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砂獄の虚王宮 ~砂守りの竜~  作者: 牧田紗矢乃
第一章 ・ 洞窟の奥に

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2


 ただひたすらに、少年が森を駆け抜けていく。


 レハルキッシュはあの日から数日間、神官たちに自分のしたことがばれるのを恐れて森へ近づけずにいた。

 しかし、例の祭礼までの残り時間があと七晩に迫っていた。この機会を逃せば、次に森の結界を解くことのできる神官が来る翌年まで待たなければならなくなってしまう。


 次に来る神官だって、今回と同じ男とは限らない。違う人物が来たとすれば、このように森の結界を解いたままで立ち去る可能性はぐんと低くなる。

 それらのことを考えた時、レハルキッシュは森へ駆け出さずにはいられなかった。




 あれは、前日のことだった。


 衝動のままに駆け出したレハルキッシュは、初めの頃こそおどおどとしていたが、自分の姿がすぐに森の様子に溶け込んでしまうことを知った。

 そうとなれば恐れる必要もない。


 森の外れにはあまり近づかないように気を付けながら、レハルキッシュはそこに根付く様々な野草に目を向けられるほどの余裕を見せるようにもなっていった。


 そして、探索を進めるうちに禁域の森の奥に小さな洞窟があるのを見つけたのだ。

 だが、その時には日は大きく傾いていて、あまりにも帰りが遅くなると母親に怪しまれてしまうし、祭礼が間近に迫った今は森の周辺に篝火(かがりび)が焚かれているためにあまり暗い時刻になると森の近くにいる自分の姿は目立ってしまうと考えたレハルキッシュは諦めて家へ帰るしかなかった。




 翌朝、期待に溢れて眠る間も惜しいほどだったレハルキッシュは、母が外出を怪しまない時間になるのをもどかしい思いで待ち、ようやく家を抜け出した。


 前日の無念を晴らすため今度こそは、という思いでその洞窟を目指して森へ進む。

 昨日の記憶と太陽の方向を頼りに、レハルキッシュは帰り道を見失わないよう木々の小枝を折りながら慎重に歩いた。




 そうして小一時間ほど進んだ時、見覚えのある大岩の前に辿り着いた。


 ――確か、ここからはそう遠くなかったはず。


 記憶を辿り直したレハルキッシュは、ひとまず大岩に腰掛けて休憩する事にした。

 周囲に動物の気配はなく、風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。視界を覆う緑のそれらが奏でる音は、時に大きく、時に小さい。


