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連れる旅の事象  作者: ゆぞぅ
第五章  藤堂家へ
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藤堂 多恵

 

 門倉先輩と細井さんは、あの居酒屋の一件から、わずかニか月後に結婚した。

 細井さんは品川商事をすぐに寿退社されたので、俺が彼女と再会したのは、二人の結婚式当日だった。

 そのときの彼女は、ややポッチャリ、といっていいぐらいにまで痩せていた。これが愛のパワーか、と驚かされたものだが、じつは記念写真のためだけに頑張ったらしい。現在はリバウンドに成功して、また元に戻っている。

 門倉先輩は元々太めが好きなので、それについては何も言わない。それどころか、彼女と同調するかのように肥えてきている。嫁のメシは旨い、と口癖のように言っているので、そこに要因の一つがあると思われる。腹が出てくれば、整備の仕事にも支障をきたすので、心配だが。

 まぁ何にせよ、仲睦まじい夫婦なので羨ましい限りだ。


 俺はというと……、あの後、藤堂さんをデートに誘って、その何度目かの別れ際に、告白した。

「もう、とっくに付き合ってんだと思ってたわよ」という返事を貰ったのは、三年も前のことだ。

 それから俺たちは急速に関係を深めていった。休みの日の前夜ともなれば、どちらかのアパートで一緒に過ごし、そのまま泊まっていくというルールみたいなものもできた。

 そうなると、お互いに深い部分まで晒すようになっていく。俺発信といえば、両親の交通事故の話なんかが、そうだ。しかし、これはもう俺の内で克服できているので、ただ思い出を語ったようなものだ。

 ところが、多恵のほうは現在進行形で、俺が聞いてもどうにもできない類の話だった。


 多恵は、俗にいう霊感の持ち主だった。

 いろんな暗いエピソードを聞いたが、その中の一つに中学時代の話がある。

(理由も聞かされないで、一方的に振られた)と落ち込んでいる友達を、仲間内で慰め合っているとき、多恵が「腰に巻きついてる黒いのが取れたら、もう一度やり直そうって言ってみたら?」と発言して、その場にいた友人を、ドン引きさせたことがあったらしい。

 その後、しばらく孤立したとか……。

 それからも、興味本位に近づいてくる友人たちが、しばらくすると潮が引くように去っていく、という経験を重ねてきたそうだ。

 見えるモノに反応して、すぐ声に出してしまう小学生の頃や、見えるモノを目で追ってしまっていた中学生の頃は、自分がコントロールできていなかった――。そう言って、多恵は頬をピンク色に染めた。

 何が恥ずかしいのやら、さっぱりだ……。色白の彼女が頬を染めると、可愛いなと思っただけだ。


「資料が残っていなくて口伝えだけど、私のおばあちゃんも、その前の前の……。とにかく、直系女性に遺伝するのよ」

 多恵がそう言ったときに、霊的なことに関して〈普通の人〉である俺は「あぁハイハイ、そのパターンな」と言って、グーで殴られたこともあった。それが、昨年の秋頃だったか。


 高校生の頃は、彼女なりにいろいろ対策を練ったという話とか。そういうところ、嫁いできた母親は全く理解してくれないとか。十代の頃は、それでよく妹と二人で祖母に泣きついたとか。

 俺は、聞きたくなかったと思う反面、明かしてくれて嬉しいとも思っている。多恵が一番嫌がる〈見える人〉と一括りに称して、希少カテゴリーに入れる、なんてことは絶対にしないつもりだ。

 

 そんな多恵は俺と会っている最中にも、その能力のせいで気持ちが沈んでしまうことがある。

 回復すると、すぐに状況解説をしてくれるのだが、まず生命体の残留思念というもの在りき、で説明してくるので、予備知識のない俺が簡単に納得できる話ではなかった。

 それでも二年ほど経った頃には、とりあえずはそういうモノがあって、人の行動や思考に多少なりとも影響を及ぼしていると。関係ない、知らないでもいい、ただ、興味本位でヒトの側から、関わろうとしてはいけない――と、学んだ。

 彼女の目に俺の成長ぶりは、どう映っているのだろうか? 

