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第三章:こうして物語の中へと(四)

<登場人物>

望月澪もちづきみお:主人公、大学4年生

源頼光みなもとらいこう:酒呑童子を倒した逸話のある、平安時代の武士。チームリーダー

卜部季武うらべすえたけ:陰陽師、頼光と共に酒呑童子を倒した四天王の一人。

坂田金時さかたきんとき:力を買われてこのパーティに参加した民間人。四天王の一人。

碓井貞光うすいさだみつ:頼光の家臣、参謀。四天王の一人

渡辺綱わたなべつな:頼光の家臣。四天王の一人、羅生門の鬼も倒したとされる。

 朝靄が晴れ、澪たちの一行は山道を抜けて緩やかな尾根道に差し掛かっていた。

 風が静かに梢を揺らし、鳥のさえずりが時折聞こえるだけで、人の気配はどこにもなかった。


「……あの、源さん。ひとつ、教えていただきたいことがあります」


 頼光が歩みを緩め、後ろを振り返る。


「どうしたんだい?」


「皆さんが追っている”鬼”について、まだ詳しく知らなくて……教えていただけないでしょうか?」


 頼光は少し歩みを止め、風の通り道のような開けた場所で足を止めた。貞光も綱も無言で立ち止まり、軽く首を縦に振る。


「そうだね。君には話していたほうがいいだろう」


 頼光の声はいつも通り柔らかかったが、その眼差しは澪の目をまっすぐ捉えていた。


「……俺たちが追っている対象、”鬼”は互いに名をつける習慣がないらしく、名を持たないそうだ。その鬼の特徴は、燃えるような真っ赤な髪と瞳、それに頭の角と聞いている。」


「私たちがここに来る以前には人も鬼も無差別に殺し、手をつけられなかったそうです。月世の中で武力に長けている一族はいるらしいんですが、彼らを持ってしても倒せなかったんだとか。」


 貞光が淡々と語る。風がぴたりと止まり、山の空気が凍るように澪には感じられた。貞光は続ける。


「そんな中、次第に被害が止まって、死んだのかもしれない、と考えられていたところに、最近になって行方不明者が続々と現れるようになった。赤髪の鬼の目撃証言もあって、再び悲劇が始まったと思い、月世の人間は私たち現世の人間に助けを求めたというわけです」


「赤髪の鬼ですかーー」


(物語通りだと、それが酒呑童子ってことかなーー?)


 澪が思案に耽る姿を見て、貞光は澪が物語を思い出しているのかと様子を伺っていた。その視線に気づき、澪は気まずさから思考を止める。


「澪さんには我々がついているから、心配しないで」


 澪が考え込む様子が怯えていると感じた頼光はさりげなくフォローを入れる。


「あ、ありがとうございますーー」


 澪はいたたまれなさを感じつつ、一同は歩みを再開した。



 しばらくして、川沿いのひらけた空間を見つけた一同は少し休憩を取ることにした。澪は火照りを冷やすため、頼光らから離れすぎない程度に川辺に近づき顔を洗っていた。


 その様子を見るともなしに見守る頼光に貞光が近付く。


「頼光さんって、どうして望月さんに初めから親切なんですか?」


 目の前の疑問を解消したい思いから、貞光は頼光に真正面から尋ねる。頼光は驚いた表情を見せるが、さして動揺するそぶりもなく応じる。


「そうだなーー。澪さんが月世に初めてきた時、迷子のようだったからーー。悪い人には見えなかったし、俺が道標になれればと思ってね。」


絶妙にはぐらかしたような返答に貞光は首を傾げる。


「悪い人には見えないだけでそんなふうに思いますかね…?」


「うん?」


 これ以上は喋らないとでもいうように笑いながら無言の圧を加え、貞光は観念した。

二人の視線の先には手拭いで顔を拭う澪の姿があった。


 ちょどその時、綱が澪の前に歩み寄っていた。



 顔を上げた澪の視線の先には、綱が立っていた。何か話がありそうな様子に澪は綱を見つめると、綱が口を開く。


「望月殿、出立前に護身術の心得があると言われていましたが、どのような武術だったのか聞いてもいいだろうか?」


 女性が武術をすることが意外だったのか、今朝のやりとりが気になっていたようだった。


「私が学んでいたのは“合気道”という武術でして、相手と争うためじゃなくて、相手の力を受け流したり、無力化したりすることを目的にしています。力と力でぶつかるんじゃなくて、相手の力の流れを感じて、その勢いを使って動きを導くんです。たとえば斬りかかってくる人がいたら、避けて、腕をとって、倒す……そういう感じです」


「力を受け流す…か」


綱は興味深げに眉根を寄せた。


「それは、貴殿のような女性でも私のような男を打ち負かすこともできるのか?」


「そうですね。接近戦に限りということにはなりますが、襲われた時に身をかわす術はいくつかあります」


「なるほど……。ぜひその技を拝見したい。私にかけていただくことはできないだろうか?」


「えっ!? 渡辺さんに…ですか?」


綱は至って真面目に澪に頼んでいた。武道を志す者としての真剣な眼差しだった。


澪も咄嗟に何があっても対応できるよう体を慣らすのは意味があると思い、応じることにした。


「……わかりました。では、渡辺さん、私に掴み掛かろうとしていただけますか?」


「構わないが…大丈夫なのか?」


「ええ、問題ありません」


澪はそっと息を吸い、構えをとる。片足を引き、重心を低くし、合気道の代表的な投げ技「入身投げ」を思い出す。


構えた澪を正面に据え、次の瞬間綱は澪に向かって腕を突き出し掴みかかった。


ーーと、その時。


ドスンッ、と音を立てて、柔らかな土の上に綱の体が転がった。澪自身も驚いて思わず手を差し伸べた。


「す、すみませんっ……!」


しかし綱はすぐに体を起こし、袴の埃を払うと、深く一礼した。


「いえ…見事でした。なるほど、これが“合気”……理にかなっている。納得いたしました」


 少し髪が乱れていたが、綱の表情は清々しい。敬意を持った眼差しで澪を見つめていた。


綱の乱れた髪に土埃がついたままなのを見て、澪が咄嗟に手を伸ばす。


「渡辺さん、髪に土が…」


「ーーっ!も、問題ない!」


急に澪の接近に動揺し、綱が大袈裟にのけ反る。


「すみません!驚かせるつもりじゃなかったんです…」


「い、いやーー。す、すまない、気にしないでくれ」


そう言って綱は自分で頭の土を慌てて払った。



澪と綱が言葉を交わした後、唐突にお互いが構え向き合ったと思ったら、次の瞬間綱が澪の手で地面にひっくり返っていた。


その一部始終を先ほどの場所から遠巻きに見ていた頼光と貞光は、呆気に取られる。


「望月さん、本当に武術の心得があるんですね。意外と私たちの助けは必要ないのかもしれませんね」


「そ、そうだな。ーーしかし、敵が武器を持っていないとも限らない。油断はできないだろう。」


「それはそうですね」


目線の先の倒れた綱は迅速に立ち上がってた。その綱の頭に澪が手を伸ばそうと近寄ると、綱が顔を赤らめながら慌てたように仰け反る。


「……」


その様子を見守る頼光の顔からは笑顔が消えていた。


(やっぱり、望月さんは頼光さんにとって特別なんだよなーー。一目惚れするようなお方ではないと思ってたんだけど、どういうことなんですかね。)


頼光を静かに見つめながら、貞光は澪が傾国の美姫ではないことを静かに願った。

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