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砂獄の虚王宮 ~砂守りの竜~  作者: 牧田紗矢乃
第二章 ・ 祭祀

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 翌日も、そのさらに翌日もレハルキッシュは毎日欠かすことなく洞窟に通った。

 毎日アンバーのところへ行き、パンを食べ、アンバーにもパンを置いて帰る。レハルキッシュは、ただその工程を繰り返すだけだった。その中でも、毎日少しずつアンバーとの距離を縮めていく。


 アンバーはといえば、基本は無反応であったがレハルキッシュが線を越えれば注意するように威嚇の声を出した。

 そこはアンバーも譲れないようである。だが、その他の態度は初めて出会ったときよりも柔らかく、六日が経った今ではレハルキッシュがやって来ると「クルル」と挨拶でもしているかのように返事をしてくれるまでになった。


 アンバーの態度の変化を、レハルキッシュは何よりも喜んだ。

 しかし、祭祀は明後日に迫っている。明後日を過ぎれば、都から来ていた上級神官も帰ってしまう。

 それに伴って、再び厳重な結界が敷かれることはまず間違いなかった。

 そうなってしまえば、結界を解く術を知らないレハルキッシュはせっかく仲良くなったアンバーとも会うことができなくなってしまう。


 切なさや悲しみが入り混じって、言い表すことができないものとなってしまった感情に襲われながら、レハルキッシュはアンバーを見た。

 アンバーはレハルキッシュと会えなくなることを知らないのか、普段と変わらぬ不愛想な態度を示す。

 ボロボロの羽が畳まれているその背中に、文句でもいってやりたくなる。けれど、アンバーはこれまでの時間を一人で過ごしてきたのだ。

 今すぐにレハルキッシュがいなくなったとしても、アンバーがうろたえることはないのだろう。それを考えると、尚のこと虚しさが込み上げた。


 結局、レハルキッシュは何も言えないままで洞窟を後にすることを決めた。


「じゃあな。また明日」


 明後日の本祭では、神官たちが禁域の森へ入る。どれほどの場所まで来るのかは分からないが、エカーナルの森が『禁域』と呼ばれるようになった所以がこの洞窟である以上、レハルキッシュは森に近づくことができない。


 つまり、こうしてアンバーと居られるのは明日で終わりなのだ。

『また明日』。その言葉を言うのは今日が最後なのか、とレハルキッシュは感傷に浸りつつ、愁いの混じった笑みで岩壁の道を歩み去った。




 しかし、その次の日にレハルキッシュが洞窟へ姿を現すことはなかった。


 アンバーが異変に気付いたのは、夕刻を過ぎてからだ。

 陽射しがなくなってからアンバーが洞窟を出ると、まだ仄明るい夜空に光が弾けていた。


 小さな光球が凝縮したかと思うと、一気にぜる。赤や緑や青、橙など、色とりどりの花が咲いたようだった。


 その閃光は、自然に発生したものではない。誰かの魔力によって生み出された、魔法の光だ。

 空気を汚すこともなく、見目もいい閃光術は、祭りや何かがあると決まって使われる恒例の術だった。それを見るたび、アンバーは翌日が本祭の日なのだと知る。

 これまで幾度となくこの光景を見てきたが、一度として同じものはなかった。空の色や雲の形、風の強さに木々の様子など、どれが本当なのか分からないくらいに毎年変わる。


 ――そういえば、あのレハルキッシュとかいう男の子、今日は来ていなかったな。


 平穏だった一日を思い返して、アンバーは少し目を細めた。

 そうすれば、レハルキッシュの姿を見つけられるとでも言うかのように。


 村では前夜祭が行われているのだ。来なくても仕方がないだろう。

 そういう結論し達したアンバーは、ふと眉間にしわを寄せた。

 ただでさえいかめしい印象を与える顔が、更に険しくなる。レハルキッシュがここに居合わせたら、その表情に恐れをなして腰を抜かしたことだろう。


 ――なぜ人間が……――しかも、あんなに幼い子供が――こんな森の奥深くまで入ってくることが出来たのだろう。ここは禁域として指定された森で、人間は容易く侵入できないはず。それなのに……、なぜ?


 あまりにも自然にレハルキッシュがやってきていたために違和感に気付くのが遅れたが、そういえばこれまでに神官以外の人間がやってきたことはなかった。

 村で何か異変が起こり、人々がここへ逃げ込んできたのだろうか。


 アンバーは勘繰るように洞窟の外を見回したが、人間は愚か他の生き物の気配すら感じられない。

 いつもと同じ、静寂の森だった。


 ――もしかしたら、森への侵入を阻む結界が緩んでいたのかもしれないな。そのことに好奇心が強い子供の方が先に気付くというのも、ありそうなこと。

 さしずめ神官の辺りがそのことに気付いて結界を張り直したのだろう。

 ……たまには、こういうこともある。


 小さく息を吐くと、アンバーは夜空に弾ける光を眺めた。

 空の色はいつの間にか暗さを増し、小さな星の一つ一つがはっきりと見分けられるほどになっている。

 遠く離れた森の奥からでも感じられる、明日の本祭へと向けた人々の熱気は、暗くわびしい世闇をも塗り替える勢いで広がっていた。




 どのくらい夜空を見上げていたのだろう。あれほど鮮やかに景色を彩っていた光が、ひと際大きく弾けて消えた。

 閃光術のショーが終わりを迎えると、村の空気まで静まったような印象を受ける。明日へ備えて、村人たちは自宅へ引き上げているのだろう。


 ――ほんのわずかな時間だけだったとはいえ、久し振りに無心になることができた。……それがいかに貴重なことなのかは、恐らく幼いレハルキッシュには分からないだろうな。


 アンバーは、幼いが故の奔放さに小さな嘆息を漏らす。

 そして、数時間後まで迫った祭祀に備えるため、暗い洞窟の中へと引き返して行った。

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