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砂獄の虚王宮 ~砂守りの竜~  作者: 牧田紗矢乃
第一章 ・ 洞窟の奥に

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3



 レハルキッシュがしばらく進んでいくと、突然広い空間に行き着いた。

 そこから先には大きな岩がそびえ、レハルキッシュの行く手を塞いでいた。

 その岩はどうやら他の岩とは違う色をしているようだということが、壁から発される仄かな光から見て取れる。


 レハルキッシュは、己の背丈の軽く倍はある岩の前に立ち、それをどのようにして乗り越えたものかと思案した。

 よじ登るにも高さがありすぎるような気がしたが、あちらこちらに見える凹凸を上手く使えば乗り越えられないこともなさそうだ。


 およそ三メートルの高さがあるそこから落下した時の衝撃はどのようなものだろうか。それを想像しただけでレハルキッシュは全身に震えが走るのを感じたが、慎重に進めば大丈夫だ、と自分に言い聞かせて大岩に手をかけ、右足を持ち上げる。

 ……と、その時。レハルキッシュの足元がぐらりと揺らいだ。


 ――地震か!?


 レハルキッシュは慌ててその岩から飛び降りる。地震が起こったのであれば、一刻も早くこの洞窟から抜け出さなければいけない。

 途中の道で落盤でも起これば、レハルキッシュはこの狭い洞窟の中に閉じ込められることになってしまう。


 慌てて退路へ進もうとして気がついた。

 ――地面は、揺れていない。揺れているのは、あの岩のだけだ。そう、まるで何か意志を持った生き物のような――。


 洞窟内の淡い明かりに照らされるそれは、むくり、と身体を起こした。


 岩壁が放つ光と同じ色をした双眸が、無遠慮にレハルキッシュを見据える。

 僅かな身動きさえ許さぬような視線を向けながら、その巨躯が立ち上がった。


 そして、ようやくその全貌が明らかになる。


 四本のしっかりとした足に支えられて立つ「それ」は、剥き出しの岩の天井に頭がつかえそうなほどの高さがあった。

 頭上にピンと突き立った突起は角のようでもあったが、せわしげに向きを変えている様子には見覚えがあった。

 そう、それはまさに野ウサギの耳と似たような動きである。そこから推察するに、恐らく耳で間違いないだろう。


 鋭い目はレハルキッシュにのみ向けられているのではなく、その他の侵入者を探るように空間内を隅々まで駆け巡っていた。固く閉ざされた口も合わさり、この場に荘厳な雰囲気を醸している。


 大きな背中には、折りたたまれた状態でもそれが巨大なものであると分かるほどの羽を持っていた。その羽は、鳥のような羽毛で覆われたものではなく、蝙蝠のような薄い膜の羽である。しかも、その所々は破れ、向う側が透けて見えるほどの穴となっていた。

 これでは飛ぶこともできないのでは、と思ってしまう。


 体全体は鱗に覆われているようで、岩のように大きなその生き物が少し身動きをとるたびに、その鱗が石の光を受けてきらきらと淡く輝いた。


 一瞬の間の後、ゆっくりと首をもたげたその生き物とレハルキッシュの視線が合致した。


 それは、絵本に描かれていたり大人から聞かされていたりした話に出てくる、レハルキッシュが恋焦がれたあの幻の生き物に非常に酷似した容姿をしていた。


「……げんりゅう……?」


 レハルキッシュは、思わず息を飲む。

 それから数秒、レハルキッシュと幻竜は互いを見つめ合った。

 先ほどよじ登ろうとしたあの大岩が、まさか自分の追い求めたものだったとは。




 ――古来、ディステリアには、幻竜と呼ばれるモノが存在していたという。


 幻竜は人々がディステリアの砂漠の地へたどり着く以前からそこへ住まい、永きに渡ってその土地を支配してきた大型の獣である。幻竜は、国の安泰の象徴として、様々な文献にも記されてきた。


 その姿は様々で、二本足で歩くものもあれば四本の足でどっしりと構えるものもおり、外見も鱗に覆われたものや毛皮を纏ったもの、羽毛に覆われたものなど様々な種類が存在していると伝えられている。


 そんな多種多様な幻竜にも、共通項は存在していた。大部分の種のものが持っていると言われる、空を飛ぶための翼だ。それに加え、彼らには並外れた力ばかりでなく優れた知能もあるらしいと聞く。


 人間と幻竜の交流の歴史は長く、これまでに残されてきた文献の中には幻竜が災害から村を救った記録なども残されている。

 そのことから、ディステリアの人々と幻竜とは深い結びつきの中で生活してきたことが窺えた。


 しかし、その幻竜も時の流れと共にいつしか姿を消した。

 国民たちの間でさえもその存在はとうの昔に滅びたものとされ、今はささやかな伝説として語り継がれるばかりであった。


 そんな伝説が、今目の前に、現実のものとして存在している。


 レハルキッシュはその生き物を呆然と眺めるばかりで、思考が停止していることにも気が付かなかった。


 あと五歩。――ほんの五歩近付けば、再び幻竜に触れることができる。

 そう気付いたのは、幻竜を見つめ続けてどれほど経ってからのことだったろう。


 その間も、幻竜は石像のように同じ姿勢を保っている。

 しかし、少年にはその五歩を踏み出すことができなかった。


 幻竜は弱っているのか、動こうともしない。

 レハルキッシュにはただ、凛とした気配と鋭く澄んだ瞳が向けられただけだった。

 たったそれだけのことで、レハルキッシュは自分と幻竜の力の差を思い知った。


 ――それは、圧倒的で絶対だった。


 幻竜はレハルキッシュを警戒の対象から外した。……というより、警戒に値しないと見なしたのだろう。

 ゆるりとそっぽを向くと、レハルキッシュに背を向けて元のように蹲ってしまった。


 その行動は、例え何があってもこの少年は自分に危害を加えることは出来ないだろう、という判断を下したことがひしひしと伝わってくるものだった。


 だからといって、幻竜は少年がそこにいることを認めている訳ではなようだ。

 証拠に、レハルキッシュが一歩でも近付くと、つぶさにそれを感知して「グルルルル……」と、腹の底から威嚇の声を出した。


 それを聞いたレハルキッシュは、慌てて幻竜との距離を取る。


 大人しいとはいえ、幻竜は大きな体躯と硬い鱗を持つ生き物。襲われてしまえばひとたまりもないだろうことは幼いレハルキッシュにも容易く理解できた。

 不用意な刺激は避ける方が賢明だろう。

 レハルキッシュは一歩ずつ距離を離していき、幻竜の威嚇の声が治まったのを確認すると、そこで足を止めた。


 その場でしゃがみ込むと、何を思ったか肩からかけていたカバンを下ろし、その中身を探る。


「……あ、あった。ほら、食えよ」


 言いながらレハルキッシュが差し出したのは、昼食用に持ってきたパンだった。

 幻竜は、首を少し動かして体越しに少年を見る。

 その訝るような視線に、レハルキッシュは笑顔で続けた。


「腹、減ってるだろ?」


 レハルキッシュが問いかけるも、幻竜はレハルキッシュをじっと見つめたまま動かない。

 その視線はまるで、「今すぐ出て行け」とでも言っているかのような冷たいものだった。


「……分かったよ、オレは帰る。それと……、これはお前にやるよ」


 肩を落として呟くと、レハルキッシュは幻竜の背後にパンを置き、薄明かりの岩穴を歩き出した。

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