第三章:こうして物語の中へと(二)
<登場人物>
望月澪:主人公、大学4年生
源頼光:酒呑童子を倒した逸話のある、平安時代の武士。チームリーダー
卜部季武:陰陽師、頼光と共に酒呑童子を倒した四天王の一人。
坂田金時:力を買われてこのパーティに参加した民間人。四天王の一人。
碓井貞光:頼光の家臣、参謀。四天王の一人
渡辺綱:頼光の家臣。四天王の一人、羅生門の鬼も倒したとされる。
貞光と別れた後、澪は一人、自室で旅支度をしていた――とは言っても、持ち物は本くらいで、準備と呼べるものはほとんどなかった。
そんな中、とあることで頭を抱えていた。
(……このままの格好じゃ、さすがに無理があるよね)
昨晩、女中に用意してもらった小袖は、室内では問題ないが、旅には不向きだ。それに、離宮には女性用の旅装束など揃っていないかもしれない。女中に頼むのも、申し訳ないように思えた。
「……でも、今のうちに何とかしなきゃ」
意を決して部屋を出ると、廊下の角から二人の姿が現れた。季武と金時だった。
金時がにこにこと澪に手を振る。澪は反射的に頭を下げた。
「澪ちゃん、ちょうどいいところに!季さんと、澪ちゃんの旅支度どうするんだろうって話しててさ。今から部屋を訪ねようとしてたんだよ~」
「本当ですか? よかった……。そのことで困っていたんです!」
澪がぱっと表情を明るくすると、金時は両手を合わせて大げさに喜んだ。
「え~!ほんとに!? これって相思相愛ってやつじゃない?」
「金ちゃん、言い出したんボクやから。手柄、横取りせんといてや」
呆れたように卜部が金時の頭を軽く小突く。澪はそのやり取りに自然と笑みを浮かべた。
「卜部さん、ありがとうございます」
「いえいえ。ちゃんとした装束はあとで整えたらええけど、当面はボクが使てる単衣と袴があるから、それの裾だけ詰めたら明日には間に合うんとちゃうかな思てな」
「そういうわけだから! さっそく試着してみようよ!」
金時に連れられて向かったのは、さきほど貞光と話をした小部屋だった。扉を開けると、既に女中が正座して待っていた。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
その足元には、白と黒の袴と単衣が畳んで置かれている。
(……なんだか、合気道を思い出すな)
見慣れた装いに、澪の胸に懐かしさが込み上げる。
「じゃあオレはこのへんで見学でも――」
しれっと部屋に残ろうとする金時の耳を、季武が素早くひっぱる。
「アカンて。金ちゃんはボクと一緒に外で待機や。澪さん、こういう不届きモンが入らんように、ボクがしっかり見張っとくさかい、ゆっくりしてやー」
「イテェ! 季さん、耳ちぎれるって~!」
そんなやり取りに笑いながら見送ったあと、部屋の中は静寂に包まれた。澪は女中に袴と単衣を着せてもらい、採寸が淡々と進んでいく。
「意外と、裾を上げるくらいで済みそうですね」
予想よりも身体に合っていた。胴回りはほぼぴったりで、驚いた澪が女中に話しかけると、女中も少し不思議そうに首をかしげた。
「確かに、卜部様のお召し物にしては少し小さいような……お古でしょうか?」
「お古……ですか」
(じゃあ、なぜそんなものを持ってたんだろう?)