 始めてこの森へ入った時には心地よく感じられたはずのそれが、今はレハルキッシュの不安を駆り立てた。


 ――もしかすると、ここには自分以外の動物はないのかも知れない。だとすれば、危険を冒してここまで進入してきた意味も潰えてしまう。


 そんな悪い考えを振り切るために水筒の水を口いっぱいに飲み込み、息を整える。

 だが、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。


 時間は容赦なく刻一刻と進んでいく。

 レハルキッシュは決断を求められていた。


 ――行かないで後悔するくらいなら、行って後悔するほうが遥かにマシだ。


 レハルキッシュは覚悟を決めると、数分後には再び歩き出していた。




 どのくらい歩いただろう。疲れ果てて歩くのも嫌になった頃、突如として視界が開けた。

 先ほどまでは柔らかな草で覆われていた足元にはいつの間にかごろごろと石が転がり、それに比例して緑の度合いが少なくなっている。


 砂よりはまとまりのある足元の土を目で追っていけば、目の前には岩をくりぬいたような洞窟がぽっかり口を開けていた。

 その洞窟は、昨日訪れた時に見たのと方向が少し違う。どうやら途中で通った道順は昨日と同じではなかったようだ。


 この洞窟を探検するためにここまで歩いてきたはずなのに、実際に洞窟の前に立つと酷く足が震えた。

 それは、目の前にある洞窟がこの森全体を禁域と呼ぶようになった原因だと言われているためだった。


 この禁域の森について、村の人間たちは何も知らされていないはずだった。しかし、この洞窟の存在だけはその範疇ではない。

 それが今行われようとしている祭礼に関係しているらしいことだけはレハルキッシュも知っていたが、何故この洞窟に入る事が禁じられているのか大人たちは語ろうとしない。

 ただ、何かを恐れるように、怯えた目をするのだ。


 ――大人たちですら、語ることを禁じられるような何ものかがここに存在している。


 そうレハルキッシュは確信していた。

 だが、この先に進めば二度ともとのような生活には戻れないかも知れない。

 好奇心と恐怖。その両方がぶつかり合う。


 勝ったのは、好奇心だった。


 レハルキッシュは決意を込めて頷くと、震える足を踏み出した。




 洞窟の中は思っていたよりも明るかったが、それでも足元がようやく見える程度だった。

 入り口の大きさに反して、洞窟の中は思いのほか広い。

 天井は見上げるほど高く、軽く三、四メートルは空間が広がっているだろうか。幅も、大人の男が両手を広げても余るくらいは軽くあるだろう。


 人工的に広げられたようにも思えるその空間だったが、ここに立ち入ることが唯一許されている神官たちが、わざわざやってきて洞窟を広げているとは考えづらい。

 ということは、天然にできたものなのだろう。そう自分に言い聞かせたレハルキッシュの頬を、風が撫でた。

 その時は気のせいかと思ったのだが、穴の奥からは断続的に微かな風が吹きつけていた。


 ――空気の流れがあるということは、出入り口が共に揃っている証拠だと聞いたことがある。上手くいけば洞窟の向こう側へ出られるかもしれない。


 レハルキッシュが期待を胸に進んでいくと、次第に辺りが暗くなり、手元さえも見えなくなってしまった。

 レハルキッシュは冷静に洞窟の壁を手で探り、壁を伝いながらゆっくりと歩き出した。




 壁伝いに歩いていたので危うく見逃すところだったが、しばらく進んだ場所で洞窟が二手に分かれていた。

 もしかするとこれまでも、とレハルキッシュは踵を返しかけたが、今は悠長にこれまで辿った経路を見返している暇はない。

 次に来る機会があればランプを持ってこようと決意し、レハルキッシュは眼前に開く二つの空洞に双眸を向けた。


 一方は非常に狭い道のようであったが、微かな風が吹き込んでいる。

 もう一方の洞穴は、これまでよりは一回りほど狭くはなるがそれでもまだ広さがある。その上、岩壁には薄い光があった。光がある、と言ってもその光は外界からのものとは違う、薄緑色の淡い光だ。


 夜光虫か何かかとよく目を凝らして見てみれば、その光は壁の岩自体が放つもののようだということが分かる。

 空気の流れがある方へ進めば、出口へ突き当たる可能性が格段に上がる。しかし、レハルキッシュの心は微弱な明かりを湛える不思議な石壁に惹きつけられていた。


 好奇心に任せて進めば、その先は行き止まりになっているかも知れない。だが、微風に誘われて進んだとして、その先に何があるという確証もない。

 そんな漠然とした思考の以前に、レハルキッシュはこの禁域の森の中にあるものについて聞いたことがなかったことを思い出す。


 ――もしかすると、何もないただの森を保護するために国がここを禁域に指定しているだけなのかもしれない。


 そんな考えがレハルキッシュの中で浮かんだ。

 人々の立ち入りを禁止するために大仰に結界などを作り、そこで何やら祭礼が行われるのだという話を作れば、(まつりごと)や国の方針に従順な大人たちは詮索しようとさえしないことだろう。


 いかにも大人――役人などは特にだ――が考えそうなこと。それを思うとどちらに進もうと大差はないのではないか。

 レハルキッシュがあれこれ思案していると、光る壁の洞穴の奥から、カラカラ……と小石が転がるような音が聞こえてきた。


 ――自然の落石だろうか? だが、風もないのにそのようなことがありえるのか。むしろ、この先に何かがある、または、何かが居ると考える方が合理的ではないか?


 一瞬にしてレハルキッシュの中で様々な考えが交錯する。

 しかし、悩んでいても始まらない。左右をもう一度見直したレハルキッシュは、好奇心に任せて光る壁のほうへ歩き出した。

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