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連れる旅の事象  作者: ゆぞぅ
第六章   帰省
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寺島夫妻 2

「こういうボロっちぃホテルだと、もしものときのために避難経路を確認しておいたほうがいいよね。日頃の運動不足解消も兼ねて、階段で行くか」

 その言い訳は苦し過ぎるだろう、と思った。

「たまには、そういうのもいいわね。山西さんは?」

 陽子さんの妖艶な微笑みに釣られて、俺は、そうっすね、と答えた。

 扉は自動的に閉まり、エレベーターは女の子を一人乗せて昇っていった。


 履き替えるのが面倒くさくて、素足に部屋用のスリッパを引っ掛けて出て来ていた。サイズが小さ過ぎるスリッパからは踵がはみ出ている。階段の途中何度も脱げそうになった。防火扉をくぐった先にある階段は、空調が行き届いていない。少し肌寒さを感じるも、六階に到着する頃にはちょうど良くなっていた。


「じゃ、後で」

 そう言うと、夫妻は六〇五号室の前を通り過ぎた。

 俺は鍵を持って出なかったので、呼び鈴を鳴らした。ベッドから立ち上がり、こちらに向かって来る……そんな多恵を想像して待つが、なかなかドアが開かない。照れ隠しに、こめかみのあたりを掻いて、もう一度鳴らした。その様子は夫妻に見られていたようだ。自分たちの部屋に入る前に、もう一度俺に手を振った。

 ようやく開いたドアが閉まるよりも早く、俺は「今、さっきな!」と始めた。

 エレベーター内で起こった件と、寺島夫妻の件に一部考察を交えて話した。大きめのジェスチャーで一人六役を迫真に演じきった。

――多恵の反応が今いち薄くて、がっかりだ。


「女の子って、黒いワンピースの?」

 多恵が鼻を穿るときの顔で訊き返してきたので、取り立てて騒ぐほどのことではなかったかと、拍子抜けした。

「お、おう、そうやねんけどな……。え~と、いつからやろ?」

 こういうことは以前にもあった。俺はまたかとため息をついてと、独り言っぽく訊いた。

「キュウのアパートを出て、すぐの信号から」

 多恵は間髪入れず、テレビから目を離しもせずに、あっけらかんとして答えた。

 そんなにも前からだとは、予想していなかったので絶句した。それならもう尋ねなくても多恵の答えはわかっている。が、ちょっとした期待も込めて、いちおう「俺に?」と訊いた。

 ちょうどテレビがCMに切り替わって、こっちを向いた彼女が微笑んで頷いた。

 俺は大袈裟に項垂れて見せる。


「結構、キツめの奴なん? 体は何ともないねんけど」

「怨みつらみで、何かしてくる類じゃないみたい。私なんかが、パッとどうにかできるレベルじゃない感じ。けど、一旦は寺島さんのほうに憑いてっちゃったぐらいだから、キュウに飽きたらそのうちにいなくなるって。それより、最初に乗ってた二人が消えたってのが、ビックリ」

 毒を持って毒を制したとか? あれを毒と例えると、車に悪戯されそうなので、声には出さない。

 俺は部屋の電話の受話器を取って、内線六〇二と押した。


「もしもし、山西です。やっぱり、今夜はこのまま大人しく寝ます。――ハイ、それじゃ」

 寺島さんは、あっさりと引き下がった。

 俺の返事を予測していたのだと思う。さっきの出来事があった後では、やはり、寺島さんたちの気も変わるか。

 寺島夫妻にも、アレが見えていたのは間違いない。アレがおかしいと瞬時に判断できたのはなぜだろう? 見えた人の態度ではなく、見慣れた人の行動だった。でも、アレは普段は気づきもしない俺にも見えた。だから、えっとぉ……。

