは、深呼吸をして胸の内でシミュレーションを繰り返した。
よし……いつもみたいに突っかかるんじゃなくて、可憐で守ってあげたくなるような雰囲気を出すのよ。ギャップよ、ギャップ。
意を決し、コートニーはできる限り声のトーンをあげ、上目遣いでユリウスの背中に視線を向けた。
「……あの、ユリウス殿下」
わずかに語尾を上ずらせ、しおらしい態度で呼びかける。
ユリウスが億劫そうにゆっくりと首を巡らせた。その氷のような瞳が、コートニーを捉える。
「……なんだ」
「いえ……その、私、普段はこんな固い態度ばかり取っていますけれど……実は、本当はこんな仕事、怖くてたまらないんです。本当は剣なんて持ちたくないし、本当は……ぐすん」
言葉に詰まったふりをして、コートニーは両手で顔を覆い、めそめそと泣くふりをした。アニタ直伝の、「守ってあげたいと思わせる不器用な乙女」の演出である。
しかし、数秒の沈黙のあと、部屋を満たしたのは熱いときめきなどではなく、凍りつくような冷気だった。
気になって、顔を覆った指の隙間からユリウスを確認する。
ユリウスは眉間に深い皺を刻み、まるで見たこともない珍妙な魔物でも見るような目をしていた。いや、それ以上だ。突然、精神を病んだ哀れな者を見るような、絶望的に引きつった表情でコートニーを見つめている。
「……正気か?」
低く、完璧に引ききった声が室内に響く。
「急に気味の悪い真似をするな。毒の検分で頭でも狂ったのか?」
「狂ってないし!!」
限界だった。
コートニーは顔を真っ赤にして怒鳴った。可憐な乙女の演出など一瞬で吹き飛び、いつもの乱暴な素顔が全開になる。
ユリウスは心底くだらないものを見たと言わんばかりに、呆れた溜息をひとつ吐いた。そして、それ以上こちらを見ることもなく、窓の外へ顔を戻す。
「二度とその妙な声で俺を呼ぶな。寒気がする」
どこがギャップ萌えよ、アニタ先輩の嘘つき!
ギャップで落とすどころか、ただただ気味の悪い女として認識され、警戒心と不快感を一気に跳ね上げてしまった。
もういい。二度とあんな馬鹿げたアドバイス、信じないし!
心の中でアニタに猛烈な八つ当たりをしながら、コートニーは赤くなった顔を誤魔化すように、脚を勢いよく組み替えた。
*
胃袋作戦に続き、ギャップ萌え作戦までもが見事に失敗に終わった。
「なんか、もう辛い……」
それから二日ほど、コートニーは本気で落ち込んだ。まるで空気にでもなったかのように存在感を消しながら、淡々と見張りの任務をこなす。
前世の記憶があるからといって、恋愛の才能までついてくるわけではない。むしろ、過去の思い出と目の前の残酷な現実との落差に打ちのめされ、胃のあたりが始終重苦しかった。
胃袋も駄目、可憐なギャップも駄目……というか、あいつのあの氷みたいな目、なんなのよ。
部屋の隅の椅子に深く沈み込み、コートニーは膝の上で握りしめた拳をじっと見つめた。
窓際のユリウスは相変わらずだった。重厚な腕輪を嵌めたまま、感情の窺えない横顔で外を眺めている。コートニーが自爆して真っ赤になって以来、彼は露骨にこちらを関わると危険な奇行種でも見るような目で一瞥したきり、会話の端緒すら与えてくれない。
もはや、落とすどころの騒ぎではない。人としての最低限の信用すら、マイナスに振り切っている。
私、なんであんな奴のために必死になって手料理を作ったり、キモい演技までして自爆したりしてるの? 馬鹿じゃないの?
落ち込みが一周回ったところで、今度はじわじわと不条理な怒りが湧き上がってきた。
一度目の人生では、あんなに自分へ甘い顔を向けてきたくせに、今や、こちらがどんなアプローチを仕掛けても分厚い鉄壁で弾き返し、馬鹿にしたような冷笑を浮かべるだけ。
「……はあ」
小さく吐き出した溜息は、部屋を包む重苦しい沈黙の中へ虚しく消えていった。
もういい。作戦なんて二度と考えない。
策を弄するから馬鹿を見るのだ。先輩たちの助言も、自分の浅知恵も、この頑なな男の前では何の役にも立たない。
そう思ったところで、コートニーはふと顔を上げた。
でも……永遠に繰り返す呪いのような転生を断ち切るためには、目の前の男を落とし、未完の恋を終わらせるしかない。
もちろん、それが本当に転生を終わらせる方法なのか、コートニー自身にも確証はない。それでも、今のところ他に思いつく方法はなかった。
たとえ相手が冷血漢と化していようと、こちらを奇行種扱いしていようと、この戦いから逃げ出すわけにはいかない。
コートニーは椅子の背もたれに後頭部を預け、天井を見上げた。
次に動くときは……もう、力技しかないわね。
そう心の中で固く誓いながら、コートニーは重いため息をついた。




