公園
駅のロータリーを回り、来た道を引き返すことにした。途中、樹木が並ぶ通りが見えて、建物群を嫌った友春が、そちらへ折れた。
公園らしき場所を囲むフェンス沿いに路上駐車の車が列をなしている。その等間隔で並ぶ列に隙間を見つけて、俺たちの車も加わった。エンジンを切り、後ろへ集合。友春はベッドに突っ伏して、腰を揉んでくれ、と訴えた。
「こっち方面はたぶんアカンな。おもっきり街中やん。さすがに駅前で、朝までグッスリってわけにはいかんやろ」
隆宏は友春の尻に座り、腰を指圧してやりながら言った。
俺たちは一様に、う~ん、と唸った。
「どのみち、もう少し走らなアカンやん。公園か何かしらんけど、この中に水道があるんやったら、ちょっと顔でも洗いたいとこや。ちょっと見てくるわいや」
俺は後ろのハッチを開いて、洗面具を取り出した。
すると、俺も、俺も、となって、結局三人で首にタオルを引っ掛けた。
フェンスの切れ目がなかなか見つからず、俺たちは一段高くなった歩道をとぼとぼと歩いた。
ここは駅のすぐ近くだといっても、電車が終わっている時刻なので静かなものだ。気温はまだ低いはずだが、路駐の車が発する熱も手伝って、暖房で火照った頭にはちょうどいい。少し湿ったタオルで顔を擦ると、そこに穏やかな夜風が当たって、眼が冴えてきた。
俺は路駐の車を一台ずつ見学しながら歩いていた。
隆宏はフェンスの内側が気になるようだった。時々立ち止まっては、目を凝らして覗いている。
先頭を行く友春が「遅い!」と言って振り返り、腰に手を当てて反り返っていた。
五分ほど歩くと出入り口があったので、車両乗り入れ防止の鉄柱を跨いで公園に入った。まずは水道を、と見渡す。街灯が照らす物体の一つに、灰色の屋根らしきものが見えたので、俺たちはそこへ横並びになって向かった。この界隈は路上駐車が酷いな、と思っていたが、各ベンチに一組ずつ座るアベックを見て納得した。
「どいつもこいつも、イチャイチャしくさって! 何か腹立つのぉ」
隆宏がいかにも言いそうな台詞だが、実際に声にしたのは友春だった。
心の叫びを聞いたような気がする。言って虚しくなるようなら、心の内に秘めておけよ。そう思うのと同時に、隆宏の無反応が気になっていた。
トイレのマークが見える所まで来ると、友春は「やっぱりトイレやったな。キュウって目ぇええのぉ」と言って、小走りに入っていった。
公園に入って、初めて口を開いた隆宏が「キュウ、川の音、聞こえへん?」と訊いてくる。
耳に手を翳すと、確かに水の流れる音がした。
「おぉ、聞こえるなぁ」
それがどうしたと、俺は適当に流した。
「何か、おかしない? わからへん?」
隆宏は、左右と俺とトイレの四点に、忙しなく視線を走らせた。
「小便して車に戻って出発やん。それだけやん。さっさとしようけぇ」
俺もトイレを我慢していたので、隆宏の戯言に付き合っている場合ではない。
清潔そうなトイレなら、いろいろ済ませてしまおう、と歯磨きセットを持ってきたのは正解だ。外見からはコンクリートが剥き出しの無機質な建物に見えたが、入ってみれば、これがまたどうしてなかなかに清掃が行き届いている感じだった。
俺と友春は洗顔まで終えてサッパリした。隆宏は訝しむように目を細めて、右下ら辺をずっと磨いていた。
「いつまで歯ぁ磨いとんねん」
俺はタオルを投げて、急かした。
隆宏が、ああ、と顔を洗いだす。
「もう、すぐにでも横になりたい感じやのぉ」
友春が鏡の前で髪を弄りながら言った。運転を代われ、と言っているように聞こえる。
「駅から離れたら、すぐにでも見つかるんとちゃう? 頑張れよ」と牽制した。
一呼吸置いて、俺たちは片方の唇だけを上げて笑い合った。
「さっさと戻って、出発しよけぇ」
今の高度なやり取りを遮ってまで、何をそんなに急ぐ必要があるのか。隆宏が一番ぼんやりとしていたくせに、今度はやたらと急かしてくる。それで、一人でトイレから出て行ってしまった。
俺は友春に首を傾げてみせる。
そのとき、背後からキャッキャッと笑う声がした。
友春の表情から、それが気のせいではないとわかった。俺は、どこか近くのベンチで盛り上がる、アベックの声だと思った。しかし友春は違うように捉えたようだ。
「上手いこと言えへんのやけどよ……。急いだほうが良ぅないか……と思ったりなんかして……」
友春は俺の背中をポンと押して、大股で行ってしまった。
