第七章:芳しき乙女の国(十二)
昼を少し過ぎた頃、潮風が緩み始めた水路沿いの待ち合わせ場所に、澪と金時の姿が先に着いていた。
白い石畳の上で金時が伸びをし、澪は懐に触書を大切にしまった紙の感触を確かめている。
「……もうすぐだと思うんだけどな……」
金時がつぶやいたところへ、通りの向こうから頼光と季武が並んで歩いてくるのが見えた。金時は「おーい」と手を振る。
頼光も気づき、片手を軽く上げて歩みを速めた。
「二人の方が早かったか」
金時がニカッと笑う。
「そーそー、こっちは手がかり見つけたんですよ〜。そっちは?」
「せやな。まだ確定とは言われへんけど、方向性はつかめたんちゃうかな」
金時は期待していた展開と違ったのか、がっくり肩を落とす。
「ちぇー、そっちも収穫あったのかぁ〜。ザンネン」
「勝負じゃないんだから、情報は多いに越したことないだろ」
頼光が呆れたように言いながら、懐を探る。頼光が取り出したものを見て、澪と金時は同時に「あっ」と声を上げた。
「私たちも同じものを見つけたんです……」
澪がそういって、同じように一枚の触書を取り出す。
「2人もか……どこでそれを?」
「私たちが調べた場所の近くでは、昨日の人とは別に、近くで未亡人の行方不明を聞いて……。お家ももぬけの殻と聞いたので家を調べたら、これを見つけました」
澪が説明し、金時も横から補足する。
「海を渡らないと出入りできない場所で、誰にも見つからずに人がいなくなるって、何かに紛れて連れ出されてる可能性が高いでしょ? だからこれが怪しいって思ったんですよ。」
「我々は昨日噂を聞いたあたりで調査したら、老夫婦が大道芸の芸人がこれを配っていたと言っていたんだ。この触書自体は昼間配っていたらしく、それ自体は怪しくはないが、同じ人物をその日の夜にも近隣で見かけたらしく、なんの用事だったのか訝しんでいたところに女性の失踪の話を聞いて、無関係ではないかもと思っていたらしい」
季武が澪と頼光のもつ同じ触書を交互に眺めながら、顎に手をかけて考え込む仕草をする。
「終わった日付が三日前言うんが間が悪いなぁ……。もう去ってしもたあとかも分からへん」
「でも、せっかく見つけた手がかりだし、まずはこの可能性に賭けるしかないよね?」
「そうだな。”風の一座”……。調べてみる価値はあるだろう」
その話を聞いてふと、今朝頼光たちを追いかけるときに浦島が護衛とともに積荷を下ろしていた光景を思い出していた。
「あの、今朝こちらに来るときに浦島さんが積荷の荷下ろしを手伝っているところを見たんです。なのでもしかすると何かご存知かもしれません」
「なるほど、確かに浦島殿であれば立場上知っている可能性は高そうだな。一度竜宮殿に戻って彼を訪ねよう」
頼光の提案に、季武が首を振った。
「それはええんやけど、念のため港もあたっといた方がええんとちゃいます?可能性は低いかもしれんけど、風の一座がまだここにおる可能性もゼロやないんやし」
頼光は季武の提案に一理あると言うように考え込みながら澪の方を見た。
「それもそうだな……。澪さんはまだ動ける?君はあまり竜宮殿をうろうろしないほうがいいだろうから、動けるなら金時と澪さんで港を調査してくれないか?」
「問題ありません。私にできることはやりたいです」
澪は今朝の決意を胸に、力強く頷く。
「じゃあ、オレと澪ちゃんは港に行って、この一座がいつ頃きてもうすでに出ていっちゃったのかどうか確認して来るってことだよね」
「ああ、頼んだ。二人には悪いが、終わり次第竜宮殿へ戻ってきてくれ」
「りょーかい!」「承知しました」
金時と澪がそれぞれに頷き、再び四人は二手に別れた。
*
昼を過ぎた港には、ところどころに漁を終えた船がゆらりと揺れていた。
澪と金時は港の隅で網を片付けている漁師の男に声をかけた。
「すみません……お尋ねしてもいいですか?」
漁師は潮に焼けた額をぬぐい、二人を見やる。
「……なんだい、若ぇのが。見ん顔だな。」
金時が一歩前に出て笑顔で話しかける。
「オレたち竜宮家から来てまして。ちょっと『風の一座』っていう旅芸人のことを探してるんです。」
漁師は鼻を鳴らし、担いでいた網を地面に落とした。
「風の一座……? ああ、ちょっと前にここで公演してった奴らか。俺は知らねえなぁ」
漁師のぶっきらぼうな態度に、澪が恐る恐る、言葉を重ねた。
「……あの、港の出入りって……荷物や人の動きは、誰が管理しているんでしょうか?」
漁師は少し顎を引いて二人を見返した。
「……それと旅の一座がなんの関係があんだよ?」
金時が怯む様子もなく答える
「実はその旅芸人たちがこの国の行方不明事件と関係があるかもしれなくて、それですでにこの国を出てしまったかどうかが知りたいんです」
漁師は金時の説明に納得したのか、ふんと笑い、首をすくめた。
「……船の出入りと荷の流れはな、この港じゃ“港守”が帳面つけてる。あそこの小屋にまだ残ってるだろ。」
漁師が指差した先には、木造の簡素な詰所のような小屋があった。
出入りする者もほとんどおらず、戸が半分開いている。
「……教えてくれてありがとうございます!」
澪が頭を下げると、漁師は少し口をとがらせた。
