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第五章:忍び寄る影(五)

 こうして翌朝を迎えた。


 澪は旅の疲れがたたったのか、昨晩は布団に入るなり泥のように眠りに落ち、夢を見る暇もないまま朝を迎えた。

 障子越しに差し込む柔らかな光が、徐々にまぶたの裏を照らす。澪はゆっくりと目を開け、上体を起こす。


 ふくらはぎに残る重だるさに、歩き通しの影響を実感する。


(マッサージしてから寝ればよかったな……)


 そう思いながら、気休め程度に足を揉み、体全体をほぐすようにストレッチをする。

 寝起きのぼんやりとした頭で、今日の予定を思い描いた。


(きっと朝食の席で、土の国での出来事を皆さんに報告することになるよね)


 身支度を整えながら、ふと例の和綴じ本を手に取る。

 物草聖と出会って以降、『ものくさ太郎』の物語がページに現れていたが、それ以降、新たな書き足しはなかった。


 パラパラとめくっていた指が、ある見出しで止まる。


 ――『羅生門』


 一昨日、聖が鬼の目撃情報があると語っていた地名だ。

 そこには表題のみが記され、中身の文章は白紙のまま。


 澪の知識では、羅生門に現れる茨木童子いばらきどうじは、かつて酒呑童子の家来だった。

 酒呑童子が討たれた後に逃げ延び、のちに渡辺綱に討たれた――という流れになっていた。


 そのため澪は、物語上の順序として、まず酒呑童子の討伐が先だと思い込んでいた。

 けれど「羅生門」というワードがこのタイミングで現れたのなら、もしかしたら“茨木童子に該当する鬼”が、次なる標的なのかもしれない。


 他のページも見返す。

『こぶとり爺さん』『浦島太郎』『羽衣伝説』ーー

 この中でこぶとり爺さんは鬼が出てくる話だが、鬼討伐の話ではない。


 最後に『竹取物語』の表題があるのは変わらなかったが、それ以前の数ページにわたり異様なほど白紙が続いていた。


(もしかして、『酒呑童子』の話はあるかも知れないけど、今はタイトルごと伏せられてるってこと?)


 時系列が混乱している今、この本に記された御伽草子が頼光たちに有益な情報になるとは言い切れない。

 そこでふと澪があることに気づく。


「羅生門」が実在する場所ならば――


(“大江山”も、存在しているかもしれない)


 澪の頭に浮かんだのは、かつて酒呑童子たちの根城とされ、最終的に頼光たちが鬼を討ったとされる地名。

 それが本当にあるなら、今後の鬼討伐において重要な手がかりになるかもしれない。


(調べてみる価値はありそう。……今日、貞光さんに相談してみよう)


 そう決意し、澪は静かに本を閉じた。



 *



 澪が広間に向かおうと廊下を歩いていると、特徴的な髪色の後ろ姿が見えた。


「卜部さん!おはようございます」


 後ろから声をかけると、季武は立ち止まり、そのままゆっくりと後ろを振り返った。


「澪さんか、おはよう。よう眠れた?」


 その目はまっすぐ澪を見つめており、柔らかな笑みとともに言葉を返してくる。


 その何気ない一連の仕草に、澪はまたも既視感を覚えていた。


(やっぱり、誰かに似てる気がする……でも生きている時代、ましてや時空も違うかも知れないし、会ったこと、あるはずがないのに)


「澪さんどないしたん?そない見つめられたら照れるやんか」


 気づけばじっと見つめていたらしい。澪はハッとして、慌てて視線を逸らし謝罪する。


「す、すみません!失礼しました!」


「いやいや、見られて嫌な気はせんからかまへんけど、見て得することもあらへんやろ?」


「そんなこと!」


 澪は一拍置いてから、少しためらいがちに続けた。


「その……こんなことを言われても困ると思うんですが、さっき振り返った卜部さんが一瞬私の知ってる人のように感じて、誰だっけ?と思い返してたんです。そのせいで無意識に見入ってしまいました。すみません……」


