第七章:芳しき乙女の国(十一)
住宅の合間を進む澪と金時は、小さな角を曲がった先で、路地の奥に桶を洗っている年配の女性を見つけた。
瓦屋根の家々の合間を縫う水路に沿って、澄んだ水がさらさらと流れている。
「……あの人、話してくれそうじゃない?」
金時が澪に小さく声をかける。
「そうですね。声かけてみますね。」
「いいの?」
「はい!」
澪は怪しまれてはいけないと思い、布を頭から外して年配の女性に近づいた。
「すみません、私たち竜宮家から派遣されたものなのですが、少しだけお話を伺ってもいいでしょうか?」
「……何でしょうか?」
女性は顔を上げて、最初は警戒したように金時と澪を見る。
「行方不明になった方の調査をしてまして…。お知り合いでいなくなった方がいらっしゃったり、何か不審な動きをみたりしていないでしょうか?」
竜宮家が事件の調査をしてるのかと理解をした女性は少し警戒を緩める。
「竜宮様が調査してるんですね。先日娘さんが一人いなくなったって聞きましたけど、その前はうちの近所で事件があったんですよ。」
思わぬ収穫に澪と金時が視線を合わせる。
「それは、お知り合いの方だったんですか……?」
澪が女性に先を促すと、その人は気まずそうに視線を逸らす。
「知り合いというほどの知り合いでもありませんでした……。40代くらいの女性で、一度他国に嫁いだらしいんですけど何があったのか一人で帰ってきて、そこからずっとここで暮らしてました。近所付き合いも碌にせず一人ぐらしをしていたので親しい人もおらず…。そんなわけで、買い物や洗濯ですれ違うくらいだったんですけど、姿を見ないなと思うようになって、気づけば忽然といなくなっていたんです」
「そう…、だったんですね…。その方の姿が見えなくなるまでに、何か不審な影を見たということはありませんか?」
澪の質問に女性が考え込むが、やがてかぶりを振る。
「悪いけど、その人がいなくなったこともしばらくしてから気づいたくらいです。思い当たることはないですね」
「ありがとうございます。ちなみにその女性の家はどちらの方にあったんでしょうか?」
「それは、ここの道をまっすぐいって、二つ目の角を左にいったところです。柳の木が目印になるかと思います。今は誰も住んでません」
二人は女性にお礼を言って、行方不明になった女性の家を調べることにした。
*
澪と金時は女性のいうとおり、柳の木を目印にそばに佇む小さな家を
見つけた。
「ここがさっきの人の言ってたとこだよね?なんか手がかりになりそうなものあるといいんだけど…」
金時が引き戸に手をかけると、抵抗もなく扉がガラガラと開いた。
戸の向こうにはがらんとした暗闇が広がっている。
何となく不気味なものを感じ、思わず澪が怯む。
「……入って、いいんでしょうか……」
「ダメだったらその時はその時!これで手がかりが掴める方が重要だし、ちょっとだけ覗いてみよう」
そう言って金時が軋む床を踏み鳴らしながら家屋へと入っていった。
澪も金時に倣って後をついていく。
中は思った以上に整然としていた。
小さな卓と、窓際の箱棚に折りたたまれた衣が丁寧に置かれている。
しかし生活感は残っているのに、人の気配だけがすっぽり抜け落ちていた。
「荷物はほとんど残ってるけど、一応金目のものは無くなってるのかな?最低限のものだけ持ち去ったように見えるね」
「そうだね……。家も身辺整理をするほどの時間はなかったけど、突発的に出ていった感じではない、って感じかな……?」
「確かにそんな感じがするねー。っとこれ何かな…?」
金時が目を止めたのは、閉まりきっていない引き出しの中に入れられた一枚の紙だった。
「”風の一座の大道芸”?」
金時の後ろに澪も回り込み、一緒に紙を見る。
「これ、3日前までやっていたみたいだね…」
「ほんとだ。もう終わってるのかー残念」
少し間が開いてから、二人して同じことに思い至ったのか、顔を見合わせる。