 俺は唸ってシーツに包まり、ジタバタと全身でもどかしさを表現した。

 同じベッド上で、テレビを観ていた多恵には迷惑な揺れだったようだ。彼女に「え、何よ? もぉ、何の発作よ!」と、足蹴にされた。

 一喝されて静まった後、不快感が襲われた。パリッと糊の効いたシーツが、どうにも冷たく感じられた。気持ちを切り替える助けになればと、わざわざ買ってきたのだ。冷たいうちに飲んでしまおうと、俺は跳ね起きて、ビールを煽った。一度も缶から口を離さずに飲みきって、ゲフーッと長いのが出た。

「もぉ! 汚いなぁ、オッサン」

 多恵は同い年の俺に向かって、自虐的なことを言った。


    ***


 俺を起こしたのは、朝の十時を告げる時計ではなく、多恵の声だった。

 彼女は部屋の電話で誰かと話し中だ。……場が深まる? どこかで聞いたような台詞だと思った。


「彼がちょっと憑依体質なもので、おかしなことになるかもしれない……」


 俺のことを言っている。その話が通じる相手って誰? 嫉妬にも似た感情が湧いて、ベッドの端に座る多恵へじわじわとにじり寄った。

 そして、彼女の尻の谷間に、腕を勢いよく差し込んだ。

「ひあ!」と、声を上げた多恵は、俺の腕と頭を交互に叩いた。


 彼女は電話相手にペコリと頭を下げて、受話器を置いた。

「電話中に、もぉ、馬鹿じゃないの!」ベッドを離れて洗面所へ向かった。

 電話の相手は寺島さんだったらしい。抜け道の情報があるのだが、説明しにくいので途中まで一緒に行かないか、という誘いだった。

 その道は、距離的には遠回りとなるが、最近、開通したばかりなので、最新版の道路マップにも掲載されておらず、地元の人しか知らないので、渋滞知らずだという。

 その道を抜けた先が混んでいれば、同じことにならないか? 地元の人しか知らない道を、何で寺島さんが知っているのか、と多恵に尋ねると「そんなん、私にわかるわけないじゃん」と、一蹴された。

 高速料金を払って渋滞する道と比べて、どちらが得かと考えて、俺は誘いを受けようと決めた。

「で、どうするの? もう行くって返事しちゃったけど」

「…………」

 俺たちは、気持ち急ぎめに出発準備を整えて、フロントロビーへ向かった。


 エレベーターを降りると、喫茶コーナーで寛いでいた寺島夫妻が、俺たちに気づいて手を振った。

 立ち上がって「すぐにでも出発しますか?」と言った陽子さんは、今日もセクシーだ。

「朝は、ゆっくりとコーヒーを……」

 多恵が俺の背中をつねって「すぐに出ましょう」と言ってしまう。

 渋々、喫茶コーナーを通りすぎてフロントへ向かった。

「ねぇねぇ、寺島さんたち。二人とも昨日と同じ服だね」

 多恵がわざわざ俺の肩に手を掛け、耳元で囁いた。

「俺も、昨日と同じやで」

 服なんて旅行の荷物が増えるだけだろ、と言うと、彼女は手を退けて、ため息をついた。私のファッションを褒めろ、という前フリだったか? よくわからない。

 フロントに鍵を置き、呼び鈴に手を伸ばす。しかし押すまでもなく、女性が小走りにやって来て、言った。

「お早うございます。昨晩は良くお休みになられましたでしょうか? 今日は生憎の雨模様ですので、お足元に気をつけて行ってらっしゃいませ。どうも有難う御座いました。またのご利用……」

 晴れやかな笑顔、はきはきとした声。俺たちは呆気に取られて、顔を見合わせた。チェックインしたときに応対した女性で間違いはないが、今朝はまるで別人だ。まさか、双子ってことはないだろう? 極端に夜勤が苦手な人……とか? どうにも俺では説明がつかない。


