表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
連れる旅の事象  作者: ゆぞぅ
第三章  卒業旅行の終わり
PR
13/35

珈琲

 ベッドへ上がってきてすぐに、隆宏は「ここ、離れたほうがええわ」と、ガラガラ声で言った。


 海へ豪快に放尿している最中、ふと見ると、埠頭沿いにまだ幼そうな子供たちが二人だけでいる。こんな時間に、こんな場所で、遊んでいるようで、踊っているようで……。不思議に思ったが、こっちは暗い所だし、距離もある。こちらに気づいていないように見えるが、いちおう、気にして背を向けた、と。

 その子たちの教育上、かなり良くないことだが、確かに隆宏の下劣なものは、怖いもの見たさ感を湧き立たせる。見えていないなら問題はないか。

 ただ、隆宏はずっと背中に誰かの視線を感じていた、と少し怖いことを付け加えた。

 そして用が終わって車へ戻ろうとしたときには、その子たちとの距離がぐっと狭まっていたらしい。

 俺は嫌な予感がした。いや、予感なんてものではなく、ただ嫌な展開だと思った。隆宏が話している途中に、俺は靴を履いて運転席に着いた。


「ありえへん……。あの子ら、あの女の子らは二人ともジグザグに滑っとった」

 

 俺はエンジンを始動させ、目一杯ハンドルを切って車をUターンさせた。

 二人の女の子というキーワードが出てきて、気が動転した。隆宏には例の夢の話をしてないのに。

 体勢を崩した二人が、ひっくり返って声を上げた。

 見覚えのあるゲートをくぐって一般道へ出ていく。車は一度大きく跳ね、天井に吊るしていた電灯が落ちた。それは友春が上手くキャッチした模様。緩やかな坂をアクセル全開で登り、タイヤを鳴らして広い道路に出た。ゴンッという音の後、隆宏が、痛っ! と叫んだ。


「キュウ! おい、キュウって!」

 後ろから助手席に這い戻ってきた友春が、俺の肩を掴んだ。

 それで余計に焦った。さらには突然、隆宏が笑いだす。

 ――ああ駄目だ。着物とジャージの幼女に取り憑かれて、きっと隆宏は発狂した。どこかに捨てて行こう。


「冗談やてぇ。キュウって、お化けアカン派やったんけ?」

 隆宏が運転席に掴まって顔を出した。

 俺は鼻息を漏らして、アクセルを緩めていった。

「ほな、このまま、どっか明るい所まで行こうけぇ」

 堪えているような、大笑いの前触れのような揺れが俺の背凭れに伝わった。

「お前なぁ……、あの雰囲気の中で、そういう嘘を吐くなよな!」


 ヘタレ部分を晒して、繕えなかった。その口惜しさに、舌打ちばかりが連射された。腹立ちまぎれに繰り出した俺も左拳も、隆宏はサッとかわした。しかし、拳の先に触れた毛を、返し刀で毟った。

 隆宏はギョギョーっと呻いて、ベッドへ引っ込んでいった。妖怪退治、一矢だけ報いたような……。

 

 俺はそのまま車を走らせた。道路は充分に広いし空いていた。というよりも、前後に一台も走っていなかった。漁師町で街全体が早寝早起きなのだろうか? 中央の分離帯から伸びる街灯は、一つ飛ばしで消灯している。その灯かりで断片的に照らされる、隆宏の顔がルームミラーに映リ込んだ。


「キュウ、めっちゃ反応ええやんけ。どや、なかなかやったやろ。俺、俳優になれるんとちゃうか?」

 隆宏は、まだその話を引っ張るつもりか……。友春が後ろを向いて、

「俺は最初からわかっとったで。ヒゲヒロのあんなクソ芝居で、キュウのスイッチが入ってしもた理由のほうがわからんわ」

「チッ! もうええやろ。お前らはホンマに……」


 俺は呆れて、ルームミラー越しに隆宏を睨んでやる。その途端に、静まりかけていた俺の鼓動が、またペースを上げた。

 隆宏の表情はドッキリ大成功という顔ではなかった。確かに笑ってはいるが、目が情けなく眼底付近で揺れていた。それもまた冗談の続きなのか? 冷静沈着なイケメンと言われたことのある俺が、判断できずにいる。一瞬三人の声が途切れ、それがまた俺の心拍数を上げた。


