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連れる旅の事象  作者: ゆぞぅ
第二章  寮へ行く
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出発

「言ぅてた時間まで暇でよぉ。家におったら、何か用事をさせられるしよ」


 そう言って、友春が約束の時間より一時間も早く迎えに来た。特別な日に関係なく、友春のところは家全体が早起きだ。仕事柄というやつだろう。

 俺も、じつは早めに目覚めていて、すでにスタンバイしていた。ケータイに到着の連絡があったとき、すぐに反応できたのは、そのせいだ。


「荷物って、たったこんだけ?」

 

 積載能力大のハイルーフ、ロングボディーバンで登場した友春には悪いが、俺の荷物は四十センチ角の段ボール箱二個と、衣装ケースが二個。それだけだ。


「おぅ、向こうに備え付けでいろいろとあるねん。テレビも向こうで何とかするし、服と雑貨のみやな」

 積み込みは三分で完了した。


 友春の車は後部座席を潰してあった。分厚い合板で上下二段に加工され、下段を荷台、上段にはマットレスが装備されている。毛布もきちんと畳んで積まれていた。


「どや、この車! 車中泊し放題やぞ」

「凄いな。……お前よぉ、俺を送った後、このラブホ号でどこまで行くつもりやねん」


 俺は笑いながら、物置兼ガレージに目をやった。

 この時間、当然兄貴は仕事へ行っている。しかし、義姉さんまで留守というのは、どうだろう……。

 義姉さんが出掛けたことは知っている。軽自動車のくせにガオガオと音を轟かせるものだから、たぶん近所の人にも伝わっていることだろう。ほんの二十分ほど前のことだ。

 見送ってくれなくても、拗ねたりしない。が、それでも、それでもちょっと寂しい門出じゃないか。俺はグニュッと唇を突き出した。


「何をしんみりとしとんねん! 出発や」

 家を見上げる俺に、友春が運転席から声を張った。

「ええやんけ。ちょっとくらい浸らせろや」

 そんな顔をしていたのか……。俺は冗談とも取れるよう、正直に答える。


 地区の霊園に到着すると、俺は友春を車に残して、両親のもとへ向かった。罰当たりにも、だいたいあの一角ら辺にあったはず……程度の記憶しかない。

 ちょっと迷って見つけた山西家の墓は、両隣のと比べると少し見劣る。しかし、他のよりも新しいし綺麗にはしてあった。そして、新しい花が生けられていた。

 兄貴が? 咄嗟に中腰になって周囲に目を配った。しかし、誰もいない。

 一つ咳払いをした。……とにかく寒い。俺は冷たい空気を吸い込んで、肩の力を抜いた。待たしている友春にも悪いので、適当に、パン、パン、と手を合わせて「ちょっと行ってくる」と呟いた。

 お供え物とか、線香がどうしたこうしたという作法はわからない。罰が当たるなんて言葉では使っても信じているわけではないし、御守を買うのも、買いに行くというイベントを楽しんでいるだけだ。俺がちゃんと墓参りに行ったかどうかなんて、見張っている人でもいなければ、誰にも何にも言われないはずなのに、今、こうして墓に手を合わせている様が、自分でも不思議でならない。


 いや、待てよ。兄貴はいいとして、義姉さんが出掛けていった理由は、もしかして……。先回りして見張るためではないのか? それで、もし俺が墓に現れなければ、兄貴に密告されて授業料が振り込まれない、なんて事態になるのではないか?

