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連れる旅の事象  作者: ゆぞぅ
第六章   帰省
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26/35

ビジネスホテル

 寝坊やら予定外の遠回りはしたものの、正午前には高速道路に上がれた。

 案の定、なかなかの混み具合で、我慢を強いられた。その四十キロぐらいのダラダラとした流れは、俺に高速料金変動制独自案を熱く語らせようとしている。


「そんなん知らんし。それで、この前に言ってたスーパークレイマーがさぁ」

「おう、あの直接乗り込んできて、ワーワー言いよる奴か」

 俺の高速何とか案は、かなり初期の段階で却下された。


 名前だけの高速道路に、混雑するサービスエリア、当然のように待たされたレストランで食事をする頃には、陽も傾いていた。

 走行中、助手席でエビ反りになったり、後部座席でガチャガチャとできる多恵と違って、俺はずっと運転している。サービスエリアの駐車場で、多恵がカイロプラクティックなるものを施してくれたが、楽になったような気はしない。

 改めてスタートしたものの、先ほどと何ら変わることなく、車は駄走した。その間もずっと多恵の独演会を聞いていて、ついに陽は落ちてしまった。ずっと続くテールランプの赤い帯が、俺たちの旅心をへし折っていく。みんなGW中は家でじっとしていろよ、なんて自分勝手なことを思いつつ、前の車についていくしかなかった。

 

 出掛けにケチも付いたことだし、今日のところは一旦横になって、また明日から仕切り直したい気持ちでいっぱいだ。それで俺はスイーッと左へ寄って、予定していた出口よりもだいぶ手前で、高速道路を下りた。多恵も下りる地名は知っているはずだが、何も言わなかった。

 下道合流からしばらく車を走らせ、知らない所で曲がってみると、集合住宅と月極駐車場ばかりが目につく場所に行き着く。ロータリーになっているようだ。つまりは、行き止まりということ。

 俺は自販機の前で停車させた。


「何の標識もなくてさ。スーッと走って来たら、行き止まりで……。はい、クルッと回って帰れってさ、人を馬鹿にしたような道じゃない?」

 自販機の僅かな明かりの前で、多恵が缶コーヒーを一気に飲み干した。

「ほんまやな……戻らなアカンのかぁ」

 俺も今、それを言おうとしていたのだが……。

 多恵に背を向けて、目を閉じた。そして、手の中のスチール缶が凹むぐらい、グッと目力全開であたりを見渡した。

「キュウ、何やってんのよ?」

 多恵は俺を放置して、すでに助手席にいた。

 彼女は、こういうことで怒り出すタイプではない。ここからは早く離れたほうが良さそうだ。

「ここまで来たついでに、ジュースの一つでも買ってけや……てか? 俺らって、何か自販機を置いた奴の思い通りやのぉ」

 俺は車に駆け寄った。


    ***


 元来た大通りに合流する寸前に、適当に右折した。すると、多恵が言う。

「キュウさぁ、カーナビ付けないの?」

 俺は旅先で(迷う)という行為を楽しめる質だ。それも旅の一興と感じられない彼女は「自分で付けられるんでしょ。安く買えたりとかさ」と続けた。

 確かに、車関連のほとんどの部品は、定価の七割で仕入れることができるし、業務時間外や休日なら、会社の設備を自由に利用できる環境が整っている。会社のデモカーやサービスカーには、カーナビが装備されているので、便利さは重々承知。ただ、機械に指示されるのが嫌いというか、カーナビが付いてないせいで、途方に暮れた経験がないというか。あれに頼るようになったら、地図も読めない、南北もわからない男になる、というか……。

(狭い日本、とりあえず真っ直ぐ進んだら、山か海に出るわいや)

 頭の中ではそう思いながら「まぁ、そのうち気が向いたら付けるやん」と、ごまかした。


 それからまたひたすら走る。

 俺は注意力散漫になってきた自覚があるし、多恵は深く息をつくようになっていた。知らない土地の夜のドライブ。目と肩に疲れがきていた。旅行中に事故を起こすなんて最悪。それだけは避けたいものだ、とお互い話していると、高架道路に差しかかった。

