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第七章:芳しき乙女の国(四)

 食事を終えた澪は、一度頼光の部屋を訪ねて相談しようかと考えていた。

 盆を避けて立ち上がろうとしたとき、微かに戸を叩く音が聞こえた。


(誰だろう?頼光さんかな?)


 そんな予感が胸をよぎる。だが返事をして戸を開けると、そこに立っていたのは意外な人物だった。


「こんにちはー、澪さん」


「……季武さん? どうされたんですか?」


 思わぬ来訪者に澪は声を上ずらせた。


「澪さん、ちょうど頼光さんのとこ行こうおもてたんと違う?」


「え!?そうです、どうしてお分かりに…?」


 予想を的中させられ、澪は驚きに目を瞬かせる。


「キミの持ってる本のこと、頼光さんに話に行くんかなーって、当たってたっちゅうことは、その通りかな?」


「おっしゃる通りです……」


 季武の予想に舌を巻きつつ、澪がなおのこと疑問を持つ。


「それで、季武さんはどうして…?」


「いやー、ボクも実はその本のことで話あってきたんよ。澪さんにはあんまり詳しく話してなかったけど、ボク陰陽師やから、他の人らよりもお役に立てるんちゃうかと思って」


「え?」


 きょとんとする澪に、季武は続ける。


「せやから、立ち話もなんやし…中、入れてくれる?」


「あ、は、はい!どうぞ…」


 澪は戸惑いながらも、季武を部屋に招き入れた。季武は遠慮なく畳に腰を下ろす。


「それで、季武さん、お話って……?」


「単刀直入に言うんやけど、澪さんが貞くんに相談してる本の話、ボクにも教えてくれへん?」


 その一言に、澪は息を呑んだ。

 貞光にしか話していないはずのことを、なぜ季武が知っているのか。


「あの…どうしてそれを…?」


 澪の問いに、季武がスッと目を細める。


「月影離宮でキミと貞くんは二人で話してたところ、見とったんよ。あれは…ここに来た理由を話してくれた時と、土の国から帰ってきた時の2回やな。」


「……!」


 澪は思わず息を飲む。そんなところまで見られていたとは知らなかった。

 澪は僅かに警戒しながら、季武に質問する。


「どういったことを…知りたいのでしょうか…?」


 澪の警戒心を感じ取ったように季武が再びいつもの笑い顔に戻って笑いながら答える。


「そんな警戒せんとってや。見かけたんはたまたまで、澪さんと貞くんがわざわざ話す言うたら、本のことしかないやろって思っただけや。それと初めに言うたようにボクは陰陽師やから、貞くんが知らん情報も教えてあげられるかもと思て」


 にこりと笑うその声に、澪は少しだけ肩の力を抜きかけた。だが次の瞬間、季武の瞳がふと鋭くなった。


「貞くんに言われたんは、澪さんが隠し事してるゆうことちゃうん?例えば澪ちゃんは別の世界から来たんやのうて、同じ世界の未来から来たーーとか。ボクらのことも元から知っとった、とか」


「………え…?」


 澪の喉がかすかに鳴った。

 季武は、柔らかな笑みを戻すと、本を指さす。


「ボクもそれは、話してくれた時に気ぃついとったよ。そんでその本、白紙ばっかりになった言うてたけど、あれから変化もあったんちゃう?やから帰ってきても貞くんと話しとったんやろ?」


 貞光と本のことで相談していることも、それを知られることに後ろ暗いこともないはずにも関わらず、取り調べにも似た空気に、澪は喉奥がひりつくような感覚を覚えた。


「季武さんのおっしゃる通りです…。ですが…どうして…?」


「んー、特に深い意味は無いんやけど、あんまり蚊帳の外なんもおもろないなぁと」


 そういうと季武は澪の本を許可なく手に取り、パラパラとページをめくった。


「あっ……!」


 澪の声が上ずった次の瞬間、季武はパラパラと本をめくり始めた。


「あ!す、季武さん!待っー!!」


「待ってくださいっ、季武さん……!」


 反射的に澪は身を乗り出し、季武から本を取り返そうとした。

 季武はひょいと本を掲げ、澪の手が空を切る。


「わっ……!」


 体勢を崩した澪の身体は、そのまま季武の胸元へと倒れ込んだ。


「おっ……と」


 ーードサッ


 澪が倒れ込んだ先は季武の胸の中だった。


 沈黙が流れ、外で常に揺蕩う波の音だけが、ささやかに室内に流れる。


「す、すみません!!お怪我はありませんか!?」


 次第に事態が飲み込めてきた澪が、慌てて謝罪する。


「こう見えて受け身とれるんよボク。それより、澪さんから飛び込んできてくれるなんて大胆やなー」


 軽い口調で答える季武を見て、澪は怪我をさせたわけではないことに安堵した。


「お怪我がなくてよかったです…。でも、急に本を取られるのは…困ります。」


「堪忍な。ちょっとイタズラ心が出てきてしもて。けど、ものくさ太郎とか浦島太郎とか、元は知らんけど、ちょっと埋まってる部分あるんやね」


「ーーーえ?」


(碓井さんはこの本の文字を認識できないと言ってた。なのに、なぜ?)


 再び季武のことがわからなくなり、澪は警戒を強める。なぜ文字が読めるのかと聞こうと口を開きかけたその時、再び澪の部屋の戸を叩く音が響いた。


「澪ちゃーん、みんなでちょっとこの辺り散歩しない?ってライコウさんと話してたんだけど、どうー?」


 金時の声だ。


 澪は我に返り、今自分が季武を押し倒したままの状態であることを思い出す。


「あ!!ご、ごめんなさい!!すぐ退きます!」


 だが季武はにやりと笑いながら、わざと小声で言った。


「このままでもええのに」


「な……!」


 その二人の会話が外にもかすかに聞こえていたせいか、金時が澪の声に反応する。


「澪ちゃんなんか言った〜??」


 そう言って、澪の許可なく扉が開かれた。


「おい、金時。許可がないのに開ける…な……」


 だがもう遅かった。金時が戸を開け、頼光が後ろに立つ。


 澪と季武、崩れた体勢のままの二人。

 その光景を見た金時と頼光が、言葉を失う。


 室内には、波の音だけがさざめいていた。

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