ルート変更
日本海に沿ってひたすら北上し、山越え谷越え、北陸自動車道に落ち着くというルート。それは二人で決めたはずなのに、友春は今になって、太平洋から昇る朝日を見てみたいと言い出した。
そんな光景はテレビで何度も見ているはずだ。とはいえ、俺も興味がないこともない。だいぶ遠回りになってしまうことと、いきなり計画が台無しになることを承知した上で、俺は「オモロイな。それで行くか」と答えた。
自由になる車を手に入れるということは、こういうのも有りということだ。
友春は上機嫌になって、舞鶴若狭道の案内板を追った。
免許は取得したし、無免許時代から現場で乗り回していた。それでも、やはり俺たちは初心者だった。
少し乗れてきた、どこにも車をぶつけてない――。それで上手くなったと思うのは、事実であり、勘違いでもある。兄貴がそんなことを言っていたように思う。慣れた運転者が避けてくれているから、無事でいられるケースが多々ある。初心者はそれにすら気づけていない、と。
とにかく、自分がハンドルを握ってないときほど、他人の粗がよく見えるものだ。そしてまた……。
ブレーキをかけて、こちら睨んでいる男性に、俺は助手席から、スマン、と手を挙げた。
「おぅい友春。今のちょっとヤバかったぞ」
「あ? 何が?」
***
街中から一転、有料道路に乗ってしまえば、何と快適なことか。
サービスエリアで運転を交代した俺は、歩行者のいない道の走り易さを実感していた。他人の運転をとやかく言うほど、自惚れてはいないつもりだ。それでも、自分で運転した方がよっぽど楽だ。
そんなことを考えながら走行してると、後ろから迫ってくるバイクに気がついた。
こちらが譲るまでもなく、その二台のバイクは、左車線から俺たちを一瞬で抜き去っていった。この車だって、百二十キロで巡航しているのに。
「おぉ、カッチョええ。キュウ、追っかけろ!」
友春が囃し立てる。
この寒い高速道路を、そのスピードで走るくらい根性の入った奴らを追ったところで、ろくなことにはならない。そうわかっていても、車の持ち主が言うのだから仕方がない。
が、しかし……というより、やっぱりすぐにぶっちぎられた。並走どころか、追いつくことさえできなかった。そして、俺たちはショボンとなった。
「そういう車やないし……。見た目もほぼマイクロバスやし……。これでも、よぅ走ってるほうやで」
友春は車を慰めた。
お前は、どこまで本気やねん……と、俺は笑った。
そうこうしているうちに、快適高速ドライブも平穏無事に終えた。出掛けの寄り道分を差し引いても、だいぶ時間を食っていた。
一般道に下りてからは、また片肘を張ってウロウロとしたが、なかなかコレといった場所が見つからない。日の出見物スポットの件に加えて、安眠、トイレ、夜の暇つぶし等、欲をかきすぎているせいだ。駐車できそうな場所で、とりあえずは一服しよう、と決まった。知らない街での、夜間走行はなるべく回避したいものだが。
しばらく行くと巨大な看板が見えてきて、俺はパチンコ屋の駐車場へ入っていった。
エンジンを止めて、やっと脱力する。鼻梁を揉んだのは、映画を立て続けに二本も観たとき以来だ。寒いだろうが、外気を取り入れたいと思った。
車のドアを開けると、冷たい外気がヒュッと飛び込んでくる。
すると、毛布を身に纏った隆宏がベッドから這い出してきた。
「寒っ! うえぇ何か酔うわぁ。今何時? ここどこ? 水分をくれぇ」
座席の間から顔を出して、一度にまとめて訊いてくる。
もう起きたのか……。
崖の端とか、森の中とか、もっと壮大な景色の中で叩き起して、隆宏には、えぇ、どこやねぇん! と叫ばせたかった。俺たちは、隆宏の顔を挟んで同時に舌打ちをした。
「あ? 何やお前ら。今、チッて言うたやろ。何や、チッて」
隆宏は寝ぼけた顔を訝しげに歪ませて、しつこく食らいついた。
もう起きたんけ、ヒゲ宏の分際で! 服着ろや、パチンコ屋の駐車場や、よう寝れたけ? 水積んでないねん、トイレ大丈夫け? 店の中に何かあるやろ? 降りて一服しよう、早よ服着ろや、ボヤボヤすんなエロヒゲが――。
俺と友春は交互に捲し立てた。
隆宏は寝起きの頭を混乱に追い込まれ「お、おう。ちょっと待ってや」と可愛く言って、後部ベッドへ引っ込んでいった。