 俺は側道に逸れ、車を停車させて、大きく伸びをした。


「あーしんどい。多恵ぇ運転変わってぇ」

 彼女自身も通勤には車を使っている。何度も乗せてもらっているし、運転が下手だとか、特に不安もないので頼みやすい。

「無理ぃ。私、オートマ限定」

 多恵の免許がAT限定なのはもちろん知っている。

 俺が疲れているということは今伝えたし、連休中に起こる不慮の事故話をして、伏線は張ってある。

 そして俺は息を吐きながら、ゆっくりと多恵に視線を流した。

「キュウ、今日はここら辺で、どっか宿でも取ろっか」

「おお、それがええわいや!」


 目的地以外は、何も決めていない。俺たちはケータイで現地検索して、近くで宿を取ることにした。

 連休のホテルなんて、どこも予約で一杯。ラブホの宿泊コースを利用するにはまだ時間が早いし、久々の車中泊も念頭に置いた。


「ビジネスホテルっていうぐらいだし、連休中はガラガラじゃないの?」

「あれって、ビジネスマンが泊まるさかい、ビジネスホテルっていうんかいな? 違うと思うで……」

 手分けして安そうな所にアクセスしていこうと話した矢先、いきなり検索ヒット一件目が、空室有りと表示されていた。

「お、ここからめっちゃ近いやん」

 小さなケータイの画面を、俺たちは頭を突き合わせて凝視した。

「今、どこにいるんよ?」

「この黄色の点が現在地やん。この道をまっすぐ行ってやなぁ……」

 二人揃って、ケータイの画面から顔を上げると、それは目の前に建っていた。

 検索一発目で、すぐ近くで、夜で、明かりが少なくて、肩がダルくって、腰も痛くて、目もショボついていて、ツインの部屋が四千二百円――。俺たちは顔を見合わせて、同時に頷いた。

 

 それは立体交差道路の角地にあって、一階と二階に出入口があった。一階部分が全面駐車場になっている。二階にはフロントと喫茶店や売店があり、三階から六階までが、客室という造り。

 明日の出発のときに出やすいよう、柱を避けて車を停め、エレベーターに向かった。二人のキャリーバッグを引っ張るゴロゴロという音が、白色の電灯に照らされた駐車場内に響き渡る。

 何でこんなに反響するかな、と思っていると、多恵も同じことを考えているのか、バッグと天井を交互に見て首を傾げていた。

 その音の一つが止んだので、俺は振り返った。

「何や? 車に忘れもんか?」

 少し間があって、多恵が浮かない顔で言った。

「ここ、私らの他に車二台だけよね」

「あぁ、ホンマ。ガラガラやのぉ」

 エレベーターがこの階に来ているようなので、俺は気のない返事をして、彼女を急かした。


 二階で一旦降りると、フロントへ寄った。そのフロアの雰囲気から、真っ先に節電という流行りの言葉が浮かんだ。フロントには誰もいない。一抹の不安を感じながらカウンターのベルを鳴らすと、事務所らしきドアから、中年の痩せこけた女性が出てきた。照明のせいか顔色の悪い。その態度も邪魔くさそうで、およそホテルマンのイメージとはかけ離れている。


「一泊だけですか? フゥ……ウチは朝食付きませんよ。フゥ……それとコインランドリーは夜九時までで、今から……フゥ」

 

 とても歓迎されているようには見えない。何とも嫌な印象を受けながら、チェックインを済ませた。

 俺たちは、渡された六0五号室のキーを持って、一機しかないエレベーターへ向かった。ボタンを押すと、すぐにチーンと鳴って扉が開いた。

 エレベーターには、男の子と女の子が手を繋いで乗っていた。

 俺は乗り込んで、六階のボタンを押そうと指を走らせる。が、六のランプはすでに点いていた。この子たちも六階か。子供たちを待たせるのも悪いと思って、もたもたしている多恵を急かした。

 小学校の低学年ぐらいかな? 姉と弟ってとこか……。まぁ、やっぱり他にも客はいるよな。でも、家族連れでこんなビジネスホテル? このホテルが家族経営で、ここに住んでいるとか? 住み込みスタッフの子供って線もアリだな。


 勝手な想像をしているうちに、六階へ到着した。

 チーンと扉が開くなり、多恵が競走馬のゲートオープンのように飛び出した。

「おぉ、何や多恵、シッコ垂れそうなんか?」

 思わず口にしてしまった。ここにいるのは俺たちだけではない。慌てて口を噤んだ。

 多恵には聞かれなかったのか、そのままズンズンと歩いていくので、俺はホッとする。

 しかし、六0五号室のドアの前で振り返った多恵は、明らかな怒りの表情だった。

「違うわ、馬鹿っ! 早くカギ!」と怒鳴った。

 