胸の中に疑問が生まれたが、うっかり本人に尋ねて“今も着てるやつ”だと言われたら、それはそれで気まずい。澪は黙って胸の内にしまうことにした。
「これなら、明日の朝までには仕上げられると思います。整いましたら、お部屋にお届けしますね」
「ありがとうございます。それと、もし晒し布のようなものがあれば、用意していただけませんか?」
「晒し布……ですか?」
女中が不思議そうに首を傾げる。
「男性に見えるよう、胸を潰しておきたくて。動きやすさのためにも」
澪は平均的なバストよりも大きいサイズだったため、合気道の時には動きの妨げにならないよう、サラシをまいて稽古をするのが習慣だった。
そのため今回もとっさに動けるように、かつぱっと見が男性に見えるように胸を潰していた方がいいと考えていた。
女中は驚いた表情をしたが、直ぐに理解したように、同意する。
「承知しました。あわせてご用意いたしますね」
そのとき、外から金時の声が響いた。
「澪ちゃ~ん、着替えた? 折角だから見たいな~!」
「もう着替えました! まだちょっと裾が長いですが……」
澪が最後まで言い終えるか終えないかのうちに、襖が勢いよく開く。
「おおっ、凛々しいじゃん! すっごい似合ってるよ!」
「こら、金ちゃん!!」
季武が止めきれず、入ってきた勢いのままに金時が感嘆の声をあげる。
「……ありがとうございます」
お世辞か本気かは分からない。けれど、軽口でも率直に褒められて、澪も照れくさくなる。 金時と談笑していると、後ろに控えていた卜部と目が合った。切れ長の目を細め、ふっと表情を緩める。
「よう似合っとる。なんや、しっくりくる感じするなぁ」
その言葉に、澪は自然と微笑んだ。
「実は祖父が武術の師範だったんです。子どもの頃から護身術を習ってたので、この服装にもなんとなく馴染みがあって」
自分の装いを見下ろしながら、澪は感慨深く話す。
「へぇー!すごい!じゃあ澪ちゃんにちょっかい出したら返り討ちにあうかも!?」
「そないけったいなこと考えたらアカンよ、金ちゃん」
「あはは……」
(つい先日合気道で一人撃退したなんて、言えるわけない)
澪は苦笑いするしかない。
「でも、手合わせしてみたいなあ。女性で武術できる人って珍しいし」
「ふふ、機会があれば、ぜひ」
そんなやり取りの中、澪の胸の内にわずかに灯った旅への不安が、少しだけ和らいでいくのを感じていた。
*
夜がふけ、月の見えない空は、かすかな光を湛えたまま藍に染まっていた。
澪は自室で窓辺に佇み、夜風にそっと身を委ねていた。
ふと、襖越しに柔らかな声が届く。
「澪さん、少しいいかな?」
頼光の声だ。慌てて襖を開けると、彼は湯上がりらしい単衣姿で立っていた。
無造作におろした髪が、普段よりどこか年若く見せていた。
「遅い時間にごめんね」
「いえ、どうぞ……。お部屋にお入りになりますか?」
頼光は眉を下げて笑う。
「君の気遣いは嬉しいけど、俺も男だからね。夜分に女性の部屋へ上がるのは、ちょっと」
はっとして、澪は小さく頭を下げた。
「申し訳ありません、気が回らず……」
「ううん、君がいた世界では、こういうのは普通だったのかな…?」
「そ、そんなことはないです! 込み入った話かと思って……静かな方がいいかと……」
恥ずかしさで消え入りそうな声で俯く澪に、頼光はふっと笑いかけ、手を軽く振る。
「冗談だよ。ちょっと君の顔が見たかっただけ」
「……何か、あったんですか?」
「澪さんが無理してないか、心配でね。昨日来たばかりで、もう旅に出るなんて」
澪の胸に、ぽっと温もりが灯る。目を伏せながら、そっと言葉を重ねた。
「ご心配ありがとうございます。でも……止まっていてもきっと何も変わらない気がするんです。何かを掴むために、自分で動きたいと思っていて……。そう思えるのは、きっと、最初に源さんが私を受け入れてくださったからです」
澪が深く頭を下げると、頼光は少し照れくさそうに笑った。
「そうか……。この世界で、最初に澪さんに出会ったのが俺で、本当によかった」
一瞬、彼の横顔に、懐かしい何かを追うような寂しさがよぎる。
(やっぱり……誰かに似ているのかな)
「明日は早いから、今日はしっかり休むんだよ。女性の足にはきつい道のりだろうから」
「承知しました。明日からもよろしくお願いします」
「うん。じゃあーーおやすみ」
澪は、彼の背が廊下の角に消えるまで見送った。
その後、部屋へ戻りながらふと思う。
頼光のあの優しさは、私自身に向けられたものではなくてーー
(私はきっと、誰かの代わりなのかもしれない……)
源さんの優しさを受け取るはずだった方、申し訳ありません。
この好意に、もう少しだけ甘えてくださいーー。
見知らぬ誰かに謝罪をしながら、澪は床に着き、月影離宮で迎える2日目の夜は静かに幕を閉じていった。