三人並んで、二重になった自動ドアをくぐった。
店内に入ると、俺たちは騒音に圧倒された。平日の昼間にこの人の多さは何だ、と呆気に取られた。駐車場が巨大だと、店内はこうなるのか……。
俺たちはパチンコを打つ趣味も、金銭的余裕もない。友達との待ち合わせや、トイレを利用させてもらっている程度。店内にドリンクコーナーがあるのは、地元でも普通だが、寛ぎスペースと銘打って、漫画雑誌をこれほど充実させていることには、驚かされた。
「友春、アカンて。漫画を読み出すなっちゅうねん。すぐに時間経つぞ」
「ここ……どこやねん?」
「キュウ、ちょっと、ちょっと、これの最終回だけ頼む。めっちゃ気になってたんやて」
「なぁ、ココどこやねん?」
「あぁ、和歌山の手前くらいとちゃうけ」
隆宏は自販機で買ったスポーツドリンクを、一気に半分くらい飲んで、はぁ? とゲップを混じえて驚いていた。
友春の読書待ちの間、俺は隆宏に経緯を話していく。音楽がうるさくて、声を張らなければならなかった。
隆宏の表情は徐々に変わっていった。俺が説明し終わる頃には、すでに不敵な笑みを見せていた。
友春は気になっていたという漫画に、集中していると思いきや、隆宏のリアクションも気にしていたようだ。隆宏の背中を叩いて「ほな、そろそろ行こかぁ」と立ち上がった。
俺たちは間違えたといえば戻り、交差点を曲がっては休憩した。道路の案内板に誘われるまま、何の興味もない植物園に立ち寄って、時間を無駄にした。
だいたい、食っても不味そうな草を野郎三人だけで見学したところで、面白いわけがない。和歌山県において、動物ではなく植物をチョイスした時点で間違っているのではないか……。
反省して再出発したものの、俺たちが目指しているのは(ええ感じの場所)というアバウトな理想郷。地図にそのまま載っているはずもなく、目的地がハッキリしていない上に土地勘までないとあって、走り方に影響が出ていた。
空いている直線道路で、やたらと点灯するブレーキランプ。
そのせいで、これの後続車は車間距離を開けざる負えない状況になっていた。クラクションを鳴らされたり、煽られたりしないのは、他府県ナンバーの初心者マーク付きということで、大目に見てくれているからなのか? それが和歌山県民の人柄なのかはわからない。
「友春ぅ、俺ら流れに乗れてへんみたいやし、ドーンと海まで突っ切ってから、また考えようか」
友春も同意したようで、誰かがそう言ってくれるのを待っていたかのように、走りが変わった。
しばらくはその変化を快く感じていたが、やがて飽きてきた。外国に来たわけではないのだから、地元とさほど変わり映えしないのは仕方ない。唯一の救いは、ラジオから聴こえてくる(悩み相談)がおかしかったことくらい。それにツッコミながらひた走っていると、陸地の端は意外に近かった。
「海やな……。これ太平洋? で、これからどうするよう?」
友春がハンドルに覆い被さるようにして言った。
無表情の友春と隆宏が揃って、俺を見た。
ラジオに聴き入っていて、本当に何も考えていなかった俺を頼られても困る。
「まずは車を降りて、太平洋の潮風を鼻の穴がヒリヒリするぐらい吸い込むってのは、どうえ?」
二人は肯定も否定もせず、バラバラと降りていった。そして、低い防波堤によじ登った。ひと山越えただけと思うのだが、外は随分と風が穏やかで気持ちがいい。比較的にマシというだけで、寒いことに変わりはないのだが……。
「うん。太、平、洋、だ!」
俺たちのボキャブラリーでは、それしか感想が浮かばなかった。威張るように腕を組んで、一列に並ぶ若造が三人。地元の人の目に、この様子はどう映っているだろう。
太平洋には、ニャー、と言っているようにしか思えない鳥と、船のボーッと野太く鳴る汽笛がセット物だと思っていた。港でもないこの場所は、何もなさすぎて雰囲気が出ていなかった。三人ともに、しばらく固まって動かなかった。
「キュウ、それから?」
二人が今度は腰に手をやって、また俺を見た。
だいぶ疲弊しているのか、友春と隆宏は完全に思考を止めているようだ。
友春は運転手としてなかなか頑張っているので、疲れた、と言うなら労ってやるが、隆宏はさっきまで寝ていたくせに、何て駄目な奴なんだ。