「どっちみち、隆宏が帰って来たら、移動しようかって、キュウと話してたんや」

 友春が後ろを向いて、地図を片手に説明した。

「うぅ、そうやのぉ……。そやけど、この時間から熱海とか伊東は遠いぞ」

 隆宏が全国的にメジャーな地名を挙げた。


 その地名はもちろん知っている。だからといって、すぐに別の候補地を提案できるほど、この辺に詳しい奴はいない。俺は前方にある看板に目を凝らした。


「とりあえず、コーヒーでも飲みとぅない?」

 もう少し明るくて、人のいる所へ行きたかった。

「さっき、缶コーヒー、飲んでたやんけ」

「いや、飲みたい感じやな。胃に穴が開くくらい本格的なやつ」

 隆宏が珍しく同調した。

「何やねん、お前ら。こんな夜中に都合良く……」

 友春は言いかけて、黙った。


 俺は左ウィンカーを点滅させた。広い歩道を横切って駐車場へ入っていった。

〈直進三00M先、珈琲自慢、24h営業〉の看板を見て提案したのだから、店が都合良くあるのは当然だ。しかも到着してみると、ここがなかなかに広い。今夜のお泊り場所確保の期待が否応にも高まった。


 店内にはかなりの客がいた。駐車場にあった車の数よりも多い。それでも賑わっているように感じないのは、その客のほとんどが、テーブルに突っ伏して寝ているからだ。少なくとも、渋めの珈琲通が集い、知識をひけらかすような場所には見えなかった。


「おい、見ろや。この店、無茶しよんのぉ。一番安いブレンドコーヒーが、七百円て書いとんで!」

 開口一番に友春が小声で言った。

 隆宏はキョロキョロと見回して落ち着きがない。 

「どんな凄いのん出しよるか、挑戦したろうやんけ」

 さっきのことを振り払うように、俺は意気込んだ。


 長らく待って出てきたコーヒーに、せぇの! で口をつけた。「…………」

 店内に流れる、眠たいBGMが吹き飛んだ。通ぶって(これは美味い。本物や)と言うつもりだったのに、予想を別方向に超えた。苦すぎる濃さに身震いが起きた。他の二人の反応を窺うと、まるで俺が悪いかのように睨んできた。俺は負けじと睨み返す。

 そんな俺たちの様子を窺っていた店のマスターが、俺たちのテーブルへやって来て感想を求めた。

 そういう絡みもあるシステムなのか、と面倒くさく思った。そして友春だけは黙っていられない質だった。

 それを聞いたマスターは、フフンと鼻を鳴らして、ミルクと砂糖で調整していった。


「あ、美味い……」

 友春が間抜けな顔をして言った。

 俺たちもそれぞれ調整してもらうと、この激薬物指定の泥水はめちゃくちゃ美味いコーヒーになった。

 マスターが〈顧客カード〉を作って、いつ来られても最高の物を出す……なんて言い始めたので、そんな複雑なシステムを利用したことのない俺たちは、気後れした。まだまだ、質より量を重視する年頃だ。そもそも、ファストフードで育った俺たちの雑な味覚を舐めるなよ、と言いたい。

 旅行中に寄っただけで、滅多に来られないことを告げると、マスターはカウンター席へと誘ってきた。話題といえば、どちらかが俺の入寮失敗事件を蒸し返しそうだったので、二の足を踏んだ。

 そのとき、後のテーブルで寝ている人が、わざとらしく咳払いをした。

 俺が察するより早く、半自動的に友春が動いた。こいつの気遣いは何なんだ? 仕方なく、友春に続いた。

 

 カウンター席に移るとすぐに、マスターから質問攻めにされた。

 主に喋っていたのは友春だ。その会話は予想外に弾んでいった。出発してからの出来事はもちろん、いつの間にやら家庭のプライベートなことまで喋らされていた。――これか! これが噂の〈女にモテる条件、其の一、聞き上手〉というやつか。大変勉強になる。

 そしてやっぱり、さっきのお化け騒動の話が始まった。

 友春が調子に乗って再現してみせると、俺は舌打ちして、それは言うなや、というスタンスで笑う。一番はしゃぎそうな隆宏が、今いち乗ってこないことを気にしつつも、時間は流れていった。

