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第七章:芳しき乙女の国(十三)

 時を同じくして、頼光と季武は竜宮殿の朱塗りの門をくぐっていた。


 日も傾き始め、館内の渡り廊下には澄んだ風が吹き抜けていた。

 水面に反射した光が白壁にちらちらと揺れ、二人の足音が静かに響いた。


 二人は道中で見かけた護衛の装束を纏う女性に浦島の控えの間までの案内を頼み、ほどなくして前に立った。


 木の格子戸の向こうからは、低く指示を与える声と護衛の短い返事が聞こえていた。


「浦島様、源様がお見えです。部屋にお通ししてもよろしいでしょうか?」


 控えの前に立った女性の声に、中がふっと静まり返る。

 やがて、格子戸がするりと引かれ、浅葱色の羽織を肩に掛けた浦島が姿を現した。



「……源殿、卜部殿も……何かございましたか。」


 頼光は軽く頭を下げた。


「一日街を調査していて、浦島殿にご意見を伺いたいことがありまして。お時間を少しいただけますか。」


 浦島はわずかに頷き、控えの間の奥を振り返る。


「……他の者は下がらせますので、少々お待ちください。」


 護衛たちは浦島の視線に気づき、静かに一礼して部屋を下がった。

 戸口に残った女性も、浦島の目での合図に従い、廊下の向こうへと消えた。


 静寂が落ち着いてから、浦島は引き戸を押し開き、二人に中を示した。


「どうぞ。」


 頼光と季武は頭を下げて中へ足を踏み入れた。




 控えの間の中は余計なものがなく、木組みの文机と椅子、客用に据えられた簡素な長椅子だけが静かに置かれていた。

 木製の格子戸から柔らかく入る昼過ぎの明かりが、室内をほのかに照らしている。


「……えらい、掃除のしやすそうな部屋ですなぁ。」


 季武が皮肉交じりに言いながら、椅子に目をやった。

 頼光も腰の高さの机を一瞥し、興味深そうに問う。


「これは、文机なんですか?」


 浦島は椅子の背に手を置き、小さく笑んだ。


「ええ、もしかすると貴殿には目新しいでしょうか? 水の国は現世で言う”唐”(当時の中国のこと)の文化の影響を強く受けておりましてな」


 頼光は机に指先をふれ、素直に頷いた。


「なるほど。こういった様式は初めて見ましたが、すぐに立ち上がれるのが良いですね」


「私も気に入っております。もとは乙姫様が以前からお使いで、私もそこを真似たのです。……さて、話がそれましたな」


 浦島は背筋を伸ばし、二人に向き直った。

 控えの間の空気が、少しだけ張り詰める。

 頼光が軽く息を整え、声を落とす。


「本題に入ります。本日の調査で、”風の一座”と言う旅芸人がこの国に滞在していたと知りました。浦島殿はその一座について何かご存知ないでしょうか?」


 浦島の目が細くなり、指先が机の縁を軽く叩いた。


「”風の一座”はもちろん存じ上げています。我が国に入国を希望する連絡を受け、乙姫様が興味を持たれたので、到着してすぐに竜宮殿にて芸を披露させました」


 少し言葉を切り、浦島は思い出すように目を伏せた。


「女性ばかりの一座で……しなやかで統率された見事な演舞でした。乙姫様もとても気に入られて、この国に滞在しないかと提案したくらいですが……まさか」


 浦島が頼光が風の一座について尋ねた理由を考えながら、知っていることを話している間に、その理由に思い当たったと言うように双眸を見開く。


「ええ。その”まさか”かもしれないと踏んでいます」


「その者たちが、連れ去った可能性があると……そうおっしゃりたいのですね…。いやしかし…まさか…」


「港の人の出入りについては浦島殿が管理されているのではないのですか?」


「いえ……港の出入りは港に常駐する港守が対応しています。しかし、お恥ずかしながら彼は私のことをよく思っていないので、情報連携が上手くとれないことが多く、実際は信頼できるものに様子を報告をさせています。しかし、やはり直接確認が出来ないので、目端が効かないことも多分にあるのが実態です」


 季武が半分呆れたように肩をすくめた。


「それはまたけったいな話ですなぁ。国の出入りは一番重要やと思いますけど」


「返す言葉もございません……。ですが、この国は水に囲まれている分敵意を持った者が来ることもほぼなく、もし来るとすれば他国で上手くいかずにやって来るような者の方が多いのです。先代の竜宮家当主から来る者拒まず、去るもの追わずという方針で、現当主の乙姫様もそれを受け継いでおられます。ですから人の出入りにも寛容だったという背景もあるのです」