 俺の反応はわかり易かったはずだが……、何をどう読み間違えているのか、いつしか多恵はそれ関係の話を、俺にしなくなった。だから、彼女のほうからその手の話が出たときは、余程のことだと理解している。言われるがままに行動したほうが無難だと思っている。

 その他の、お化けの時間以外は口うるさい……、いや、大変活発な女性だった。

 そういうタイプの女性を避けて生きてきた俺に、多恵をコントロールするスキルなんて備わっていない。だいたい月一のペースで怒らせては、俺から謝るという流れができつつあった。

 三年経った今もこうして繋がっていられるのは、俺が我慢強く、謝り上手であるからに違いない。

 そんな女性に惚れてしまったのだから、仕方ない。


    ***


 九月のとある日曜日――

 まだまだ残暑厳しい折、エンジンの不調を訴える車が立て続けに舞い込んできた。毎年、夏のエンジン調整、特に普段の点検を怠っているエンジンには、うんざりとさせられている。

 今年は雨も少なくて本当に暑かった。脱水との闘いに粘り勝ち、冷房の効いた休憩所で一旦腰を下ろすと、しばらく立ち上がれなくなるほどだ。

 そんな言い訳をしながら、俺は多恵のアパートへ車を飛ばしていた。

 彼女と約束していたデートの日は確実に今日だったが、迎えに行くと言った時間をだいぶオーバーしている。最近、帰宅時間の遅い俺を気遣ってか、目覚まし時計がいつもより小さな音で鳴ったようで、起きられなかったのだ。

 土、日、祭日が定休日の多恵と、水曜日と祭日、隔週希望日が休みの俺とでは、お泊り遠出デートの段取りが難しい。二人にとって、祭日が絡む日曜日は実に有難い日だった。折角、希望休暇を使って連休にしたのに、これでは台無しだ。だから今日の寝坊は重罪だ。

 それを警告するように、多恵が激怒している夢を見た。内容はよく憶えていない。スマン! と叫んだときは、まだ夢の中にいたか……。ネコ科の動物が獲物を狙うようなポーズ、いや、おそらく土下座の姿勢で目が覚めた。

 足元で充電しているケータイは、着信アリを知らせるランプを凄い速さで点滅させている。

 俺は折り返し電話しようとして、指を止めた。面と向かって言い訳したほうが、上手く言えそうな気がしたからだ。

 

 信号が青に変わったのに、ワンテンポ遅れてスタートした前の車に舌打ちをした。

 焦っているときの典型的なパターンだと、自分を分析する余裕がない。シフトノブに掛かる指がトントンと苛立ちを表す。雑なクラッチ操作でタイヤが鳴いた。


 車は渋い低音を響かせ、多恵のアパートの裏手の駐車場に到着した。この聞き慣れた排気音で、俺の到着は伝わったはずだ。

 エンジンを切り、車内からそっと多恵の部屋を見てみると、チョロっと開いたカーテンが、シャッと閉まった。

 ……これは一大事になるかもしれない。

 俺は覚悟を決めて、表に回った。

 多恵、スマン! 部屋に入れてくれ。――違うな。

 ホンマに悪い、いつものように寝坊したわ。――ふざけているな。

 外で待ち合わせやなくて良かった。さすが多恵、こうなんのを読んでたんやな。――殴られるな。

 お前のほうが迎えに来いよ。――逆ギレは修復不可能に陥る危険性が高いな。

 言い訳を練りながら歩いていくと、俺がたどり着くより早く部屋のドアが開いて、中から多恵が飛び出してきた。


「もぉ! 何で電話取らないのよ!」

「おぅ、ちゃうねん、それがやなぁ」

 弁解開始の俺を、多恵が遮った。

「ゴメン、今さっき、おばあちゃんから電話があって……」


 大学に六年も通っている多恵の妹が、今朝方、交通事故に遭って救急車で運ばれたらしく、デートを中止して、家に駆けつけたいということだった。そして、準備はできているので、このまま車を飛ばして家に向かう、と言う。


「ほな、ナビしてくれ。多恵の実家まで俺が車を出すわいや。靴履き替えて、横に乗れや」


 多恵はデートバージョンの服装に身を包んで、手にはバッグと車のキーが握られていた。しかし、足元はベタにサンダル履きだった。

 俺は仕事柄、交通事故の現場に立ち会うことが多い。ご子息が交通事故を起こした、と警察からの一報で、病院に駆けつけようとした親御さん自身も事故に遭う、というケースを何度か耳にしたことがあった。もちろん、当事者の性格や家族関係等の、いろんな要素が絡み合うので行動結果は様々だが。こんな感じのときの彼女は、何かやらかしてしまうような気がした。


「え? あ、ゴメン。いいの? ちょっと待ってて……って、え? キュウ来んのぉ? え~」

 多恵は考えが纏まらない様子。何度か立ち止まって「えーえー」と言いながら、部屋へ戻っていった。


冷房が効く? 利く?

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