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第七章:芳しき乙女の国(十六)

 浦島に導かれ、四人が昨日と同じ晩餐の間へと案内される頃には、すでに日がとっぷりと暮れていた。


 渡り廊下を吹き抜ける夜風は、昼よりもひんやりとしていて、水の国の静けさが足音や衣擦れの音を際立たせていた。


 晩餐の場では、乙姫が既に席について待っている。


「皆様、本日はお疲れ様でした。我が国のために方々を回ってくれていたと聞いております。少しでも疲れた体にと滋養強壮に良いものをご用意いたしました」


 その穏やかで張りのある声に、一同は自然と頭を下げる。


 乙姫の傍には控えの者が数名並び、膳には海の幸を中心にした鮮やかな料理が美しく盛られていた。

 透き通るような酢締めの魚、繊細に刻まれた海藻、銀の皿に浮かぶ炊き合わせ……

 そのどれもが、竜宮のもてなしとして申し分のない品々だった。


 引率した浦島は、身分を弁えるように離れたところに立って控えている。


「ありがたきお招き、痛み入ります。調査の報告も含め、我々に分かることはすべてお伝えいたします」


 そう前置きしてから、頼光が今日の調査の結果、そして「風の一座」と呼ばれる旅芸人たちが行方不明事件に関わっている可能性について、丁寧かつ簡潔に報告を始めた。


 その話を聞くうちに、乙姫は次第に目を伏せ、沈痛な面持ちで口を開いた。


「風の一座のこと、浦島からも聞きました。女性の一座が珍しく、私も警戒を怠っておりましたので、大変反省しております。また、こうなっては、港の管理についても少し考えねばなりませんね……。我が国の至らぬ点を露呈してしまったこと、お恥ずかしい限りです」


「とんでもございません。むしろ、この国が他者へ寛容だからこそ、風の一座も大胆な手段に出たのかもしれません。それによって手がかりが得られたのですから、我々にとっては一歩前進だと思っています」


 頼光の言葉に、乙姫はふっと息を吐き、口元にわずかに微笑みを浮かべた。


「良きように言ってくださりありがとうございます。……ところで皆様箸が止まってはおりませぬか?気を遣わずたくさんお召し上がりください」


 そう言って乙姫が四人に食事を勧めるよう促した。

 しばらく一同が食事に舌鼓を打っていると、再び乙姫が思い出すように話し出す。


「風の一座の外見を思い出しているのですが、彼女たちが悪いことをするような人には思えませんでした……。やはり、ただ悪事を行なっているわけでは無いのでしょうね…。座長らしき女性の名は、確か……カラスと呼ばれていたように思います。」


カラスですか…。女性にはいささか珍しい名前ですね。」


「そうですね。当然芸名なのでしょうが、他の者たちもうろ覚えですが、トンビスズメなど、野鳥の名で呼び合っていたように記憶しています」


「風の一座を意識しはった芸名なんやろね」


「ちなみに風の一座は滞在中どこで寝泊まりを……?半月ほどは滞在していたんですよね?」


 頼光の問いかけには後ろで控えていた浦島が答えた。


「私からご説明いたします。当初は、現在貴殿らがご宿泊の離れをお貸ししようと提案したのですが、一座の者たちは『特別なもてなしは不要』と断り、野宿でも構わぬと。せめて雨風をしのげる場所をと、竜宮殿から少し離れた入江を紹介いたしました。そこには空き家や浅い洞窟がございますので、滞在中はおそらくそこを拠点にしていたと思われます」


「ありがとうございます。その入江を明日調査しても?」


「ええ、お連れいたしましょう」


 澪は頼光たちの会話をBGMに食事を口にしながら、浦島のことを考えていた。


 明後日にはここを立つことが決まったが、浦島には現世から来たことを聞けていない。

 そもそも聞くこと自体がリスクを伴うことではあるが、もしかすると同じ背景を持つ者として、心強い味方になってくれるのではないか?そう思うと、何もそのことに触れずに別れてしまうのも惜しいように思っていた。


(私の独断では決められないよね…。誰かに相談したほうがいい…)


