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第七章:芳しき乙女の国(二十)

 澪は身支度を整え、何事もなかったかのような顔で頼光たちと合流した。


「卜部殿は今頃、竜宮様のもとだろうから、今日の調査は我々で中心を担おう。二人とも体調は問題ない?」


「バッチリですよ!ライコウさん!」


 金時が元気に胸を張る。


「私も元気です!」


 澪も明るく返すと、頼光は口元を綻ばせた。


「ははっ、頼もしい限りだ」


 そうして三人は、風の一座が拠点にしていたという、水の国の外れの入江へと向かった。



 *



 入江に着くと、目の前に広がる水の光景は、街中とは対照的だった。

 荒波が岩を叩きつけ、潮風が唸るように吹きつけてくる。沿岸には、潮気と風に晒され劣化した木造の家々が点在していた。


「……ここが、風の一座が拠点にしていた場所か」


 頼光の言葉に、澪と金時が黙ってうなずいた。

 頼光が低くつぶやく。澪と金時も、言葉少なにうなずいた。


 家々は外観こそ朽ちかけていたが、内部は意外にも整っていた。

 囲炉裏にはまだ炭の残り香があり、つい最近まで誰かが使っていた痕跡が見て取れる。


「外からじゃボロボロだけど、中は思ったよりしっかりみたいだねー」


 金時が囲炉裏を覗き込みながら言った。


「風除けの板も新しいです。最低限の修繕はされてたみたいですね」


 澪も壁際を指でなぞりながら応じる。


「建物の使用自体は浦島さんの許可を得ていたらしいから、正式な滞在先だったんだろうな」


 頼光の言葉に、澪はうなずきながらも周囲に目を光らせた。


 三人は一軒ずつ手分けして建物を調べたが、書き置きや道具のような痕跡は残されておらず、風の一座の正体につながる決定的な手がかりは得られなかった。


「……手がかりになりそうなもの、見つからないね」


「ここまで綺麗に痕跡を消しているとなると、やはり手慣れた集団ということだろうな」


 頼光が呟くように言った。


「街で聞き込みに切り替えますか?」


 澪が提案すると、頼光は即座に頷いた。


「その方が進展がありそうだ。人相の証言が得られれば、それを元に追える」


「澪ちゃん、昨日のことがあるけど……大丈夫?」


 金時が心配そうに澪を見つめた。昨日、澪は行方不明者の婚約者から詰め寄られそうになったばかりだった。


「ありがとう、金ちゃん。でも私は大丈夫。一緒に行きたいです」


 澪が笑って答えると、金時は安心したように笑い返した。


「金時、俺たちも街で聞き込みをしつつ、周囲に不審な動きがないか警戒しておこう」


「もちろん!今度こそ澪ちゃんには指一本触れさせないよ!」


「……ふふっ。ありがとうございます」


 三人は気を引き締めて、街中での聞き込みへと移った。


 街では、一座を見たという者に出会うことは難しくなかった。それぞれの口から、装いの特徴や、奇抜な髪飾りを身につけた女性などについて語られた。


 中でもある絵描きの女を見つけ、一座の人気にあやかって公演の様子を絵姿として販売していた。


 その女性に思い出せる範囲の一人ひとりの外見を描いてもらったことで、昼過ぎには信ぴょう性の高い人相書きを手に入れることができた。

 三人は大きな手がかりを得られたことでようやく一息ついた。


「ここで得られる情報は、おおよそ出尽くしただろう」


 頼光がそう口にしたところで、金時が大きな声を上げた。


「おつかれさまーっ! ねぇ、そろそろ何か食べようよ。オレ、もうお腹ぺっこぺこで……!」


 金時がそういうと同時にぐう、という大きな腹の虫がタイミングよくなった。


「ははっ、もう限界なようだな。確かに歩き回って腹も減ったし、食事にするか」


「やったー!さっき聞き込みしてた時に気になってたお店があったんだよね。そこに行ってもいい?」


「じゃあお前に任せるよ。澪さんもそれでいい?」


「ええ、金ちゃんの気になるお店、私も気になります」


 金時が嬉々として歩き出すのを、頼光と澪も後ろから追った。


 炭火の香ばしい匂いが漂ってくると、一軒の焼き魚屋が目に入った。

 干物を炙る匂いが道にまで立ちこめ、店の外には昼時を狙った客がちらほらと集まっていた。


「ほらあれ!絶対うまそうじゃない?」


「確かにいい匂いがする!」


「そうだな、俺も腹が減ってきたよ」


 金時がは真っ先に腰掛けに座って注文を済ませる。

 澪と頼光も後に続き、簡素な木の膳に運ばれた焼き魚定食を受け取った。


「うわ……すごくいい香り……」


「いただきます」


 口に運ぶと、焼きたての魚の身がふわっとほどけ、香ばしさと塩気が絶妙に広がる。

 潮風にあてられた体に、染み渡る味だった。


「うまっ!ね、澪ちゃん、ライコウさんも、これ絶対当たりでしょ!」


「うん、すごく美味しい」


「確かに。……これは、素材がいいだけじゃないな。焼き方も絶妙だ」


 食事が進むうちに、澪の表情がふと和らぐ。

 異国の雑踏の中、知らない街の空気を吸い、こうして人と笑い合いながら食事をする――

 その一つひとつが、”ここで生きている”という実感につながっていた。


「さっき思ったけど、澪さんは金時と随分打ち解けたんだね」


 頼光が不意に話しかけると、澪は微笑んで答えた。


「そうですね、金ちゃんが私と歳が近いので気を使わなくていいよと言ってくださって」


「昨日一緒に捜査して仲良くなったんだよねー」


 早々に食べ終わった金時が、澪の隣にずいと身を寄せ、体を預けるようにもたれかかる。


 澪はなんとなく大型犬が寄ってくるような感覚を覚えながら膳をこぼさないように避けつつ金時の体重を受け止める。


「金ちゃん。ご飯がこぼれるよ」


「あっ、ごめん!」


 慌てて体を離す金時に、頼光が咳払いを一つ。


「……金時、あまり澪さんを困らせるな」


「えー、オレ困らせてる?」


「ふふっ、今のはちょっと困ったかな。食べてる途中だったからね」


「うわ、ごめん!じゃあ今度からは食べてない時にするね」


「……そういうことじゃないだろう」


 頼光がやや呆れたように言うが、金時は軽い調子で笑って返す。

 澪もそんな二人のやり取りに、思わず笑みがこぼれた。


 明るい光の中に、束の間の平和と温もりが満ちていた。

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