 兄貴が高校のときに入っていたサークル名は〈摩利支天〉だったし〈天上天下唯我独尊〉などと漢字ばかり刺繍された服を好んで着ていたことから考えると、兄貴たちは神仏系にうるさそうだ。念のために、もう一度墓に手を合わせておこうか。

 俺はしゃがんで目を閉じた。どこかで身を潜めているかもしれない義姉さんに警戒して。


 ただの墓参りでも、妄想を絡めることで、緊張感溢れるイベントに仕上げられた。――満足だ。

 俺は、ヨシ! と太腿を打って立ち上がった。


    ***


 この車は少々煙草臭くて、砂っぽい。

 元々は作業員さんたちを送迎するために活躍していた、というだけのことはある。


 車について一通り文句をつけ終わった後、友春が「なぁキュウ、現金で今ナンボ持っとぉ?」と訊いてきた。

「向こうでもいろいろ入用やろうし、無駄遣いはできひんけど、寮までのガス代くらい、全部出すで」

「いや、ちゃうやん。向こうで一旦荷物を降ろしてやな、そのまま、この車で旅せぇへんかって話よ」

「マジかいな……。面白そうやけど、付き合えるのは二日ぐらいやぞ。向こうで新しいバイトも探さんとアカンし」

 友春は表情豊かに悄気返った。


 まぁまぁ、と宥める俺を無視して、友春の腹が鳴った。

 二人とも朝飯を抜いていたので、昼飯も兼ねて弁当屋で済ますことにする。

 急ぐ旅ではないし、今日中に……という縛りもない。高速一時間と一般道四時間で、ゆったり休憩を挟んでも、六時間もあれば到着すると履んでいた。


「ここならええやろ」

 友春は人通りの少ない所まで走って、路肩に停めた。

 通行の邪魔にならないように、不審車両だと通報されないように。友春の面倒くさい拘りのせいで、時間が無駄に流れていた。


「おぅ食おう。弁当、だいぶ冷めたやん。運転を交代して走りながらでええのに」

 俺がひと言文句をつけた。

「揺られ食いは嫌やん。俺はゆっくりと落ち着いて味わいたいねんて」

 友春は育ちの良さを、ふんわりとアピールしてきた。


 腹が減っていたせいもあって、俺はすぐに食い終わってしまった。お茶も一気になくなった。友春は一口ごとに、ウンウン、と頷いている。腹が減っているのは友春も同じはずなのに、よくそんなにゆっくりと食えるものだ。友春を観察していても仕方ないので、俺は車から降りた。

 

 腰を伸ばして大きく外気を吸い込むと、咳込んだ。

 三月も半ばを過ぎている。暦の上では春のはずだ。事実、昨日までは結構暖かかった。柄にもなく春を感じていたのに……これが寒の戻りというやつか。

 ここに来る途中、ちらっと見えた自販機はだいぶ遠いだろうか? 友春に一声かけて、俺は歩き出した。

 辺りには肌を突き刺すような冷風が、キンキンと吹いている。マッチの小さな炎の中に暖かな幻を見たという、どこかの少女のことを思い浮かべてしまったほどだ。車内の暖房が、俺の気温予測を狂わせたらしい。もう一枚、厚めの布が足りなかった。


 一つ角を曲がると、記憶に新しい自販機が遠くに見えた。もっと近かったように思っていたのに、がっかりだ。やっぱり、後にしようかと弱気になってくる。一人は飯を食っていて、一人はすることがないという状況よりはマシか……。

 自販機までたどり着けば、暖を取れるというわけではない。それでも、走り出さずにはいられなかった。

 手をポケットに差し入れて、ぎこちなく走っていると、自販機の向こう側からも、俺と同じような姿勢で、走って来る妙な奴らがいた。

 だが、俺が自販機に近づくにつれ、男たちは一人になった。顔面に突き刺さるような冷風で、涙目になっていたからか? 同じ服を着て、重なるように走る人なんているわけないか。


 俺より先に着いたその男は、足踏みをしながら自販機のボタンを連打した。

 気持ちはわからんでもない。しかし素早く連打することで、ジュースが二本出てくるわけじゃあるまいし、と笑った。

 取り出した缶コーヒーを両手で包み込みながら、男が俺を見上げた。


「え? キュウ? 何でこんな所におんねんな」

 ガラガラと汚い声だ。


 男は指でマフラーをずらし、顔を晒した。深く被ったニット帽とマフラーに覆われて、目しか出していなかった男の顎に、本人曰く拘りのヒゲが現れた。


「何や、お前かい! 格好が怪しすぎてわからんかったわ。お前こそ何しとんねん」


 高校生(卒業したが)の分際で、隆宏は顎ヒゲを変なデザインにカットしていた。


「何しとんねんて……。昨日、式が終わって、一旦家に帰って、カラオケでオールやんけ。で、朝になってしもぅて、帰ろう思ぅて外に出たら、チャリンコ、パチられとんねん。なんでやねん!」