「澪ちゃん……具合悪い?」


 考え事をしていた時に手が止まっていたのか、それを心配して隣に座っていた金時が周りには聞こえない声量で澪に問いかけていた。


 ハッとして澪が我にかえる。


「ご、ごめん。ちょっと考え事してた。ありがとう」


 そう言って、口元で笑顔を作る。


 布を目深に被っているため、澪から金時の表情ははっきり見えていなかったが、かろうじて見えている口元は何かいいたげに開いているように見えた。

 その時、乙姫がふと二人に視線を向けた。


「そちらのお二人が今日港守にお会いになったのですよね?よければ彼の様子を教えていただけますか?」


 金時がすぐにそれに反応する。


「はい。正直に言うと、自分の仕事にやる気を持ってないっていうのと、浦島さんをよく思っていないっていうことに尽きるかなって思います」


「それは……困りましたね。浦島」


「はっ。申し訳ございません。私の不得の致すところです…」


「そうですね…。あの者がそうなる気持ちもわからなくはありませんから、あまり酷なことはしたく無いのですが……。少し彼の行く末について占ってみましょう」


「占い、ですか?」


 金時が純粋な疑問として聞き返す。


「ええ。皆様からすれば私は一国の主にしては若く見えるでしょう?でも、この地位にあるのは“先を読む力”があるからなのです。私は頭で治める政治は得意ではありませんが、未来を読む目は持っていると自負しています」


 そう言って形の良い唇をにっこりと形作った。

 微笑んだその横顔は、どこか人間離れした気配を帯びていた。


「現世ではボクら陰陽師が似たような役割をするさかい、占いの重要性はわかっとるつもりです。政治と切っても切り離されへん関係でしょう」


「貴方も占いをなさるのですね。現世の占術……非常に興味がありますわ」


「竜宮様にお見せするほどのものではございませんけど」


「謙遜なさらないでください。ここへ派遣されたのですからそれなりに力のある陰陽師ということ。よければ明日、陰陽師の占いを教えていただけませんか?」


「……あまり奥義に関わることは教えられませんけど、竜宮様の占いも少し拝見できるんでしたら喜んで」


「ええ、もちろんです。対等でなければ面白くありませんからね。……では、明日」


 そうして会話は和やかに締めくくられ、澪は胸の内でひとつの決意を新たにした。


(季武さんに話そう。浦島さんのこと──)



 *



 場所は変わって、ここは修羅の国と水の国の境にある、薄暗い岸辺。

 夜は深く、闇が空と大地を一つにしたような静寂が支配している。


 そんな中、黒い屋形船が二艘、音もなく水面を滑るように岸へと近づいていた。


 船には、黒装束の女たちが数人、無言で乗っている。

 慣れた手つきで船を着岸させると、彼女たちは手早く船内の者たちに目配せを送った。


 船内には、黒装束に身を包んだ女たちに混じり、簡素な黒い布を羽織るだけの女性が四人。


 その顔ぶれは年齢も風貌もまちまちで、20代から40代ほど。

 皆、不安を隠せない面持ちで、見知らぬ土地を見渡していた。


 そんな中、一際風格のある女が、四人に向かって静かに口を開く。


「船上の長旅お疲れ様です。ここは”修羅の国”鬼の住む場所です。」


 言葉に一瞬、女たちの表情が強張る。

 その様子を見た風格ある女は、さらに落ち着いた声音で続けた。


「怖がらずとも大丈夫です。何せ私たちがここを根城としていく年月が過ぎているのですから。大変な思いをした皆様には安心を約束します。その代わり、それぞれの能力に応じて様々な仕事をしてもらうことになります。…が、それは追々説明しましょう。まずはお疲れのことと思いますので、近くの空き家で体を休めて、明朝に根城へ向かいます」


 彼女はそう言って、岸辺に建つ簡素な小屋へと女たちを先導した。


 不安そうな面持ちの中年の女性が、傍を歩く黒装束の者に声をかける。


「あの……“根城”というのは、どこにあるのですか……?」


「この先、一刻ほど進んだ場所にある“大江山”です」


「……大江山……」


 その名を繰り返しながら、女は口をつぐんだ。

 まだ不安は消えなかったが、今はこれ以上問うことができなかった。


 そうして女たちは、修羅の国の深い闇の中へと、静かに足を進めていった。


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