車中一泊目
また、後部のベッドに集まった。
なかなか温泉宿の駐車場から出られそうにない。三人から発せられる熱気が治まらず、フロントガラスが拭いても拭いても曇るからだ。曇り取りのデフロスターは最強レンジになっている。それでも、もう少しかかりそうだった。
時刻は十九時半。とっくの昔から空腹だ。
隆宏は、温泉宿の売店で買ってきたポテチを一人で食べていた。なんと二百円もしたという。
俺は下着窃盗の代償だといって、それを奪い取った。友春と分けて摘まもうとすると、隆宏は袋を両手で挟み込んで、揉んだ。
他人に奪われるくらいなら、いっそ……。どこまでも根性のひね曲がった奴だ。
友春はそんな粉ポテチでも、大きく口を開け、サラサラと食べた。それを見た隆宏も隣へにじり寄っていって、サラサラを横取りしようしていた。
そんな二人が池の鯉に見える。俺たち三人の中で一番浅ましいのは誰か? そして三つ巴の、おふざけ第二段が始まった。出発するのは、もう少し後になりそうだ。
ちょっとした運動の後、三者三様に息を整えた。そろそろ真剣に眠る場所を考えなければならない。
前回と違うのは、地図が車のルーム照明では見えづらくなっていたこと。この車にキャンピングカーのような贅沢な設備がついているはずもなく、加工したり、ベッドを備え付けたりしたのも、昼間の作業だったのだろう。夜の会議は想定されていなかった。
「あぁそうや。懐中電灯、持っとるわ。天井に紐でも渡して、吊るすか」
「ホンマかいな? それをさっさと出さんかいや」
隆宏の言いようにムッとしながら、俺は靴を履いた。一旦、後ろのハッチを開いてベッドの下に潜り込み、雑貨を纏めたダンボールを引っ張り出さなければならない。面倒くさいが、言い出しっぺは俺だ。
「コレやねんけどな……」
披露したランタン型の懐中電灯に、二人から歓声が上がった。そんな大した物ではないので、恥ずかしい限りだ。
天井の中央付近に、ついでに取ってきた虎ロープを渡して吊るした。スイッチを入れる。点いた灯りに、俺たちは、おぉ! と声を上げた。
友春に、遂にやったな! みたいなノリで肩を叩かれた。電灯一つで大袈裟だったが、俺はノリで照れてみた。
それで……と、一段落したところで、やっと行く宛てを相談し始めた。
ところが、また隆宏が我儘を言う。コンビニぃ、コンビニぃ!
コンビニは、まず行先を決めて、その道中で寄ればいいだけの場所だ。それを駄々っ子のように繰り返す十八歳は、いずれ地獄へ落ちるだろう。
急遽同行することになった隆宏には、当然、日用雑貨類が足りていない。生意気にも、銀行のキャッシュカードを持ち歩いているようなので、俺たちが負担してやる必要はなさそうだ。特に俺は、第二の下着窃盗事件でも起こされては堪らないので、隆宏の意見に反対はしなかった。が、賛成するのは嫌だった。
車だとすぐに通り抜けてしまうような、小さな温泉街をあとにして、地図にあったコンビニに向かって、ひた走った。途中幾つかのメジャーな店舗を素通りしたのには理由がある。俺たちの目指しているコンビニは、昼間に立ち寄ったパチンコ店ほどではないが、地図によるとかなり大きいものだった。そんな店舗には、俺たちの知らない何かが備わっているはず、と踏んだからだ。
「ここ、ええんとちゃうか?」
俺は広い駐車場に目を見張った。
「おぉ、決定っぽいな」
友春も同調した。
「どうでもええわ! 早ぅ食い物」
隆宏はポテチの袋を裂いて、舐めている。
そのコンビニは、店舗としては少し大きい程度だった。しかし、駐車スペースがかなり広い。友春の地図によると、田んぼの真ん中にポツンのはずだったが、それよりはだいぶ発展していた。社屋らしき建物ばかりで、友春の気にする民家は見当たらない。駐車スペースの端のほうに、十トンオーバーのトラックが二台がいて、エンジンをかけたままの状態で停っていた。ここがそういうことOKなのだと教えてくれている。
