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第六章:旅立ちのあわいに(一)

 月影離宮の広間に戻った頃には、すっかり日が傾いていた。澪たちは仕立て屋での注文を終えた後、市の屋台で買った団子を包みにして持ち帰ってきていた。


 広間では、鍛錬をしていた綱と、書きものに集中していた貞光が、4人の戻りに気づいて姿を現す。


「さっちゃん、綱さん、ただいま〜!お土産あるよ!」


 金時が元気よく二人に声をかける。


「頼光様もご一緒だったのですか?」


「ああ、土産物を買いに市へ行ったら偶然な」


「金ちゃんは自分の手柄みたいに言うてたけど、お土産買うて帰ろう言い出したんは頼光さんやから、綱くんも貞くんもしっかり頼光さんにお礼言うてや」


「そうだったのですね。頼光様、お心遣いありがとうございます」


「お団子ですか。美味しそうですね。ありがたく頂きます。早速いただいても?」


「ああ、せっかくだから今食べよう。茶を用意させようか」


「あ、それなら私が用意してきます。少しお待ちください!」


 澪は何か自分にできることをと思い、すぐさま立ち上がる。皆が「気を遣わなくても」と声をかける間もなく、彼女は広間を後にした。 澪が出ていくと、広間には男性陣だけが残される。


「澪ちゃん、やっぱまだオレらに気ぃ使ってるよね〜」


 金時が澪の背中を見送りながら、誰に言うともなくぽつりと呟く。


「まだ来て日も浅い。無理もないさ」


「それはそうだけど、気を遣い過ぎて疲れちゃうんじゃないかって心配なんだよね。しかも、視察の時は物草聖とか知らない鬼にも絡まれたんでしょ?狙われすぎててさ……」


「それに関連して、ひとつ仮説があります。望月さんが来るまでの間に、聞いていただけますか?」


 貞光が声を落として口を開いた。皆の視線が自然と彼に集まる。


「望月さんは“本”とともにこの世界に来たと語っていました。私も初めは本にこそ特別な力が宿っていると考えていました。しかし、物草聖が月守命と似ていると言っていたことを踏まえて考えると、そういえば月守は異世界の人間を呼び寄せる力を持っているはずだということに思い当たりまして、それを鑑みるに——望月さん自身にも、月守の血が流れているのではないかと」


「澪さんが……月守の一族……?」


 頼光が呟き、思い返すように目を伏せた。


「そういえば……俺が彼女と最初に出会ったのは、水辺の近くだった。あれは、聖域の水が流れ込む川辺だった……。偶然じゃなかったのか…?」


「ということは、澪ちゃんは本当に月守命と血がつながってる可能性があるってこと?でも異世界の人間なんでしょ……?」


「経緯は不明です。月守に知られていない傍系という可能性もある。ですがいずれにしても、血に由来する何らかの力を持っているのは確かかと」


「そうなると、望月殿の存在を、月守に伝えるべきではないのか……?」


 綱が真面目な表情で問うと、頼光がきっぱりと答える。


「否。月守には引き続き秘匿する。幹部でもないのに異世界を渡る力を持つなど、利用されるか、消される可能性もある。彼女がどのような素性であれ、それを理由に辛い思いをさせるわけにはいかない」


「私も秘匿には同意です。理由は異なりますが……澪さんの力も本も、我々にとって切り札になり得ると思うので」


「貞くんはいつも合理的やなぁ。ボクは頼光さんの考えに賛成やわ」


「澪ちゃんが傷つくのはオレも嫌だな。損得って言い方はアレだけど……彼女が特別でも、オレたちが困ることは何もないよね?」


「ええ、今のところそうだと思っています」


「彼女は、もう俺たちの仲間だ。これから鬼討伐に本格的に踏み込んでいく中で、彼女の助けが必要になるかもしれない。……皆で、彼女を守ろう」


 頼光がそう言い終えた直後、澪が茶の支度を終えて戻ってきた。


「おまたせしました。お茶、淹れてきましたよ」

 広間に戻った澪は、一瞬静まり返った空気を感じ取る。


(……間の悪いタイミングに入っちゃったかな)


 そう思いつつも、表には出さずに笑顔を浮かべ、静かに湯呑みを配っていった。頼光らも澪の話題を口にすることなく、茶を飲みながら手土産の団子に舌鼓をうち、束の間の安らいだ時間を過ごした。





 夕餉を終えた夜更け、澪はふと思い立ち、すでに自室に戻っていた貞光のもとを訪れた。


「碓井さん、少しお時間をいただけますか?」


 障子が静かに開き、貞光が顔を出す。


「ええ、どうされましたか? 本のことで、何か気になることでも?」


 手元に例の本を抱えているのを見た貞光が、澪の意図を察する。


「はい、一つ、お聞きしたいことがあって……」


「わかりました。部屋……は、あらぬ誤解を生むかもしれません。外の静かな場所にでも参りましょう」


 一瞬、部屋へ招き入れようとした貞光だったが、頼光の顔が脳裏をかすめ、庭園へと向かう判断を下す。澪は貞光の逡巡に気づかぬまま頷き、二人は月影離宮の奥にある庭へと足を運んだ。


