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連れる旅の事象  作者: ゆぞぅ
第三章  卒業旅行の終わり
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わき道

 

 観光名所が近いということで、車の流れに大きなバスが混じるようになってきた。それで停滞の一歩手前ぐらいまで混み始めて、前や隣を走る観光バスから圧迫を受けた。

 俺たちでも聞いたことのある山や、国道は避けるべきという意見と、いやいや、考えることはみな同じ……脇道に逸れたところで結果は悲惨、という意見が交わされた。それでも観光バスが入って来れない分、気楽に違いない、と友春が言って、車は脇道に入った。

 ところがここは前に一台も走っておらず、追従してくる車もない。俺たちの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。これはどうも行きたかった道よりも手前の、それこそ安い地図には載ってない細道に入ってしまった可能性が高い。そう思えば……地図には、この道に入ってすぐに、ほぼ直角の右カーブがあったはずなのに、と思い出した。後悔するうちにも、どんどん道幅は狭くなってきて、こりゃヤバイかな、と友春と顔を見合わせた。


「――てことは、この道、通り抜けられへんのんか?」

 友春が不安そうに尋ねたが、その答えを知っている者がこの車に乗っているはずもなく、その間も車は走り続ける。


 すると辺りは急に暗くなった。道に覆い被さるように生い茂る木々の枝が、ささくれたトンネルを作っているからだ。その枝々がたまに車の天井を叩いて、友春が、え~、やめてよ~、と情けない声を出す。そこへ、しばらく後ろで静かな人になっていた隆宏が復帰した。


「どっちにしろ、早めに決断せんと、バックするんは大変やろ」

 俺も友春もそれに頷いた。


 それならばジャンケンで決めよう、と運頼みになって、俺と隆宏で勝負した。

 その結果、俺たちは突き進むことになった。ジャンケンごときでも勝負に勝てば嬉しいものだ。しかし、果たして勝って良かったのか? 俺は今いち素直に喜べなかった。

 それから慎重に走ること数十分、上りの細道は続いていたが、木々の自然トンネル区間は終わり、陽が差したことで気持ちは若干楽になった。

 そして、やっと片側だけ山肌が切れる所に出られた。片側だけとはいえ、かなり視界は開けて心理的に少し余裕が生まれた。普段なら邪魔でしかない人工物のガードレールにさえ、安堵の息が漏れる。


「あぁちょっと休憩。あぁ辛抱堪らん。あぁ肩凝ったぁ。あぁシッコ垂れそう」

 カーブの途中、ガードレールが膨らんでいる所があったので、友春は車を停めた。


 隆宏も、外の空気が吸いたい、と降りていくので小休止となった。

 外に出ると、まずは屈伸を繰り返す。突っ張っていた太ももに拳を落として解していった。暖房で火照った顔には、崖下から吹き上がってくる冷気が心地良かった。俺はガードレールに腰をあずけて、景色を見渡した。

 遠方にはここよりも高い山々がそびえている。この道ではこの地点が頂上であるらしく、眼下にはこれから通る予定の下り道が、山肌に沿って途切れ途切れに見えている。上った分は、下らなければならない。そんなことは常識だが、その道のりは想像するだけで酔いそうだった。


「何とか抜けられそうやな。どこに出るんかは知らんけど」

 この道にナビゲートしたのは地図を見る役だった俺なので、伏し目がちに言った。

「おしいな。紅葉シーズンやったら、ここは穴場チックな撮影ポイントやねんけどな」

 え? っと友春を見る。似合わないと思ったが、俺はツッコミを我慢した。

「キュウ、下りは頼んだ!」

 友春が弱音を吐いたので、俺はため息をついて、隆宏は車に隠れてゲロを吐いた。


 さて、三人の頭が冷えたところで再出発。

 ダウンヒルとなれば、腕の見せ所。と思っても、こんな背の高い車ではどうしようもないか……。ブレーキが焼けて、事故を起こすかもしれない。俺は、自分を抑えてマジメ君に徹した。それでも下り坂はスピードが乗るし、低いギアでのエンブレでエンジンは唸り続けた。助手席の隆宏と後ろの友春が、カーブが迫ってくるたびに、キュウー! と叫んでいる。――ん、何や? と返事して余所見をするような、体を張ったギャグは、命取りになるだろうからやめておく。


 麓まで降りてくると、道は平坦になった。先ほどまでの道は、真ん中が盛り上がって苔生していたので怖かったが、それに比べると舗装状態も若干マシになっている。やっとひと息つけるような状況になって、瞬きの回数が元に戻った。両手でがっちりと握っていたハンドルが、気づくと手汗でびちょびちょになっていた。


「ボンネットがないと、下りはスリル満点やのぉ。フルブレーキで前転するかと思ぅたわ」

 こんなタイプの車でも、それなりに面白い走りができるものだと、俺は感心しきり。

「後ろは最悪や。体を固定でけへんし、めっちゃ手足を踏んばっとったわぇ」

 初めて走行中の後ろを味わった友春が、疲れた表情でふくらはぎを揉んでいた。

 助手席では憔悴しきった隆宏が、意識的に遠くを眺めている。

「キュウ……、停めて……。念のために、もう一回吐いとくわ」

 車が停車すると、隆宏は凄い速さで飛び出していった。そして、用水路の縁に立つや否やに逆噴射。実際に見たことはないが、シンガポールのマーライオンもあんな感じだろうか、と思った。