 まだ、部屋に体半分しか入ってない状態で、早速多恵は文句を言い始めた。

「もぉ、何あれ! こんなホテルで仕方ないけど、それでもムカつく!」

「まぁまぁ、予約もしてへんし、とにかく安いし、一泊だけやん」

 そう宥めながら、壁のキーボックスにキーを挿した。それ自体がスイッチになっているようで、部屋の明かりが一斉に灯った。

 俺たちの目に飛び込んできたのは、部屋のほとんどを占める馬鹿デカいベッドだった。ツインの部屋なのに、セミダブルぐらいのベッドを、二つをくっつけてある。

 二人とも毎晩、布団を敷いて寝ているので、何となくテンションが上がった。キャリーバックをその場に残し、お約束のようにベッドへダイブして、しばし無言になった。

 寝返りを打ったついでに、軽くチューをする。多恵の機嫌はもう直っているようだ。


「なぁ、近くにコンビニあるかなぁ。散歩がてら何か買出しに行かへん?」

「ん~、私、先にシャワー浴びたい」

 ガバッと起き上がった多恵は、替えの下着だけを持って、風呂へ飛び込んでいった。

 

 俺はテレビでも観ようと、簡易テーブルに手を伸ばした。

 大人のペイチャンネル番組表……。風呂場のほうに目をやって、テレビのリモコンだけを取った。

 テレビドラマはあまり観ない。それでも、最近CMなどでよく見る、この子役の顔だけは知っていた。どの局も一斉に起用し出すものだから、天才子役と言われる子たちが続々と出てきている。それぞれの名前は全くわからない。

 ドラマの中で、顔と喋り方をガラリと変え、二つの人格を器用に演じ分ける子役を見ながら、俺はエレベーターに乗っていた子たちを思い出していた。

 何か変わっているな、と感じた理由がわからないので、気になっていた。初めて会う子たちを、誰と比べてそう思うのか……。

 正面を見据えて、微笑んでいたように見えた女の子と、後ろ男の子は……どんな顔だったか? 悄気返るように下を向いていて、よく見えなかった。服装が男の子っぽかっただけで、そもそも男の子だったかも曖昧だ。

 そうだ! エレベーターに手を繋いで乗るのに、あの子たちは縦に並んでいた。

 ……知らない人が乗り込んできたので、ただ単純に、男の子が姉の後ろに避けただけかも。

 あ、ここは六階で最上階のはずだけど、あの子たちは降りたか?

 

 特に関心を持って見ていないことに、答えが出ないのは当たり前で、じつはどうでもいい。

 俺は、多恵の婆ちゃんと会ってから、暇つぶし程度だが、日々感じた違和感について考えることが増えた。これが結構面白い。わからないという事象を、気のせい、で片付けていることがいかに多いか。

 それを考えているとき、俺は今、脳の普段使われてない部分を使っているので、何となく頭が良くなるのではないか、と考えていた。

 ドラマはいきなりの第五話目で、話の内容はさっぱり理解できなかった。テレビをただのBGMにして、俺は今回の違和感について、さらに考えた。

 熟考に浸るうち、その違和感は頭からモヤモヤとした気持ちになって胸へと向い、打ち寄せる波に変化を遂げて、腹に来た。


「多恵に貰ったビタミン剤……。毒入っとったんとちゃうか」

 声に出すくらい、急激かつ強烈な便意に襲われた。

 俺はズボンのベルトを緩めながら、トイレへ行った。ここは、よくある三点ユニット式で、水回りの全てが一体になっている。ドアに耳をあてた。換気扇とシャワーの音がしている。俺は意を決して、ドアをノックした。

「もぉ、狭いのに……別に……いいけど」

「そんなんとちゃうねん! 腹がキュウッていうとんねん」

「もぉ、またそんな上手いこと言ってさ」

「いやいやいや、マジでマジで!」

 一旦、風呂から出るので待ってくれ、と言う多恵に、事態は急を要することを伝え、入るぞ! とトイレに飛び込んで座った。


「あぁこれ、音が出る感じのヤツや! なぁ、シャワー全開で、耳塞いどいてくれや」

 恥ずかしい……。しかし人間には限界がある。シャワーカーテンの向こうへ声をかけるや否や、俺の尻から雷鳴が轟いた。

 多恵が、キャーッ! と悲鳴を上げる。

 その声に押されて、一瞬だけ音が止まったが、もう、いろいろなことを捨てて出しきった。この恥ずかしさも、トイレだけに水に流し……。そんな古典的なことを、呟く気力さえ残っていなかった。

「もぉぉっ! 臭いって……」

 俺は菩薩のような表情を浮かべて、呟いた。

「鼻も塞いどいてくれたら、ええやんけ」

 

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