第六章:旅立ちのあわいに(三)
「ただいま戻りました〜!」
金時の元気な声が広間に響いたのは、頼光も澪の稽古に付き合うというやりとりをしてすぐのことだった。元気のいい金時のすぐ後ろには、布包みを抱えた季武の姿がある。
「お帰りなさい!お二人ともありがとうございます、受け取りに行ってくださって」
「ううん、任せといてって言ったでしょ? 早速開けてみて!」
「これ、草履とか帯もこんなかに入っとるから」
季武から受け取った包みを開くと、中からは紺地に白の流水文様が美しい軽装着物と袴が姿を現す。
「わあ…素敵です!」
一緒に澪についてきていた頼光と綱も包みを覗き込む。
「へぇ、落ち着いた色にしたんだね。確かに澪さんに似合いそうだ」
「澪ちゃん着てみて、着てみて!きっと似合うから!」
「うん!じゃあ、着替えてきますね」
澪は受け取った包みを抱え、支度部屋へと足を運んだ。
貞光以外のこの場にいる男性陣はそのまま澪の支度を待っていた。
*
しばらくして、仕度を整えた澪が現れる。
「……どうでしょうか?」
紺地の着物は澪の髪色と肌に見事に映え、白の文様が清らかな印象を与えていた。動きやすい裁ち方の袴はしっかりと腰に収まり、歩くたびに布が軽やかに揺れる。
「……めっちゃ似合う!」
「うん、思ってたよりさらに似合ってるわ」
「いいね、男性向けの色合いではあるけど澪さんの凛とした雰囲気に似合っているよ」
「本当ですか? よかった……。ありがとうございます。なんだか、皆さんの一員になれたような気がして誇らしいです。服だけでこんなことを思うのもおこがましいかもしれないですが……」
「そんな寂しいこと言わないでよ!澪ちゃんはもうオレたちにとって欠かせない仲間でしょ!」
「ああ、金時の言う通りだ」
頼光も金時に同意して頷きながら話を続ける。
「せっかくだし、さっそく動きやすさを確かめてみるかい? 俺はこのまま稽古に入っても構わないけど。綱はどうだ?」
「はっ、私も問題ありません」
「いいんですか? では少し体を動かしたいです」
「え!?ライコウさんも綱さんも澪ちゃんと一緒に鍛錬する感じ!? じゃあ俺も付き合う!澪ちゃんがどんな動きするのか見てみたいし!」
「うん!金時さんもぜひ!」
「みんなが稽古するんやったらボクも外で見とこかな」
新たな装束に身を包んだ澪は、少し照れくさそうに笑いながらも、どこか芯の通った佇まいを見せていた。
それは、確かにこの世界で生きる覚悟の、ひとつの証のように見えた。
*
午後、月影離宮の庭に設けられている稽古場に貞光を除く一同が勢揃いし、澪の稽古を見守っていた。
「じゃあまずは澪さんの動きを見てみようか」
「こんなに見られていると緊張しますね…」
頼光の言葉に澪は一歩前に出るも、完全に観覧席にいる金時と季武の視線が気になりドギマギしていた。
「確かに、気づけば貞光以外の全員が集まってしまったな…。緊張するだろうけど、始められる時にいつも通りにやってみて」
「は、はい。では、木剣を使った一人での練習をやります」
そう前置きしてから、正面を向き、姿勢を正す。まだ見られているという緊張はしていたが、普段の稽古でも同じように道場のメンバーで一人ずつ祖父の前で動きを見せたことを思い出しながら、呼吸を整える。
両足の幅を整え、手を構えると、澪の身体がしなやかに動き始めた。
周囲の空気が凛と張り詰める。
踏み込みと共に繰り出される斬り下ろし。腰の回転を活かした斬り返し、後方へ転身しつつの防御。合気道の流れるような動きと、剣の直線的な鋭さが見事に溶け合い、どこか舞にも似た静かな美しさをまとっていた。
無駄のない所作。静と動の対比。全身で空間を支配するような、その演武に誰もが息を呑んでいた。
「……すごい」
金時がぽつりと呟く。驚きと尊敬の入り混じった声だった。
「…そうやな。久しぶりには思われへん動きやわ」
季武も腕を組みながら、目を細めていた。
型を終えた澪が軽く一礼すると、頼光が微笑んで言った。
「素晴らしかったよ。身体の動かし方に無理がないし、力任せにしていない。これなら剣の稽古も吸収が早そうだね」
「立派な技術だ。こうして剣と心を通わせる姿は見事だ」
「ありがとうございます!」
「じゃあ次は二人稽古をやってみようか。その前に俺が綱と手本を見せよう。綱、いいな?」
「もちろんです」
頼光がそう言って綱に目配せし、綱も同意する。
二人は稽古場の中央、乾いた土の上に立つ。風が吹き抜け、衣の裾が揺れた。
「ーー始めようか」
「承知!」
頼光が穏やかに言い、綱が頷くと、ふたりは呼吸を合わせるように静かに歩を進めた。そして、刹那――
綱の太刀が一閃する。鋭く斬り込む刃筋に、頼光は半歩身を引きつつ、木刀の腹で受け止める。重い音が周囲に響き、間髪入れず頼光が反撃に転じる。
今度は頼光の太刀が風を裂くように綱の肩口を狙うが、綱は鍔元で受けて体を捻り、至近距離からの反撃を仕掛けた。
鍔迫り合い。ふたりの木刀がぎり、とぶつかり合い、木が軋む音がする。
澪は見守りながら、思わず手に汗を握っていた。
(力と技のぶつかり合い…だけど、どこか品がある)
綱の剣は真っ直ぐで力強い。一太刀で仕留める気迫がこもっている。対する頼光の太刀は軽やかに流れ、綱の力をいなしながら要を突く。
二人の稽古はまるで舞のように滑らかで、けれど刃を交えていれば命のやりとりにもなり得る――そんな張り詰めた空気に満ちていた。
やがて十合ほど打ち合ったところで、綱が一歩下がって木刀を下げた。
「うん、いい稽古だった」
二人は軽く息を整えながら、互いに木刀を軽く掲げて礼を交わす。
「やっぱりすごいなぁ」
感嘆混じりに季武が呟くと、金時も澪も大きく頷く。
澪は実践に必要な稽古の気迫を目の当たりにして鳥肌が立っていた。
「圧倒されました…」
「ねー!俺は我流だから、ああいうの憧れるなぁ」
頼光が澪に向き直り、声をかける。
「澪さん、流石に今のはすぐには無理だから、できるところからやっていこう」
「よろしくお願いします。私も、少しでも強くなれるよう、頑張ります」
そんな澪に綱が小さく頷き、頼光が言葉を添える。
「焦らなくていい。まずは、一本一本を丁寧に。澪さんの動きには芯がある。あとは実戦でどう使うかを、一緒に見つけていこう」
稽古の空気が再び整い、今度は澪が稽古場の中央へと進み出た。木刀を握る手は、決意と緊張に満ちていた。