 俺たちは一様に気が抜けた状態になった。

 友春が、車を休ませる、と言ったので、三人ともベッドでひっくり返って、目を閉じた。


    ***


 休憩後、車は道なりに走って、難なく広い道に合流した。

 現在地を確認するために、俺が交差点の名称を読み上げた。助手席の隆宏は、最早、廃人と化していて使い物にならないので、後ろで地図を持つ友春に、声を張った。


「えぇ、そんな名前の交差点、見当たらんでぇ。ちょっと暗ぅて地図が見にくいし、どこかの店にでも停めてくれや」


――ちょっと休憩といって、目を閉じたのがいけなかった。

「う~わ! 暗いやんけ」

 隆宏の声に起こされたのが十九時だったので、がっつりと二時間以上は眠っていたことになる。

 寝ていた時間は還らない。しかし、また時間を無駄にしたと悔やんでも、何も変わらない。なぜなら俺たちは、反省することが嫌いだから。

 車で移動して、寝て起きて、コンビニ弁当を食う……。地元を離れてから、それしかしていないような気がする。実際には温泉に浸かったし、植物園にも寄った。しかし何かが足りていない。もっと観光したり、特産品にチャレンジしたりと、やはり目的を見据えた計画というのが大事だ、と思う。

 確かにこういうのも旅行には違いない。違いないが、違う。それがわかっているのに、やろうと思えばいつでもできる、などと考えてしまっていることが、失敗の元だ。十日以上の自由時間が、俺たちに時間の有効利用を忘れさせているのではないだろうか――。


「全部吐いたし、お前らの倍以上は腹が減ってると思うねん。今夜は中華にせえへん? それと広ぉい風呂をプリーズ」


 完全復活を遂げた隆宏が、さっそく要望を突きつけてきた。食に疎い友春は文句を言うが、俺は隆宏に賛成だった。

 何はともあれ、現在地を知らなければ始まらない。それも、しばらく建物が皆無の道路を走っていると判明した。〈道の駅〉を見つけたのだ。これは地図にも大きく載っているのでありがたい。駐車場にはチェーンが張ってあって、車を乗り入れることはできなかった。道の駅全体が営業時間外のようだ。まあ、現在地さえわかればいいので、問題ない。

 俺たちは車を横づけして、手洗いだけを借りた。そして、一旦ベッドに集まった。

 真ん中に広げてあるのは、隆宏が取ってきた〈ご自由にお取り下さい〉とあった観光案内マップ。たとえ〈取らないで〉と注意書きがあったとしても、こいつは取ってくるに違いないが……。とにかくそのイラスト付きのマップで、行先を検討し始めた。

 そのマップには多数の温泉宿の案内があるものの、俺たちは宿泊客ではない。そうすると選択肢は、かなり狭まってくる。安くて、風呂があって、腹も満たせる施設はいずこ……。

 ここは? と友春が指差す先に、健康ランドの文字があった。――俺たちは顔を見合わせて頷いた。

 一つの源泉を地域で共有しているはずなので、お湯に関していえば、温泉街にある健康ランドは、そこら辺の健康ランドとは一味も二味も違うはず、と踏んだ。決まりだ。


 観光案内マップでは、さも近場にあるように描かれていたが、実際は暗く寂しい山間道が続いた。心強かったのは、前後に他府県ナンバーの車が列をなしていたこと。どうせ目的地は同じだろうと思って、俺はその流れに身を委ねた。

 長いトンネルの出口に近づくにつれ、独特の匂いが漂ってくる。ここが目的地だ、と空気自体がアピールしてきた。


    ***


 三人とも貧乏思考なので、全種類の風呂に浸かって、なるだけ元を取ろうとした。当たり前のように、サウナ我慢大会もして、いろいろと満喫した後、食堂へ向かった。

 何牛だろうと構わない。とにかく動物の肉! と、三人とも同じ和牛セットを頼んで、それぞれが平らげていった。

 隆宏の猛烈な食いっぷりには呆れるばかりだ。

 俺はというと、座敷にへたり込んで、ぼそぼそと食べ続けていた。名誉あるサウナ大臣の称号を手に入れたものの、その代償が大きかった。四杯目のお冷やが喉をすぎてなお、渇きが治まらない。


「友春はホンマに食ぅん遅いのぉ。暇やしゲームコーナーに行っとうわいや。食い終わったら迎えに来てや」

 ゲップとともに、隆宏がさっさと席を立った。

「あいつ、夕方頃まで死んどったくせに、元気やのぉ。――それより……髭のデザインが変わってへんかったか?」

「あぁ、手元が狂って、ゾリッていってしもたらしいわ。ま、どうでもええわな。そんなことより、マスターの言ぅてたトンネルの話よ」

 友春は忘れていないようだ。

「ここから近いんか? 小さいトンネルらしいやん。そんなん夜に見つかるかぁ?」

「でも、夜やないと雰囲気が出ぇへんし……。(ココ出ます)って書いといてくれたらええのに。とにかく探すしかないよな」

 諦めてもないようだ。


 ようやく立ち上がった俺たちは、張った腹を摩りながら、案内板を見てゲームコーナーへ向かった。

 そこへ行く通路の途中に、有料のマッサージチェアが設置されていて、隆宏はそこにいた。三機並んでいるうちの真ん中で、デブのオッサン二人に挟まれている。恍惚の表情を浮かべてブルブルと揺れていた。


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