「憑きモノが落ちたというか、消えたというか」

 四人でエレベーターに乗り込んですぐに、多恵が俺の疑問に答えるように言った。

「で、俺に憑いてきたとか?」

 これも何度か経験したパターンなので、半ば諦めるように訊いた。

 多恵は首を横に振って「それとは別の……」

「さっき、電話で聞いてビックリしたけど、こんなことってあるんだね」

 多恵に割り込んで、後ろの寺島さんが口を開いた。

「その子が、このホテルに元々いたモノを散らしちゃったのね」

 陽子さんの言う(その子)に引っ掛かった。

 振り返ると、三人の視線は俺の左足付近に集中していた。

 俺は、その何もない空間を手で払って、真っ先にエレベーターを降りていった。


 フロントの女性が言っていた通り、外は雨が降っていた。わかってはいても、暗い駐車場の雰囲気が俺を憂鬱な気分にさせる。

 俺たちは寺島さんの車について、昨夜のコンビニ方面へ向かった。

 昨夜に徒歩で味わった街並みは、昼間でも健在だった。スピードを上げて、さっさと抜けてしまいたい気分を増幅させた。それでも先導車がいるので、もう少し気楽なドライブを、と思っていた。今いち乗り気にならないのは、もちろん天候のせいだけではない。やがて二台の車は大通りにぶつかり、GWと雨の渋滞に飲まれていった。


「フゥ、もぉ」

 ホテルを出てから、一言も発しなかった多恵が、大きく息をついた。

「寺島さんが言ぅてた抜け道に入るまで、しばらくこんな感じやろ」

 多恵の気持ちを代弁するように言ってから、助手席を見て驚いた。

 多恵の肌が色白に戻っている。これはいくら何でも説明してもらわなければ、納得がいかない。

 そのことを指摘すると、多恵はサンバイザーの裏についている鏡を覗いて、単純に喜んだ。

「あら本当。やっと抜けたのね」


 婆ちゃんの助手役として一緒に除霊式を行ったら、未練たらしいのが一体、しがみ憑いた……とさ。何と簡潔な説明だろう。以前にも、そんなことがなかったか?

「ほうかぁ。ほな、もうええの?」

 霊的なことだと言われたので、俺は諦めた。

 多恵は唸って考え込んでいる。

 その最中に前の車のウィンカーが右を示して、俺は答えを聞けないまま憮然として、寺島さんの車についてハンドルを切った。雨粒はホテルを出たときよりも大きさを増していた。


 前方には寺島さんを含めた何台かの車が見えるが、後続車は一台もない。アスファルトの濃い黒色が道路の新しさを表していた。ずっと続く上りのコースで、前の車をすべてブチ抜きたい衝動に駆られた。わざと遅れて、また追いつく運転を繰り返して、多恵に「もぉ、酔う」と咎められた。

 幾つかのトンネルを抜け、そうやって楽しんでいるうちに、俺たちは巨大な駐車場にたどり着いた。


 あたりは山を段々に切り開いて総合区画になっている。一番上に見えるのはリゾートホテルだろうか、建設重機が、未だちらほらと見える。いろんな店舗が軒を連ね、コの字に並んでいる。(セットメニュー)と書かれたノボリを見つけて、その前に車を着けた。


「ホテルに朝食サービスがなかったから、腹が減っちゃってさ」

 寺島さんの体格からすると、俺の二倍は腹が減っているだろう。

「周りは建設中ばっかりみたいやけど、ここって営業しとるんすかねぇ?」

「やってるみたいよ。ほら、ここに営業中って」

 陽子さんは髪の水滴をハンカチで払っている。

「あぁあ、雨が酷くなってきた。とりあえず、中で店の人に訊いてみるわ」

 多恵がスカートをバサバサと払うと、自動ドア反応して開いた。

 店の内装は真新しく、ファミリーレストランによくあるような大型テーブルが、壁に沿って設置されていた。奥には座敷も見えたが、店内に客は一人もいない。俺は店の選択を間違えたと思った。


「ご覧の通りですので、お好きな席へどうぞ~」

 俺たちが振り返るより先に、女性スタッフがやってきた。

「時間のかからないメニューは何ですか」

 寺島さんが先頭に立って訊いた。

「ドリンク類とサラダですかね」

 寺島さんは、チラッと俺を見る。その目が、このスタッフは馬鹿だ、と言っていた。

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