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第五章:忍び寄る影(八)

頼光が去るのを見届けると、星乃ほしのはどこか腑に落ちない表情で口を開いた。


「この期に及んで、また新たな鬼だなんて……。赤髪の鬼すらまだ始末できていないのに、源氏げんじの連中は動きが遅いうえ、厄災まで引き寄せてくるのではなくて? 本当に、辟易するわ。ねえ、卯木さん?」


考え事に沈んでいた卯木は、唐突な呼びかけに少し戸惑いながら顔を上げた。


「え、ええ……そうね。ただ、あまり悪し様にはいうものではありませんよ。長らく私たちが手をこまねいてきた問題を、彼らに託しているのだから」


「卯木さんは、いつもそんなふうに寛容ですね。でも、そういうお優しさが仇にならなければよいのですが」


星乃は意味ありげに笑みを浮かべながら続ける。


「ところで、この“黒髪の鬼”について、月守命には私から報告して差し上げてもよろしいかしら?」


「……ええ、構わないわ。ただ、ご体調がすぐれないご様子だから、機を見て、無理のないように」


「心得ておりますわ。月守命の機嫌を損ねるなど、誰も望みませんもの」


星乃はそう言い残すと、広間にいた他の幹部たちにも退席を促し、自らもすっと身を翻して去っていった。


残された卯木は、ぞろぞろと退出していく一同を目で追いながら、先ほどの頼光の報告に意識を向けていた。


(黒髪の鬼……きっと”彼”のことだわ。人里に姿を現すことなどないと思っていたのに)


思わず息を呑み、ひとりごちる。


「月守命が……荒れなければいいけれど」


星乃が進んで報告役を買って出てくれたことに、少なからず安堵している自分がいた。





月の御所での報告を終えた頼光は、ひとり月影離宮への帰路についていた。政殿でのやり取りを反芻しながら、いつの間にか思考は澪のことに移っていた。


(澪さん……今日も少し疲れた顔をしていたな。慣れぬ土地に、過酷な旅。無理もない)


ふと、昨夜貞光から投げかけられた言葉が蘇る。


”「私の知る頼光さんらしくないですね。ひとりの女性にここまで入れ込むなんて」”


貞光も綱も、幼き頃から苦楽を共にしてきた仲間だ。そんな彼らの前で特定の女性に心を寄せる姿など、今まで一度として見せたことはなかった。


(それでも、彼女に特別な存在だと思われるためならば、家臣の目を気にしてなどいられないんだ)


月守に澪の存在を伝えないということも、貞光の手前月守に何をされるかわからないということを理由に挙げたが、なんとも思っていない人間ならばきっと自分は存在を明るみにしていただろう。言わないのは、言えば今のように一緒に過ごすことができなくなるから、その理由しかない。


(こんな打算的な考え、彼女には知られないようにしなくてはーー)


自嘲気味に小さく笑ったその時、ふと、ある考えが浮かんだ。


(……そうだ。せっかくだしお土産でも買って帰ろうか)


澪の喜ぶ顔を想像しながら、頼光は市へ向けて足を向けた。





頼光が市について、何を買おうかと匂いを頼りに歩いていると、ふと、見慣れた背格好の二人を見かける。


(金時と卜部殿だよな?あんなところで何をしているんだ?)


人混みの向こうにもう一人の姿を認めた瞬間、頼光の足が止まった。


(あれはーー澪さん?3人で買い物に来ていたのか?)


男性二人の間に挟まれ、金時が嬉々として何かを話し、それに澪が笑って答え、季武が横から口を挟む、そんなやりとりをしながら頼光のいる方へ向かって歩いていた。


(金時は元々女性好きだからともかく、卜部殿も澪さんには初めから好意的だったな。澪さんも心を許しているように見える)