アベックだらけの公園で、一人にするのは勘弁してほしい。俺は友春を追った。
ここは相当広い公園のようだ。全貌が全く見えてこない。それでも、そんなに深く入り込んではいないし、距離はあったが直線で出入口も見えている。二人は最早、歩きとは呼べない速さになっていた。そして、公園を出た所で左方向へスッと消えた。
すっかり置いて行かれた形になって、俺は呆れて立ち止まった。どうも背中が、痛いようで痒いようで、気になりだした。衣服で摩擦するように、もぞもぞと体をくねらせた。
そこへ突然、声がして、背筋が伸びた。
「もし、落としましたよ」
ベンチで一人座る声の主を見て、それが俺に言っているのだとわかった。
右手で尻のポケットを探る。財布は無事だ。いったい何を落としたのかと、そのお婆さんを見やると、俺の後方を指差している。その指先を追った所に、何やら小さな塊が落ちていた。
何だろう? 不思議に思って引き返す。そして、木彫りの髪飾りを拾い上げた。
それは俺が実家から持ってきた物だった。しかし、アパートに置いてきた荷の中にあるはずの物だったので、困惑した。
俺は何が何だかわからないまま、ベンチに座るお婆さんに、すんまへん、と手を挙げて、先を急いだ。
公園の出入口にある車両乗り入れ防止パイプを避ける際に、俺は目測を誤って、膝を打ちつけた。あいぃぃ、と声を上げたが、もちろんツッコんでくれる人はいない。ジーンと滞る痛みを、摩ることで自分をごまかした。膝の痛みが勝ったというわけではないだろうが、いつしか背中の痛みは消えていた。
アイツらは? と顔を上げると、ちょうどそこへ車が迎えに来て、俺は助手席に乗り込んだ。
「ちょっとマジでヤバくなってへん? トンネルから追って来よったんとちゃう?」
運転する友春が小刻みに頷きながら言った。
なるほど……友春の中では、そうなっているのか。
「あちこちのベンチにおったアベックが、ひと組もおらへんようになってたやろ!」
それは気づかなかった。俺たちがトイレに入っていた、たった十五分ほどの間に? ビビリすぎの隆宏の勘違いだろう。
「俺は、ベンチに座っとった婆ちゃんに、落し物や、て教えてもろたんや」
「ババァなんか、どこにおったねん!」
二人が同時に声を荒げたので、顎を引いて仰け反った。
俺は髪飾りを二人に見せて言った。
「いや、これやねんけどな。特別、大事にしてたんやないけど、親の形見みたいな物でやな。家から持ってきたんや。これを落としたでぇて言うて、呼び止められたんやわいね」
形見という単語が出ては茶化すわけにはいかない、と思ったのだろうか? 車内にしんみりと同情を買うような空気が流れた。
「隆宏ぉ。お前って霊感みたいなもんがあんの? 変なん見えたりする奴なんけ?」
俺は話を戻してストレートに訊いた。
「そんなん、ないっちゅうねん。たまに、何かいる気配がしたり、変な物音を聞いたりするんは、誰にでもあることやんけ」
それが当たり前だろ、と言われて、また驚いた。
俺は、通常とか標準というのが自分基準だ。そんな経験をしたこともないから、自分の普通に自信がなくなった。
「え、そうなん?」と、友春に訊いた。
「ヒゲヒロがおかしいんじゃい。ボケ!」と友春が怒鳴って、俺は自信を取り戻した。
低速で走る車内、今なら何が出てきてもお化けに見える、という空気が俺たちを包んだ。
赤信号に三回続けて引っかかれば、友春がビクビクとするし、ベッドに放った濡れタオルに触れてしまって、隆宏が悲鳴を上げた。このパターンでいくと、俺も何かしらに仰天しなければならないが、何も思いつかなかった……。そして、何も起こらなさすぎて、飽きてきた。もう、すっかり平常運転だ。
車は西へ西へと大雑把に突き進んで行った。
しばらくすると、民家も疎らな峠の登り口に差しかかった。街の夜とは違う、本物の夜の暗さに、今からこの峠を制する気が起こらなかった。かといって戻る気にもなれないし、途方に暮れた。
仕方なく上りはじめてすぐに、この車がすっぽりと収まるほどの空き地を発見した。友春は何も言わずにそこへ停車して、エンジンを切った。
「明日のことは明日考えようか。もう今日やけど……」
友春が弱音を吐いた。
この場所には、丸太が数十本ピラミッド型に積み上げられていた。稼働しているのかも怪しい自販機が一台。奥に作業場らしい建物が見えるので、ここがどういう所なのかわかるはず。これで友春がOKと言うのだから、彼の疲労度合いはかなり高いと見える。