「金時さん、この国から出ていくには海を渡らないといけないですよね…?」
「そうだよね。ってなると行方不明になった人たちは見つからないように海を渡ってるってことになる……」
「この一座調べてみてもいいかもしれない…」
「オレも同じこと考えてた!頼光さんたちに報告しよう!」
念の為他にも手がかりがないかしばらく探したものの、失踪につながりそうなものはこれ以外に見当たらなかった。
澪と金時は頼光と季武と合流するために待ち合わせとして指定された場所へと向かった。
*
同じ時間、頼光と末武も街外れの石畳の小径を、並んで歩いていた。
こちらは漁業を営む人々の暮らす区域のようで、木造の家々の軒先には干された漁網が揺れている。
ふと軒先で掃除をしていた年老いた男が、二人に気づいて顔を上げた。
頼光が軽く頭を下げ、声をかける。
「すみません。我々は竜宮家から依頼を受けている者なのですが、少しお尋ねしたい。……この辺りで、行方不明者が出たと聞いたのですが、なにか不審な影を見たなど心あたりはないでしょうか?」
男は竹箒を握ったまま、口の端に皺を寄せて首を傾けた。そして掃除を止めて竹箒を軒先に立てかけた。
「ああ、あの結婚間近で逃げ出した娘のことか……。わしは知らんが、娘さんが消える前、婆さんが昼間に見知らぬ女性をみたと言っとった。気になるなら会っていくか?」
頼光はすぐに頷いた。
「……ぜひお願いできますか。」
男は「ついて来い」と短く言って、古い木戸を軋ませて家の中へ入った。
頼光と季武も靴を揃えて戸口をくぐり、奥の座敷へ通された。
薄暗い座敷の奥には、小柄な老女が火鉢のそばに座って手を温めていた。
夫が声をかける。
「婆さん、この方々は竜宮様んとこのお使いだ。……ちょっと前に婆さんが見かけたっていう“不審な女”の話、してやってくれ。」
老女は少しかすれた声で、頼光と季武を交互に見つめ、小さく頷いた。
「……あんたらが竜宮家の使い?」
頼光は膝をついて、深く頭を下げた。
「はい。失踪した女性たちのことを調べています。どうか、見たことを教えてください。」
老女は火鉢がぱちぱちと弾ける様子を眺めながら、ゆっくりと語り始めた。
「……あれは五日ほど前の昼下がりじゃったかのう。
この家の並びに女が立っとったんじゃよ。
黒い身軽そうな着物でのう……袖も短ゅうして帯も細ゅうして、どこか旅芸の小間使いのようじゃった。」
季武が眉を上げる。
「旅の一座……?」
老女はゆっくりと顎を引き、火鉢の灰をつまむようにいじった。
「そやつは『旅の一座の者です』と名乗ってな。
近々ここいらの広場で芸を打つからと、触書を人に配っておったわ。」
頼光が目を細める。
「…大道芸の…触書…。」
「そうじゃ。白い和紙に黒墨で見世物芝居の案内がしたためてあっての。そこにそん時もらってきたもんが置いてあるから持っていき。」
老女は寒いのか、一度口をつむぎ手を擦りながら再度話を続ける。
「それだけだったら、気にならんかったけど、その日の晩に井戸の水を汲みに行ったとき、昼間のその女が路地裏から出てたところを目撃したんじゃ。見かけたんはそれっきりじゃけど、その後に娘さんが行方不明になったと聞いたから無関係ではないと思うとった」
「なるほど……それはたしかに怪しいですね。」
頼光は深く頭を下げ、静かに礼を告げた。
「貴重なお話をありがとうございます。……もしまた何か思い出したら、知らせてください。」
老女は火鉢に視線を戻し、わずかにうなずいた。
そして大道芸の一座が配っていたという触書を受け取り、その家を後にした。
家を出て2人は受けとった触書に目を通す。
「”風の一座の大道芸”」
「公演の日はもう終わってるんか。もしこれが関わっとるんやったら、出遅れたかも知れへんなぁ」
「そうだな……。しかし手がかりが掴めたことをまずは喜ぶべきです。そろそろ2人と合流する時間だろうから、一度戻ってから考えましょう」
そうして2人も待ち合わせ場所へ向かった。