 澪は卜部の反応を見るのに躊躇して、目を合わせず彼の胸元あたりを見ながらやや俯きがちにそう答えた。


 何を言われるだろうと身構えていたが、二人の間に沈黙が流れる。

 おや?と思い澪が恐る恐る顔を上げると、卜部は不思議な顔で澪を見つめていた。


 目があって、自分が何か言う番だと気づいたようにハッとしたかと思えば、季武はいつも通りの笑顔に戻る。


「そう…やったんやね。その誰かさんは……誰のことかわかったん?」


「いえ…、分かりませんでした。それに、卜部さんとはここで初めてお会いしたのに、知り合いに似てる、なんて自分の知らない話をされても困りますよね」


 澪は申し訳ない気持ちを込めつつ苦笑していると、季武がいつの間にか真剣な顔で澪に告げる。


「…ボクは困らへんよ。それで澪さんが懐かしさ感じて、ここの居心地がちょっとでも良くなるんやったら」


「ーーえ?」


 咄嗟に言われた言葉の意味が理解できず、澪が聞き返した時には、

 季武はもう前を向いて歩き始めていた。


「さっ、ずっとここにおったら朝ごはんが冷めてまうわ。澪さんもおいで」


 そう言う季武の背中からは、この話題はこれで終わり、という意思を感じ、

 澪は何も言わずにその背について行った。



 *



 朝食の席にはすでに頼光、綱、金時が揃っていた。貞光の姿は見えない。


「季さん、澪ちゃんおはよう〜。澪ちゃん疲れてない?体大丈夫?」


 澪と季武が入るなり、金時が声をかける。


「おはようございます。少し足に痛みはありますが、体は元気です!」


「おはよう、貞くんは今頃まだ夢の中やな?」


 季武が貞光のいないことに気づくと、綱が堅い調子で返す。


「はい。まったく……今日は報告もあるというのに」


「そう言ってやるな、綱。貞光も疲れているんだろう。寝かしてやってくれ。昨日も遅くまで起きていたからな」


「えー、そうなの?てか、なんでライコウさんがそのこと知ってるの?」


「あいつが俺と二人で話したいということで、皆が寝静まるのを待っていたんだ」


「珍しいこともあるもんやねぇ。じゃあ、大体貞くんが知ってる情報とか考えてることは頼光さんには伝わってるって思ってええんかな?」


「ああ。俺から話せることは全て話す。卜部殿、金時、食べながらでいいから聞いてくれ」


「りょーかい!」


 こうして朝餉を囲みながら、頼光が土の国や物草家で起きたこと、帰りに話に聞いていない鬼を見つけたこと、それから今後の動きについてを金時と季武に説明した。


 話を一通り聞いた季武は天井を見上げながら考えを整理するように言う。


「ってことは、行方不明が起こったことは確かやけど、えらい脚色されてて、その真相を掴むために頼光さんらは一杯食わされたってことやな」


「そういうことだ。鬼の手がかりを持っていただけ、まだ良かったのかも知れないが。そういうわけで、俺は今日にでも月の御所へ出向き、今後の方針について報告するつもりだ」


「本命の火の国と、建前の水の国に行くゆうことやね。」


「ああ。水の国の訪問も建前とは言うが、ここへ来てからまだ一度も訪問したことがないから、様子を見ておく必要はあるだろうと思っている」


「どっちから行くかは考えてはるん?」


「それが問題だな。正直、本命である火の国に行き、さっさと鬼討伐を終わらせてしまうと言うことも考えていたんだが、昨日あった鬼のように、相手を動けなくする力を持っているとしたら、一筋縄ではいかないだろう。あらかじめ水の国がどのような立ち位置にいるのかや事前の情報収集はしておきたいと思っている」


「聞いてる話やと、水の国の当主”竜宮家りゅうぐうけ”は、占いを生業にしてる女性みたいやから、性質上一番月守家に近くて、忠誠を誓ってるーゆう話みたいやけど」


「なるほど……。ならば月守の使者である我々に対し、好意的である可能性は高いかーー」


「貞くんにも聞いたほうがええと思うけど、頼光さんの言うとおり、先に水の国に行ってみるんも手ぇやと思いますわ」


 ”竜宮家”と聞いて、澪は二人の話を聞きながら、今朝見た本の『浦島太郎』を思い出す。もしかすると竜宮城に関係しているのかも知れないと考えていた。


 季武の話に同意するように、頼光が相槌を打つ。


「ああ、これまで鬼は人より長命で身体能力が高いと言うことは聞いていたが、特殊な力があるとなると、無策で挑んで勝てる相手ではないだろう。そのあたりの情報も集めておきたい」


「ねーねー、もし水の国に行くんだったらさ、次は俺が行きたい!」


 二人の話にある程度区切りが通いたところで金時が目を輝かせながら言う。

 そんな金時に季武がすかさずツッコミを入れる。


「金ちゃんは水の国のご当主に会いたいだけやろ」


「ええ!?そ、そんなことナイデスヨ〜」


 あからさまにごまかすように金時が口笛を吹きながらごまかす。


「金時の希望は……、頭の遥か片隅に置いておこう……」


「えー、遥か片隅だったら忘れちゃうじゃん!」


「坂田殿がもし水の国に行くなら、私はこちらに残りますので」


 綱が真面目な表情でそう言い添えると、頼光は静かに頷いた。


「わかった。……俺からの話は以上だ。では、俺は月の御所に行く準備をするからここで失礼する。皆は羽を休めてくれ。」


 そう言って頼光は話を切り上げ、広間を颯爽と出て行った。

 澪は目の前の食事を食べすすめながら、自分がやるべきことについて考えていた。

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