「なるほど、意図的に規制が緩和されていると言う側面もあるのですね」


「はい、良いように言えば……ですが。そして、今お話ししていて思い出しましたが、残念ながら”風の一座”は二日前にすでにこの国を出立していると報告を受けております」


 頼光が少し考え込み、言葉を探す。


「そうですか……。一足遅かったようですね……。では、”風の一座”についてできる限りご存知のことを教えて頂けますか?」


 浦島はゆっくりと頷く。


「先程も申したように、女性のみで構成された一座でした。中には顔に怪我があるからと顔を隠している者もおりましたが、そういった外見は抜きに、演舞は見事なものでした。乙姫様は、一座がみな女性ということもあって、『この国は女性も活躍出来る国だから、長く滞在して民を楽しませてくれないか?』と提案したのですが、座長と思しき女性から『我々は気ままな放蕩生活が性に合っておりますので』と断られたのです」


「……人相は覚えてはりますか?」


 季武の質問に、浦島が記憶を探るように目を閉じる。


「……座長は、恐らく三十ばかり、切れ長の目で声が低い女性でした。

 人数は十人前後、年齢も十代から三十代まで……とさまざまだったように思います」


「ありがとうございます」


 ひと息おいて、浦島の声が少しだけ低くなった。


「……お二人も、既にお察しかもしれませんが……。この国で姿を消す人々には、それぞれに逃げるべき理由があるのです。護衛隊の頭である私がこんなことを言ってはいけませんが、居なくなったものたちを果たして追いかけていいものなのかと……、個人的にはためらっております…。逃げなければ、解決しないことも…この世にはありますからな…」


 そう語る浦島の目は過ぎし日を思い出しているように感じられた。

 頼光は慎重に口を開く。


「行方が分かったとして、報せ方は慎重に考えるべきだと思っています。ただ、失踪者たちが助けを求めて逃げた先が、新たな犯罪を産むのであれば、それは放ってはおけません。杞憂であれば良いですが、逃げたものたちが善人だけとは限りませんので」


「おっしゃる通りです……。申し訳ないが今のは聞かなかったとに」


 頷く頼光に割り込むように季武がさらりと笑いを含ませた声で口を挟む。


「そないに言う浦島さんの身の上話も、聞かせてもらえまへんか?」


「私の……身の上話……ですか?」


「さっきのお話、他人事やないみたいな言い方してはったんで。例えば故郷を追われてここにたどり着きはったんかなぁ……とか」


 季武が浦島へ試すような視線を送る。

 浦島は一瞬驚いたように瞬きをし、すぐに薄く笑った。


「……そうですね。ご想像の通り、私も他所から逃げてきたクチですよ。しかし追われた訳ではありません。元いた場所では必要とされておらず、存在すら忘れられていたといった方が適切かもしれませんな。ですから…今でも、時々自分がこのような役目を負ってることが信じられないことがありますよ」


 浦島が自嘲するように話す。


「左様ですか……なんであえて水の国へ来られましたん?」


「……聞いていて楽しい話ではないと思いますが、先程言ったように元いた場所で必要とされていない人間でしたので、……入水しようと思ったんです。が、気がついたらこの国におりました。乙姫様がたまたま水辺を散歩していた時に、私が漂着しているのを見つけ、介抱してくださって……」


 季武が肩を揺らし、口の端を上げた。


「なるほどなぁ……それで乙姫様に惚れたっちゅうワケですなぁ?」


 浦島も短く笑い、静かに視線を伏せた。


「ははっ、……ご明察です。目が覚めて初めに見た光景が、私を心配そうに見守る乙姫様でした。あのように美しい女性にお会いしたこともなければ、まして心配されたこともないものですから…一目見て心奪われましたな」


「……そういったことは分かるような気がいたします。」


 浦島の話に頼光も格子窓の外を眺めながら同意する。


「……お二人とも一途やねぇ……」


 静かに通じ合う浦島と頼光の間で呆れたように季武が苦笑いを浮かべる。


「源殿にもご賛同いただけるとは心強いですな。……とにかく、助けて下さった乙姫様に報いるためがむしゃらに動いていたら、今の地位になっていたというわけです」


「私も浦島殿のことが身近に感じられましたよ。…お時間をいただきありがとうございます」


「いえ、こちらこそ貴殿らのご推察を伺えてよかったです。”風の一座”については、護衛隊でも調査を進めます。」


 控えの間には、波の音が遠く、涼しく届いていた。

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