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砂獄の虚王宮 ~砂守りの竜~  作者: 牧田紗矢乃
第二章 ・ 祭祀

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1



 禁域の洞窟「エカーナル」前。

 そこには、レハルキッシュの姿があった。

 昨日さんざん威嚇された幻竜に、またも懲りることなく会いに来たのだ。


 前日の経験から学んだレハルキッシュは、今日は忘れることなくランプと蝋燭を携帯している。

 これならば、あの幻竜の元まで迷うことなく辿り着けるだろう。

 とはいえ、蝋燭は家にあった食卓用の小さなもの。長く持っても二時間が限度だろう。

 一秒でも長く幻竜の元に留まりたいレハルキッシュは、その蝋燭に火を灯すのを渋っていた。


 せめて洞窟へ入るまで――もちろん、完全な闇に包まれてしまえば手遅れだが――それぐらいの時間は火をつけるのを我慢したい。

 レハルキッシュは、洞窟の中でも無駄な時間を一秒も作りたくなかった。そのためにも、頭の中で昨日の道順を反芻する。


 レハルキッシュが(はや)る気持ちを抑えながら記憶を整理し、深呼吸を繰り返していた時だった。

 ドシン、ドシンという重たい足音と共に、ゆっくりと何かが近付いてくる。


 レハルキッシュは警戒から身を硬くして、音の聞こえた森の奥を凝視した。

 ガサリと大きな音を立てて木の葉が揺れ、木々が大きく(たわ)む。大樹を掻き分けて姿を現したのは、レハルキッシュの背丈の軽く倍ほどはあろうかという巨大な影だった。

 山には村にいないような大型の獣が棲んでいるという噂は聞いていたが、まさか本当に出会うことになろうとは。

 レハルキッシュが慌てて洞窟へ逃げ込もうとした時、その巨大な獣が低い唸り声を上げた。


「グルルルル……」

「……!?」


 ――……この声は、昨日の幻竜?


 レハルキッシュは恐る恐る背後を振り向いた。

 そこにいたのは、確かに昨日見た幻竜と思われる生き物と似た輪郭をしている。威嚇の声だって、間違いようが無いほどに特徴的だ。と、なると……――。


 だが、幻竜は洞窟から出られないのでは?


 レハルキッシュは疑問に思ったが、それは大人たちが作った話の中でのことだったことに思い至る。

 そして、幻竜が森から現れたことを超える衝撃がレハルキッシュを包み込んだ。


「お……お前……、その体……」


 木の葉の陰から完全に姿を現し、全身に日光を浴びた幻竜を見たレハルキッシュは、驚きで二の句が継げなくなってしまう。

 その原因は、無論目の前にいる幻竜にあった。

 レハルキッシュが凝視する幻竜の体は、一点の曇りもない、息を飲むほどに鮮やかな琥珀色をしていたのだ。

 絵本やなにかで描かれる幻竜はそれこそ多種多様で、二本足のものもいれば四本足のものもいたし、赤いものもいれば青いものもいた。

 かつてこの国にいたと言われる幻竜の鱗だって、博物館などで何度か見てきた。だが、その中にこのような色をしたものは一つたりとなかったのだ。


 例えて言うのならば、青い肌の人間を見たような、それほどまでに大きな衝撃である。


 昨日幻竜を初めて目撃した時は暗い中にいたことと、洞窟の中の光が薄緑色をしていたことが原因で色などは何も分からなかった。

 そのこともあり、レハルキッシュの驚きは一層大きなものとなった。

 レハルキッシュはキラキラと輝く双眸を幻竜に向け、木漏れ日に包まれるその琥珀色の鱗を熱心に見つめ続ける。


「……そうだ!」


 イタズラを思いついた子供のような屈託のない笑顔で幻竜を見つめると、レハルキッシュは言った。


「お前の名前はアンバーだ! オレはレハルキッシュ。よろしくな」


 やや安直にも思われる愛称だが、レハルキッシュ自身は満足げな顔をしている。

 そして、そのままの調子でレハルキッシュは一歩、二歩とアンバーと名付けたその幻竜に近づいた。

 そんなレハルキッシュに対し、アンバーも少なからず反応を見せる。


「グルルルル……」


 腹の底から響く重低音。

 体の芯を揺さぶる衝撃に、レハルキッシュはまるで地面まで振動しているかのような錯覚を覚えた。

 アンバーの見せた反応。

 それは、昨日と同じ威嚇だった。

 そのままレハルキッシュには見向きもせずに背を向けると、アンバーは洞窟の奥へと歩きだす。

 それを追いかけて、レハルキッシュも洞窟の暗闇へと吸い込まれるように走り出した。





「おい! 待ってくれよ!」


 レハルキッシュの声が洞窟の中でこだまする。

 しかし、アンバーは振り返ることどころか、立ち止まることさえしなかった。


 アンバーの姿を見失わないようにすることで必死になっていたレハルキッシュの記憶からは、カバンの中のランプの存在など完全に欠落してしまっている。

 真っ暗で何も見えない洞窟の中を走っているせいで、何度も岩に足を取られて躓いては転んだ。

 肩に掛けているカバンの紐から感じられる質量が、徐々に厄介になってきた。

 無我夢中で走っていたため、ここが洞窟のどの辺りなのかももうわからない。


 ぶつかったり擦ったりするうちに段々と体中が痛くなり、レハルキッシュは何度も帰ろうかと思った。

 しかし、何度目かの角を折れた時に少し先の洞窟の壁が淡い緑色に輝いているのが瞳に映る。

 その淡い光は、レハルキッシュにとって希望の光ともいえるものだった。


 レハルキッシュは安堵に胸を撫で下ろし、荒くなった呼吸を軽く整える。

 その間にアンバーの姿は見えなくなってしまった。だが、なぜか先ほどまでレハルキッシュの中にあった「そのまま逃げられてしまうのではないか」というは消え去ってしまっている。

 壁に身をもたせ掛けて、痛いほどに早まっていた鼓動が治まるまで小休止を挟み、レハルキッシュはようやくアンバーの待つであろう洞窟の先へ足を踏み出した。

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