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第七章:芳しき乙女の国(十)

 組み分けの結果、澪は金時と二人で住居の連なる辺りへと足を進めていた。


 今歩いている場所は、竜宮殿のような幻想的な雰囲気とは打って変わって、瓦屋根の日本家屋が軒を連ねている。

 しかし地面は石造りで、家々の合間を縫うように水路が張り巡らされている景色は、どこか日本離れしていた。


 二人は石で固められた道を並んで歩きながら、話ができそうな人影を探した。


「……あんまり人がいないね〜」


「そうだよね…まだ働きに出ている時間なのかな……?」


 澪も金時も聞き込みができる住人をなかなか見つけられずにいた。

 そんな折に、ふと金時が澪に声を落として話しかける。


「そういや澪ちゃんさ、昨日、夜に俺たちが解散してから……季さんと外で何か話してなかった?」


 思わぬ質問に、澪の心臓が小さく跳ねる。

 金時がそれに気づいているのかいないのか、話を続けた。


「昨日、風呂から戻ったら、小屋の前に人影があるから何だと思って近づいてったら二人だったからさ。……あ!中身までは聞いてないんだけど!…でも昨日もライコウさんの部屋出る時、季さんとライコウさん変な感じだったじゃん?だから大丈夫かなって、二人が話終わるまで遠くで見てたんだよね……。ごめん。」


 少し言い淀みながらも、金時は最後に小さく頭を下げた。


「……そうだったんだね。外で話してた私の方が悪いから……金時さんは悪くないよ。教えてくれてありがとう。」


「……あんまり、何の話してたかは言えない感じ?」


 金時の声には、心配と好奇心の両方が滲んでいた。


「うん…、ごめんね。季武さんの事情にも関わることだったから、軽々しくは言えないかな」


「……そっか。じゃあ、少なくとも澪ちゃんのことを思って踏み込んだ話してたってことだよね?」


「うん、そうだよ」


「ならよかった!昨日の季さん、なんか様子おかしかったから心配してたんだ〜。でも澪ちゃんに危害加えるつもりじゃないみたいだし、安心した!」


 胸のつかえが取れたように金時がニカっと笑う。

 澪もその笑顔につられて自然と笑みを浮かべていた。



 *



 一方その頃の頼光と季武はーー。


 街外れの水路沿いは、市場の喧騒から少し離れ、往来する人々の声も遠い。

 石畳に重なる水音だけが、二人の足音に混じっていた。


 どちらも押し黙ったまま、昨日噂を聞いた辺りまで向かっていたが、季武が痺れを切らしたように口を開いた。


「頼光さん、話あってこの組み分けにしたんとちゃいますの?なんや言いたいことあるんやったら、はっきり言うてほしいわ」


 金時と澪、頼光と季武という組み合わせを決めたのは頼光だった。

 季武はそれが頼光の意図的なものであると確信していた。


 丁寧なようで挑発を含んだような声色で季武が頼光へ質問する。

 頼光がそんな季武を一瞥した後ため息を吐きながら口を開く。


「……俺には卜部殿が何を考えているのかがさっぱりですが……。澪さんに対して不穏な動きをしているのはあなたの方では?」


「あくまでボクに原因があるーいう言い方するんやね。ボクらの大将であるはずの頼光さんこそ、澪さんへの贔屓がすぎるんとちゃう?」


 二人はしばし譲らないように視線をぶつけ合う。

 やがて頼光が折れたように、目を伏せる。


「俺の態度があからさまであることは認めるが…。しかし、それは彼女にここがいていい場所だと思ってもらうためでもある。ですが、昨日の卜部殿の澪さんへの行いはただ貴殿が己の欲求に従っただけのように思えますが…?」


「そんなつもりはないんやけどなぁ。澪さんが月守の血を引いとるかもっちゅう話が出てきたから、陰陽師としての知見を伝えとこうおもて話してただけですわ」


「話すだけであれば、昨日のようなやり取りは必要ないでしょう」


 頼光は昨日澪が季武から本を奪い返そうと覆い被さる形になっていた時のことを暗に指していた。


「ボクも澪さんがあそこまで焦ると思ってなかったから、申し訳ないと思うてますよ。それに関してはちゃーんと澪さんにも謝罪して、お許しももろてます。せやのに、それ以上頼光さんが口挟むこと…ありますやろか?」


 再び二人の間で火花が散ったが、次は季武が話を続けた。


「陰陽師の秘術に関わることやから、全部は言えませんけど……澪さんは陰陽師の血ィも引いてる可能性がある、ボクはそう見てます。そうなると、彼女は月守と陰陽師の両方の血を持つ、大いに特異な存在です。自分がこの世界で稀有な存在なんや、いうことを自覚しといてほしくて、その話をしとったんです。何もおかしいことあらしませんやろ?」


「……澪さんが陰陽師の血を…?それは確かなのか?」


 頼光が季武から語られる話に顔色を変える。


「ボクはほぼ確実にそうやと思います。どこでそないなことが起こったんか分かりませんけど」


「そうだな…。月守と陰陽師が婚姻したなど聞いたことがない…。しかし、卜部殿の推察通りであれば、澪さんは我々の世界と地続きのところから来たということか……。仮に月守と陰陽師の交わりがこの先起こることだとすれば、彼女の存在は大いに混乱をもたらすことになるな」


「そういうことですわ。おそらく月守も澪さんのことを知れば遅かれ早かれそれに気づいてたかもしれません。ほんに、澪さんが月守に気付かれる前に匿ったのは頼光ご慧眼やね」


「貴殿がいうと、褒めているようには聞こえないな……?」


「頼光さんは疑り深いお人やね…澪さん以外には」


 二人の視線がまた交わり、空気が張り詰める。

 そしてどちらともなく、ため息が漏れた。


「…話はこれくらいにして、そろそろ調査に戻りましょう」


「せやね、澪さんと金ちゃんにだけ任せてのんびりっちゅうわけにもいきませんわ」


 それを合図に不穏な会話を切り上げ、二人は調査のため街外れの路地へ歩みを進めていった。

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