 そのうちに、今度はマスターがホラー小話を、先ほどの話に被せてきた。他の寝ている客を気遣ってか、小声で語られるその話は、俺たちの耳を澄まさせた。

 聞き役から一転、マスターはネタの披露でも、熟年の風格を漂わせる。特に友春は、マスターを師匠と呼びかねないくらいの食つき様で、すっかり聞き入ってしまっていた。

 結局、俺たちは深夜二時までマスターに魅了され、追加注文までしていた。有料ながらシャワールームも完備していると営業を受けて、お金は小出しに吸い取られていった。


 俺たちは駐車場泊の許可をちゃんと貰って、車へ戻った。

 明かりを消して眠る体勢でいるものの、マスターのせいか、コーヒーのせいか、俺たちに眠気がやって来ない……。暇人は、こうして夜型になっていくのか、と思った。

 折角、俺が寝る努力をしているのに、友春はケータイで何かを検索している。それに釣られて、隆宏までケータイを弄り始めた。画面に照らされた二人の顔だけが、宙に浮いているように見える。マスターの話を聞いた後だけに、その顔が妙に怖い。

 それを眺めていると、急に悪寒が走った。友春が悪事を思いついたときの顔になっている。光の加減で、そう見えるだけならいいのだが……。

 俺は二人に背を向けて目を閉じた。


    ***


 昼前の十一時……。いい加減、誰か目覚ましをセットしろよ。


「ついでやし、昼飯、ここで済ましていくけ?」

 歯ブラシをくわえた隆宏が、固まった体を解しに掛かっていた。

「モーニングの時間は、終わっとうやろなぁ」

 ケチと思われるのは嫌だが、お金を節約したい俺が、隆宏の思惑を挫く。

「トイレだけ貸してぇ、では入りにくいのぉ」

 友春らしい。が、話の流れは嫌な方向に向いていた。

「お、マスターやん」

 隆宏の顎ヒゲが差すほうを見ると、マスターが手に紙袋を持って近づいて来る。

「交代の家内がやっと来たからね。私はこれから帰って寝るんだよ。コレ、うちで出してるモーニングの余り。日持ちしないパンだから、良かったら車の中で食べてよ。――昨夜は遅くまでゴメンね」

 マスターはスッと手を挙げて行った。

 常連客を増やす作戦だの、大人の常套手段だの、と捻くれた考えは止めておく。食料に釣られたのでもなく、俺たちは揃って「マスター、かっちょええ!」と言った。


 俺たちは走る車内で、貰いたてホヤホヤのロールパンにかぶりついた。

 隆宏が「富士山を横目にパンを食う」と言った。

「何じゃそりゃ?」

 笑いながら、俺たちが富士山を滅多に拝めない地域に住むジャパニーズである、と実感していた。

 紙袋の中にはパンが六つも入っていた。悲しいかな、俺たちの胃袋はそんな量で満足に至らない。三人ともに筋肉質の低燃費で、三十分後には追加の食料を欲した。

 それで、食事処を探していたのだが、先にコンビニが目に入ったので、そっちに寄った。

 白米だけは移動しながら食べないという、訳のわからない拘りを見せる友春に、隆宏がしつこく理由を聞いている。ただでさえ食うのが遅い友春に話しかけるなよ、と思いながら、俺は一人、車の外に出て辺りの景色を眺めた。

 コンビニがあるような所だけに、景色といっても、何の変哲もない田舎の街並みだ。名も知らない山がすぐ近くに見えた。近く見えるだけで、行けば結構な距離があったりするのだろう。さっきは富士山が後ろに見えていたから……。景色にも飽きて、俺は車に戻った。


「なぁ友春。東名に乗って、東京を目指すって言ぅてへんかった? ここって、めっちゃ行きすぎとんとちゃうか?」


 走行中はベッドにひっくり返っていて、周囲を気にしていなかった。俺は今さらながら、おかしいと気づいた。

 お茶をチビチビと飲みながら、友春が不敵な笑みを浮かべた。


「昨日の晩、マスターが言うてたトンネルに行ってみとうない?」

 ケータイで検索していたのは、やっぱりそれか。マスターの怪談話に、一番食いついていたのは友春だ。その時点で、俺の中に嫌な予感はあった。

「そのトンネルて、近いんけ?」

 昨日のことがあるので、心情として俺から反対だとは言いにくい。それに、友春の生き生きとした目が、もう行くと言っている。

「毎日のように通る人が、たまに見るってレベルやろ? 行くだけ無駄っちゅーもんや」

 意外な所から反対意見が出た。たまに見るって? 隆宏は信じてしまっている……。やっぱり隆宏のほうが俺よりも怖がりだ、と小さくガッツポーズを作った。

「俺よぉ、UFOも幽霊も、河童も見たことないねん。これって十代の思い出、ゼロやんけ」

 友春の理屈は、さっぱりわからない。

「そういうのは、止めといたほうがええのに……」

 往生際の悪い隆宏が、助手席で呟いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