第三章:こうして物語の中へと(三)
<登場人物>
望月澪:主人公、大学4年生
源頼光:酒呑童子を倒した逸話のある、平安時代の武士。チームリーダー
卜部季武:陰陽師、頼光と共に酒呑童子を倒した四天王の一人。
坂田金時:力を買われてこのパーティに参加した民間人。四天王の一人。
碓井貞光:頼光の家臣、参謀。四天王の一人
渡辺綱:頼光の家臣。四天王の一人、羅生門の鬼も倒したとされる。
月世に来て、三度目の朝。
そして、月影離宮の外へと踏み出す「初めて」の朝が、静かに訪れた。
空はまだ淡く白んでいる。肌寒い空気が布団の隙間から忍び込む。まどろむ澪は部屋の外から呼びかける女中の声で目を覚ました。
起床後手慣れた手つきで胸にサラシを巻き、仕立ててもらった袴と単衣に着替え、背筋を伸ばす。しっくりと体になじむその着心地は、かつて合気道をしていた頃の道着を思い出させた。
(よし、これで大丈夫ーー)
そう自分に言い聞かせるように息を整え、祖母の御伽草子を包みに忍ばせて、澪は廊下へ出た。
ひんやりとした空気が頬を撫でる。静寂に包まれた離宮の回廊を抜け、広間に入ると、すでに頼光たちの姿があった。
「澪さん、おはよう。袴、よく似合ってるね」
深緑の着物に軽鎧をまとい、黒い鞘の刀を腰に携えた頼光が微笑みかけてくる。その姿はまさに武人の装いだが、声色にはいつもの穏やかさが滲んでいた。
「源さん、渡辺さん。おはようございます。……ありがとうございます」
控えていた綱も、軽く一礼をしてから口を開く。
「望月殿。出立前に、お伝えしたいことがーー」
「は、はい!」
重々しい声に澪も居住まいを正す。
澪が姿勢を正すと、綱はまっすぐな視線で言葉を続けた。
「昨日は、私の思い込みで、貴殿に疑念を向け、申し訳なかった。貴殿が話した経緯を聞き、少なくとも我々を害する意図でここに来たのではないと理解した」
きっぱりとしたその口調に、澪は内心驚きながらも、素直に頭を下げた。
「こちらこそ、言い過ぎてしまって……ごめんなさい。どこの誰とも分からない人間を信じるのは、当然難しいと思います。だから、気になさらないでください」
「……この無礼は、旅の道中で挽回いたす。貴殿の身に害が及ばぬよう、私が責任を持つ」
その宣言に、どこか騎士のような潔さを感じていると――
「ふぁ〜……、なんか渡辺さん、婚姻の誓いみたいな台詞ですねー」
あくび混じりに、貞光が広間へ入ってきた。白と水色の軽装束に身を包み、腰には細身の刀と巻物入りの文庫が揺れている。
「なっ……!事実無根だ!」
綱が顔を赤らめながら否定すると、頼光が肩をすくめるように貞光へ声をかける。
「おはよう、貞光。お前は相変わらず朝が弱いな」
憤る綱を横目に頼光が貞光に声をかける。
「だって今日いつもより早いじゃないですか。このくらいは許してくださいよ」
悪びれる様子もなく応じる貞光。その直後、季武と金時も普段通りの姿で現れ、広間は一気に賑やかになった。
「澪ちゃん、おはよー! 袴、すっごく似合ってるじゃん!」
金時は上から下まで澪を眺めたあと、ふと胸元に視線を留める。
「……あれ? 澪ちゃん、胸、小さくなってない?」
あまりに率直な問いに、澪は一瞬ぽかんとした。周囲の空気が微妙に凍りつく中、頼光が思わず頭を押さえた。
「……金時、お前はもう少し配慮を学べ」
「えー? でもみんな気になってたでしょ? むしろ聞かない方がむっつりだと思うんだけど〜。ねっ?」
「澪さんに同意を求めるな」
呆れ気味の頼光をよそに、純粋な好奇心で聞いているためか、いやらしさがあまりなかったので、
澪も快く答えを返す。
「大丈夫です。これは、晒し布を巻いているんです。女性であることが目立たない方がいいと思って……小姓に見えればと」
「なるほどー。確かに遠目で見たら女性って分からないね!でもそれって痛くないの?」
初めて知る知識に金時は好奇心からさらなる質問をする。
「少しだけ。でも、慣れてるので平気です。護身術をやっていた時も、いつもこうしてましたから」
「護身術?」
綱が思わず訊き返すと、金時が自慢げに口を挟む。
「そうそう、澪ちゃん元いた世界で昔から武術習ってたんだって!」
自分の方が知ってるぞと言わんばかりのドヤ顔で金時が綱に説明する。
「金ちゃんそろそろみんな出発する時間やから、そのくらいにしとき。澪さんも堪忍な」
「金時の指導は卜部殿に任せるとしてーー。貞光、そろそろ起きろ。出発するぞ」
周囲の盛り上がりをよそに広間の隅でこれ幸いとうとうとしていた貞光が目を覚ます。
「では、留守は任せた。卜部殿、金時。」
「心配せんといてください」
「ちゃんとオレたちもこっちで調査進めとくから〜」
頼もしい二人の返事を背に、頼光、貞光、綱、そして澪の四人は――
静かな朝の光の中、土の国へ向けて歩みを進めた。
***
「――主様、源頼光の一行に動きが。行き先は、土の国のようです」
「……そうか。報告、ご苦労」
報告を受けた男は、金の光を宿す瞳をわずかに細めた。長く流れる漆黒の髪が風に揺れ、その毛先だけが炎のように赤く染まっている。まるで朝焼けに溶け込むように、影と光の狭間にたたずんでいた。
「ようやく動き出したか……。果たして、奴は我らの障壁となるか、それとも――《礎》となるか」
静かに立ち上がり、男は土の国の方角を射抜くように見つめる。
「ーー見極めさせてもらうぞ、源頼光」
その言葉を最後に、男は音もなく身を翻し、闇へとその姿を消した。