 池に浮かぶ睡蓮は夜の帳に包まれて蕾を閉じている。水面は時折吹く風に揺れ、わずかに星明かりを反射していた。


二人その様子を眺めつつ、澪が話を切り出す。


「実は……これは、私が元々知っていた物語の話なのですが――“大江山”という場所で、頼光さんと皆さんが鬼を討つという物語があるんです」


「大江山……。聞いたことのない地名ですね」


 貞光の答えに、澪は少し肩を落とした。


「そう……ですか…」


「でも、それをわざわざ私に話したのには、何か理由があるのですよね?」


「ええ。実は、土の国で“羅生門”という名の場所が鬼の目撃地として挙がっていたと聞いて、それに聞き覚えがあったんです。“羅生門”は、別の物語の名前でもあり、実際にこの本にもその表題だけが記されています」


そう言って、貞光には読めないとわかりながらも澪は羅生門というタイトルが書かれたページを貞光に見せる。


「それが”羅生門”と書かれているんですね」


「はい。もともと、私が知っているみなさんの登場するお話というのは”酒呑童子”という物語でした。ですので、今追っている鬼が酒呑童子なのだろうと思っていました。しかし羅生門というのは別の鬼を倒す物語になります。酒呑童子というのが親分のような存在で頼光さんたちは先にその鬼を倒し、羅生門に出る鬼はその後に倒すことになるはずでした。ですが今、この本に”酒呑童子”の文字はありません」


貞光は澪から語られる新しい情報を頭に入れながら咄嗟に咀嚼していく。


「ということはすでにあなたの知る話の時系列とは異なっている、ということですか」


「そうです。ですが、それで酒呑童子という鬼がいないと思うのは早計かなと思ってまして」


「赤髪の鬼のほかに、黒髪の鬼が現れたからーーですか?」


「はい、おっしゃる通りです。それに本にも白紙が多く続いている箇所がありまして、それがまだ表題の表れていない部分だとすると、酒呑童子の話もないのではなくてまだ表れていないだけ……そう考えています」


「なるほど。貴女の話をもとにすると、赤髪の鬼が羅生門に出現する鬼で、先日あった黒髪の鬼こそ酒呑童子と呼ばれる鬼かもしれないということですね。もし月世に大江山という場所があれば、そこが黒髪の鬼に関係しているのではと」


「え、ええ。まだ断定はできませんが……」


「大江山という名前に聞き覚えはないのですが、それは私自身まだこの世界の地名を把握していないからこそ。少しこちらで調べてみます」


「ありがとうございます。」


「それにしても」


 話が一段落いちだんらくすると、貞光が少し間を置いて、ぽつりとこぼす。



「望月さんって意外に冷静ですよね。単身で訳のわからぬ状況に放り込まれているというのに」


「そう……見えますか?」


「ええ。まだここに来て日も浅いのに、状況を受け入れて、ある程度客観的に考える視点もお持ちだなと思っています」


貞光のその言葉に、澪はふっと笑う。


「ありがとうございます。もしそう見えるなら、碓井さんの存在は大きいかもしれないです」


「私ですか?頼光さんじゃなく?」


「あ、当然今の待遇は頼光さんの取り計らいなくてはありえないと思うので、そこは当然感謝してもしきれませんよ!」


澪は焦ったように手を振りつつ、そのまま続ける。


「けれど、碓井さんは私が初めに語った不十分な話を見抜いた上で、それをご自分の中に留めていてくださっています。それだけでなく、その後も本に起きた変化やそれを受けての気づきを伝えれば、的確にそれをまとめてくださる。碓井さんは感情と事実を切り離して考えるのが当たり前と言われてましたが、そうやって合理的なものを最優先にする碓井さんの姿勢が、私にとって安心感があり、今置かれている状況を俯瞰して捉えられる理由だと思うんです」


「そう……ですか。合理的なことが安心だなんて、変わったことを言いますね…」


「確かに、そうですよね。普通は共感してもらったりする方が安心しますよね。…でも、碓井さんは仮に私のことを嫌っても、嫌いだから貶めようという理由で今伝えている情報をあけすけに話されたりしない。そういう人だから、きっと頼光さんにも私の本の話をされてると思うんですけど、それは必要なことだけ伝えてるんじゃないかと思うんです。違いますか?」


「おっしゃる…通りです…」


貞光は今まで言われたことのない指摘に困惑していたが、澪は言いたいことが言えてスッキリしたとでもいうように柔らかく微笑んでいた。


「私は…望月さんよりも若輩者ですが、そんな奴がそのような態度で生意気だとは思わないのですか?」


「うーん…私は思いませんね…。確かに私が同い年の時と比べて碓井さんは比べ物にならないくらい聡明なので、どうしたらそんな風に育つんだろう?と驚きはありますが、尊敬こそすれ生意気だなんて思いませんよ。こんなに助けてもらってますしね」


なおも助かっていると朗らかに言う澪に、貞光はますます困惑し、心なしか心拍数が上がっていた。


「……変わった人だ。……話は以上ですよね? もう遅くなってきましたし、お互いまだ旅の疲れも残ってると思いますので、休みましょう。私はこれで。」


「あ、お、おやすみなさい!」


貞光は矢継ぎ早に話してから立ち上がり、軽く一礼をしたかと思うとそそくさと廊下を進んでいってしまった。


「……押し付けがましいことを言いすぎたかな…?」


本心と感謝を伝えたつもりだったが、それこそ合理性を重んじる貞光にとってはいらない感情の押し付けだったかもしれない。

そんなことを考え、澪は申し訳なさを抱きつつ、しばらく夜の帳が下りた月影離宮の庭園で貞光の去った後の暗闇を見つめていた。

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