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砂獄の虚王宮 ~砂守りの竜~  作者: 牧田紗矢乃
第二章 ・ 祭祀

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2



 光る岩壁の道を抜けると、案の定そこに昨日と同じような姿勢でアンバーが座っていた。

 よくアンバーの居る辺りを見てみれば、昨日置いて帰ったパンが無くなっているではないか。

 それに気が付いたレハルキッシュの表情は一気に明るくなった。


「アンバー……食べてくれたのか?」


 嬉々としてレハルキッシュが駆け寄ろうとすると、急にアンバーがレハルキッシュの方を振り向いた。

 何事かと立ち止まったレハルキッシュの元へ、硬い鱗に覆われたアンバーの前足が迫る。

 アンバーの鋭い爪が、洞窟の光を受けてキラリと輝いた。


 ――この爪で引っ掻かれたら……。


 レハルキッシュは慌てて飛びずさり、アンバーから距離をとった。

 間一髪という位置に、アンバーの爪が突き立てられる。


 ガリガリガリガリ……。


 アンバーの爪は固い岩盤の地面を浅く抉り、二人の間に線が引かれた。

 それは、アンバーが意図してやったことだとレハルキッシュは直感的に理解していた。

 つまり、初めからレハルキッシュを傷つけるつもりは毛頭なかったのだ。


 ――だったらどうして……。


 レハルキッシュは不可解なその線に向かって足を踏み出した。

 一歩、二歩と線に近づいていき、ついにそのラインを踏み越えようとした時だった。


「グルルル……」


 低い唸りがレハルキッシュの動きを止まらせる。睨み付ける視線が、皮膚に突き刺さるように感じられた。

 それを受けてレハルキッシュが再び元の位置へ立ち戻ると、威嚇の声はぴたりと止んだ。レハルキッシュは、そこから再び二歩とアンバーの引いた線に近づくのだが、やはり線を踏み越えた所で威嚇をされる。

 そのことで、一つの仮説が生まれた。


「もしかして……、ここまでなら近付いていいのか?」


 レハルキッシュが問いかけるも、アンバーは何の反応も返さない。

 しかし、線へと接近しすぎた時の反応を見る限り、それは無言の肯定だと受け取れた。

 レハルキッシュは、少し落胆したような表情を浮かべる。


「……信用されてないのは分かったよ。でも、オレは諦めないからな」


 くいっと口角を持ち上げると、レハルキッシュは宣戦布告をしたのだった。





「アンバーっ!」

「クルルッ」


 レハルキッシュが、いつものように洞窟へやってきてアンバーに声を掛けた時のことだった。


 凛と澄んだ高音。


 それがアンバーの咽喉から発されたものだとは、にわかには信じがたい。

 だが、この空間にいるのが自分とアンバーだけであるという事実と照らし合わせてみれば、否が応でも認めざるを得なかった。


 レハルキッシュに対し、初めてアンバーが威嚇以外の声を出したのだ。


 次の瞬間、お互いに何が起こったか分からないといった風な表情を見せ、その場を沈黙が包み込む。


「……アンバー、今……」


 半ば信じられないといった調子でレハルキッシュが視線を向けると、アンバーは慌てたように顔をそっぽへ向けた。

 あまりにも分かりやすいその反応に、思わずレハルキッシュの頬も緩む。あの柔らかなアンバーの声は、レハルキッシュへの歓迎の挨拶だったのではないだろうか。

 レハルキッシュは、笑みを溢れさせながらアンバーに歩み寄った。


「……ありがとな!」


 レハルキッシュの声は聞こえているはずであるのに、アンバーは全く反応しない。

 そのような態度を取ることで、歓迎の声をなかったことにして再び線引きをしようとしているようにも感じられた。

 レハルキッシュは少し寂しそうに眉尻を下げたが、言及することはしない。その代わり、線から二歩くらいの所に胡坐をかいて座ると、肩へ掛けていた鞄を下ろした。


「パン、食うか?」


 紙で丁寧に包まれたパンを取り出したが、アンバーは見向きもしなかった。

 洞窟内は暗く、紙に包まれているせいでパンの匂いも分からない。一見しただけでは、これが食料だとは分からないのだろうと思い、レハルキッシュは紙包みをそっと開いた。

 ディステリアでは貴重な資源の一つである紙を、破かないようにするためだ。


「お前の分、ここに置くぞ」


 紙包みの中の一つを手に取ると、押し込むようにして線の向う側へパンを渡した。レハルキッシュでさえ小さく感じるサイズのパンであるから、アンバーにとっては一口にも満たない代物だろう。

 それでも、無いよりはましだと勝手に合点してもう一つ残ったパンにかじり付いた。

 真っ暗な洞窟内では、視界が遮断されるためかパンの味があまり分からなかった。けれども、目の前で起こった出来事を思い返すだけでレハルキッシュは幸せな気分に包まれる。

 アンバーの方をちらちらと気にしながらパンを食べると、レハルキッシュはいつもそうしているように洞窟を後にした。

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