22. 究極の選択
狙われた理由に心当たりがあるらしいユリウスは、素早く周囲を確認すると、声を潜めた。
「刺客を差し向けたのは、先の戦争で俺が君の部隊に捕縛され、戦いが終結したことを恨んでいる者たちだろう。その線が濃厚だ」
低く鋭い声音に、コートニーは息を詰めた。
え、第二王子が差し向けた刺客じゃなかったの?
ユリウスの推測が正しければ、襲撃の理由は過去とは違う。意外ではあったが、考えてみれば不思議なことではなかった。一度目の人生で侯爵令嬢だった頃と、今とでは、自分を取り巻く環境がまるで違う。辿ってきた道も、選んだ行動も違うのだから、何もかもが同じように繰り返されるとは限らない。
「なるほどな。あの戦争の終結を、服従と受け取った連中か」
ヨハンが頷くと、ユリウスは淡々と続けた。
「ああ。俺の首を取ることで、和平そのものを白紙に戻したいのだろう。敗戦の屈辱を晴らしたと知らしめるには、格好の舞台というわけだ」
二人のやり取りを聞くうちに、コートニーの胸元にじっとりと汗が滲んだ。状況が変われば、襲撃の動機も変わる。それでも、ユリウスが命を狙われるという運命だけは、形を変えながら何度でも繰り返されるのではないか。
思い返してみれば、今ほど彼に近づけなかった男爵令嬢時代も、ライトリムで平民として暮らしていた時代も、ユリウスが命を狙われたという噂は聞かなかった。自分の耳に届かなかっただけかもしれないが、一度浮かんだ疑念は消えてくれない。
もしかして、ユリウス様が狙われるきっかけは、私なの?
自分が彼に近づくことそのものが、新たな脅威を引き寄せているのだとしたら、次の人生でも、また彼を危険に晒してしまうかもしれない。
そこまで考えて、コートニーははっとした。
「あ、そっか」
そもそも、次も人間として生まれてこられるとは限らないのだ。これまでの転生の間隔や、生まれ変わるたびに変化してきた境遇を思えば、そんな保証はどこにもなかった。
今日抱きしめたミルフィのような聖獣なら、まだいい。素早く動ける身体と鋭い爪があれば、ユリウスに迫る刃を弾き、間一髪で救うこともできるかもしれない。
でも、もしも、壁に掛けられた喋る絵画に生まれ変わってしまったら?
彼の危機に気づけば、声を上げることはできる。けれど、自分では動けない。目の前で刃が迫っていても、キャンバスの中から手を伸ばすことさえできず、見ているしかないのだ。
想像した途端、血の気が引いた。二度とあんな思いをしたくなくて生まれ変わったのに、今度は庇うことさえできないかもしれない。
「コートニー? どうした、急に青い顔をして」
ヨハンが話を切り上げ、不審そうに顔を覗き込んできたが、すぐには返事ができなかった。自分がユリウスを危険に晒しているかもしれないという疑いに、次は額縁の中から出られないかもしれないという恐怖まで加わり、どうしたらいいのかわからなくなっていた。
そんなコートニーを前に、ユリウスがヨハンへ切り出した。
「君の近衛を、少し借りたいのだが」
「え?」
突然、現実へ引き戻され、コートニーは瞬きをした。顔を上げると、ユリウスが当然のことを申し出たような顔でヨハンを見ている。
「警備なら、君の近衛が山ほどいるじゃないか」
「個人的に、彼女に話がある」
「引き抜くつもりなら、答えはノーだ」
ヨハンは笑顔のまま、きっぱりと断った。ユリウスも穏やかな笑みを浮かべ、その言葉をかわす。
「引き抜きなどという大層な話ではない。命の恩人に直接礼を言い、今日の見事な手腕について、少し話を聞きたいだけだ」
「ならば、ここで言えばいい。周囲の貴族たちも、命の恩人を讃える王太子の高潔な姿を見れば、感動するだろう。わざわざ二人きりになる必要はないのでは?」
「相変わらず隙がないな、ヨハン」
ユリウスは短く苦笑したものの、引く様子はなかった。
「だが、先ほどの刺客の身元や背後関係も含め、公の場では話せないことも多くてね。治安に関わる重大な件だと言えば、納得してもらえるだろうか?」
「断りにくい理由を持ち出すのが上手ですね」
ヨハンは小さく肩をすくめ、コートニーへ視線を向けた。
「そういうことらしいけれど、コートニー、君はどうしたい? 嫌なら僕が何としてでも断るけれど」
二人の応酬を他人事気味に見守っていたコートニーは、不意に判断を委ねられ、うろたえた。ヨハンの命令は絶対だ。それは今までと変わらない。ひと言「行くな」と命じてくれれば、迷わず従えるのに、ここで自分の意思を尋ねられるとは思ってもみなかった。
ヨハン様、お願いですから命令してください。というか、私に決めさせないでよ!
心の中で悲鳴を上げながら、二人の顔を見比べる。礼を言いたいという申し出を断れば、不自然に思われるかもしれない。ユリウスには、何か隠しているのではないかと疑われる恐れもある。かといって、素直に「行きます」と答えたら、ヨハンの不興を買う可能性がある。
ユリウスの金色の瞳は、胸の内まで見透かそうとするように、じっとこちらに向けられていた。その隣で腕を組むヨハンは、どこか面白がっているようにも見える。しかし、その笑みに甘えてよいものか、コートニーには判断がつかなかった。
返事をしなければと思うほど喉が詰まる。楽団の奏でる華やかな旋律も、周囲の貴族たちの歓談も、ひどく遠くに聞こえた。
「分かったよ」
先に沈黙を破ったのは、ヨハンだった。
「すぐに答えないのが、君の答えだよね。僕に構わず、行ってくればいいよ」
「でも……」
思いがけない言葉に戸惑うと、ヨハンはいつもの笑みを浮かべたまま続けた。
「大丈夫。君を任務から外したりしないし、その胸の銀薔薇も取り上げない。約束するよ」
そこまで言ってもらい、ようやく肩の力が抜けた。ユリウスと話をしても、今の自分の居場所を失うわけではない。その安堵とともに、彼の話を聞きたいと思っている自分にも気づいた。
「ヨハン様。ありがとうございます」
「物わかりの良い上司で良かっただろう?」
ヨハンは満足げに言うと、ユリウスに少し意地の悪い笑みを向けた。
「ちゃんと僕に返せよ」
「では、コートニー嬢。行こう」
その念押しに答えることなく、ユリウスは当然のようにコートニーの手を取った。
「あ、えっ?」
再び掌に伝わってきた温もりに、心臓が大きく跳ねた。話をするために同行することと、手を繋いで歩くことは、別ではないだろうか。
いったい、どうなっちゃうわけ?
問いただす間もなく、コートニーはユリウスに手を引かれ、華やかな舞踏会場を横切っていった。