「……あそこの港守に話をつけたけりゃ、気ぃつけな。あいつは昔、浦島の下につく前は港をまとめてて、竜宮家の側近になるのも間近と思われてたところに、ぽっと出の浦島に追い越されて、今じゃ頭を下げさせられるのが面白くねえんだとさ。」
金時と澪は思わず顔を見合わせた。
「……そうなんですね……。」
「ふん。せいぜい気を悪くさせねえようにな。……じゃ、漁の網直さにゃならんでな。」
そう言って漁師は潮風の中へ戻っていった。
*
潮風が吹き抜ける小屋の前に立った二人。
木造の詰所の戸は半分開いており、中から帳面をめくる微かな音が聞こえる。
「……ここ、だね。」
金時が澪に小声で言った。
「……はい。」
澪がそっと戸を叩くと、中から低い声が返る。
「誰だ。」
金時が戸を引き、頭を下げた。
「すみません! 少しお時間をいただけませんか?」
中には潮で浅黒く焼けた顔の男が、帳面に指を走らせていた。
男は面倒そうに顔を上げ、澪と金時を鋭く一瞥する。
「……何だ、港で揉め事か?」
「いえ、ちょっと聞きたいことがあって来ただけです!」
金時が笑って話しかけると、港守は鼻を鳴らした。
「何の用だ。」
澪が少し前に出て、深く頭を下げた。
「……『風の一座』という旅芸人の方たちの行方を調査してまして、その方たちの船の出入りについて、もし何かお気づきのことがあれば……教えていただけないでしょうか?」
港守は帳面をぱたんと閉じ、無精髭を指で撫でた。
「……芸人?……ああ、あれか。」
金時が思わず声を弾ませる。
「知ってるんですか!」
港守は肩をすくめ、吐き捨てるように言った。
「……あれは、半月前くらいに来て、二日前に帰ってったぞ。俺が荷の申請を受け付けた。それがどうかしたか?」
2人はすでに手がかりを逃してしまったと分かり、港守に気づかれないように肩を落とす。
「特に不審な点などはありませんでしたか……?」
「……芸人なんぞ珍しいものでもない。いちいち積荷なんぞ全部調べん」
「いつも他国の人たちの出入りはそんなものなんですか?」
金時が内心無責任ではという気持ちを滲ませるように港守に質問する。
「うちは来るもの拒まずなんだよ。アンタらもよう見りゃ昨日月の宮から来た連中だろ? そん時綿密な身辺調査されたか? 自分らもそうやって入ってきといて、他人にそれを問うのは筋違いじゃねぇのか?」
港守はおかしいと思う方がおかしいと言わんばかりで吐き捨てる。
(この人はもしかして、私たちがなんの目的でここに来たのか知らないんじゃ……)
澪は”自分たちも来たくて来た人間だろう”と言わんばかりの対応に違和感を覚え、最後の質問にと、問いかけた。
「お仕事のお邪魔をしてしまってすみません。これが最後の質問なのですが、この国で何か事件が起こってるというお話を聞かれたことはございますか……?」
視界の端で、食い下がって質問する澪に驚いたのか目を丸くする金時がチラリと見えたが、澪はかまわず港守をまっすぐに見据える。
港守はなおも不機嫌な低く笑った。
「この国で事件?はっ、だとしたら喜ばしいね。乙姫様の腰巾着の大目玉になるからな」
「そうでしたか……。承知しました。お時間いただいてありがとうございました…」
(やっぱり、この人は何も知らないんだ……。浦島さんのこともよく思っていないから、情報が遮断されていたのかも)
「ああ、もし腰巾着の弱みになりそうなことがあったら教えてくれ」
そういって下卑た笑いを浮かべる港守に一礼をしてから、2人は詰所を後にした。
詰所を出ると、声が届かないだろうという距離で金時が驚いたように澪に話しかける。
「澪ちゃん最後なんであんな質問したの??実際、あの人も事件のこと知らないみたいだったし……」
「あまりもさっきの方に危機感が感じられなかったから、ほんとに何も知らないんじゃないかって思ったんだ。さっきの漁師さんからも、あの方が浦島さんのことをよく思ってないって聞いてたし。浦島さんもあまり関わりたくなくて、国内で起きてる事件も、伝えてないかもって仮定して、事件が起きてるって前提で話するのは危険かもって思ってあんな聞き方しちゃった」
「ほぇ〜〜。オレなんかあっちの態度が解せなくてそこまで考えが及ばなかったなぁ。澪ちゃん頼りになりすぎる!」
金時が煽てるようにぱちぱちと拍手し、澪も照れる。
「と、とにかく今分かったのは、すでに風の一座は2日前に出港してしまったことと、港の出入りの管理体制に対策を講じないと、今後も同様の手口が使われるかもしれないってこと。それに、浦島さんが港守の男性と連携できてなかったことについても聞いておきたいよね」
「うんうん。澪先生の言う通り!」
「もう、金時さん……」
澪がなおも煽てる金時へ布越しに視線を送る。
「ははっ! ねえねえ、こんな時言うのもなんだけど、オレのこと”金時さん”じゃなくて”金ちゃん”って呼んでよ。今んとこ、うちでそう呼ぶの季さんだけだけどさ、地元ではみんなからそう呼ばれてたんだよね。オレもそう呼んでくれると仲良くなった気がして嬉しいし!」
少しだけ気安いやり取りに心もほぐれた澪は、その提案を抵抗なく受け入れていた。
「うん!金ちゃんって呼ぶね」
(歳が近いからかっていうのもあるかもだけど、この人の距離を縮める力が、話しやすいって思うんだろうな)
澪は頭の片隅でそんなことを考えながら、布の下で顔を綻ばせていた。