「何泊ぐらいすんの? 下着、どんだけ要るかいな」
「三セットあったら余裕。途中でコインランドリーに寄ってもええし」
友春は無計画だ。
「決めてへんの? お前ら……計画性ゼロやのぉ」
その通りだが、隆宏に計画性云々を言われたくない。
俺たちは、とりあえずいろいろと買い込んで、ドカ食いした。
機嫌も良くなった後は、只々雑談に興じる。聞いた話によると、女性は何時間でも喋り続けることができるらしいが、俺たちには無理だった。今日一日、ずっと一緒にいたわけで、現在、彼女もいない男三人。話題は、早々に尽きた。この辺で遊べる所なんて知らないし、お金は節約しなければならない。
「明日のルート、考えとくか」
俺が友春の前に地図を広げた。
「ここから、これでOKとちゃう? とにかく北やろ」
トン、トン、と指を二回差しただけで、明日のルートは五秒で決まった。
間を持たせようと取り出した地図は、想像を膨らませるようなアイテムにはならなかった。どうせ友春は、気分で計画ルートを変更するだろうから、本当に意味のないことをしたと思う。テレビという機器が如何に偉大かと実感していた。後は……することといえば、コンビニで雑誌の立ち読みと、歯磨きぐらいか。川の字になって寝るわけだから、場所決めも必要か……。
とにかく暇なので、いつもより念入りに歯を磨こうと、俺は一人外へ出て駐車場の端へ向かった。
磨き始めてすぐに戻った俺は、車のスライドドアを開いて訴えた。
「ともはふぅ、口ほゆふぐ水がなひぃ」
家族でキャンプに行くような家庭で育てば、それ用の水はポリタンクに分けて準備しているのが、常識なのかもしれない。有料のミネラルウォーターを、口を濯いで吐き出すためだけに使うことが、気が引けてならなかった。だからといって、濯いだ後に飲むというのは、論外。
「コンビニの裏手に回ったら、大概、掃除用の水道がついとるわ。そこで、バァっと流してこいや」
そう言われれば、そんな蛇口があったような気がする。隆宏のくせに、なかなかの案を出しやがると、店まで歯を磨きながら歩いた。
大っぴらに無断拝借するのは悪い気がするが、口を濯ぐくらいなら、とコッソリ裏手に回って使わせてもらった。
いよいよ寝るしかないとなってからも、隆宏は「まだ十一時前やで。こんな時間から寝れるかいな」と、愚図り出す。
この寄り道の建前上の目的は、水平線から昇る朝日を拝むことだ。調べたところ、明日の日の出時刻は五時五十分とある。ここから海までは、少し走らなければならないということと、起きてすぐに行動できるのか、ということを隆宏にわからせて、やっと静かになった。
……はずなのに、俺以外のどちらかが、プゥウッと、一旦収束すると見せかけて、締めに音量を増す、といった失敬な屁をした。
またそれについて、罵り合いが始まって、安眠はどんどん先送りになっていった。
ひと盛り上がりした後の静けさの中。向かい駐車するトラックのディーゼル音だけがガラガラと聞こえてくる。
「なぁ、隆宏ってギター弾くんやったっけ?」
所詮は夢の中の話。何から連想したのか、ふと思い出した。
「おう弾くぞ。誰かから聞いたんけ? そやけどエレキとちゃうで。俺のは渋いアコギや」
暗闇の中で、隆宏はギターを弾く真似をしているようだ。
「マジで? 俺も初耳やわ」
友春も驚いたように、俺も全く知らなかった。下腹部に、嬉しいのか怖いのか、判断のつかない震えがズクンと走った。
「そのギターって……」と、言いかけて口を噤んだ。隆宏の返事次第では、夢見が悪くなりそうだったからだ。
「え、お前ら、ホンマに知らんかったんけ? 文化祭でやったやん……」
目立ちたがりの隆宏が暗闇で拗ねたとき、誰かが車の窓をノックした。