 当たり前のことをいちいち聞くな、と言わんばかりの勢いがあった。


 感想を言わせてもらうなら、どこかで盗んできた自転車を、盗み返されて腹を立てる隆宏には、盗人猛々しい、という言葉が良く似合う。


「そうけぇ。そら、めっちゃ眠たいやろ。今な、友春と車で来とんねん。アイツの車、後ろにベッドがついとんねんで。ひと眠りしていくけ?」

 今から帰って寝るという隆宏を、車に誘った。


「えぇ何それ? 見たい!」


 ほくそ笑んだ。このまま拉致して、俺が抜けた後の、一人寂しい友春の旅のお供にしてやろう。


 手の冷たさもあって、凄く熱くなっているように感じる缶コーヒーを、二人並んでジュルジュルと啜りながら歩いた。追い風となった風が背中を押してくれるうえに、喋り相手がいるので、来たときよりも随分と楽に感じた。


「昨日までのあの陽気で、お前、マフラーなんて、よぅ用意しとったのぉ」

「帽子もマフラーも、俺のんとちゃうねん」

「…………。まぁええわ。隆宏、帽子かマフラー、どっちか一個よこせよ」

「アホかキュウ、なんでやねん! 両方セットで、ぎりぎり耐えられとるんやわいね」

「お前だけフル装備て、ズルいやんけ」

「ズルいことあるかいや。昨日の薄着のまんまプラスαの格好やぞ。めっちゃ寒いっちゅうねん」

 

 隆宏が素直に、じゃぁ使えよ、なんて言うはずがないし、期待もしていない。いちおうで言ってみただけだ。

 片手で首元を押さえて、徐々に歩足は速くなっていった。


「キュウ、このマフラー結構長いし、半分貸したろか?」

「それはヤバイやろ。どこからそんなホモチックな発想が出るねん」

「……言うた自分が、今、キモいわ」


 喋りながら、缶コーヒーを飲みながら、の早歩きが効いて、車に着く頃には二人とも息が乱れていた。お蔭で少し体が温まった。隆宏が息苦しいマフラーを、首からむしり取った。


「ただいまぁ」

「お邪魔ぁ」


 二人同時に声をかけて車に乗り込むと、案の定、友春はビックリして、横を向いたり後ろを向いたり、鳩のような動きを見せた。だいたいは想像している通りのことでしかないはずだ。それをわざわざ口にして「何でヒゲ宏やねん」と、ツッコミを入れるのが、友春だ。


 車の内部装備を見て、一通りはしゃいだ後、隆宏は先ほど俺にした説明を繰り返した。


「さっそく俺が寝心地を確かめたるわ!」

 隆宏が靴と服を脱いだ。


 彼が毛布に包まる様子を見守ってから、俺たちは前を向き直って、お互いに目を交わした。


「忘れるとこやった。これ土産。もうだいぶ冷めたけど」

 脱いだ上着の重さで気づいた。俺は友春に缶コーヒーを手渡した。

「おぅ、サンキュー」

 缶を上下に振る友春の顔が、裏取引中の悪代官のようになっていく。


 まだ深く寝入っていないと思うが、隆宏は車が走り出しても何も言ってこなかった。

 友春は相変わらず悪そうな顔のまま、親指で後ろを指した。


「――で、コイツどうすんの?」

 友春は小声で言った。

「途中で帰りたいとか言い出しよったら、どっかの駅に降ろしたら、ええんとちゃうか」

 ぶっきらぼうに答えた。

 そして、これから始まるロングドライブに向けて、態勢を整えていった。

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