楽しそうに笑う3人の姿を見て、頼光は胸にどす黒い染みが広がるのを感じていた。

苦々しさを飲み込みつつ、3人に声をかけようか逡巡していると、中心にいた澪と頼光の視線がぶつかったーー。





季武、金時、澪は小腹を満たし、そろそろ帰ろうかという時、澪が見知った顔の人物の姿を見つけた。


「頼光さん!」


「え?ライコウさん?あ、ほんとだ。おーい!」


澪が気づいた後、一拍置いてから金時も頼光に気づき、彼に向かって手を振る。

二人に声をかけられてから、頼光は一瞬驚いたような顔をした後、嬉しそうに微笑えみを返した。


「やあ、奇遇だな」


「ほんとだね〜、オレたちさっきまで澪ちゃんの着物選んでたんだよ。」


「頼光さんもお帰りの途中ですか?」


「ああ、せっかくだから皆にお土産でも買って帰ろうかと思って寄ったんだ」


「さすが頼光さん。ええ考えやね」


「いいですね!碓井さんと渡辺さんは甘いものお好きでしょうか?」


「そうだなぁ…。確か貞光は頭の回転が良くなるからと好んで食べているが、綱はあまり好んで食べないかもな。ただ二人とも団子や饅頭は好きだったと思う」


「じゃあ、買うて帰れそうなお団子とかお饅頭探しましょか」


「オレたちの分もついでに買って一緒に食べよう〜」


「ふふっ、いいですね」


そう言って4人は再び市へ戻っていった。3人の後を追うように歩く頼光に、澪はふと頼光が視界にいないことに気づき、何気なく後ろを振り返る。


すると、頼光もちょうど澪を見ていたのか、ばったりと目があった。


(ーーっ!)


頼光が目があったことに動揺していると、澪はそのことに気がついていないのか、頼光の隣に並び、声をかけた。


「頼光さん、お疲れ様でした。何か月の御所で良くないこと言われたりしましたかーー?」


澪は気遣うような表情で頼光にそう問いかけた。


「ありがとう、大丈夫だよ。どうして?」


「そうなんですね!よかったです。いえ、先ほどお見かけした時、少ししんどそうな様子に見えたので……」


「そう…。ちょっと考えごとをしてたから、そう見えたのかもしれないね。俺は元気だよ、ありがとう」


「頼光さんもご自分にしっかりお土産買って帰りましょう。甘いものはお好きですか?」


「うん…好きだよ」


「ふふっ、よかったです。じゃあ、しっかり選ばないとですね」


「澪ちゃーん、あそこに団子屋がありそうだから、見てみない?」


澪が金時に呼ばれ、前方の金時と季武の会話に混ざる。

頼光は、歩くたび揺れる艶やかな後ろ髪とそこから覗くうなじを愛おしそうに見つめていた。





あたりが薄暗くなり、昼間の熱が和らぐころ、星乃ほしのは月守命の寝所を訪れていた。

外よりもなお暗い室内では、行灯あんどんのほのかな灯りが御帳台みちょうだいとばりをぼんやりと照らしている。


「月守命、ご体調はいかがでしょうか?」


御帳台の向こうへ向かって星乃が声をかけると、月守命は横になったまま顔だけをこちらに向けた。


「あまり良くはないわね。……源頼光はもう戻ったの?」


「はい、昼頃に報告を終えて下がりました。少々気になることがございましたので、卯木うつぎさんに代わってご報告に参ったのですが……このままお伝えしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、聞かせて」


月守命は上体をゆっくりと起こし、傍らの檜扇ひおうぎを手に取る。ゆったりと扇ぎながら、話に耳を傾ける姿勢をとる。


「かしこまりました。源氏たちが土の国から戻る途中、以前に報告されていた“赤髪の鬼”とは異なる鬼に遭遇したそうです」


その言葉に、月守命の手が止まり、わずかに眉をひそめる。


「別の鬼……? 何か特徴は?」


「はい。髪は黒く、一部に赤色が混ざっていたと」


「黒髪に赤……。その者が行方不明事件と関係していると?」


「そこまでは断定できないようですが、今回の調査で、行方不明者たちは事前に“見知らぬ人物”と会っていた形跡があったとのこと。そのため失踪は自発的である可能性もある、と」


「……その黒髪の鬼が関与しているならば、赤髪の鬼より厄介かもしれないわ。次に源頼光が来たら、“その鬼を優先して調べよ”と伝えてちょうだい」


「はっ、承知いたしました」


「報告は、以上?」


「は、はい。これにて」


「なら、もう下がってちょうだい。……まだ本調子ではないの」


「し、失礼いたしました。お時間を頂き、感謝申し上げます。それでは——」


月守命の冷ややかな声に、星乃はわずかに身をすくませながら、静かに寝所を後にした。


一人残された月守命はしばらく無言のまま天井を見上げていたが、やがて、檜扇を手から放り投げるように畳へと打ち付けた。


「黒髪の鬼……! 忌々しい。大人しくしていればいいものを。人里に現れるつもりなら——容赦しないわ」


低く吐き捨てた声は、怒りとも恐れともつかぬ熱を帯び、月守命の瞳はぎらついた光を放っていた。


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