東京に着いたら電車移動にしよう、とだけ言って、俺たちは毛布にもぐった。
***
――俺は木製のベンチに座っていた。目の前には着物姿の女の子が二人。
そのうちの一人が『もうすぐ、会えるね』と言うと、俺の左から『う~ん、そうねぇ』と返事があった。
先ほどから、ベンチがギチギチと音を立てて揺れるので、鬱陶しいと思っていたら、もう一人、上下ジャージに身を包んだ女の子が、飛び跳ねていた。
「靴のまま、座る所へ上がったらアカンやん」
俺が手を伸ばすと、その子は俺の腕に掴まってベンチから飛び降りた。そのまま、両手で俺の左腕を楽しそうに揺すった。
すると、前に立っていた子も手を出してきたので、俺はその子の手も取った。右手の子も左手の子に倣って、俺を揺らしにかかる。一人余った子が、つまらなそうに俺の正面で体を揺らしていた。
……いったいこれは何の遊びだ? とりあえず両手の二人は楽しそうにしているので、俺も愛想笑いを返しておく。
揺らされているうちに悪戯心を擽られ、俺は不意に立ち上がった。
俺の腕に頼りきっていた二人が、後ろにひっくり返りそうになってビックリ。膨れ面になった。
俺はその顔に吹き出しながら、この子たちの名前を思い出そうと記憶を巡らせていた。こんなに警戒なく触れ合っているのだから、きっと俺たちは知り合いなんだろう。
名前のヒントになりそうな物はないかと周囲を見渡すと、目の前を走る道路の向こう側に、大きな木があって、その根元に立掛けるように置かれている物が見えた。
「あれは、何やろな?」と声に出して近寄ると、それは所々に擦った傷のある、古そうな白いギターだった。
「隆宏……」
口が自然に呟いて、この状況の矛盾が見えてきた。……これは夢だ。
振り返ると、すぐ後ろに子供たちがいた。三人とも笑顔には違いないが、さっきの続きという表情ではなかった。
「前から訊こうと思ぅてたんやけど、お前らって何なん? それに、また一人増えてへんか?」
夢の中なのに声が震えた。
三人は見合って頷いた。
一人が『惹きつけて……』と、俺を上目遣いで睨んだ。背中の筋がキンッと張った。
もう一人が『捕らえて……』と、懇願するような目で見上げた。俺はギターを片手にたじろいだ。
三人は声を合わせて『解放待ちぃ』と、笑顔でハイタッチし合って、スーッと薄くなって消えた。
俺は木の根っこに足を取られて尻餅をつき「……何やねん」と愚痴った。
この寒空の中、音を出して擦れ合うくらいに生え揃う葉っぱを、見上げていた。所詮は夢の中……。俺の脳が、未だにあの子たちのキャラクターを決め兼ねている、と考えるのが正解か。
やれやれと頭を振って、手に持つギターを杖代わりにして立ち上がった。ギターを元の場所に戻して、ほくそ笑む。――ついに隆宏は、夢舞台から降板させられたか。
そして俺は心の準備を整えて、耳を澄ました。
空を見上げる。雲の流れが速かった。夢の中でも、雨が降り出せば鬱陶しいなと思った。身を寄せる場所を求めて、視線を左右に走らせた。
すると、木の根元に釘で彫られたような文字を見つけた。それは(オチツキナイヨネキュウオキロ)と読み取れた。
いつも上手く伝わっていないようだから、今回から文字したとか? 毎回毎回、起きろって……。
俺は字の主に、天邪鬼な一面も見せておこうと、木に凭れて目を閉じた。
***
首筋に吹きかけられる寝息で、目を覚ました。野郎の熱い吐息で迎える朝は、あまりいい気分ではなかった。
「隆宏、キショいんじゃボケ!」
隆宏の頭を力ずくで遠ざけた。――こいつ、熱い?
「おい、エロヒゲ。起きろ! お前、何か熱いぞ。大丈夫なんけ?」
友春も目覚めたようで、上体を起こして目を擦っている。現状把握に戸惑っているようだ。
「あぁ、えらい……。頭痛い。腹痛い。ババ垂れそう」
俺と友春は急いで靴を履き、スライドドアを開けて、隆宏を引きずり出した。車内での脱糞は尻が裂けても許されない! そのまま隆宏を担いで、作業現場に設置されていた簡易トイレに放り込んだ。二人がかりとはいえ、脱力した男を手早く運ぶのには息が切れた。
「あいつ……マジかぁ」
あの箱の中でどんな姿になっているかを、想像しないように注意して、俺はトイレの戸を睨みつけた。
推敲? 校正?
ちゃんと見てから投稿してるのに
のちにいろいろ見つかるこの不思議……




